唇のしたは、きみだけが知っていて


「航。ひかるっ!! 歩けるって!! 生徒会役員が俺と仲良しなんてしれたら後々めんどくさいぞ? しかも手首掴んで引っ張ってるだなんて、ただでさえ誤解されそうな場面なんだから」

 俺の静止など聞く耳を持たずにずんずん進んでいく航。こちらを一切見やしないから表情などわかりはしないが、昨晩みたいに集中して聞こえてない、なんてことではなさそうだった。その証拠に俺が言葉を発する度に力が込められていく。
 それこそ昨日みたいな「前だけ見て走ってますっ!」モードになられると手の施しようがないから。真隣で一緒に走っている人間のことなんて見えないんだ。オマケに風切り音でなんも聞こえもしない。

「ちょっと! どこいくの??」


「――って、」

 「急に立ち止まらないでよ」なんて、そんな俺の小言は聞こえていなさそうだった。

「ひかる??」

 立ち止まったときに航の背中にぶつけた鼻を押さえながら再度くぐもった名前を呼ぶ。やっぱり答えてくれるわけはなく、代わりにガチャガチャという金属がぶつかる音を返された。

「ね゛ぇ」

 何を言っても人間の肉声が返ってこず、もう置いて帰ろうと掴まれた手首を引き離そうと躍起になる。くい込んでる指をひとつひとつ引き離そうとするが、引き離す度に今度は爪がくい込んできて痛かった。

「い゛ったぁ!!」

 引っ張られて、どこかに入った。そして、背中に衝撃が走った。鈍い痛みがじんわりと広がっていく。背中を強打したのだ。
 「おいっ!」という文句を言う隙間は与えられなかった。
 昨晩のデジャブだと思いながらも、今回は理由がわかっているから素直に受け止めた。腕を航の肩に乗せ、首に巻き付けたら強くなる抱擁。狭い空間に響く息遣いや水音。
 この空間全体がピンク色に染まっているのかもしれない。つぅの匂いがまだ鼻奥に潜んでいた。少し、目を開ける。ビクッと身体が震えた。
 こいつなんで目、瞑ってないんだよ。
 俺の動きひとつひとつを逃さないように見つめられる。射抜かれる。痺れた。背筋を猫じゃらしでなぞられているかのような気分だ。

「んっ」

 鼻呼吸が苦しくなり、少し漏れた吐息は航の口内へすぐさま収納された。それは航にとっていい材料になったみたい。勢いは増し、唇を噛まれ舐められ、口内を犯された。リップが剥がされ、唇の下が晒される。
 体感時間なんて当てにはならないと思うが、もうどこかもわからないところに連れ込まれて数十分は経っていると思う。その間、怒涛を受け止めているのだからもう絶え絶えだ。
 逸らしたら負けだと、真っ直ぐ射抜き続けたけどそれも限界だった。

「――っくるしいって、」

 首元に巻きついていた腕で髪の毛を引っ張った。手荒な真似は本当はしたくないが、こうでもしないとこのケダモノは止まらない。

「だからっ、くるしいって!!」

 無理やり引き裂かれてもなお、くるのだから急所を狙う度胸をつけとかないとダメかもしれない。
 心臓の音を耳の中に忍ばせながら辺りを見渡す。当然、一面一色ピンク色。なんてことはなく、黄金色の空間にいた。黄金色の光に染められた埃が風に乗って宙を舞っている姿を見て、やっとここが倉庫だと気がつく。

「ここ、入っていいの?」

 大事に保管されてそうな書類の束を見て純粋に思った。見事にファイルごとにまとめあげられ、ご丁寧に日付まで書かれている。一等に白から乖離した書類を拾い上げ、それに一九〇〇~と書かれているのを見て、すぐに手を離した。もちろん、風に乗らせるようにふわっと。九十年代の紙なんてたかが知れてるでしょ。
 首を引っ込ませながら怯えていると入ってくる金属がぶつかる音。聞いたことのあるその音に少し辟易しながら振り返ると挙げられた鍵の塊。

