「すまない。あんな戯言をお前の耳に聞かせてしまって」
騒動が収まると、蒼真様は肩をすくめてそう言った。
「いえ。私は気にしておりません。蒼真様こそお疲れになったのでは? 今お茶を淹れてまいりますね」
「いや、少し外に出ようと思う。朋里、おまえも一緒についてきてくれ」
蒼真様は私を誘うと、近衛に馬の手配を頼んだ。
連れて来られた馬に私を軽々と乗せ、蒼真様は私の後ろに跨った。背中に蒼真様の体温を感じて少し落ち着かない気持ちになっていると、ドロンと音がしてどこからともなく豆豆が現れた。
「お散歩にゃのか? 俺様も行くにゃ!」
寿栄がいなくなり、霊獣が表立って迫害されることはなくなったから、豆豆も自由に宮殿を出入りしている。霊力操作の効果が切れて元のでぶっちょの姿に戻ってしまい、最近は野良猫によく間違えられるとこの前文句を言っていた。
私の前にドスンと座った豆豆だったけれど、蒼真様が手を伸ばして豆豆の首根っこを掴んだ。
「なにするにゃ!」
「悪いが今日は遠慮してくれ。久しぶりの逢引なんだ」
「逢引……」
恋仲の男女が使う単語に私は思わず照れてしまう。
豆豆はジトーッとした目で蒼真様を睨んでいる。
「俺様に命令するにゃら、それにゃりの対価が必要にゃ」
「最高級煮干しを山盛り用意させよう。猫じゃらしもつけてやる」
「むむ~……それならまあ、特別に聞いてやってもいいにゃ。じゃっ、朋里まだ後でにゃ~」
ツーンとそっぽを向いたものの、ニヤニヤを隠せていない。豆豆はうきうきした様子で姿を消した。
振り返ると、蒼真様も得意げな顔をしていて私はクスリと笑みを漏らした。
「こうしてふたりで馬に乗るのも久しぶりだな」
「はい。五年ぶり、ですね」
心地よい風を受けながら、私は噛み締めるように頷いた。
五年。死んだように色を失っていた年月。もう一度、私の世界が色付くことなんてないと思っていた。
蒼真様の宮に着き、私たちは馬を降りて、庭園へ向かった。昔、蒼真様とよく話をした場所だ。原っぱに腰を下ろした蒼真様はその隣に手巾を引いてくださり、私はありがたくそこへ座らせてもらう。
「記憶が戻ってからはずっと忙しなかったから、朋里とゆっくり話す時間もなかった。おかげで聞きたいことも聞きそびれていた」
「聞きたいこと?」
「……里にいた時に、大切な人との約束があるから外の世界に帰らないと、と言っていただろ? あれは、その、俺との約束、ということか?」
蒼真様がおそるおそるといった様子で尋ねるものだから、私は目を瞬かせた。
「はい。蒼真様と共にこの国を守ると約束しましたから」
「そういうこと、か……」
はあぁと大きくため息をついたかと思うと、蒼真様が私の体を支える腕の力を強めた。離さないと言わんばかりの強い力だ。
「それを聞いて安心した。朋里が実は他の男を想っているんじゃないかと思って、ここ最近気が気じゃなかったんだ」
「そ、そうだったんですか?」
「ああ。聞いた時も嫉妬で気が狂いそうだった。あの時、俺は朋里に里にずっといてくれないかと告げるつもりだったからな」
「えぇっ?! でも蒼真様はあの時はまだ記憶を失っていらしたのに」
「記憶を失って、俺はもう一度おまえに惚れたんだよ」
たぶん今、蒼真様の瞳に映る私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
許婚という決められた立場がなくても、私が鳳凰の神子だと知らなくても、蒼真様は私に想いを寄せてくれた。その事実に幸福が一気に押し寄せる。
「俺の心はもうずっとおまえに掴まれている。俺の唯一の妃として、これからもそばにいてくれるか?」
蒼真様が私の手を恭しく持ち上げ、手の甲に口付ける。
私の腕には、以前蒼真様から贈られた妃の証の腕輪がある。あの時から、気持ちはひとつも変わっていない。一度は叶わないと思っていたから、むしろ気持ちは強まっている。
「はい。ずっとおそばにおります」
ずっと、いつまでも。
もう二度と、離れない。
感極まって滲む涙はそのままに、笑顔で頷くと、蒼真様は私の頬に口付けを落とした。
