現の主人と影

私には、影がない。

それは、生まれたときからなかった。
他の人には、当たり前のようにあるもの。
物心がついた頃には、自分は周りと違うことに気づいた。

どうしてみんなにはあるのに、私にはないんだろう。

けれど、それを不思議に思っていたのは、私だけではなかった。この世界には、ごく少数だけ影を持たずに生まれてくる人がいる。

私のような人間は、珍しい。

珍しいだけなら、まだよかった。
世の中には、珍しいものなんていくらでもある。

けれど、影を持たないということは、ときにそれだけでは済まされない。

学校ではからかわれ、仲間外れにされる。
街を歩けば、好奇の目を向けられる。
中には、影がないことを理由に、仕事や人付き合いで不利な扱いを受ける人もいる。

私は、そういう話を何度も聞いてきた。
テレビでも、ニュースでも。

『影を持たない人への差別をなくそう』

そんな言葉が、何度も繰り返されていた。

それでも、なくならないものはなくならなかった。

「どうしてないの?」

「本当に何も持ってないの?」

「かわいそう」

悪気のない言葉でさえ、何度も聞かされれば苦しくなる。ましてや、悪意を向けられたときには…

私は、まだ幸運なほうなのかもしれない。
少なくとも、家に帰れば誰にも何も言われない。
そう思うことでしか、自分を納得させられなかった。

それに、影を持たない人間が、ずっとそのままだとは限らない。

ある日突然、影が現れる人もいる。
昨日までなかったはずなのに、朝起きたら持っていた。成長するにつれ、影ができるようになった。
そんな話も、珍しくはない。

反対に、正規の方法ではない手段で影を手に入れようとする人もいる。

どうしても欲しくて。
周りと同じになりたくて。
その方法がどれほど危険でも。

それほどまでに、影を持つことは、この世界では当たり前のことだった。

持っていることが普通で。

持っていないことが、普通ではない。

私は、その境界線のこちら側にいる。
だから、外へ出るのが怖い。誰かと目が合うだけで、品定めされるように気がする。
一度そう思ってしまうと、もう駄目だった。
だから私は、できるだけ外へ出ない。
家の中にいれば、誰にも見られない。

誰にも知られない。

ここにいる限り、私はただの私でいられた。