「――――…………巻き込まないでくれますぅ?」
「それがしに言わないでください。あの人間に言ってください」
「あの~~、今日何月何日かわかってますぅ?」
「「はい、」」
睨みつける。
「……被らないでくれますぅ? って、あの人間に伝えてください」
隣に座るつぅに首を回し、そう言う。
「いや不可抗力だろ。ただの返事だぞ?」
「すみません。……って、伝えてください」
項垂れている航も俺と同じようにつぅに首を持っていき、そう言う。
「~~バースデーボーイの俺を通訳に使うなぁ!? いだっ」
通訳が負傷した。ただでさえ天井が低い部屋のくせに、吊るすタイプの照明なんかつけるからだ。部屋の雰囲気にはとてもあっているが、生活に不便だろう。実際にこうやって負傷をしていることだし、以前もここに頭をぶつけてたんこぶをこさえたことは記憶に新しい。
「もぉ! おまえらのせいだからなぁ」
「とんだとばっちりだ。貴殿がこのような照明をつけるからだ」
「貴殿はやめろ。……ほんと、おまえらの設定はなんなんだ。お前らこれ作ったんだろ? 一緒に。なのになんでそんな感じなんだ。こういうのってわちゃわちゃぺちゃくちゃ喋りながらやるもんじゃないのか? ふざけまくらないと成立しないだろ、これ」
部屋の中心にぶら下がるひと房のバナナ、それを指差してつぅは言う。伸ばし棒を使って部屋を横断させてそのちょうど中心に鎮座するバナナ。そしてその周りにつぅのベースを置き、その合間にバナナグッズを置く。魔法陣の完成だ。何が出てくるのか非常に気にはなる。
そして、その中心にいる。俺たち。
「正気の沙汰じゃないだろ。この状況も、この状況を作った張本人たちも」
確かに、テーブルを返して正面に対峙しているあの人間と一緒作った。一緒の家から出てきて、最終の買い物をして、つぅの家に合鍵で侵入して、この空間を作った。これまでだってバナナグッズを見つける度にお互いに、買い合った。
八月七日。つぅの誕生日。バナナの日。だから、そうした。
しかし、一度も話すことはなかった。ここ最近、ずっとそうだ。同居して最初の頃に戻ったみたいだった。
「めんどくさくて聞きたくなかったけど……、どうしたんだよ」「聞きましたね」
頭の中で逡巡しているのが丸わかりの表情だった。鼻頭を顰めて、絞り出す。
「……やっぱりなんでもないです」
「いぇ、聞きました」
「やばっ」
「――――誕生日プレゼントはなんでしょう!!」
「――えっ?」
「……え、?」
よくよく考えてみれば喧嘩の内容をつぅに言うことはできない。そんな重荷を背負わせられない。
つぅならどうにかしてくれるなんて、ほんの少しでも思ってしまった俺が悪い。つぅがずっとそうしてきてくれたから今回もそうだって。
偉そうにそやできの映画館に来ていたふたりに説教交じりなことをしていたくせに、このザマだ。
この状況をつくったのは俺だし、ぜんぶおれがわるい。
「……これだけじゃないんですかっ!?」
なにかを飲み下したつぅを見ながら「そうなんですよっ!」って返した。
航の顔もつぅの顔も、見たことがあるものけど見たくないものだから、どうにかしたくて、
「はいっ!!」
「……どうやって、出した?」
魔法陣はベーススタンドを召喚した。バナナの魔人でも出せればよかったけど、そんなことはできないから。
「え? なに??」
「……かいと?」
「召喚方法は企業秘密です」
航の顔もつぅの顔も困惑で塗りつぶされたことを確認して、身勝手にほっとする。肩を撫で下ろすとかそんなことはぜったいにしないけど、心の中だけは撫で下ろしておく。息は、漏れ出した。
「朝津さん? 開けてください」
「はい……なんこれ、」
プレゼントはマトリョシカ方式を採用して梱包した。だから開けも開けても出てこない。魔法陣の周りには紙が散乱していた。
「ちゃんとこれも掃除してくれるんでしょうね」
「そういうサービスは、残念ながら弊社は行ってないんです」
「あーあ、とんだ業者に頼みましたねぇ。架谷さん」
「あっ、……そうですね。すみません」
……ほんと、できた人間だ。
まさか自分に話が来るだなんて思ってもいなかった航。プレゼントの中身は知っているはずなのにプレゼントだけを見て、時を凌いでいたことを目ざとく見つけたつぅが話しかけた。ビクついた体に誰も、なにも、言わない。
もう、結局気を使わせまくっている。
