「…………どぉうかんがえても、
――――お前はそっち側じゃないだろぉぉぉぉおお!!!!!!」
「いだっ!!おまっ」
「――――……はっ、……?」
「――――……って。叫んだことある?」「ねぇぇぇぇよぉぉぉぉ!?!!」
自分が大所望していたツッコミが来て、天井に口角が突き刺さった。広角分も身長に含めてもいいのなら、俺は目の前にいる人間、つぅの身長もゆうに越せるのに。
立ち上がり手を天に突き出し、摩訶不思議な立ちながらの大の字をしている今の状態でも、若干つま先立ち状態でも、身長ではつぅに勝てない俺が、勝てる。
俺の目の前で、昨日の自分の再放送をしてくれているつぅに脳を揺り動かされながらそんなことは考え、きれなかった。
「ごめんごめんごめんごめん。タイムタイムタイムタイ゛ムぅぅ」
ピンポンパンポン。
「おぇ、」
って、脳がまだ揺れている。脳が頭蓋骨に当たる音ってピンポンパンポンなんだ。
「……俺の脳って、ピンポン玉くらいしかないのかなぁ。だって、ピンポンパンなんて効果音、ピンポン玉くらいにしか使えなくね」
「……なにをいってんの」
言葉の頭に強いイントネーションを持ってくる、つぅ。完全にツッコミモードに入っている。
「俺の頭の中でピンポンパンポンって、脳が頭蓋骨に当たった音がしたから」
「いや今実際になっただけだから」
え?
「え? 俺の音じゃない?」
「俺の音じゃない」
ピンポンパンポン。え?
「え? これも? 俺のじゃない?」
「俺のじゃない。……そもそも、俺の音って何?」
「じゃあなんで誰も喋らないの?」
「おまえさぁ」
俺の口角が突き刺さっているはずの天井を指さし、つぅに問いかける。いつの間にか俺とオソロっち状態になっていたつぅは小刻みに震えていた。足腰が震えているわけではないから、「産まれたての子鹿のようだ」という比喩表現は使えない。上半身、というか、手? が震えているから、……ストレス?
「……ストレスぅって、空気感染するっけ?」
「は?」
思い出し笑いならぬ思い出し苛立ち、を今からしようとしていたからそれが伝染してしまったのかもしれない。微量でも感染してしてしまう、相当強い感染力を持っているらしい、ストレスは。そのうえ発症も相当はやい。それなのに昨日は、一切、いっさい。
「……つぅ。俺に近づいたら感染するっ! って、もう感染してんのか」
「もううるせぇ。なんか知らねぇけど勝手にわなわなして心配して、勝手に納得すんな。自己完結すんな」
ピンポンパンポン。
「「うるせぇ!!」」
「三回目?」
「いや、四回目」
「四回目!?」
大体、お約束でも三回までだ。仏の顔も三度までと言うし。イタズラか? 故障か?
「まさかマイクが切れた状態で話してるわけじゃないよな?」
「いやそれはないだろ」
「まぁ、さすがにな」
「「ははっ!!」」
お互いの顔を見合わせながら笑い合う。青春だ。黄金色の光に照らされた教室ではっきりと見えたつぅの顔。そこにばっちしと見える、青のり。昼休みにふたりで抜け出して食べに行ったお好み焼き屋さんの青のりだと思う。
と、いうことは、昼休みから放課後の今までずっと、歯に青のりを装着してつぅは過ごしていたということだ。
……お好み焼き屋さんに行った帰りに、もうどうせ間に合わないからってサボって楽器屋さんに行ってた時もついてたってこと、?
ものすごくカッコつけてベースを引いていた時も? 次のライブのために奮発して買っちゃおうかなぁって、カッコつけていた時も? 楽器屋さんのお姉さんから「すごい、バンド組まれてライブまでやられてるんですかぁ!?」って言われてすんーーごく、カッコつけていた時も、ついてたって、こと、だよな……。
「…………つぅ、」『――員室にいい加減来なさぁぁああ、ぃぃ』
「えっ?」「ぁっ、」
『…………すみません。ありがとうございました』
「「あぁ、」」
『ん゛ん。水神 海翔くん。至急職員室に来るように』
「――――……おれかよっ!?!?」
「はっ、どんまーい」
「うるせぇ、青のりやろう!!」
「青のりやろう……」と、虚ろに話すつぅを背後に駆け出した。俺が怒られるようなことは大体つぅも一緒にやっているはずなのに、なんで俺だけなんだっっ!!