「職権濫用じゃないですかぁ~~」

 明らかに管理されているそれ越しに見える生徒会のバッチ。これが職権乱用によるものだと知った。

「バレたらどうすんのよ。優秀な生徒会書記の架谷 航さんが、口上に問題児と謳われる水神 海翔と一緒にいるって、それにこんな密室であんなことやこんなことしてるってバレちゃったらっ。どうすんの~~」

 右手の人差し指でうりうりと円を描き、上目遣いで見つめる。途端に息を潜めて嚥下しようとするもんだからかわいくてしょうがない。
 やっぱり俺はこっち側が好きだ。
 振り回されるより振り回す方が性に合っていた。学校モードが剥がされつつある航ならこっちのもんだった。

「ひゃあーー、壁ドンされちゃった」

 ふふふ。
 からかいも笑みも絶やさずに衝撃だけを飲み込む。さっき散々近づいていた。というか、合わせあっていたものなのに率直に顔がちかぁいと思った。ドキドキする。
 今度はちゃんとした壁ドンだった。両手を壁について、きちんと迫られている。

「いいよ、バレても。むしろバラしたいくらい」
「バラしてどうすんのよ」
「僕のだって、ぼくだけのものだって言う。誰も近づくな、触れるなって」
「そんなこと言わなくてわざわざ俺に近づくおかしなやつなんてここにはいないよ」
「そうじゃなくて……、」

 明らかに納得がいってなさそうな、不服そうな顔にそっと触れる。あつい。
 ああ、まだキスしたままでいればよかった。そしたらそのこぼれた吐息も、自分の体内に入れ込むことができたのに。それを消化して、還元してやれたのに。
 航の熱に酔いしれうたた寝をしていると、自分の校則スレスレの爪と航の校則ギリギリの前髪が視界に入った。やっぱりダメでしょ、と思う。

「なるべく恋人の言うことは聞いてあげたいけど、無理でしょ。現実問題」

 思い直す。やっぱりキスしないままでよかった。これはのみ込んで欲しくない。
 瞳の青い炎が小さくなって揺れている。烈火のように燃えていて青いはずのその炎は、怯えの青に見えてかわいかった。触れるだけだった両手で、しっかりと顔を包み込む。航の鋭利なフェイスラインに触れる。火傷してもよかった。

「言ってどうなんのよ。メリットなんて見当たらないどころか、デメリットしか見当たりません。受け止めてくれる人もたくさんいるかもしれないけど、それはメリットにはならないでしょ。それに俺たちって別に認めて欲しいだとか理解して欲しいだなんて思ってないでしょ? だってつぅがいるもん」
「おまえさぁ」

 つよく、つよく、右手を握りしめられる。忘れていた。つぅに嫉妬してたんだっけ。だからこんなところに。失言したことを悟ったがやはり微笑みしか溢れてこない。
 口調が荒くなった航にときめきを感じながら前髪に触れて、そのままふわっと耳に髪をかけた。そしてそのまま生徒会終わりだからつけているメガネに触れて外す。左手だから外しにくくてちょっとメガネをあらん方向に向けた気がするけど、なんとも言ってこないから大丈夫でしょ。収納しきれなかった前髪が航の息遣いに揺れていた。
 航の色素が薄めな瞳はあんまり俺を映さなくて、自分がどんな顔をしているのかは予測しかできないが、気持ちの悪いものではないと思う。もしかしたら気持ちが悪いものかもしれないけど、航はそう思ってなさそうだからいいや。瞳は雄弁だった。

「なんでそんなにつぅを目の敵にするわけ? 昨日もそうだよ。なんであんな当てつけみたいにつぅの誕生日にあんな予定入れんの?」
「それは、」

 さすがにつぅには言えなかった昨日の出来事がひとつだけあった。
 こいつはつぅの誕生日の日、八月七日に「第一回 性行為開催日」だなんて予定を入れやがったんだ。
 散々俺の衝撃を無視してハチャメチャにしやがったくせに目覚まし時計の針が天を差した途端、「誕生日おめでとう!! 生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。恋人になってくれてありがとう。恋人になって初めての誕生日をこうやって僕がっ一番に祝えて嬉しいよ。大好き、海翔」だなんて、感動的なセリフを言ってくれたもんだから、その前の惨状を一瞬、忘れてしまった。そのくらいの新たな衝撃だったのに、それをも凌駕するものだった。