「これは……ベーススタンド?」
「そうですっ!! 持ち運び可能の木製ベーススタンドです!! 俺たちのライブのお供にしてくださいっ!!」
「へぇ~~!! ありがとっ」
ベーススタンドを持ち上げて大袈裟に喜ぶつぅ。「たかいたかぁーい」ってベーススタンドを宙に舞わせるという独特な喜び方だった。今度はベーススタンドを抱えて赤ちゃんのようにあやしはじめた。
「すいません。開けて、立てかけてください」
「あっ、そうっすね」
「はい」
のそのそとした動きでベーススタンドの箱を開けて、のそのそとした動きでベースを取りに……行かなかった。また、たかいたかいを。
「あの、ほんとに……」
「えっあっ、はい」
今度こそは本当にベースを取りに行くつぅ。乱雑している紙を蹴散らしながら、ライブでいちばん使っている相棒のベースを持ち上げ、立てかけた。
「「「おぉ~~」」」
「これは綺麗なユニゾン?」
「これは綺麗なユニゾン」
「気に入ったの、それ」
たぶん、何も言うことがないから揃っただけの声が思った以上に綺麗だった。人間は魂が抜けた声は、変わらないのかもしれない。
「実は、ここにピックも収納できます」
「えっ! いいじゃん!!」
ベーススタンドを開いたその下に収納という形でピックなどを入れる部分があった。最大五枚入る。
本域の声に思わず航にドヤ顔をかます。それに驚きつつも喜びを抑えきれなかった航が、……変な顔をした。
「なんで?」
「え? ……なにしてんの、」
俺たちふたりの思わずの本気のツッコミにしどろもどろになりながら絞り出したものが「なにがっ!?」という、逆ギレだった。
「「なんで?」」
「……なにがよっ!!」
繰り返しになってしまうが、そう返すしかないでしょ。なんで変顔?
「はっ、」
グレードの上がった逆ギレに無意識で笑ってしまった。立ち上がっていた俺とつぅに対抗するように胸を膨らませながら言うもんだから、おかしくておかしくて。
「ははっ、なにしてんの!?」
「……かいちゃん。笑いすぎだから」
「ほんっとに、かいとっ!!」
「ヒィ~~、ごめんなさい~~」
安心してなのか、ツボにハマって笑いが溢れ出てはたまらなかった。涙まで出てきた。
そんな俺の姿を見てふたりも笑い出した。三人で笑って、三人で涙を出した。お互いにその涙を拭き合って、
「うるさいぞっ!!」
って、壁ドンされた。日本人が共通で想像できる漫画とかの壁ドンじゃなくて、壁を拳でドンっ、の壁ドン。
「「「ごめんなさい、」」」
「ごめんね、つぅ」「すみません」なんて言いながら俺と航はつぅにヘコヘコする。これからも住み続けるつぅに申し訳なくて。
隣人と仲良くないのは大変だから。航を見ながらそう思った。
「……まぁ、三月にはここ出てくから。半年だけ頑張れば」
「え? 引っ越すの?」
「うん」
当然みたいな、逆になんで知らないのって感じで相槌を打つから、怯むしかない。
「知らなかったァ。航は知ってた?」
「知らなかった」
「まぁ、言ってないからね」
あっけらんと言い返す姿に、違和感と寂しさを感じてしまう。
「言ってよぉ、親友でしょ?」
「親友だからって、言わないでしょ」
「え?」
思っていた返事では、とてもではないが、ちがった。ってきり、「ごめーん」とか「なんでお前らに言わなきゃいけないんだっ?!」みたいなこと言われると思っていたから、拍子抜けともちがう、なんかわからない感情になった。
真横で航も、足踏みをしたのがわかった。
「恋人でもなんでもないのに、……いちいちそんなこと言う必要ないでしょ?」
「…………つぅ、?」
投げやりを隠すような無理やり作った明るい口調に違和感を感じずにはいられなかった。
「……朝津、」
「じゃあ! パーチィーの開始だっ!! 宴だ宴!!」
「だからうるせぇって!!」
「すいません」って、「また怒られちった」って、ペロッと舌を出すつぅの姿は確かに見たことがあるものなのに、なのに、見たことがなかった。
どうしたのって聞きたかったけど、さっき散々同じようなことをしたのに自分たちだけ聞くのは不公平だし、なにより、なりよりつぅが隠したがってるんだから聞けない。
だからそれに乗っかって怒られながら騒ぎ倒した。楽しかった。たのしかったよ。つぅ。
「たのしいっ? つぅ、」
「さっっいこぅ!!」
……たのしい? つぅ??
