龍王の再愛

 切り裂くような風圧が私の目の前で巻き起こった。私に伸びていた寿栄の腕が切り捨てられていて、目の前に大きな背中が現れた。
 
「まったく、俺の許嫁殿は相変わらず無茶をする」

 その人は剣を前に構えたまま私を振り返り、困ったように眉を下げている。
「蒼真、様……?」
「助けに来るのが遅くなってすまない、朋里」
 私は大きく目を見開いた。
「蒼真様、どうして……お体は……」
「もう平気だ。朋里、おまえのおかげでな」
「私のおかげ?」
 首を傾げると、蒼真様が「ああ」と頷きながらニッと笑った。
 その笑顔は、記憶を失う前の蒼真様が私に向けてくれた表情に似ている。血が通っているというような、里で見た時よりも表情が生き生きしている。
「おまえの祈りが俺の内側で暴走していた霊力を鎮めてくれたのだ。鳳凰の神子であるおまえの力が目覚めたおかげだ」
「鳳凰の、神子……? 私が……?」
 鳳凰様はこの国を創った尊き神獣。私がその神子? にわかに信じられない。
 それに記憶を失った蒼真様がなぜ、そんなことを言うのか。
「蒼真様、もしかして記憶が――」
「やはり生きていたのか。忌々しい龍め」
 尋ねようとしたところで、寿栄が憤怒の表情で蒼真様を指差した。それは、先ほど蒼真様に切り落とされたはずの手だった。人間離れした回復力に私は目をみはる。
 蒼真様は素早く豆豆ごと私を片手で軽々抱き上げ、剣を大きく振るった。斬撃波が寿栄を襲い、一瞬の隙ができる。
「朋里! その猫又の霊力が強まるように念じるんだ!」
「えっ?!」
「早く!」
 理解が追いつかなかったけれど、私は言われるがまま豆豆をギュッと抱きしめた。無我夢中で念を込めていると、手元で小さな火花のような弾ける気配がした。意識すると途端に燃え盛るように気配が大きくなり、にわかにつむじ風が巻き起こる。
 目を開けると、豆豆の代わりに虎のような顔つきの凛々しい霊獣が私の前に立っていた。その霊獣も後ろでふたつ尻尾が揺れている。
「ま、まさか豆豆……?」
「ああ、そうだ。どうやらおまえに力を呼び起こされたらしい」
 声まで変化して低くなっている。
 私が呆然としていると、蒼真様は私を抱き上げて豆豆に跨った。
「空なら寿栄の手は届かない! 急ぐんだ!」
 蒼真様の声を合図に、豆豆は私たちを乗せて、空へ駆けて行く。
「逃がすものか!」
 寿栄が黒い刃を飛ばしてくるが、蒼真様が剣圧ではじき返す。それでも数が多く、私たちに向かってくる刃もあったが、なぜか私たちに近づいた瞬間、刃が霧散して消えた。
 その間にも豆豆はどんどん高く昇って行き、私たちは雲の間に身を潜めた。
「朋里、無事でよかった……」
 蒼真様が私をギュッと抱きしめる。私も安堵を覚えたけれど、それよりも聞きたいことが多すぎた。
「そ、蒼真様。どういうことですか、私が鳳凰の神子って。それに、もしかして記憶が……」
 まくし立てるように尋ねると、蒼真様が「ははっ」と笑う。その気さくな笑顔に私はどうしようもなく泣きたくなった。私が知っている、蒼真様の笑顔だ。
「驚いた顔は変わらないな。大丈夫。時間はないが順を追って説明する」
 蒼真様がポンと私の頭を撫でた。
「朋里が言うように、俺は封じられていた記憶を取り戻した。五年前のあの日、俺は龍の血のおかげで、体を貫かれたが息絶えてはいなかった。奴らは俺の記憶を封じて、湖に沈めたんだ。万が一生き延びても、記憶を失っていたら元の場所に戻ることはできないからな」
「そう、だったんですね」
「俺の記憶はずっと眠ったままだった。だが、おまえの中の鳳凰の神子としての力が目覚めたおかげで、俺の霊力は鎮まり、呪術で封じられた記憶も呼び起こされたのだ」
「先ほども仰っていましたけど、私が鳳凰の神子だなんて……蒼真様はなにか勘違いをしてらっしゃるんじゃ……」
 私は人より霊力も少ないし、そんな特別な存在だとは思えない。だが、蒼真様は私の右手を包み込み、「朋里の腕のこのあざが、なによりの証拠だ」と告げ、私の袖をめくった。そこには大きな黒いあざがあるはずなのに、あざは薄れ、代わりにうっすらと赤い紋様が刻まれていた。
「どういうこと?! 私の、あざが……」
「これこそが鳳凰様から加護を受けた神子の証。朋里が神子の力に目覚めたことで、変化したんだ」
 私は変化した自分の腕のあざと蒼真様の顔を交互に見やる。
 蒼真様が嘘をついているとは思えない。でも私が鳳凰様の神子という特異な存在であると信じられないという気持ちはまだある。
「鳳凰の神子は相手の霊力を意のままに操る能力を有している。この猫又の内で燻っていた霊力を呼び起こしたのも、朋里、おまえの力だ。それに先ほども寿栄の攻撃は当たらなかっただろう? 神子には呪術による攻撃を無効化する力もあるんだ」
 思えば、寿栄や李琳の攻撃も当たらなかったことがある。それも、神子の力ということだろうか。
 自分の知らない力が自分の中に宿っている。得体が知れなくて少し怖い。
 でもそれ以上に悔しかった。こんなにすごい力が自分にあるのだと早く知っていたら、寿栄のことも止められたし、蒼真様のことも守れたかもしれないのに。
 その時また地上で地響きが聞こえた。
「寿栄を止めねばならないな」
 そうだ。このまま寿栄を止めなければ、龍族の里が荒らされてしまう。そのために、蒼真様はひとりで向かおうとしている。
「私も一緒に行きます」
「朋里、なにを言って……」
「今度は私も蒼真様をお守りしたいのです」
 五年前の時のように、なにもせずに蒼真様が傷つくのをただ見ているだけなのは嫌だ。
 まだ完全に信じられたわけではないけれど、私には鳳凰の神子としての力があるという。本当にそんな力があるなら、私は蒼真様を守るために使いたい。
 切実な思いで見つめると、蒼真様はハッとしたような表情をした。
「あの時はおまえにつらい思いをさせてしまったからな。今度は共に戦おう。だが無茶はするな。おまえは俺が守る」
 蒼真様の言葉に私は力強く頷く。
「豆豆といったか、朋里を頼んだぞ」
 豆豆が「わかっている」と返したのを聞き届けた蒼真様は、豆豆の背中から飛び降りた。霊力で風を操り、砲弾のような速さでそのまま寿栄に切りかかる。