現の主人と影

翌朝。

結局、考えはまとまらないまま、私は学校へと足を向けた。

多田くんのこと。
彼と契約している影のこと。
 
そして、昨日の出来事。

考えれば考えるほど分からなくなって、結局何ひとつ答えが出ない。

そんなことばかり考えながら歩いていたせいか、ずいぶんと早く学校に着いてしまった。

ほとんど人のいない廊下を歩き、自分の教室の前で足を止める。

この時間なら、まだ誰もいないだろう。
そう思って扉を開けた。

「あれ、瀬尾ちゃん。はやいなぁ〜」

ピシャッ。

反射的に扉を閉めた。

「あ、ははっ。閉めんとってや〜」

聞き覚えのある声が、扉の向こうから聞こえてくる。

 ……最悪だ。

昨日の今日で、一番会いたくなかった人に朝一番で会ってしまった。

このまま逃げようか。
本気でそう考えたとき、目の前の扉がガラリと開いた。

「そんな避けんとってや。取って食うわけやないし」

扉の向こうから顔を覗かせた多田くんは、昨日のことなどなかったかのように笑っている。

「…昨日の今日で、説得力ないです……」

「あははっ。たしかに」

否定するどころか、楽しそうに笑っている。

「でもな、ほんまに取ろうとしたわけやないんやで」

「……え?」

「俺、いろちゃんのこと大好きやから」

多田くんがそう言った、その直後だった。

「いた〜(笑)」

突然、彼の身体がぐらりと傾いた。

何かに背中を叩かれたように見えた。

けれど、そこには誰もいない。

「も〜、いろちゃんは照れ屋やなぁ〜」

頭を押さえながら、多田くんは自分の背後へ向かって笑いかけている。

…いろちゃん。

昨日も、そう呼んでいた。

 もしかして、影と話してる……?

 というか今、叩かれて、

『いい加減にしろっ』

「……っ!」

びくりと肩が跳ねた。

 今の……何?

確かに聞こえた。
少し低く、少し苛立ったような女の人の声。

でも、教室には私と多田くんしかいない。

「……え?」

思わず声が漏れる。

その瞬間。

多田くんの表情が変わった。

笑みは消えていない。
けれど、その目だけが、私の反応を確かめるように細められる。

「…ふぅ〜ん」

「…?」

「あ〜、また話ずれたな。ごめんごめん」

けれど、多田くんはそれ以上何も言わず、いつもの軽い調子に戻ってしまった。