「『愛してるよ、海翔』だなんてキザでかっこいいセリフ言ってキスしてくれたのに、あれで全部おじゃんだったよ」


 響いていた。
 機械的でもない、艶かしい音が響いていた。水音さえも押し殺されてしまうほどの衝撃で。後頭部だけじゃない。身体全体を抱きしめられて、された。背筋を這う腕が緊張を極限まで上げていた。
 ガチンっと、歯が当たった。はじめてもこんな感じだった気がした。
 歯も体も心も、何もかもジンジンして。捕食に近いであろうその様に身体が動かなかった。
 散々夜に溶け込まされてしまった目ははっきりと、航の表情を映し出してしまっていた。
 獣と形容するのが正しすぎる表情。空腹の獣。瞳の中に青い炎を携えていた。あつくてあつくでたまらない。それも無意識のうちにでているから、航の瞳も溶け出していた。航のうちなる甘さが垂れ流しだった。歯の隙間にさえも侵入してきた。伝染させてきた。
 俺の僅かに漏れ出した吐息までも飲み込まれてしまったんだ。一滴も残さない。そう、獣に瞳で示唆されてしまったら、

 息を止めてしまう。

 甘ったるい匂いなんてしなかった。しないはずだ。しかし、漂ってきてたまらなかった。確かに味がした。
 糖分過多で歯って溶けるんだっけ? 抜け落ちるんだっけ?
 だから、これ以上吸い込まないように息を止めるしかなかった。それ以外、考えられなかった。
 でも、舌もジンジンと、痺れてくる。唾液が止まらず、受け止めることもできずに下顎を伝った。何もかもがガタガタを震え出す。何かに追い縋りたかった。
 もうなにもかもが見ていられなくて、瞼を閉じているのに、視線を逸らした。

『……かいと、』

 陸で溺れた。この経験は二回目だった。それも両方、脳髄を強制的に溢れ出させるような声を持つ、航によるものだった。
 割り入るように瞼をも貫通していく人工的すぎる光。それを無視できるほどの余裕はなかった。
 眼球を焦がすその光にくっきりと書いてあるものを見た途端、目の前の男が獣ではなく、ただのケダモノにしか見えなくなった。
 俺の身体に混入しやがったなんか、甘いやつも何もかもなくなった。思考も心情もクリアになったのかなんだのかわかんない。わかんないけど、とりあえず、


「『くたばれぇぇええ』って叫んじゃったじゃん。今回みたいに理由のわかってるキスはうれしいけど、理由がわかんないキスはちょっと怖いよ」
「……ごめん」
「ふふ」

 素直に頭を垂れる姿がかわいい。もうここがどこかもわかってないんだ。学校だとわかっていたら絶対にしないような顔、言動をしている航を見ながらほくそ笑む。

「それに、つぅずっと一緒にいるじゃん。幼なじみでしょ?」「ちがう」

 間髪入れない否定に吹き出してしまう。

「ちがくないでしょ。小三? からずっと一緒で、ここまでやってきたんだから、幼なじみみたいなもんでしょ」
「ちがう。幼なじみは僕と海翔だけだ。だって僕たちは生まれてからずっと一緒に生きてきたんだから。隣の家で幼稚園小学校中学校高校とずっと。そんな僕たちと朝津が一緒なはずがない」
「俺たちもずっと一緒なわけじゃないでしょ? 離れてた時期あるじゃん。それ考えればワンチャンつぅの方が俺と一緒にいるかもしれないよ?」

