龍王の再愛

***

 朋里がこの里に来て七日が経った。
 爺様がうるさいから毎朝様子を見に行っているが、また朋里が部屋にいなかった。
「まったく、どこへ行ったんだ」
 全身傷だらけで熱まで出していたのだから、まだ安静にしているべきなのに。
 ため息をついてから屋敷の中を探すと、朋里は厨で火を起こしていた。
「朋里、なにをしているんだ」
「蒼真様! どうしてこんなところへ?!」
「朋里の姿が見えないから探していたんだ」
「申し訳ございません……実は蒼真様の昼餉をご用意したくて、厨をお借りしていたんです」
「朋里は客人だ。そんなことしなくていい。まだ怪我も治っていないだろう」
「でも蒼真様に召し上がっていただきたいものがあって」
「俺に?」
「はい、あともう少しで炊き上がりますから、できたらお声がけしますね」
 晴れやかな笑顔で俺のためだと言われると、なにも言えなくなってしまう。
 それに朋里なら「私はもう大丈夫ですから」とか強がって、部屋で大人しくしていろと言っても聞かないだろう。昨日洗濯をするのを止めた時も同じことを言っていた。
「朋里の体調が悪化したらすぐに知らせてくれ」
 せめてもと、朋里と一緒に昼餉の準備をしていた下女にそう伝えて、俺は渋々その場を去った。
 背後で朋里と下女の笑い声が聞こえる。いつの間に打ち解けたのかと正直驚いている。
 俺の妻のフリをしているというのもあるだろうが、一番は朋里の人柄だろう。
 あの屈託のない笑顔は見る者を惹きつける。
 親しい者にはさらに愛らしい笑顔を見せているんだろうか。あの腕輪の贈り主にも。
 先日、朋里を助ける際に拾った腕輪を返した時、朋里はとても大事そうに、そして愛おしそうに腕輪を見つめていた。
 あれは恋人からの贈り物なんだろうか。
『朋里は、蒼真様が生きているとわかってどんなに嬉しかったか』
 うっすらと涙さえ浮かべて俺にそう訴えていたのに、朋里は別の男を想っているのか?
 胸が焼けるような苦しみが湧き起こる。胸を押さえて空を仰ぐと、霧深い空から白昼の月が見えた。
「もうすぐ満月か」
 またあの、身を灼かれるような痛みがやってくる頃だ。
 
 しばらくすると朋里が呼びに来て、共に小広間へ向かった。
 食膳がふたつ、向かい合わせに並んでいる。俺と朋里のものだ。爺様はニヤニヤしながら「新婚さんの邪魔するわけにはいかないからのう」とふざけたことを言って、ここ数日は食事は別で取っている。
 膳には野菜炒めを始めとするおかずが数品と汁物、それにきのこと山菜のおこわが並べられていた。食欲がそそられる香りに促されるまま、おこわをひと口食す。
 きのこの風味と出汁の匂いが鼻を抜け、鶏肉の旨みが米に染み込んでいる。
「うまいな」
「本当ですか? 良かった!」
 しみじみ呟くと、朋里が嬉しそうに笑った。
 食べ進めていると、味が体にしっくりする感じがした。記憶はないのに、体が味を覚えているような感覚だ。
「もしかしてこれは俺の好物だったのか?」
「覚えてらっしゃるのですか?」
「いや、そうではないが、なんとなく懐かしいような気がする」
「私の母が蒼真様の世話役だったのですが、よくお八つにおにぎりを作っていたんです。蒼真様と私は特にこのおこわのおにぎりが好きで。もしかしたら今も喜んでくださるかなと思って同じ作り方で作ったんです」
 良かった、と朋里は喜びを噛み締めるように胸に手を当てている。
 朋里が俺に尽くそうとするのは、かつて俺が朋里の主人だったからだろう。俺へ特別な感情を抱いているわけではない。
 それどころか朋里には想い人がいる。
 頭ではそう理解しているのに、朋里の笑顔に特別な意味を見出そうとしている。
 なんて愚かなのだ。
 夫婦のフリなど馬鹿馬鹿しいと思っていたはずなのに。