現の主人と影

翌日、相談所を訪れた立花さんは、昨日よりも顔色が悪く、どこか疲れ切った様子だった。

私は彼女の隣に腰を下ろし、そっと声をかけた。
「…立花さん」

彼女は俯いたまま、かすかに顔をこちらへ向けた。

「なつきさんは…、立花さんのこと、忘れてなんかいません」

「え…」

その言葉に、立花さんがゆっくりと顔を上げた。

「昨日、高橋さんが立花さんから離れようとしたとき、見えたんです」

あのときの光景を思い返す。

「高橋さんの影から、立花さんのほうへ伸びようとする手が…」

ほんの一瞬だった。
すぐに引っ込んでしまったけれど、確かに見えた。

「だから…なつきさんは、今も立花さんのことを覚えているんだと思います」

私は彼女の目を見つめた。

「大丈夫です。きっと、取り戻せます」

「…っ」
 
立花さんの瞳が揺れた。
 
今にも涙がこぼれそうなその目に、ほんの少しだけ光が戻ったように見えた。

「瀬尾ちゃん、やっぱりさすがやわぁ」

それまで黙っていた多田くんが、ふっと笑った。

「……ほんなら、もう決まりですよね?」

そう言って、羽月さんへ視線を向ける。

「そうですね!」

なおさんが待ってましたと言わんばかりに頷く。

「ああ」

羽月さんも静かに頷いた。

「それじゃあ、今から取り戻しに行こうか」