流星群II

 光明が見え始めた演劇班とは裏腹に、模擬店班は未だトンネルを抜け出せないでいた。同じ南館の一階、衝立を挟んだ食堂フロアに集まったイケたち三人の議論は、さっきからずっと堂々巡りに終始していたのだ。

「せっかくやるからには、ありきたりは嫌だよな」
「焼きそばとか、フランクフルトとかね」

 同意を求めるイケにマツヲが相槌を打つ。二人とも九州の出身だ。知り合ったのは大学に入ってからだが、同郷のよしみか何かと馬が合う。今回もイケが模擬店班に立候補するや否や、すかさずマツヲも並んで黒板に名前を書いた。

「なんでもいいから儲かるやつにしようぜ。ポップコーンとか、わたあめとか」

 横やりを入れたのはケチョンだ。彼の出身は山口。関門海峡を挟んだだけなのに随分とメンタリティが違うものだとイケはいつも感心する。出身地ではなく元々のキャラクターの問題なのかもしれないが。

「縁日のテキ屋じゃないんだから」
「テキ屋と言えばイカ焼きだろう」

 どこまでもケチョンは我が道を行く。

「どうせなら、僕らじゃなきゃできないものがいいよね。みんなの出身地の名産品とか」
「じゃあ、ふぐだな。刺身とか、鍋とか」

 マツヲの提案にケチョンがさっそく身を翻す。この臨機応変さも彼の特徴だ。柔軟性があるというか、いいかげんというか。

「どうやって提供するんだ? 屋台だぞ。カセットコンロを並べるのか?」
「それに、調理には特別な免許も要るね」
「コストもかかりすぎる。だいたい、どうやって仕入れるんだ。南風泊漁港にでも行くってのか?」

 二人からのツッコミを受けて、ケチョンはわかりやすく身をすぼめる。しかし反省しているわけではない。その証拠に、残っていたアイスコーヒーをガバッと飲み干しては思い切りあくびをする。

「話してたら腹減ってきたな。どっかで晩飯でも食って帰ろうぜ」

 陽が傾き始めていた。秋分の日を過ぎ、昼の時間は刻々と短くなっている。あとひと月もすれば、下校時刻には相当暗くなっていることだろう。その頃には銀杏祭がもう間近に迫っている。

 ケチョンに促され、イケとマツヲも空のグラスを持って席を立った。



 鉄道駅が目の前の正門とは対照的に、大学の裏門は幹線道路に面していた。道路自体は昼夜問わず交通量が多く、大型車も頻繁に行き交っているのだが、横断歩道を渡った先の住宅街を抜けるとすぐに繁華街に出られることから、特に下校時などはこちらを利用する学生も意外に多い。

 沿道にはトラックドライバーやタクシー運転手を当てにしたガッツリ系の飲食店が何軒か並んでいる。コストパフォーマンスがよく、食べ盛りの若い男性にも人気がある。そのうちの一つであるラーメン屋に、イケたち三人は寄っていくことにした。

 店の外に設置された自動販売機で食券を買う。引き戸を開けるとすぐにカウンターだ。テーブル席はない。厨房も含めてせいぜい六畳大の狭い空間なのだ。後から来る客のことも考え、奥の席から詰めて座る。

「オペレーションの段取りを考えると、やっぱり鉄板で何かを焼くくらいが落としどころになるか」

 コップに水を注ぎながら、イケが話の続きに戻る。

「現実的にはそうかもね」
「ステーキとか、ハンバーグとかか?」
「だから素材にコストがかかるものはダメだって」

 アイディアを出そうとする姿勢は評価できるのだが、いかんせん食欲が前面に出過ぎていて、ケチョンの提案はなかなか議論の進行に寄与しない。

 そうこうしているうちに、ナルトのマークをあしらった丼がカウンター越しに三人の前に置かれた。濃いスープに中細のちぢれ麺、チャーシューやメンマがトッピングされた、オーソドックスな醤油ラーメンだ。全員、待ってましたとばかりに一斉に食べ始める。

「しかし、あれだな。この辺じゃ、ラーメンって言うとだいたい醤油だな」
「九州では豚骨一択だからね。大学に入って一番カルチャーショックだったことかもしれないな」

 二人のやりとりを聞いていたマツヲがピタリと箸を止める。

「ん、どうした、マツヲ?」

 レンゲでスープをすくいながらイケが横を向く。

「豚骨。そうか、その手があった」
「どうした? 何か思いついたのか?」
「豚骨ラーメンだよ。ほら、イケと僕は福岡だし、ケチョンも山口だから準地元だろ?」
「なるほど。俺たちのふるさとの味を知らしめようってわけか」
「学園祭の出し物としては珍しいだろうから、ちょっと食べてみようかなって気になるんじゃない?」

 マツヲの顔には手応えありと書いてある。

「儲かるのか?」
「調べてみないと正確なところはわからないけど、原価率はそんなに高くないんじゃないかな。容器は百均の使い捨てカップでいいし、あとは割り箸くらいだよ」
「備品のレンタルも最小限で済むんじゃないか? わたあめの機械なんか、結構高いって言うぜ」
「後片付けもラクそうだな」
「一杯五百円くらいで提供できれば、コスパも訴求できる」
「ワンコイン豚骨ラーメン。いいね」

 イケとケチョンからも次々とアイディアが出てくる。三人とも、思いが一つに収斂していくのを感じていた。

「そうと決まったら、まずは試作か」
「僕のアパートの台所を提供するよ。実家から大きな鍋を持ってきてる」
「よっしゃ。本場の味がどんなもんか、来場者に思い知らせてやるぜ」

 目の前のラーメンが食べかけだったことに気づき、三人は再び箸に手を戻した。ダンプなのかトラックなのか、ひときわ大きな唸りを上げて通り過ぎる車両の音が、薄い引き戸越しに背中から聞こえた。