龍王の再愛

 私、煌 朋里(こう ともり)は、生まれた時から皇太子様の許婚である。
 許嫁として、私は三日に一度、皇太子宮へ足を運んでいる。皇太子様に会えるのは嬉しい……でも皇太子宮に行くのは憂鬱だ。
「ごきげんよう、朋里様。蒼真様はまだお稽古中ですから、お部屋でお待ちください」
 皇太子様の側近である寿栄(じゅえい)が笑顔で私を迎える。
 蒼真様とは、皇太子様の名だ。
 寿栄は一見朗らかだけれど、目が笑っていないことに私はずっと前から気付いている。だから私は寿栄が苦手だ。
「いいえ、大丈夫。お庭で待っているわ」
 宮の中にいるのは避けたくて、胸の前で手を振って断った。
 その拍子に袖が下がり、私の右腕にある大きな黒いあざが少し見えてしまった。寿栄の視線が突き刺さる。笑顔が一転して、化け物を見るような嫌悪の色がその目に浮かんでいる。
 私は袖を直してあざを隠し、寿栄に会釈するとひとりで庭に向かった。
 背後から「汚らわしい。醜女な上に霊力まで少ないときては獣以下だな」と呟く声が聞こえた。
 聞こえないふりをして、その場から足早に立ち去る。
「どうして霊力が少ないのに、皇太子様のお妃なのかしら」
「煌家は大貴族だもの。お金にものを言わせたのではなくて?」
「鳳凰様がお嘆きになるわね。見た目だけでなく、行いも醜いだなんて」
 庭園へ向かう間も侍女らしき人の囁き声が私の背中をチクチクと刺した。
 彼らの言う通り、私の霊力量は少ない。普通なら妃になれないだろう。
 それに生まれつきとはいえ、醜いあざも体にある。このあざは年々広がっている気がしていて、私自身も
 どうして私が蒼真様の許嫁に選ばれたのか、彼らが不審に思うのも無理はない。わかってはいる。でもなんとも思わないわけじゃない。
 なんとか庭園に着いて、私はやっとまともに呼吸ができた心地がした。
 庭園には私の好きな牡丹の花が美しく咲いている。ささくれだった気持ちが穏やかになっていく。牡丹を眺めながら散歩をしていると、不意に頭上から「みゃーおー」と頼りなげな鳴き声がした。
 見上げると、木の枝に小さな猫又がしがみついていた。
 猫又はふたつしっぽが特徴の霊獣だ。成獣なら空を飛べるし、言葉も話せるが、この子は子どもだから降りられなくなってしまったのかもしれない。
 私はすぐさま木に登って、猫又を助けようとした。
「いい子だから私に捕まって」
 猫又がいる枝に向かって目いっぱい手を伸ばす。指先でもいいから届いてほしいと願っていると、怯えていた猫又がゆっくりと私に近づき、手に乗ってくれた。
 ほっとひと安心、と思ったその時。
「うわぁ!」
 気が緩んだせいか、私はバランスを崩してしまった。どこかへ捕まるのも間に合わない。せめて猫又だけは傷つけないようにギュッと抱きしめると、私の体は地面に叩きつけられるのではなく、誰かに抱き止められた。
「まったく、俺の許嫁殿は今日もおてんばだな」
「そ、蒼真様!」
 私を抱き止めてくれたのはこの宮の主である蒼真様だった。はしたない姿を見せてしてしまい、私は顔を青くした。
 でも蒼真様は気にした様子もなく、私を下ろして「怪我はないか? 朋里」と頭を撫でてくれる。
「猫又か。宮に迷い込んでいたのか」
「はい、木から降りられなくなっていたみたいで」
 幸い猫又も怪我はしていないようで、元気そうに「みゃーう」と鳴いた。放してやると猫又はたったと駆けて行った。
「朋里らしいな。だが、それでおまえまで怪我をしては元も子もないぞ」
「はい。申し訳ございません……」
「わかればよろしい」
 幼い子供に言い聞かせるような蒼真様の口調になんだか情けなくなった。
 蒼真様の方が五つも年上だけど、私だってもう十三歳。なのにいつまでも子供扱いをされている気がする。こんな調子で、私は蒼真様の妃としてふさわしくなれるんだろうか。
「どうした、朋里?」
 不安が顔に出てしまったのか、蒼真様が心配げに私の名前を呼ぶ。でも忙しい合間を縫って私に会ってくださるのに、こんな情けないことを相談できない。
「いいえ。なにも」
 慌てて笑顔を作ると、蒼真様の手に包帯がぐるぐる巻かれていることに気がついた。しかも包帯は血がにじんで真っ赤になっている。
「そ、蒼真様、お怪我を?!」
「ああ、剣術の稽古で少し切っただけだ」
「大変! 見せてください」
 私は傷に触れないよう彼の手をそっと取り、自分の手のひらに意識を集中させて治癒の呪術をかける。人より霊力が少ないから、時間がかかるものの、しばらくするとポワンと手のひらから光が生まれて蒼真様の手を包み込んだ。これで少しは痛みが和らぐはず。
「世話をかけるな」
「そう仰るならお医者様の治癒術をちゃんと受けてくださいませ」
「それだと朋里に会う時間がなくなってしまう」
「……っ!」
 爽やかな笑顔で言われて、私の心臓がきゅうっと幸せな悲鳴を上げた。
「でも心配です。蒼真様はいつも無理をなさるから」
「病床の陛下に代わり今後は俺が国を治めていくことになるから、多少の無理も必要だ。それに心配するな。皇族は龍の血を引いている。知っての通り、普通の人間より傷の治りは早い」
「それでも! 蒼真様の体が傷ついていることに変わりありません」
 私にもっと霊力があれば、蒼真様をすぐに癒せるのに。自分の力のなさが悔しくなって唇を噛み締めると、蒼真様が私のあざがある右の手をためらいなく握った。
「ありがとう、朋里」
 蒼真様が優しい瞳を私に向けてくれる。
 その美しいかんばせに見惚れていると、手にヒヤリとしたなにかを通された。不思議に思って視線を落とすと、そこには美しい紋様が施された金色の腕輪が。真ん中に蒼真様の瞳の色に似た青玉がはまっている。
「おまえの存在があるから俺はこうして励めるんだ。心配をかけるかもしれないが、これからも俺のそばで、共にこの国に住む民と霊獣を守ってほしい。これは俺の唯一の妻だという証だ」
 私は美しい腕輪を見つめた。
 うれしさが込み上げると同時に身が引き締まる思いがした。
 醜いあざがあろうと、霊力量が少なかろうと、私は妃に選ばれたのだ。たとえ今は妃にふさわしくないとしても、蒼真様を支えるために努力をしていかなければ。
 私は、蒼真様と一緒にこの国を守っていく。人も霊獣も幸せに暮らせるよう、この国を、ずっと。