流星群II

 秋休みが始まって一週間余り、演劇班の面々はイチョウ並木に面する七号館一階の教室に集まっていた。普段は英文購読やフランス語文法などの授業で使用している。高校までと同じように、机と椅子が一人ずつに割り当てられているタイプだ。

 今日の議題は今後の進め方について。先日見に行った三つの劇の印象を踏まえて、次のアクションとして具体的に何をすべきかを決めるのが目的だ。

「アングラ路線で行くことは決まりとして」

 カトーのまとめに全員が頷く。掛かる費用と割ける人手を現実的に勘案すれば、それが妥当な結論だ。

「問題は脚本だな」

 カトーが腕組みをする。考えごとをするときの彼の癖だ。

「こないだ見に行ったやつ、演ってみる?」
「いきなりあれって、難易度高くないか?」
「登場人物も多かったぞ。エキストラみたいな扉とインターンは兼務するにしても、それだけで十人くらいはいたんじゃないか? 俺たちそんなに動員できないだろ」
「それ以上に、あのラストシーンはどうするの? まさか、教室をぶち抜いてトラックを入れるわけにはいかないでしょう?」
「そうだよなあ。人体切断手品の方がまだできそうな気がする」

 全員が一様に黙り込む。間隔を空けてばらばらに座っているので、教室全体が沈滞感に覆われたような雰囲気になる。

 沈黙を破ったのは、またしてもサクライだった。

「調べてみる? 秋休みでも図書館は開いてるよ。一人一冊ずつ脚本の本を借りて、明日までに読んでくればいいんじゃない?」
「そうか。各自、読んできたやつを紹介し合って、面白そうなのに絞り込めばいいんだ」

 名案に思えたが、すかさず女性陣から素朴な疑問が呈された。

「でも、読むって、何を?」
「どれ読めばいいか、知ってる人、いる?」
「そもそも、アングラ演劇の脚本なんて、図書館にあるのかしら?」

 一同は再び黙り込んだ。今度の沈黙はさっきよりも長い。

「ええい、全く。誰か、この手のことに詳しい奴はいないのか?」

 そう言って、痺れを切らしたノトリエが両手で机を叩こうとした瞬間、小さな声が教室に響いた。

「あの」

 全員、動きを止めて声の主を探す。出入り口に近い隅の方で、首をすくめたユヅが恐る恐る片手を上げていた。

「僕、演ってみたい脚本があるんだけど。最近出たばかりで、まだどこの劇団でも公演の予定が発表されていないみたいなんだ」



 そこからはユヅの独壇場だった。全員が彼を取り囲むように近くの席に移動する。

「高校では演劇部だったんだ。といっても、役者じゃなく演出の方だけどね。演劇は子供の頃から好きで、おおよそ一通りのジャンルは見てると思う」

 最寄り駅から二駅先には、小劇場がいくつも建ち並び演劇のメッカと呼ばれている街がある。ユツキと同様に、その存在がこの大学を選ぶ決め手になったとユヅは言う。当然、今は学校帰りに足繁く通っている。

「自分では脚本、書かないの?」
「実は最近、ちょっとずつ書き始めてる」
「じゃあ、それにするってのもありか?」
「いや、まだ完成してないんだ。来年の銀杏祭に間に合えば、くらいに考えてたから」
「いずれにしても、決まりでいいんじゃないか? 灯台下暗し。探し物は意外にも足元に転がってたってわけだ」

 誰も異論はない。

「じゃあ、脚本はユヅが推薦するそれで。もちろん、演出もやってくれるんだろ?」
「任せといて。そっちは本職だから」

 ノトリエの念押しに、ユヅは胸を張って答えた。



 打ち合わせが終わり、ツヤカとアジポンは西陽が射すイチョウ並木を歩いていた。十月に入り、ふとした折に日が短くなったと感じることがある。昼間はまだ暑いものの、夕方はだいぶ過ごしやすくなった。

「これまでほとんど話したことなかったけど、ユヅってなんだか面白そうな奴だな」
「ああ。あんな奴いたのかってくらい、これまでは存在感なかったけど」
「どんな脚本なんだろうな?」
「とんでもなくえげつないのだったりして。アングラなんだろ?」
「脱ぐとか?」
「お前、それ何か別の舞台と勘違いしてないか?」

 テントの一件以来、二人とも動画サイトで小劇場系の作品をチェックするようになっていた。たいがいは話の展開がシュールで、何が主題なのかわからないことが多い。それがアングラたる所以なのかとも思うが、印象を一言で表すなら「変」だ。脚本家の頭の中はどうなっているのかと心配になる。そして、この先自分たちが何をさせられるのかも。

「後でメッセージアプリで配信するって言ってたから、楽しみに待つか。何しろ明日までに読み込んでこなくちゃいけないからな」
「あいつ、演出家としてはスパルタだよな」

 行く手にはコミュニケーションプラザの南館があった。夜に備え、少し早めだが夕食を済ませてしまおうとツヤカは思った。