「恋人になって欲しい」とライバルに頼まれたので



 バスを降りて、中央体育館へ向かって歩いていると、見覚えのある背中が見えた。
 後ろ姿で誰なのかわかる。俺にわからないはずがない。

 宿敵、宮原柊哉だ。

 宮原を目にした途端、身体の奥から熱いものが湧き上がった。獰猛な熱。俺を突き動かすエネルギー。
 この熱に名前をつけるのなら――闘志だ。
 ほとんど無意識に地面を蹴っていた。竹刀と防具の入った鞄を揺らしながら、黒いTシャツに包まれた背中を目指して走り出す。

 隣を歩いていた田村が、
「おい、どこにいくんだよ!」
 叫ぶのが聞こえたが、俺は振りかえりもしなかった。

 宮原は仲間としゃべりながら歩いていく。もっとも、宮原はいたって無口な男なので、相手がほぼ一方的に話しかけているみたいだったが。
 宮原まであと約二メートルまできたところで、俺は足を止めた。

「宮原! 今日こそおまえに勝つからな!」
 背中に指を突きつけて怒鳴ると、宮原は驚いたようすもなく振りかえった。
 ああ、またこいつか、という顔で俺を見る。
「……またこいつか」
 うんざりした顔でつぶやいたのは宮原ではなく、宮原の隣を歩いていた男だ。
 確か名前を江藤といった。前回の団体戦で先鋒を務めていたのを覚えている。

 通っている高校はちがうが、俺も宮原も剣道部所属だ。子どものころは同じ道場に通っていたが、中学に入るのと同時に宮原は道場をやめてしまった。学校の剣道部に入ったらしい。
 それからは、今日のような大会でしか顔をあわせる機会がない。
 今日は全国高等学校剣道大会――いわゆるインターハイの第一日目だ。一日目の今日は、開会式のみで終わる。試合がはじまるのは明日からだ。

「江藤、先にいっててくれ」
 宮原は静かな声で言った。
 試合のときの気迫が嘘のように、日常の宮原は物静かな男だ。無口で、表情が希薄で、いつも淡々としている。
「……わかった。まともに相手にするなよ」
 江藤は俺をちらりとながめてから、体育館へ向かって歩いていった。

「日向、団体戦のポジションは?」
 宮原の声はやはり静かだった。

 体育館の入り口から少し離れたところで立ち止まっている俺たちの横を、インターハイに出場するらしい男子や女子が通り過ぎていく。ほとんど全員、竹刀の入った袋と防具袋を肩から提げている。防具袋といっても、見た目も作りも鞄だけど。
 宮原へちらちらと視線を投げていく女子は多い。
 無造作な黒髪に、シンプルなTシャツとありふれたジーンズのボトム。ちょっと間違えればダサくなりそうなのに、すらっとした長身のせいか、整った顔立ちのせいなのか、それが逆にかっこよく見える。

「俺は中堅だ」
 おまえはどうなんだ、と目で訊くと、
「俺は副将だ。じゃあ、団体戦で日向とあたる可能性はないな」
 副将――
 宮原は俺とおなじ高校二年生なのに、副将を任されたのか。
 拳をきつく握りしめる。この調子では、三年生になったらまちがいなく大将を任されるだろう。
 俺はどうだろうか。いまの仲間たちを追い越して、大将の座を勝ち取れるだろうか。
 勝ち取れるだろうか、じゃない。いまから弱気になってどうする。
 意地でも勝ち取るんだ。

「俺とおまえの勝負は個人戦だ。俺たちはトーナメントの同じ山に入ってる。勝ち続ければ、三回戦であたる。絶対に勝ち上がってこいよ、宮原」
 俺は人さし指をびしっと突きつけた。
 テンションの高い俺に反比例するみたいに、宮原の表情はいたってクールだ。
「いつもそうやって俺に勝負を挑むけど、日向が勝てたことは一度もないよな」
 事実をはっきり言われて、ぐっと言葉につまる。

 宮原と出会ったのは小三のとき。家の近所にある剣道教室だった。
 あれから何度となく勝負を挑んできたが、宮原の言ったとおり、俺が勝てた試しはなかった。
 だからこそ、勝負を挑み続けてきたのだ。
 いつか必ず宮原に勝つ。それまでは剣道をやめるわけにはいかない。負けたまま終わるなんて、俺のプライドが許さない。