現の主人と影

慣れない授業に戸惑いながらも、先生の説明を聞き、ノートを取っているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

「よし、今日はここまでにしよう。明日も遅れないようにな」

先生の言葉とともに、補講が終わる。

私はノートを閉じ、鞄にしまい、帰る支度を始めた。
ようやく帰れる。
そう思いながら席を立った、そのときだった。

「なあ、瀬尾ちゃんやんな?」

不意に声をかけられ、振り返ると多田くんが立っていた。

「え、あっ…うん」

「俺も先週転校してきたんよ。多田 優里いいます〜よろしくな〜」

そう言って、彼は人懐っこい笑みを浮かべた。

先ほどまで、何かを探るようにこちらを見つめていたのが嘘のようだった。

「…、こちらこそです…」

戸惑いながらもそう返すと、彼は満足そうに笑った。

けれど、やはり気になる。
初めて目が合ったとき、彼は一体、何を感じていたのだろうか。

「あ〜それじゃあ、世間話はこれくらいにして、本題に入ろか」

不意に、多田くんの声色が変わった。

先ほどまで浮かべていた笑みはそのままなのに、どこか違和感を覚える。

「君のそれ、自分のやないんやろ?」

「え…」

思いがけない言葉に、思わず聞き返した。

多田くんは私の反応を楽しむように、目を細める。

「君のか〜げっ。よう見んかったら分からんかったわ〜」

その言葉を聞いた瞬間、心臓が嫌な音を立てた。

何故…どうして、彼がそれを知っているのだろう。

頭の中でいくつもの疑問が浮かんでは消えていく。けれど、どれひとつとして口にすることはできなかった。

そんな私の様子を気に留めることもなく、多田くんは軽い調子で続けた。

「なあ、俺の影と交換してくれへん?」

「こう、かん…?」

「そうそう。俺の、全然気ぃ合わんくてさ。せっかくやし、交換してくれたら助かるんやけど」

冗談でも言うような口調で、彼は笑った。

けれど、その目は少しも笑っていなかった。

何か言わなければ。
そう思うのに、声が出てこない。

足元がぐらりと揺れたような気がした。逃げなければと思っても、足がすくんで一歩も動けない。

「……っ」

ようやく声を出そうとした、そのときだった。