もう一回は、とてもじゃないけど、きけなかった。
♬
「ずっと怒られっぱなしだったね。……ほんと、大丈夫なのかなつぅ」
「菓子折り持っていくって言ったけど……僕らからもお金出すか」
「そうだね、」
家に帰ってきてからも服はそのままに、リビングに留まったままだった。ドカッと座る俺と、下にバスタオルを引いて座る航。性格が出ていた。一応は俺の家だからと、そういうところがある。
「……朝津の変顔って、すごいんだね」
「あんなんまだ序の口でしょ」
「そうなの、」
色づき始めた紅葉の赤をお互いに指差し合って申告し合っている、みたいな話し方で拙い。あっここも、ここもって、見つけ出さないと。
何も話さなかった最近よりは進歩はしている。やっぱり結局、つぅのおかげだった。だから、
「…………スケジュール、消した?」
「え?」
「だから、今日のスケジュール、予定。……けした?」
体感時間なんてやっぱり当てにならない。もう十分でも経ったかな、なんて思うのに実際は一分だった。時計の針が全然動いてくれない。
「……けして、ない」
意を決して、なんて言葉が似合いすぎる顔をした航が、呟く。
手が震えていたから重ねたけど、俺の手も震えていたからただただ助長させただけだった。
「…………する?」
「……うん。したい」
その言葉を聞き終えたから押し倒した。四白眼なのに四白眼に見えないのは、瞳が示唆しているものが大きすぎるせいか。
「ちょっとまって!! ここでっ!? それにっ準備もまだっ!!」「最後までしないから」
「え、」
落胆を感じる顔をすくい上げて、耳元で囁く。震えが増す身体をそっと、抱きしめるように。
「そんな急ぐことじゃないでしょ? それに最初から上手くいくとは思わないから。ひとりで頑張らせてごめん。……一緒にがんばろ、」
「……かいと、」
航ほどではないがギターボーカルとしての意地を出した。そんなことは航にとっては関係のないことかもしれないけど、それでも、雰囲気は。……こっちが持っていかないと。
「うんっ……」
そっと視線を合わせて、唇を――
「――――帰ったぞぉ。おとうとよぉぉおおお゛お゛!!??」
両手いっぱいに荷物をこさえた姉ちゃんが飛び出してきた。兄弟だなって思う。立ちながら大の字を繰り出しながらの登場だった。
「――――…………おまえがそっちがわぁぁああ?!?!」
めちゃくちゃ兄弟じゃん。
♬
なぜがソファの上で正座をし、無言を突き通す姉ちゃんとそれに習う航、その間に寝っ転がる俺。
体感時間なんて当てにならないから、って、三十分すぎてる。
「ごめん、ひかる」
「……へっ」
俺の方向を向く=姉ちゃんの方向を向く、だからとてつもない葛藤が見えた。十一回くらい刻みながらの振り返りだった。グギッグギッて、油を差す必要がありそうだ
「今日はあっちの家に帰ってくんない?」
「……そうだよなっ、わかった。……お姉さんもすみません。また明日改めてご挨拶させていただきます。ありがとうごさいましたっ」
「いえいえっこちらこそ、ごめんねぇ。ありがとうごさいました……」
「ごめんねぇ~~、ばいばぁ~~い」
立ち上がってお互いに腰を曲げ合うふたりを見ながら、小学生の時の手の挙げ方で手を振った。脇肘指先が全て一直線にピンッ、てしてないとダメなやつ。
扉が閉まるまで航はヘコヘコと頭を下げ続けた。今日は航が平謝りDayだったのか。誰かの誕生日は誰かが謝っている日なんだな。
「…………かーちゃん」
航を見送った姉ちゃんが、上から振り返る。上体を逸らして、所謂棒なしリンボー状態。体感も背筋も首も、何もかも痛いだろうに俺を怖がらせるためだけに体を酷使している。それは違うベクトルの怖いになっちゃう、とはさすがに言わないけど。