おれのハジメテ。ハジメテの捨て台詞が「青のりやろう」だなんて。恥ずかしくて、
…………フィアンセになれなぁぁあぁい。
♪
「それで? なんで怒られたん」
「進路希望にフリーターって書いたから」
「そりゃダメでしょ」
「なんでよぉ」
木の匂いがする。職員室から帰ってきてそうそうに目の前にあった机に溶けた。つぅでもよかったけど、机の方がほんのちょっと近かったから。
「偏見だけど。先生とか頭のいい人って、人の話を聞かない確率、高くない?」
「ん? どゆこと。……あっ、そういや先生ってどんなテンション感だった? 随分と早かったけど」
ウキウキと脇を軽快に鳴らしそうなテンション感のつぅが木との一体化を目論んでいる俺に問いかけてくる。満面の笑みで、歯はなんかちょっと多く見えた。その全部が見事にピッカピカに磨かれていた。
「え? ん゛ん」
『なんで呼ばれたかはわかってるよな』
『よくそのテンション感で来れますね』
『何だこの進路調査書はっ!!』
『そのテンション感でも無理ですよ。最初ミスったから今度は、てんてんてん。とかもないです』
『……書き直せよぉ、それと口もダメだからな』
「――みたいな感じだった」
「やばァっ!!」
自分ができる最大のボディランゲージで、声で、真似をすると、つぅは全力で笑ってくれる。だから俺も全力でしてしまう。
大して掃除もされていないような床に寝っ転がって手をお腹に、足をバタバタとさせて体を左右に振る。
それを人によっては滑稽だなんて言うのかもしれない。でもそんな人はきっと、こんな最高な親友に出会ったことがないだけの可哀想な人だ。全力に全力を返してくれるだなんて最高に、かっこいい。
全力に全力で返してくれるって確固たるものがなければ全力でこんなふざけたことなんてできない。
無駄な時間を無駄なことで無駄なくいられるなんて、俺はなんて恵まれているのだろう。
「喉のチューニングいい感じじゃん。さすがうちのギターボーカル。六月のライブもよろしくお願いしますねぇ」
「そりゃそりゃもちろん。ありがとうございますぅ。でもいじるなぁ!」
黄金色と一体化するかのような笑顔。自分もそうだといいなって思いながら笑い返した。ライブの最中につぅと目が合って、笑い合っているかのような快楽を感じる。背骨をねちっこく歩かれるような刺激。ぢりぢりとビリビリと。
俺がこんな感傷的になってるのはきっと、きっと、
「――朝津さんと…………、水神……海翔、……さん? 自主学習で行っていないのならば、直ちに帰りなさっ「すみませぇーーん。人待ってるんで」
こいつのせいだ。
声帯を急速に閉める音がした。その音が明快に聞こえるのは、俺が目の前の人間にとても近い位置にいる。という理由だけではなさそうだ。
さんを、さん? って。ん? って、音を上げて問いかける口調で言われるのに腹が立った。低音ボイスの最後を締めるのがそんなへんてこりんな中途半端な高音だなんて腹が立つ。
「……その間に学習でも行いなさい」
「そんな道具もってないでぇーーす。ねぇ、つぅ?」
「いえいえ、俺は持ってます!」
「おまえさぁ」
意気揚々と見たこともない英語の学習書を取り出したつぅ。なぁんかコソコソしているなと思っていたら、得意満面で裏切る準備をしやがっていた。
若干鼻が膨らみ、息が多めの大きい声を出してドヤ顔をカマすつぅのおでこをついてやりたい。学習書を自分の顔で反復横跳びさせているつぅに全力でこちょこちょしたい。左右に追加して上下まで入れ込んできたつぅにドロップキックしたい。
窓辺に預けていた体を、思わず立ち上がらせた。窓が鳴くはずだった悲鳴を押し殺した犯人が、囁く。
「……ここで、待たなくていいよ、」
「…………別に、あなた様を待っているだなんて一言も言ってませんけどぉ?」
「でも、ぼくでしょ?」
俺が貴様の声が好きだということを、最大限に活かして来やがった。ウィスパーボイスと低音ボイスの相性は、焼きそばとマヨネーズくらい最高なもので。脳天に一撃ぶち込まれるレベルのものだ。
耳の裏まで響いてくる衝撃を、俺に前のめりになり壁ドン状態の犯人の肩にぶつけた。「うっ」と入った音が聞こえてきた。
『架谷せんぱーい』
「呼ばれてますけど。こんなところで道草を食べている場合ではないのでは?」
