体が痛めつけられていたせいか、私は熱を出して寝込み、ようやく体調が回復したのは、龍族の里に来てから三日後のことだった。
喉の渇きを覚えて、のそのそと起き上がる。鞭打ちを受けた箇所がまだ鈍く痛んで、顔をしかめつつ寝台の脇に置かれた水差しを手に取った。
その隣には、牡丹の花が生けられている。
昨日は赤色が二本で、今日はそこに桃色の花が一本追加されている。
「爺様が気を配ってくれたのかしら」
誰かがこの部屋に何度か出入りをして、食事や着替えを用意してくれていたのは気配で感じていた。ただ熱にうなされていたせいで、お礼を言えなかったのだ。
牡丹の花に顔を近づけると甘い香りがする。
そういえば、私の誕生日には毎年蒼真様が牡丹の花を贈ってくれていたっけ。
またしんみりしそうになったけれど、爺様も含めて、お世話になった皆へ改めてお礼を言いたくて、私は部屋を出た。
里長だという爺様の屋敷はかなり広いようだった。霧が立ち込めていて遠くは見渡せないけれど、中庭には東屋もある。
誰かに爺様のいる場所を聞けたらと廊下を歩いていると、前方に歩いている下女を見かけた。耳がピンと尖っていて頭には角がある。龍族の特徴だ。
「あの、すみません」
小走りで駆け寄り声をかけると、下女が振り返っる。が、私の顔を見るなり「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、手に持っていた大きな花瓶を落としてしまった。けたたましい音を立てて花瓶が割れる。下女が欠片を拾おうと慌ててしゃがみ、私も申し訳なくてそれにならった。
「ごめんなさい、急に声をかけて」
「こ、こっちに来ないで……痛っ」
欠片で手を切ってしまったようで、下女の手のひらが血まみれになっていた。これは、かなり深い切り傷だ。人間より体が頑丈な龍族といえど痛むだろう。
「決して触れませんから、傷を私に見せてください」
「な、なに……」
「呪術で傷を癒すだけです。絶対にそれ以外のことはしませんから」
彼女の目を見てまっすぐそう告げると、彼女は戸惑いながらも手を差し出してくれた。
傷に手をかざして、霊力をそこに集中させる。
私は霊力が少ないから、かなり集中力が必要だ。額に汗が滲んだ頃、やっと彼女の傷がすべて塞がった。
「これでもう大丈夫だと思います」
「……あ、ありがとうございます」
痛みもなくなったようでよかった。ホッとしたのも束の間、霊力を使いすぎてしまったのか頭がクラクラして、立ち上がる時に後ろへ倒れそうになった。
「危ないぞ」
低く艶のある声が耳元で聞こえた。振り返ると、眉間に皺を寄せた蒼真様が私の肩を持って体を支えてくれていた。
「病み上がりのくせに呪術を使うな」
蒼真様の視線が、床に散らばった花瓶の欠片と血の跡に注がれている。
「私が声をかけたせいで驚かせてしまったので、その手当をしていて」
「だが龍族は治癒術を使えない。おまえが倒れても治せる者はいないんだぞ」
蒼真様が顔をしかめて言った。
龍族は霊力の性質から治癒術は使えないと、私ももちろん知っている。
口調は厳しいけれど心配してくれていることが伝わってきて、胸の辺りがほんのり温かくなる。
「すまないが、他の者を呼んでここを片付けるよう言ってくれるか」
蒼真様がそう告げると、下女は頭を下げてから走って去っていった。
「どうして部屋を抜け出したんだ?」
蒼真様の眼差しが恐ろしく鋭くて、私は思わず視線を落として逃げた。すると蒼真様が反対の手で花を持っていることに気がついた。桃色の牡丹の花。
「蒼真様、この花。もしかして私の部屋の……」
おそるおそる顔を上げると、蒼真様は私から目を逸らした。気のせいだろうか、目元が少し赤いように見える。
「ずっと寝込んでいたから様子を見に行っていただけだ。手土産も持っていけないのかと爺様がうるさかったからな」
ぶっきらぼうに言いながら、牡丹を手渡してくれる蒼真様。
「私、お礼を言いたかったんです……ありがとうございます、蒼真様。とてもうれしいです」
