龍王の再愛

「このグズ! ぬるすぎるわよ!」
 朝餉に出した粥の椀を投げつけられ、私の服はベトベトに汚れてしまった。
 昨日は熱すぎると言われたからぬるくしたのだけれど、ダメだったみたいだ。たぶん私がなにをしても気に入らないのだろう。
 椀を投げ、鬼の形相で私を睨んでいるのは、この後宮の貴妃・李琳(りりん)。煌家の分家の出で、私のはとこで、私と同じく妃として後宮に入内した。
 反抗的な私と違って、李琳はすぐに寿栄の寵愛を得た。そして私は、霊力が少なく妃としての役目を果たせないからと、李琳の世話係――要するに下女として働けと命じられたのだった。
「本家出身のくせに五年経ってもこんな簡単なこともできないノロマなのね。霊力も少ないし、あんたが皇太子の許嫁だったことが何かの間違いだったのよ。やっぱりこの国の皇后にふさわしいのは私だわ」
 李琳は普通の霊力量しか持たない私が蒼真様の許嫁だったことが許せなかったらしく、昔から私を敵視していた。李琳の元で働くようになってから、その態度は顕著になっている。
「あんたじゃ役に立たないわ。代わりをお願い」
 周囲の侍女がクスクス笑っているのが聞こえる。
「まあでも皇太子といっても穢らわしい獣だものね。獣と関わりすぎてあんたも脳みそまで獣になっちゃったのかしら? ああ、ごめんなさい。元、皇太子だったわね。あの蛮獣はもう死んだもの」
 悔しい。龍の血を引く蒼真様や他の霊獣をこんな風に罵る李琳を許せない。
 でも、そう叫んでも「黙れ」と打たれるだけで、なにも変えられない。
 三日前にも鉄扇で叩かれた場所が不意に痛んで、私は右腕を押さえた。すると、李琳が大げさに顔を歪めた。
「ちょっと! その気色悪いあざを見せないでちょうだい!」
「そんなつもりは……」
「口答えするな! 汚らわしい!」
 李琳が呪術で机の上の鉄扇を浮かせて、私に向かって飛ぶように仕向けた。
 鉄扇は私の腕に一直線に向かったけれども、直前でわずかに狙いが逸れたようで、腕には当たら着物にかすめ布が切り裂かれた。
「なっ……絶対に当たるよう術をかけたのに、どうして」
 李琳は悔しげに唇をわなわなと震わせて、立ち上がった。
「さっさと片付けて消えてちょうだい! 目障りなのよ」
 やつ当たりをされる前に、私は急いで汚れた床を拭き、その場から立ち去った。

 服を着替えた後は、李琳の侍女から大量の汚れ物を受け取って、私は洗濯場へ向かった。
 指がかじかむほど冷たい水で洗濯をしながら、私は周囲の話し声に耳をそば立てる。後宮は娯楽が少ないから、下女は噂好きが多い。こうして耳を澄ましていると、有益な情報を得られたりするのだ。
「来週、また西州の妖虎の討伐に行くんですって」
「この間も行っていなかった?」
「なんでもその時は妖虎の巣がもぬけの殻だったそうよ」
「それで今度こそってわけね。でも畑を荒らす霊獣はともかく、妖虎はあそこらの霊獣をまとめる存在なんだから、なにも討伐しなくても」
「ほら、寿栄様は霊獣嫌いだから。野蛮な獣は一匹残らず殺せってさ」
「だからってねぇ。そのせいで出兵が増えて、税が上がってるんだから、たまったもんじゃないよ」
 ため息をつく下女たちをよそに、私は聞きたかった情報を掴むことができて、よし!と拳を握る。