現の主人と影

「えっとな。昨日、君の影踏んでもらおうと思ったんやけど」

「…踏む?」

「そう。でも、多分踏むより先に消えたで」

「…消えた?」

思わず聞き返す。

多田くんは昨日のことを思い出すように、少しだけ視線を上げた。

「一瞬やったから、俺もはっきり分からんかったけどなぁ」

そして、何かに気づいたように目を細める。

「…いや」

ぽつりと呟いたあと、小さく笑った。

「踏めたとしても、意味なかったやろな。あれは」

「どういう…」

「ほんまにええなぁ……きみの影」

多田くんが、一歩こちらへ近づく。

反射的に、私は一歩後ろへ下がった。

それでも彼は止まらない。

また、一歩。
昨日の光景が脳裏によみがえり、身体が強張る。

そのときだった。

「そこまでにしてもらおうか」

落ち着いた声とともに、如月が私と多田くんの間を遮るように姿(影)を現した。

彼の足が止まる。

「これ以上話を続けるというのなら、私が伺おう」

如月は多田くんをまっすぐに捉えた。

「君が知りたいのは、私のことなのだろう?」

一瞬、彼は目を丸くする。

けれど、すぐにその顔に好奇心に満ちた笑みが広がった。

「おぉ〜!喋ることもできるんやなぁ」

如月を上から下まで眺めるようにして、彼は楽しそうに目を細める。

「ますます欲しなるわぁ」

その言葉に、如月からわずかに嫌悪感を感じた。

けれど、声色は変わらない。

「話せることには限りがあるが、その範囲内であれば答えよう」

「ほんま? そらありがたいわ〜」

そこで多田くんは、ふと私に視線を移した。

「まあ、もちろん影さんには興味あるけど、」

にこりと笑う。

「瀬尾ちゃんにも興味あるで」

「……私?」

どうして私まで。

そう尋ねようとしたとき、如月が話を続けた。

「ただし、主人に危害を加えることは許さない」

静かな声だった。
けれど、先ほどまでとは明らかに空気が違った。

多田くんの笑みが、ほんのわずかに止まる。

「もし彼女を傷つけるようなことがあれば、そのときは、私も相応の対応を取らせてもらう」

穏やかな口調なのに、有無を言わせない何かがあった。

けれど多田くんは、すぐにいつもの笑みに戻る。

「あははっ、怖いこと言うなぁ〜。分かったって、瀬尾ちゃんが嫌がることは、もうせえへんよ。約束する」

如月はすぐには答えなかった。

彼の言葉を見定めるかのような、短い沈黙が流れる。

「…わかった」

「ほな、」

彼は近くの机を引き、椅子に腰を下ろした。

「改めて話そか」