 それを言われてしまったらどうしようもないのだろう。唇をしまい込み俯いてしまった。過去のすれ違いを出すのはよくないとは思うが、俺はつぅのことも大好きだ。Loveの方ではなくてもLoveに限りになく近い、そんなLikeだ。だから仲良くして欲しい。
 俺のエゴかもしれない。でも、ただ単に航が嫉妬を拗らせているだけなのを俺は知っている。だって元々仲良かったもん。三人で死ぬほど遊び倒した季節が四つもあった。
 だから嫉妬する必要性なんてないって俺が証明さえできれば解説する問題だ。

「それに俺たちがこうやって付き合えるようになったのも大半はつぅのおかげでしょ? そのこと、わかってるでしょ? なんでそんな恩人のこと目の敵にするかな」
「わかってるけど、――あんなことしなくてもいいでしょ」
「あんなこと?」
「キスしようとしてたでしょ」
「え? そんなのフリだよフリ。してもほっぺだよ。唇にするはずないでしょ? おれ、彼氏いますから、」

 頬をつかみ唇をタコさんにする。そしてその唇に触れるだけのキスを落とした。

「ほっぺもやだぁ~~。ていうかなるべく人に接触しないで欲しい」
「それはキツイなぁ。俺スキンシップ大好きだもん」

 肩にのしかかっていた顔が風を切るように上がり、信じられないって表情で俺を見つめた。昨晩もこんな顔してた気がする。明るいかどうかでこうにも変わるのか。
 笑うしかない。「ぷっ」って口から出た。

「あははは、ごめんごめん。気をつけるから、ちゃんと気をつけるから!」
「ほんとだよ」

 訝しげに覗き込まれ、顔を捕えられる。仕返しとは言われていないが仕返しだろう。ほっぺたを結構な力で掴まれて強制タコさんにさせられた。そのまま熱が寄ってくる。

「――長いって!」

 案外、動くこともなくただただ唇を合わせるだけっていうのも辛いらしい。息をどのタイミングで吸って吐けばいいのかわからなくなる。鼻呼吸にしたってなんか、息が当たってしまう気がして悪く感じる。
 とにかく息がしづらくて強めに突き放した。

「なんで? 海翔が大好きなスキンシップだよ?」
「え゛? じゃあ触れるだけのキスならつぅにもしてもいいってこと?」
「は゛ぁあ? 話聞いてた!?」
「ははっ」

 仲直り。言わなくてもわかる、仲直りだ。
 しょうがない。仲直りのちゅーにこいーのでもぶちかましてやるか。

『架谷くん? 大丈夫? 結構時間かかってるけど資料見つかんない?』

 あっ、とえっ、は同時に出たと思う。その振動で唇が触れた。
 不可抗力なキスに、漫画でもドラマでもあれば胸を高鳴らせていたところだろう。でも今感じているこれは、昨晩……というか今日、感じていたものではなく、しっかりとした心の悲鳴だった。

「なになに? 資料ってなに?? えっ、まだ生徒会終わってなかったの!?」

 百割の息でクッションにしながら叫ぶ。そしたらバツが悪そうに肩をすくめる航。衝動的にフルスイングで拳をぶつけたかったが、想像を図抜ける音が出る気がして我慢した。衝動的に動いた結果がこれだから、余計にできなかった。

「とにかく、なんか返せ!」
「あっ、元気です。大丈夫です」

 何も返さないのは不自然すぎるからなにかを返させたけど……。
 元気ですってなんだ!? なんしてんだこいつ!? 航が典型的な勉強ができるバカだって言うことを忘れていた。学校だとか公の場とか、特定な場所だと一切そういうボロを出していなかったから完全に油断していた。今は学校モードじゃないのに!?
 それにしたってなにかを「元気です」に変換するなんて。

『……げんき? ならいいんだけど。……資料。結局見つかったの、見つかってないの。見つかってないなら一緒に探すけど。もういい時間だし、早く決めちゃいたいから』

 そりゃそうだという困惑が大声で投げかけられる。もう、申し訳なかった。たぶん生徒会を受け持ってくださっている先生だと思う。一年で入ったばっかの航に仕事を教えてくださったのはその先生だと聞いていた。航にしては珍しくしっかりと尊敬しているようで、寝る前のあの雑談の中に度々ひっそりと出てくる。そんな先生に、そんな。申し訳なかった。