「そうですねぇ」
「ちい」と言った。舌打ちを鳴らしたのではない。声帯を震わせて、空気を振動させて音として発した。
ねぇ。
ちょうど二週間前くらいだったと思う。いつもごとく先生から色つきリップクリームのことについて怒られていた俺が発していたらしい適当な敬語。それを目の前の人間が真似をするようになったのは。
「すみませんねぇ」
「ごめんなさいねぇ」
「左様でございますねぇ」
ね。じゃなくてねぇ。バカにしているとしか考えられない、とそこでシャドーボクシングをしているつぅに言われて、顎の開き具合が限界突破したのを鮮明に覚えている。濁点が付きまくった渾身の「はぁ゛」が飛び出した。今も出そうだけど。
「きいてます? 水神さん?」
また、さん? だ。気安く語尾を上げるなよ。
体を盾にしたうえで目を物理的に手で塞いでくる。俺の思考が自分に向いてないことが大変、気に入らないのだろう。
「聞いてません。そんなことよりいいんですか? 呼ばれてましたよねぇ。生徒会、書記さん、ねぇ」
そんなにご所望ならねぇと鳴いてやろうじゃないか。
そもそも、当の本人の俺は至って真面目だった。ちゃんと話は聞いていたし、もちろん、きちんとした敬語を話しているつもりでいた。だから指摘されたときは寝耳に水だった。
だから今こうやってからかわれる原因になっているのも大変気に食わない。煽るときにだけにする特徴的な口調の中に入れられたことも大変気に食わない!!
「ぼくって、サッカー部なんですよ」
「はっ、?」
クラッカー
「しかも主将で。運動部には見えないと、よく言われますが」
豪速球
「うちって、結構強くて」
ゲリラ豪雨
「やっぱり、その分練習もきつくてですねぇ。でもそのお陰で身体はそれなりに鍛えられてられてるんです」
通り魔
「だからなんですかねぇ。風邪とか、そういう病気にかかりずらいんですよ。ありがたいですよねぇ」
奇襲
「健康良児って言うやつなんですかねぇ」
手榴弾
「だから……、安心してください」
テロ
「安心して、」
とりあえず何かをぶっ込まれたということを表現しないといけないと思った。なるべく悪く悪く、表現しないといけないと、と。
なぜなら、この人間が脈略をどこかになくしたとき+俺=俺が被害を受ける。と、いうなんて傍迷惑な式があるからだ。方程式にさえなれない。
答.不利益が生まれ、それを被る。俺が。
おれが。
それが絶対的な式の答えだった。yに何を代入しようが、xに何を代入しようがそうなる。普遍で不変なものだった。
何とか脈略を掴み取ろうと、他の答えを解いてみせると、奮起していたときももちろんある。
しかし、答えは変わらずにひとつだけだった。どれだけ足掻いても既存の答えしか見当たらない。
どう考えても身長もジャンプ力も何もかも。足りない。それなのに、借り物競争でいちばん高いところにあるパンを咥え込もうと必死になっているような気分にさせられた。
高嶺の花のメロンパン。
どれほど狂奔してもせいぜい、砂糖の甘みを無責任に微かに掠められる程度。
どんな罪を犯したらそうなるのか。大体その罪の正体がわかってしまっていたから、抗うのをやめた。
しかし決して、甘んじたわけではない。
――――だって、
「ぼ・く・を、「ひかるっ!!!、」ねぇ」
……こういうことになるから。
「~~~~っひかるっっ!!」
耳の中から侵入して身体中にまとわりこべりつくこの声を、毒。と表現するのは忍びないが、俺は心根からそう思っていた。この状態になってしまったらもう、毒として処理するしかない。
今さら感染経路を塞いだとしてもどうにもならないことはわかっているがやらざるを得なかった。耳の中に指を突っ込んでこねくり回す。囁かれた右耳だけでは飽き足らず、左耳も同時にこねくり回した。
ああ、溜めた水に顔を沈めてしまいたい。穴という穴に水を入れて洗浄したい。車の洗浄みたいにくまなく人間を洗い流してくれる機会はいつ作っていただけるのだろうか。体内外両方洗って欲しい。AIとかよりそういうのが欲しい。理系の方々頑張って。俺はド文系だから無理だけど。
昨日と同じような処理方法をしてしまった自分を戒めながら航を睨みつけている、と。
「なに倦怠期? やっと別れるの?」
「「ちがうっっ!!」」