「……はぁ、かーちゃん。おねぇちゃんが今日帰るって、知ってたでしょ?」
「うん、遅かったね。ちょっと。駅まで迎えに行かなくてごめん」
「いやっ、それは全然いいんだけど」
そっちを謝られるだなんて思ってもみなかったからか、姉ちゃんはステップに擬態した地団駄を踏んだ。
「…………じゃあ、なんで?」
「……ごめぇ~~ん、」
姉ちゃんの口がへの字になっていく。
「…………おねぇちゃんを、……ダシに使ったな」
「ごめぇ~~ん!!」
「このやろうっ!」って言いながら頭をグリグリ、ドリルのようにしてくる姉ちゃんを受け止める。ちょうど肋骨の間に入れ込んでくるからちゃんと痛い。俺の渾身の合掌謝りポーズはもちろん、なぎ倒された。
「なにがあったか、たんと、聞かせてもらおうか?」
「はい、」
圧のかけ方って、姉ちゃんに教わったっけ。
♬
「そもそもさ、航くんなんだね」
「えっ?」
「とりあえず着替えてきなさいっ」って言われて着替えてきてリビングを開け放った途端に言われた言葉。親父スタイル寝っ転がりをしながら、きっと俺に買ってきてくれたであろう煎餅を貪り食いながら言い放たれた。ちょうど肘の間に、煎餅のカスが落ちてますけどぉ。
「どういうこと?」
「ってきりさ、朝津くんなんだと思ってた」
「なんでぇ」
「だって、かーちゃん…………なんでもない」
「いちばん気になるところで切らないでよぉ」
「おねぇちゃんをダシに使ったバツですっ」
腕で作ったバッテンをガード使って、俺を薙ぎ倒す姉ちゃん。含みのあるニュアンスを断ち切られて気にならないわけではまったくもってないけど、……俺が悪いからねぇ。
「……邪魔してごめんねぇ」
「なんで姉ちゃんが謝んのさ。圧倒的に悪いのは俺でしょ」
「でもなんか、……弟の見ちゃったっていう罪悪感が」
姉ちゃんは俺の真面目要素を全部持って行った人だった。今回みたいに俺が圧倒的に悪いときでも、自分も悪かったじゃないかって考えてる。俺はなんも考えない。なんか悪いこと言われたってされたって、めんどくさいからなんも考えない。どっからこんな枝分かれしてしまったんだろう。
「……いつから付き合ってんの?」
「今年の、一月から」
「え゛っ!? おねぇちゃんが帰ってきてたとき??」
「帰った翌日だね」
「えぇ!? 知りたかったわぁ!! ちょっと前倒しとかできなかったわけ??」
「なんてこと言ってんの」
拳をソファに食い込ませながら悔しがる姉の姿を見ながら、付き合った日のことを思い出す。
「――――……なにがあったの?」
姉ちゃんの顔は困惑より心配が滲み出ていて、姉ちゃんの顔になっていた。久しぶりに見たその顔にほっとするような気がするのは、自分が思っている以上に肩を張っていたからかもしれない。
「……姉ちゃんにこんなこと聞くって、そもそも、人にこんなこと聞くのは悪いかもしんないけど……姉ちゃんって、どっち?」
「おねぇちゃんはタチだよ。タチ、だけど……」
「……ねぇちゃん?」
羞恥による沈黙でもなく、気まずいによる沈黙ではない。ただただ、なんか、申し訳ないみたいな、こっちがずっと、申し訳ないことをしているのに。
姉ちゃんのことだからまた、なんか、考え込んでんのかな。
「どうしたの、」
何も言わなくなった姉ちゃんの顔を覗き込む。
「……おねぇちゃん、ずっと、嘘ついてた」
「えっ? ……ねぇちゃん!?」
ポロポロという効果音が聞こえてきそうなほどの涙を突然流し出した姉ちゃん。溢れ出す涙に比例して声まで溢れてくるもんだから露骨に動揺した。無意味に腕を左右前後させてしまう。
姉ちゃんのなんか大事なものまでその涙に攫われてしまいそうで、急いで拭い取る。
「ねぇちゃ、どうしたの?」
「わたしっわたしっ」
