龍王の再愛

 まだ体調が万全でないからと、私は蒼真様に部屋へ送ってもらうことになった。
「おまえは昔の俺を知っていると言っていたな。どういう関係だったんだ?」
 戻る途中にそう尋ねられ、私は答えに迷った。
 許婚だったと打ち明けたら、蒼真様はどんな反応をするだろう。
『おまえを嫁として扱うつもりはない』
 刃のように鋭い蒼真様の言葉が脳裏を掠める。記憶の中の言葉でも容赦なく私を切り裂いた。
「蒼真様と、私は……」
 また蒼真様に拒絶されたらと思うと怖い。
 声が喉に張り付いてしまったみたいに言葉が出てこない。でも、ここで黙りこくるのは変だ。
「……蒼真様は、大きな商家のご子息様で、私は蒼真様にお仕えしていた侍女でした。幼い頃から、蒼真様が行方不明になってしまわれるまで、ずっとお世話になっていました」
「そうか。だからか……」
「え?」
「いや……結界の中からおまえが溺れているのを見かけた時、無意識に体が動いていた。きっと、記憶はなくとも体が覚えていたんだろうな」
 蒼真様の体のどこかには私の記憶があるということ?
 それに私を助けてくれたのが蒼真様だったなんて。どうしよう、全身が震えるほどうれしい。
「蒼真様が私を……ありがとうございます」
 深く頭を下げると、蒼真様はぶっきらぼうに「死にそうな者を助けるのは当然のことだ」と言った。
 沈黙が落ちるけれど、先ほどより気詰まりじゃなかった。
「おまえが俺の家に勤めていたということは、おまえのその怪我は俺の家の者がやったのか?」
「いえ! この怪我は霊獣に襲われた時にできたもので。蒼真様のご家族様にはとてもよくしていただいておりました」
 正直には言えないけれど、蒼真様にご家族のことを誤解してほしくない。
 力強くそう伝えると、蒼真様は「そうだったのか。災難だったな」と私の目を見て言ってくれた。
「……俺の家族は息災だろうか?」
「はい、蒼真様を失った悲しみはあれど、それを乗り越えようとみな懸命に生きております」
 本当にそうであったならどんなに良かっただろう。
 霊獣との争いで土地は荒れ、霊獣討伐による度重なる出兵で税も上がり、民も困窮していると聞く。
 そして蒼真様が守るはずだった国を守れていない自分。ふがいなさを隠すように笑った。
「なら良かった。俺はもう人の世に戻るつもりはないから、家族にはよろしく伝えてほしい」
「そう、なのですね」
 それは、私がこの里を出たら、もう二度と蒼真様には会えないということ。
 ギュッと胸が締め付けられて苦しくなった。
「まあ、何もかも忘れている俺が戻ったところで、皆落胆するだけだろう」
「そんなことはございません! 朋里は、蒼真様が生きているとわかってどんなに嬉しかったか」
 自嘲するように話す蒼真様の言葉を遮るように、私は声を張り上げた。
 蒼真様に貰った牡丹の花を大切に握りしめる。
「私は蒼真様が幸せに暮らしていらっしゃることが一番です。どこにいらっしゃっても、その気持ちは変わりません」
 この気持ちに嘘偽りはない。
 もう二度と蒼真様に会えないとしても、蒼真様が幸せならそれで十分だ。
 それに結界で隠されたこの里にいれば、寿栄に見つかることもない。蒼真様が幸せに生きられる。
「……ありがとう」
 蒼真様はそれだけ呟くと私から目線を外した。
「そういえば、助けた時に拾ったんだが、これはおまえのものか?」
 差し出されたのは、私が大切にしていた腕輪だった。
「返すのが遅くなってすまなかった。大切なものだったのか?」
「はい。とても。この世で一番大切な方からいただいた、とても大切なものです」
 蒼真様から受け取った腕輪をそっと腕に通す。
 その時、右腕のあざが少し見えてしまった。私は慌てて袖を戻して隠す。
「そのあざ……」
「お、お見苦しいものをお見せして申し訳ございません」
 蒼真様の視線を腕に感じて、私はサッと右腕を体の後ろに隠した。
 腕のあざのことまで気が回らなかった自分を罵りたくなった。記憶を失った蒼真様がこの大きなあざを気持ち悪いと思っても不思議じゃない。
「そのあざも、怪我をした時にできたのか?」
「い、いえ。このあざは生まれつきで。すみません、気味が悪いですよね」
『気味が悪い』
 蒼真様に言われるのが怖くて、自分から冗談めかしてそう告げた。下手な笑顔かもしれないけれど、そのまま流してくれたら。そう思っていると、蒼真様が眉間に皺を寄せて顔をしかめた。
「誰かにそう言われたのか?」
「えっ? それは、その……」
「体の特徴を悪様に言う無礼な者の言うことなど間に受けぬ方がいい。少なくとも、俺は気味が悪いとは思わない」
 その言葉に、私の胸は強く揺さぶられた。
 記憶を失っているのに、私のことを覚えていないのに、どうして蒼真様は私が欲している言葉をくれるんだろう。
 嬉しいはずなのに、なぜか泣きたくなった。蒼真様と過ごした過去の記憶が体の中で隙間なく埋め尽くされて、息苦しさを感じる。
 どうして蒼真様は私を忘れてしまったんだろう。
 私の心の中は、こんなにも蒼真様でいっぱいなのに。