「思ったより高い場所にあって取るのに手間取っているだけです、っていえ!」

 肘を入れこみながらそう諭すと航は、「思った以上に資料が高い場所にありまして、少々手間を取っているだけです。ありがとうごさいます。大丈夫です」と言った。学校ということを改めて認識したのかきちんと肉付けされていた。

『あぁそう? 脚立でも持ってこようか?』
「手が一切届かないわけではないので大丈夫です。すぐ取って戻ります、!」
「自力で回収ができないわけではないので脚立は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。すぐさま回収して戻ります!」

『――OK。わかった。先戻るよ。なるべく早く帰ってきてね』
「はいっ!」

 危機を脱したことに息をつく暇などなかった。

「なに! なに!? 何を探しきたんだよ!!」
「えぇと、歴代の行事についての資料!! 係とか予算とかが書いてあるやつ!! 文化祭体育祭とか書いてあるはずっ!!」
「そんなの前年と同じようにすればいいんじゃねぇの!?」
「そうはいかなくなったんだよ!! なんか今年から色々勝手が変わって、県から支給される予算が減らされたらしい! ずっとうちの学校ってこういう行事とかに力入れてたじゃん? だからそれに比例する形で県からの支給される額もある程度高かったんだけど、色々そうはいかなくなったらしいから、高予算になる前にやってた時期のを参考にしようってなって、その資料を探しに来たんだ」
「そりゃまぁ大変ですね!?」
「そうなんです!!」
「じゃあなんでそんな大変で大切なことを忘れられたんでしょうねぇ!?」
「あなた様のせいでしょ!?」
「??はぁい??」

 お互いに口も動かしながら手も動かしていた。銀行員がお札を数えるように、まとまっているファイルを一枚一枚めくっていく。銀行員さんは片手、俺たちは両手。それでなんとかイーブンにできないだろうか。そんな、緊急時にいらん事、プロを欺くようなことを考えていたせいが書類で指を切った。

「いたっ」

 俺の感嘆声に航が反応したのがわかったが手でしっ、とはらって資料探しに集中させた。
 書類に血痕なんてついたらシャレにならない。素早く指を咥えた。結局片手になって効率ダウンだ。しかし、切った指を咥えながらも手は休めなかった。少しでもはやく。そんな気持ちと比例するようにペースも早まった。

「あった!」

 押し殺しきれたかった達成感を感じながら広がる鉄の味を噛み締めた。
 指を咥えていたがために早急に外部に出てこれなかった文句を行動として受けてもらう。手のひらの跡がつくように叩きまくり、なぜかこっちに向かってきた体を押しやる。敷布団を布団叩きで叩いている気分だった。
 ちょっと血、ついちゃったけど航にとっちゃご褒美だろう。洗濯するときに見つけて密かに葛藤すればいい。

「すぐ終わらせるから!!」
「はいはい」

 無理だと思う。それを上手く飲み込んで出口に押しやった。

「鍵はどれですか~?」

 おびただしい量の鍵の中からちぃちゃく書いて貼っつけてあるものを頼りに倉庫の鍵を探り当てる。いつもしゃんとしている背筋が、大きな体に大きな背中が丸まっているのを見てかわいいと思った。

「あった!」

 さっきも聞いた声を聞きながら、「あっ、倉庫2なんだ」と思う。1ってどこにあるんだ? 三年生になっても把握しきれていなかった。でけぇもん。

「ちゃんと待っててね」
「はいはい」
「いってきます!」
「いってらっしゃい」

 行きは無言で手を引っ張られての入場だったのに、帰りは雄弁に背中を押しながらの退場。何となくこんなことになるような気もしてたし、気もしなかった。

「つぅもう帰ったよなぁ。夕ご飯何にしよ、」

 なんとなく、航が好きな塩唐揚げでも作ってあげたくなった。一緒に帰る最中にスーパーに寄り道でもして鶏ももを買おう。
 スマホのメモ帳に鶏ももと、書いた。