話す間間に嗚咽やしゃっくりが入り込む、初めて見る姉ちゃんの姿に、とりあえず黙って背中をさすり続けることしかできない自分に腹が立つ。
「――――男の人をすきなっちゃったのぉぉぉぉ!?!?」
「へ? ――――よかったじゃん」「よくないよぉぉぉお゛お゛おぇ」
「ねぇちゃん、ちょっと! 呑んでたの!!」
♬
「ごめん」
「全然いいけど……話してくれる?」
「うん。聞いてくれる」
「うん」
拳で皮膚が持ってかれるくらいに擦り拭う姉ちゃんに「そんなに擦ったら赤くなっちゃうよ」なんて言いながら持っていたハンカチでそっと拭う。今日はレースタイプの肌に優しいやつでよかった。でも白だから涙か吸収されていく様がはっきりとわかってしまっていたたまれない。
「男の人を好きになっちゃったの」、か。
「バイト先で会った人なの」
「うん。テーマパークのバイトだよね?」
「そう、」
毎夏全盛期で、文字通り羽を伸ばして飛んでいる蚊以下の声だったが、聴き漏らさない。視点の合わない瞳を俺はちゃんと見てるよって、見つめ続ける。
「最初はなんも思わなかったの。だってわたし、……レズビアンだか、ら」
「……レズビアンだと、思ってたのね」
「いゃっ、レズビアンなのっ!!」
なんとか自分を落とし込もうと震えている姉ちゃんを見て、やっぱり、おれは、できないって、思った。
「バイだったんだぁ、で、よくない?」
「よくないよ。ずっとずっと女の子しか好きになれなくて、頑張って頑張って男の人を好きになろうとしてもダメで、だから、わたしってレズビアンなんだって。そう思ってたのに、」
「結構男の人も好きになれました。じゃ、心が追いつかないのね」
「うん」
姉ちゃんが高一の時に、「女の子を好きになっちゃったの」って、泣きそうだけど泣かないって顔で言ってきてくれた日を思い出す。身体中を掻きまくって、動いてないと生きてけないって何もかもを動かして、話してくれた。
今日言ってきてくれたセリフと、性別はちがうけど。
「姉ちゃんは『これは一過性の気持ちじゃないっ』て、学校でも堂々をカミングアウトしてたもんねぇ」
「うん」
「大学でもしてたんでしょ。もしかして……大学どころか、バイト先まで?」
「……うん、」
猫背とストレートネックが融合してるの、初めて見た。整体の先生が走りながら殴りかかってきそうな姿勢だ。見事に萎れている姉ちゃんに言うことではないかもしれないけど。
それなら、アプローチは大変かもなぁ。
「今さらって気持ちも大きいんだけどさ。いちばんは、女の子だったら、……しょうがないかなって思えたことが思えなくなっちゃうことが、……こわいの」
「ん、なにそれ」
綺麗に整えられたスクエア型のネイルが姉ちゃんの手のひらに突き刺さる。夜空を閉じ込めたみたいな綺麗な色だから余計にはっきりとわかる。
「将来なんて私、保証できないし。飽きただなんて言われたってしょうがないって。でも、将来を約束できるような人を好きになれたら、こわくて。私には絶対に手に入らないものだと思ってたから、だから……」
「それって、失礼じゃない?」
「……え?」
「ずっとそんなこと思いながら、歴代の恋人さんと付き合ってたの?」
あんな幸せそうな裏にそんなことを思っていただなんて、思っても見なかった。スマホの待ち受けを恋人のご飯を食べている姿にして、俺にずっと惚気けていた背景に、こんなんが。
キラキラして眩しくて、俺には手に、入らないものだと思ってたのに。
「それならっ! かーちゃんはさ、こわくないの」
「こわい?」
「うん。……航くんに飽きられるかも、みたいな。……だってずっと一緒でしょ? 身体中にあるほくろの数だって言えるかもしれないくらいずっと一緒にいるじゃん。それで、」
「俺が航に、航が俺に飽きちゃうかも、って?」
