「恋人になって欲しい」とライバルに頼まれたので




 最初の打ち合いは当たり前のように負けた。
 二度目も、三度目も当たり前のように負けた。
 多少はいい勝負ができるようになったのは、俺が小学校六年生になったころだ。

 けっきょく宮原に一度も勝てないまま俺たちは中学生になり、中学生になると同時に宮原は剣道教室をやめてしまった。
 宮原がやめたと知ったとき、俺は呆然とした。
 頑丈だったはずの足場が、脆く崩れ落ちたような感覚だった。
 俺の通う中学校には剣道部がない。中学校の大会があっても、俺は出られない。宮原と戦う機会は、少なくとも中学に通う三年間は、ない。
 宮原に勝つ。それを目標にがんばってきたのに、これからはいったいなにを目標にして励めばいいのか。

 ――わからない。

「そんなにへこむなよ。宮原はきっと中学でも剣道を続けるから、きっとどこかの大会で会えるって。剣道部に入ってなくても出場できる大会はあるからさ」

 剣道教室の仲間が教えてくれなかったら、俺は立ち直れないままだったろう。


 宮原と再会したのは、地域で開かれるオープン戦だった。
 このときは宮原とあたらずに終わってしまったが、宮原と勝負ができる可能性がゼロじゃないとわかって目の前が明るくなった。
 中学生の間、宮原と対戦する機会は二度しかなかった。
 高校は絶対に剣道部のあるところにする。そうすれば、学校別の大会に参加できるし、宮原とあたる確率はぐっと増える。
 宮原と勝負して、いつか必ず勝つ。
 宮原と出会ったときに生まれた望みは、俺を突き動かす原動力だった。

 高校生になって、宮原と対決できたのは今日で三回目だ。
 インターハイが始まって二日目。今日は個人戦が準々決勝までおこなわれる。
 今日こそは絶対に俺が勝つ……!
 勢いこんで挑んだのだが、結果はいつもどおりだった。

「……日向、そんなに落ちこむなって。おまえが宮原に負けるのはいつものことだろ」

 慰めにならない慰めを言ってきたのは田村だ。
 宮原からどうにか一本はとったが、宮原が先に二本を先取して試合は終わった。

「今日こそは勝てると思ったのに……」
「どこから湧いてくるんだよ、その根拠のない自信は」

 呆れたように笑いながら、ほら、とカフェオレの缶を差し出してくる。

「……ありがとな」

 いまは夏、受け取った缶はひんやりしていた。
 言いたいことを言ってくるが、田村なりに気づかってくれているんだろう。

 俺たちは二階の観客席から試合をながめていた。俺と田村の他にも、すでに敗退が決まった部活仲間たちが近くに座っている。
 体育館は四つの試合場に区切られて、同時に四組の試合がおこなわれている。
 鋭い掛け声と竹刀が防具に命中する音が、体育館の天井まで響き渡る。

 小気味のいい音が響き、審判のひとりがさっと白旗を上げた。
 今日おこなわれるのは個人戦のみだ。敗退が決まるともう出番はないのだが、試合を見学するのも稽古のうちだ。人の試合を見ているだけでも勉強になる。
 それに、俺を打ち負かして先へ進んだ宮原の試合を見ないわけにはいかない。

 思い出す。
 面の向こうに見えた宮原のまなざしを。
 いつもの淡々とした顔つきが嘘みたいに、宮原の目は青い炎のように燃えていた。
 試合のときにしか見せない目つき。あの目で見すえられるのが好きだ。
 腹の中が熱くなり、味わったことのない感覚が湧き上がってくる。

「おっ、宮原だぞ」

 田村に言われるまでもない。宮原が試合場へ向かって歩いてくるのに、俺はすぐに気づいた。
 宮原は距離をおいて向かいあった相手に一礼した。距離を三歩つめると、膝を折って腰を落とす。蹲踞というこの座りかたは、日本の伝統的な座りかただそうだ。剣道を習うようになって初めて知った。
 審判の掛け声で立ち上がると、試合がはじまった。
 思わず拳を握りこみ、前のめりになる。

 勝てよ、宮原……! 絶対に!

 声に出しそうになるのをどうにか抑えて、心の中で叫んだ。