龍王の再愛

 洗濯を急いで干し、李琳の宮に戻るとまた大量の仕事を与えられた。それらを急いで片付けて、私はヘトヘトになりながら自分が住む小屋へ戻った。
 寝台の上にはでっぷりした茶色い毛並みの猫又が眠っていた。
「豆豆(ドウドウ)。ちゃんと隠れないとダメじゃない」
 すると豆豆は片目だけ開けて、ふたつの尻尾でシッシッという動作をした。うるさい、とでも言いたげに。
 この子は五年前に私が助けた猫又。いつのまにか私の小屋に居着いてしまったのだ。
 小さかったから豆豆と名付けたのだけれど、この五年ですっかり肉付きがよくなってしまった。成獣の猫又は人より大きくて、姿もすらっとしているのに、豆豆はただの猫と相違ない姿だ。そんな不格好な姿に親近感がわいて、私は豆豆をかなりかわいがっている。
「でも誰かに見られでもしたら、あなた殺されちゃうんだから」
「捕まる前に逃げるから問題にゃい」
 のっそり起き上がった豆豆はふんとそっぽを向いた。お腹のお肉も一緒にぶるんと震えて、なんともいえない気持ちになる。
「もう。そういえば、寿栄が来週、西州に兵を送るらしいの。また妖虎討伐をするんですって」
「またか〜? 懲りにゃい奴だにゃあ。それで、朋里は俺様に、また妖虎たちにそれを知らせに行けって言いたいのか?」
「そうなの。お願い、豆豆。私は後宮を出られないし、あなたにしか妖虎たちは助けられないの」
「むむ〜。朋里は人間にゃんだから、霊獣のことなんて放っておけばいいのににゃあ」
「そんなことできないわよ。霊獣もこの玲瓏国の大切な民。寿栄には絶対に傷つけさせない」
 この国に住む民と霊獣を守る――それが蒼真様の願いだった。
 蒼真様がいない今、私がその意志を継ぐ。
『野蛮な獣はこの国に不要だ』
 そんな身勝手な理由で霊獣を滅ぼそうとする寿栄の思い通りにはさせない。
 豆豆は、私が意見を曲げないと察したのか「うみゃあ」と呆れたようにうなだれた。
「まったく、朋里は頑固だにゃあ」
「ありがとう、豆豆。今回もお礼はあげられないけど」
「俺様よりショボい飯を食ってる奴から巻き上げようとは思わにゃいにゃ」
 お礼の代わりに首を撫でてあげると、豆豆はゴロゴロと気持ちよさそうに転がった。
 その光景に癒され、今日李琳から受けた暴言や痛みが和らいでいく。
 その時だった。
「ちょっと! 今日の李琳様への態度はどういう――って、獣?!」
 背後で大声がして、私と豆豆が驚いて振り返ると、そこには李琳の侍女がいた。
「どうして穢らわしい獣がこの後宮に! あんたが持ち込んだの?!」
 こんな後宮の外れに誰かが来たことはなかったから油断していた。しかもよりによって李琳の侍女に見つかるなんて。
「……迷い込んだ猫又が怪我をしていたから、手当てをしていただけです。すぐに外に捨ててきます」
「なにを言っているの! 霊獣は見かけたら殺すのが寿栄様の命令よ。あんたのことも宦官に突き出してやる!」
 侍女はそう言い残して宦官を呼びに走って行った。彼女が宦官を連れて戻るまで、そう長くはかからないだろう。このままだと豆豆が殺されてしまう。
「豆豆。今すぐ後宮から逃げて、そしてここにはもう戻らないで」
「にゃ、にゃにを! それだと朋里の身が危にゃいぞ! 朋里も一緒に……」
「私と一緒に逃げたら見張りに見つかってしまうわ。豆豆だけなら確実に逃げられるでしょ? それに大丈夫。私は大貴族・煌家の娘だもの。たとえ李琳でも、私を殺したら実家が黙ってないわ」
 豆豆には笑顔で告げたけれど、確証はない。でもその不安を豆豆に打ち明けることはできない。
 私が強気な笑顔を崩さずにいると、豆豆は不安そうな顔のまま「わかったにゃ……」と呟き、その場からドロンと消えた。
 これでいい。豆豆だけでも助かってくれたら。
 そう言い聞かせても不安は消えてくれなくて、私は縋るような思いで、寝台の枕の下に隠していた腕輪を手に取った。
「蒼真様……」
 腕輪を握ると、まるで蒼真様がそばにいてくれるような気がして、心が少し落ち着いた。
 捕まってもバレないように下着の中に腕輪をそっと忍ばせる。
 しばらくすると侍女が宦官を連れてやってきて、私は李琳の命で鞭打ちを受けた後、後宮の牢に閉じ込められた。