ずっとこういう不安に駆られながら生きてきた姉ちゃんは、それが姉ちゃんの普通になっていたんだ。それが一般的な普通にいきなりシャフトチェンジ可能ですっ、なんて言われてもどうすればいいかわかんないんだ。
震える身体は俺のせいなのか、世間のせいなのか、姉ちゃん自身の、せいなのか。
でも、とりあえず、手は取らせて。
「俺たちふたりは努力を惜しまないから。だから、大丈夫」
「え? 努力?」
「うん、努力」
「まさか、運命で繋がってるからっ! みたいなこと言われると思った?」
「おもった」
「素直だねぇ」
強く握り返された手に安堵をする。
概念的なものが好きな俺のことだからそんなことを言われると思ったんだろう。俺が概念的なものが好きなのは絶対じゃないからなんだけどなぁ。
「飽きるなんて、ただの自分の努力不足を棚に上げた言い訳だから。だって、ほんとにその人のこと全部知ってる? ひっくり返してもなんも見つかんない? 胸張って言い切れる? 俺は言い切れないもん。びっくりするくらいずっと一緒にいるのに、まだまだ知らないことだらけ。飽きるなんて言う人は同じ方向、見たいものしか見てないんだよ。恋人になったんなら見なきゃ行けないのに。責任感がないよね」
「そう、か」
「だから、最初からどうせ飽きられるなんて考えてたら相手の人に失礼だよ? まるでなんも努力しない人みたいに」
「そっかぁ、」
焦点が合ってきた瞳にさらに安堵をする。握っている手をプラプラと動かす姿に笑みをこぼす。
「私ね。人を好きになるのに大層な理由なんて必要ないと思ってたの。同性が好きだと、なんか大きな、確固たる理由が必要ってされてるじゃん? いやいやそんなの別に必要ない。ただ、好きになっただけじゃん、それは理由でいい、って。すごく笑顔でご飯を食べるから、なんて理由だけでもよかったの。むしろなくても。……でも、あの人を好きかもってなった時、すんごく大きな理由が欲しかったの。……なんか、それがすんごい無様で」
自傷気味に語る姿に、僅かな色を見つけて、ほんとうにその人が好きなんだって。思う。
「好きなんだね。その人のこと」
「うん。すきなんだ、わたし」
涙の跡は見えているし、踏み荒らされた先はまだまだ見えないけど、太陽は見えた。
「おれはさ、性別関係なく理由は必要だと思ってる人なんだよね」
「そぉうですかっ。ほんと、私たちって真逆だよね」
吹き出しとまではいかない笑顔になった姉ちゃんが、傍に居る。
「そうだねぇ。確固たるまではいかなくても、何かしら大きな要因は必要なんだよ、俺には。理由のない好きはこわいよぉ」
「そうかぁ、それがこわいのかぁ」
姉ちゃんがソファに寝っ転がる。
「さぁ、これからどうするかねぇ。レズビアン仲間になんて言よ。……嫌われちゃうかなぁ」
コロッと、落ちたものを拾ってしまうタイプです、俺は。なんかもったいない気がするから。
「嫌われたとしてもマイノリティだよ? 少ないのは確定してんの。その中で別に生きなきゃいけないわけじゃない。それに、それで嫌われるような仲間なら仲間じゃないんだよ。結局はレズビアンっていう同じ属性の人を、好きなだけだから。別にそれが悪いわけじゃないけど。そうじゃない人もいるはずだから」
「……うん、」
「姉ちゃんが好きになるようなタイプの人が、女性の中に多かったってだけでしょ? それで、男性の中にもあったから好きになった。ただそれだけでしょ? 悪いことなんて、ひとつもしてないっ!!」
「……そぅっ!!」
足を上に上げて助走をつけて体を起こす。反動で揺れるソファを押さえつけながら、姉ちゃんの「どうしよっかなぁ」に賛同した。
「何食べたい?」
「ボロネーゼっ!!」
「パスタ麺あったっけ?」
「うそだっ!! かーちゃんっ!!」
ぜったいに、抱かれてやるっ!!!!
