現の主人と影

「私には……最近まで、影がなかったんです」

 私は、如月と出会い、本当の主人が見つかるまでという約束で契約したことを話した。

「それで、彼の主人を探したいんです。でも、どうすればいいのか分からなくて…」

「なるほど。では、その影は以前の主人を覚えていますか?」

如月から、以前の主人について詳しく聞いたことはなかった気がする。

答えに迷っていると、不意に頭の中へ声が響いた。

『はっきりとではないが……覚えている』

…如月。

その声に、私はわずかに目を伏せた。

「…少しだけ、覚えているそうです」

「そうですか。通常、契約が解消されると、影は主人の記憶を失います。また、主人も別の影と契約すれば、以前の影を忘れてしまうんです」

「そんな…」

「ですから、記憶が残っているのなら、以前の主人はまだ別の影と契約していない可能性があります。あるいは…」

 羽月さんは何かを考えるように言葉を止めた。

「残念ながら、今のところ手がかりはありません。ですが、私たちにも探すお手伝いをさせてください」

「本当ですか…?」

「ここには日々、さまざまな相談が寄せられます。依頼人の方からお話を伺うこともあれば、別の影から情報を得られることもありますから」

羽月さんはそう言って、穏やかに微笑んだ。

「その中で、何か手がかりが見つかるかもしれません」

「ええ。ただ…」

彼は少し申し訳なさそうに眉を下げた。

「依頼人のプライバシーに関わる情報も多いため、すべてをお伝えすることはできません。それに、見てのとおり人手が足りていなくて…。調査にも時間がかかってしまうと思います」

「いえ、そんな…!」

協力してもらえるだけでも、十分ありがたい。

そう伝えようとしたときだった。

「そこで、ひとつご提案があるのですが」

「提案、ですか…?」

「はい。もしよろしければ、瀬尾さんもここで働いてみませんか?」

「えっ……?」

「相談所の一員になれば、業務に必要な情報を共有できますし、ご自身で手がかりを探す機会も増えるでしょう」

思いがけない誘いだった。
けれど、ただ待っているだけではなく、自分にもできることがあるのなら。

「私でよければ…、ぜひお願いします」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」
「はい…!」

こうして私は、縁相談所でアルバイトをすることになった。