騒動が収まると、蒼真様は肩をすくめてそう言った。
「いえ。私は気にしておりません。蒼真様こそお疲れになったのでは? 今お茶を淹れてまいりますね」
「いや、少し外に出ようと思う。朋里、おまえも一緒についてきてくれ」
蒼真様は私を誘うと、近衛に馬の手配を頼んだ。
連れて来られた馬に私を軽々と乗せ、蒼真様は私の後ろに跨った。背中に蒼真様の体温を感じて少し落ち着かない気持ちになっていると、ドロンと音がしてどこからともなく豆豆が現れた。
「お散歩にゃのか? 俺様も行くにゃ!」
寿栄がいなくなり、霊獣が表立って迫害されることはなくなったから、豆豆も自由に宮殿を出入りしている。霊力操作の効果が切れて元のでぶっちょの姿に戻ってしまい、最近は野良猫によく間違えられるとこの前文句を言っていた。
私の前にドスンと座った豆豆だったけれど、蒼真様が手を伸ばして豆豆の首根っこを掴んだ。
「なにするにゃ!」
「悪いが今日は遠慮してくれ。久しぶりの逢引なんだ」
「逢引……」
恋仲の男女が使う単語に私は思わず照れてしまう。
豆豆はジトーッとした目で蒼真様を睨んでいる。
「俺様に命令するにゃら、それにゃりの対価が必要にゃ」
「最高級煮干しを山盛り用意させよう。猫じゃらしもつけてやる」
「むむ~……それならまあ、特別に聞いてやってもいいにゃ。じゃっ、朋里まだ後でにゃ~」
ツーンとそっぽを向いたものの、ニヤニヤを隠せていない。豆豆はうきうきした様子で姿を消した。
振り返ると、蒼真様も得意げな顔をしていて私はクスリと笑みを漏らした。
「こうしてふたりで馬に乗るのも久しぶりだな」
「はい。五年ぶり、ですね」
心地よい風を受けながら、私は噛み締めるように頷いた。
五年。死んだように色を失っていた年月。もう一度、私の世界が色付くことなんてないと思っていた。
蒼真様の宮に着き、私たちは馬を降りて、庭園へ向かった。昔、蒼真様とよく話をした場所だ。原っぱに腰を下ろした蒼真様はその隣に手巾を引いてくださり、私はありがたくそこへ座らせてもらう。
「記憶が戻ってからはずっと忙しなかったから、朋里とゆっくり話す時間もなかった。おかげで聞きたいことも聞きそびれていた」
「聞きたいこと?」
「……里にいた時に、大切な人との約束があるから外の世界に帰らないと、と言っていただろ? あれは、その、俺との約束、ということか?」
蒼真様がおそるおそるといった様子で尋ねるものだから、私は目を瞬かせた。
「はい。蒼真様と共にこの国を守ると約束しましたから」
「そういうこと、か……」
はあぁと大きくため息をついたかと思うと、蒼真様が私の体を支える腕の力を強めた。離さないと言わんばかりの強い力だ。
「それを聞いて安心した。朋里が実は他の男を想っているんじゃないかと思って、ここ最近気が気じゃなかったんだ」
「そ、そうだったんですか?」
「ああ。聞いた時も嫉妬で気が狂いそうだった。あの時、俺は朋里に里にずっといてくれないかと告げるつもりだったからな」
「えぇっ?! でも蒼真様はあの時はまだ記憶を失っていらしたのに」
「記憶を失って、俺はもう一度おまえに惚れたんだよ」
たぶん今、蒼真様の瞳に映る私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
許婚という決められた立場がなくても、私が鳳凰の神子だと知らなくても、蒼真様は私に想いを寄せてくれた。その事実に幸福が一気に押し寄せる。
「俺の心はもうずっとおまえに掴まれている。俺の唯一の妃として、これからもそばにいてくれるか?」
蒼真様が私の手を恭しく持ち上げ、手の甲に口付ける。
私の腕には、以前蒼真様から贈られた妃の証の腕輪がある。あの時から、気持ちはひとつも変わっていない。一度は叶わないと思っていたから、むしろ気持ちは強まっている。
「はい。ずっとおそばにおります」
ずっと、いつまでも。
もう二度と、離れない。
感極まって滲む涙はそのままに、笑顔で頷くと、蒼真様は私の頬に口付けを落とした。
