現の主人と影

家に帰ってからも、私はずっと考えていた。

早く、如月の本当の主を見つけないと。

このまま時間が経てば、如月の本当の主は、彼のことを忘れてしまうかもしれない。

早く…早く見つけなきゃ。
そう思えば思うほど、焦りばかりが募っていく。

『りん』
 
ふいに名前を呼ばれ、はっとした。

気づけば私は、部屋に戻ってから一度も座らず、ただ立ち尽くしていた。

そんな私に寄り添うように、足元の影がそっと形を変える。

「え…」

『りん。私も、彼も大丈夫だ』

如月の声は、いつもと変わらず穏やかだった。

「っ…、で、でもっ、羽月さんだって、絶対とは言い切れないって…!」

私は思わず声を荒らげた。

「今こうしている間にも、本当の主さんは如月のことを忘れていってるかもしれなくて……っ! それに……如月だって、前の主のことをはっきり覚えているわけじゃないのは……離れている時間が長いから、少しずつ忘れていってるからじゃ……っ」

そこまで口にして、はっとした。
もし、本当にそうだったら?

私が如月と一緒にいることは、如月にとっても、本当の主にとっても、よくないことなんじゃないだろうか。

このまま時間だけが過ぎて、ようやく再会できたときには、お互いのことを忘れてしまっていたら…。

そんな最悪の結末が頭をよぎる。

どうしよう。

どうしたらいいのだろう。
 
考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

そのときだった。

ふわりと、何かが私を包み込んだ。

それは、優しく寄り添うような影の形をしていた。

そして、声が聞こえた。

いつものように頭の中へ直接響く声ではない。
すぐ隣から、私に語りかけるような、穏やかな声だった。

「…忘れたりはしないよ。私には、そう言い切れる。何があっても、彼との記憶を忘れることだけは、自分自身が許さないだろうからね」

その声には、どこか懐かしむような響きがあった。

「大切な記憶だからな…。それはきっと、彼も同じだろう」
 
優しく微笑んでいるような声だった。

「必ず、会いに行く。だから、今はそんなに気にしなくていい。私のわがままに付き合ってくれていると、そう思ってくれればいいんだ」

「っ…」

頬を、温かいものが伝った。

「でもっ…」
 
わがままなんかじゃない。
私がこうして普通に過ごせるようになったのは、如月のおかげなのに。助けられているのは、私のほうなのに…。

「大丈夫だ」
 
如月は、もう一度そう告げた。

優しく語りかけるその声は、不思議なほど心地よかった。

胸の奥に渦巻いていた不安も、申し訳なさも、その声に包まれて少しずつ和らいでいくようだった。