花を抱きしめると、懐かしい幸せの匂いがして、自然と表情が綻んだ。
喉の渇きを覚えて、のそのそと起き上がる。鞭打ちを受けた箇所がまだ鈍く痛んで、顔をしかめつつ寝台の脇に置かれた水差しを手に取った。
その隣には、牡丹の花が生けられている。
昨日は赤色が二本で、今日はそこに桃色の花が一本追加されている。
「爺様が気を配ってくれたのかしら」
誰かがこの部屋に何度か出入りをして、食事や着替えを用意してくれていたのは気配で感じていた。ただ熱にうなされていたせいで、お礼を言えなかったのだ。
牡丹の花に顔を近づけると甘い香りがする。
そういえば、私の誕生日には毎年蒼真様が牡丹の花を贈ってくれていたっけ。
またしんみりしそうになったけれど、爺様も含めて、お世話になった皆へ改めてお礼を言いたくて、私は部屋を出た。
里長だという爺様の屋敷はかなり広いようだった。霧が立ち込めていて遠くは見渡せないけれど、中庭には東屋もある。
誰かに爺様のいる場所を聞けたらと廊下を歩いていると、前方に歩いている下女を見かけた。耳がピンと尖っていて頭には角がある。龍族の特徴だ。
「あの、すみません」
小走りで駆け寄り声をかけると、下女が振り返っる。が、私の顔を見るなり「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、手に持っていた大きな花瓶を落としてしまった。けたたましい音を立てて花瓶が割れる。下女が欠片を拾おうと慌ててしゃがみ、私も申し訳なくてそれにならった。
「ごめんなさい、急に声をかけて」
「こ、こっちに来ないで……痛っ」
欠片で手を切ってしまったようで、下女の手のひらが血まみれになっていた。これは、かなり深い切り傷だ。人間より体が頑丈な龍族といえど痛むだろう。
「決して触れませんから、傷を私に見せてください」
「な、なに……」
「呪術で傷を癒すだけです。絶対にそれ以外のことはしませんから」
彼女の目を見てまっすぐそう告げると、彼女は戸惑いながらも手を差し出してくれた。
傷に手をかざして、霊力をそこに集中させる。
私は霊力が少ないから、かなり集中力が必要だ。額に汗が滲んだ頃、やっと彼女の傷がすべて塞がった。
「これでもう大丈夫だと思います」
「……あ、ありがとうございます」
痛みもなくなったようでよかった。ホッとしたのも束の間、霊力を使いすぎてしまったのか頭がクラクラして、立ち上がる時に後ろへ倒れそうになった。
「危ないぞ」
低く艶のある声が耳元で聞こえた。振り返ると、眉間に皺を寄せた蒼真様が私の肩を持って体を支えてくれていた。
「病み上がりのくせに呪術を使うな」
蒼真様の視線が、床に散らばった花瓶の欠片と血の跡に注がれている。
「私が声をかけたせいで驚かせてしまったので、その手当をしていて」
「だが龍族は治癒術を使えない。おまえが倒れても治せる者はいないんだぞ」
蒼真様が顔をしかめて言った。
龍族は霊力の性質から治癒術は使えないと、私ももちろん知っている。
口調は厳しいけれど心配してくれていることが伝わってきて、胸の辺りがほんのり温かくなる。
「すまないが、他の者を呼んでここを片付けるよう言ってくれるか」
蒼真様がそう告げると、下女は頭を下げてから走って去っていった。
「どうして部屋を抜け出したんだ?」
蒼真様の眼差しが恐ろしく鋭くて、私は思わず視線を落として逃げた。すると蒼真様が反対の手で花を持っていることに気がついた。桃色の牡丹の花。
「蒼真様、この花。もしかして私の部屋の……」
おそるおそる顔を上げると、蒼真様は私から目を逸らした。気のせいだろうか、目元が少し赤いように見える。
「ずっと寝込んでいたから様子を見に行っていただけだ。手土産も持っていけないのかと爺様がうるさかったからな」
ぶっきらぼうに言いながら、牡丹を手渡してくれる蒼真様。
「私、お礼を言いたかったんです……ありがとうございます、蒼真様。とてもうれしいです」
花を抱きしめると、懐かしい幸せの匂いがして、自然と表情が綻んだ。
