現の主人と影

影は雨の方へと向きを変えた。

「彼らが本当に研究しているのは、もっと別のことだ」

静かな声だった。
なのに、その言葉だけが妙に重く感じられた。

「主人を持たない影を使って、人間の人格を操ることはできないのか。影と人間の意志を、どこまで結びつけられるのか…」

私は、息を呑んだ。

「……そんなことを?」

「研究のためなら、何でもする人間はいる」

男性は淡々と続けた。

「影を持たない人間も、例外ではない」

その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。

私も。

 私も、その「研究」の対象になるのだろうか。

「君は今、影を持っていない」

影が再びこちらに向いた。

「だからこそ、彼らにとっては都合のいい存在なんだ」

「……」

「そして、私も今は主人を持っていない」

私は顔を上げた。

「主人を……?」

「ああ」

男性は静かに頷いた。

「主人を持たない影は、彼らにとって非常に価値がある。だから私は今、追われている身なんだ」

雨音だけが、二人の間に流れていく。

「君は影を持たない。だから、私と違うと言えば違う」

「けれど、同じとも言える」

「…え?」

「どちらも、かけているものがある。この世界には普通とされているものの片方が」

同じ。

今まで、そんなふうに言われたことはなかった。
私はずっと、影を持たない自分は「普通ではない」と思っていた。けれど、目の前にいるこの人も、私と同じなのだろうか。

「……おなじ」
気づけば、声に出していた。

影は何も言わず、私の方を向いている。

「私は今、元の主人を探している」

その一言に、胸がざわついた。

元の主人。

それが、この人にとってどんな意味を持つのか。

私にはまだ分からない。

けれど…

この人が追われているのなら、この人も、私と同じように居場所をなくしているのなら、

私に、できることがあるのだろうか。

気づけば、口が動いていた。