彼岸花の花嫁〜殺し屋からの花嫁へ〜

煌々と月が輝き暗闇を照らす夜、一人の少女は血のついた日本刀を片手にただ一人で夜道を歩いている。月はほのかに褐色付いており、血で汚れた妖艶な美しさを持つ少女を引き立てていた。

「ふぅ。今人間を殺したのね…」


時は二十分前…
街の少し外れた貧しい庶民達が住む通りを緋花は静かに音を立てないようゆっくりと進んでいく。この通りの奥には他よりの荒屋よりかは頑丈な一軒の家がある。私腹を肥やしているものには、どれだけこの一軒家が良い方だと言う事はわからないだろう。緋花にはよくわかる。まあ勝手にわかっているつもりかもしれないが、それでもこの人たちのために何かしてやりたいと思う。

(殺したいと思うほどここの庄屋はひどいのかな…)

他よりは頑丈な一軒家の戸を音を立てないようゆっくりゆっくりと開ける。内装は荒屋の近くにあるとは思えないほどの綺麗な佇まいで、一つ一つにこっているということがわかる。だいぶと金銭に余裕のある家のようだ。
こんなの事をしているせいか、人間観察ならぬ人間家観察が得意になっていき、どういう家か、どういう人柄かがわかってきた気がする。
廊下を静かに進んで行く…

カサッ…

ビクッ
ほんの少しほんの少しだけ着物が掠れた音がした気がし、肩が飛び跳ねる。まるで誰かが尾行していて、家具か何かに服が当たってしまった時の音のようだ…

(まさかね、誰かが寝返りを打っただけよ絶対に…)

そう思おうとしてもやはり悪寒は消えそうにもない。思わず足を止める。もうなりふり構わず振り返る。半分は衝動的に、もう半分は確かめなければ落ち着かないと言う意思を持って…

何も、誰も居なかった…
見えなかったと言うのが正解だろうか。

視界にはなんの変哲もない、忍び込んだ家があるだけ。ただいまだに悪寒が消えないのは何故だろう。そう思うと、背筋の骨をなぞるように寒気がする。今は皐月の宵で、そんな寒気がするほど寒くはないだろう。

(さっさと終わらせちゃお…)

緋花は一番奥の大きそうな部屋を開き、中に足を踏み入れる。中にはかなりの大男が寝ている。これが悪質な高利貸しをし、民を奴隷のように扱っている庄屋だ。

(ビンゴ。この部屋だ…)

急に緋花の顔が能のような無表情になる。なるべく躊躇いのない動きで素早く大男の心臓らへんを日本刀で突き刺す。

「ウッ」

一発で仕留めるつもりだったが大男なだけあってか、お思わぬ大きさで声を出される。

(ちっ)

着物の胸元から鋭い短刀を取り出し、腹部にもう一度深く刺す。さっきよりも大きく血しぶきが散る。

血しぶきの散り方があの時のようにある花を連想させる。彼岸花。

「お母様…」



──緋花生きてっ…

紅く赤く彼岸花のように飛び散る血溜まり。何一つ悲鳴を上げず娘を守ろうとしたお母様。
紅く黒く重々しい記憶が幻灯のように、鮮明にけれども生々しい緋のフィルターがかかっている。脳内が真っ赤になる。
思い出したくもない思い出そうと思っていない最悪な記憶が全身を覆い尽くすような気がする。足元がふらつく。まるで深い深い穴に誰も助けてくれないような。



突如として明るい光が緋花の顔のあたりに差し込む眩しく、神々しくも感じる。


──約束な。また会おう!

目の前には彼岸花が一面に咲いており、九歳くらいの異様に美貌がいい黒髪の男の子と一緒に白い彼岸花の前で小指と小指を重ね合わせている。