「迫力すごっ。綺麗なユニゾンだな」
感心するような素振りで俺たち拍手を向けてくるつぅ。拍手をする度に上がる腕と体がよりいっそう航を刺激していく。航が手のひらに、心配になるくらいに深く切り込まれた爪を食い込ませていた。あのギリギリの深爪でも跡が残ってしまいそうだった。
「……あんな爪、してんのに」
小刻みではなく大刻みで。腕ではなく上半身、下半身。航は全身を震わせていた。立っていなかったら痙攣だと誤認をしてしまっていたかもしれない。
「……朝津、おまっ、……えっ?「まぁまぁまぁ。落ち着きましょうよ。お兄さん」
さっき航が俺にしたように体を盾にして手で物理的に視界を塞いでいく。想像とは違う音色だったが勢いは失速した。
少し間抜けな、まるで驚いているかのような音色。腑抜けたそれに違和感を感じながらもつぅがしてくれた変な方向のフォローにフォローをするためにつぅに体を向け、た。
「つぅもなんだよ。倦怠期とかやっと別れるとか。やっとってなん…………なんそれ、」
「ちょうど三ヶ月くらいだろ。よく言うじゃ「ちがくてっ!!」
勢いよく遮り、そのままの勢いで、ブレている指で「それ」を、指す。
「……それ、」
「あぁっ! ポッキンアイス。いやパッキンアイスだっけ? チューチューアイスとか言って人もいたなぁ」
「「ぱっきんあいすぅ……」」
「お前らはそっち派?」
豪快な咀嚼音が響く。パッキンアイスのCMがあったらそんな食べ方するんだろうなって食べ方だった。前歯で噛んで思いっきり右に持っていき中身を食べる。きゅうりを食べる時くらいしかしない食べ方だ。
「……どっから出した」
「カバンから」
「「カバンからっ!?」」
カバンからポッキンアイスの片割れが出てきた。もちろん? まったく溶けていなかった。そのまま冷凍庫から出てきたみたいな。霜焼けで、手の跡が付く。
「……そもそもなんでパッキンアイスがあんの」
「うちから持ってきたから」
「「どうやって!?」」
「普通に、カバンに入れて運んで」
「「溶けるだろ!!」」
「おぉ、またまた綺麗なユニゾン」
呑気なことを言いながらまた豪快に食べる。やっぱり咀嚼音はシャクシャクだった。
「……はぁ、……普通は溶けるだろ。どうやって持ってきたんだ」
「そうだそうだっ。朝ならまだしも今放課後だよ? 最低でも八時間以上ここにいるんだ。そんなのどうやって……」
「普通に冷凍庫をカバンの中に入れれば」
「「冷凍庫をカバンの中に入れる!?!?」」
頭痛がいたい。頭痛が痛い状態だ。今すぐにでも血が吹き出てしまうほどに掻きむしってやりたいところを、朝の時間に一時間以上かけてヘアセットした髪型だということを思い出して踏みとどまった。
手が額に収まるだけでよかったと思う。手跡はついてると思うけど。
「え゛ぇ~~と?、冷蔵庫をかばんにいれるって『架谷さ~~ん』
「はい。今向かいます」
メガネのテンプルに指四本を綺麗に揃えてすちゃあと、上げて整った声を出す。多分メガネにスイッチかなんか付いてんだと思う。そうじゃなきゃ説明がつかないことだらけだった。
学校モードだ。やっぱり、あんまし苦手だ。
出した声も、さっきみたいな作った声ということは変わりないが一膜あるみたいな。でもくぐもっているわけじゃなくて、逆にクリアすぎて聞き取りずらいみたいな?
とにかく。切り替えがすごかった。寒暖差アレルギーを発生したらぜったいに、航のせいだと思う。
「こあいよほぁ、あのきりかふぇ(怖いよな、あの切り替え)」
「おまえのほうがこわいよ」
パッキンアイスを口に咥えながら腕を摩ってブルブルと震える振りをするつぅを見て、当然、そう返した。四月にパッキンアイスとか食べるからそうなるんじゃない? いくらうちの県がアイスの消費日本一だとしてもでしょ。
「いふ? (いる?)」
「……いただきまぁーーつぅ」
「おもんな」
「おい」
軽快な舌打ちが聞こえた。
「……かいと、」
「はひはひ。いってはっしゃい(はいはい。いってらっしゃい)」
つぅから差し出されたパッキンアイスの片割れを咥えながらそう返した。手を挙げるわけではなく、ただ開いて見せただけ。そんな投げやりのばいはい。
俺は犬派だからそんな捨てられた子猫みたいな顔されても。
とほとほ、みたいな感じの歩き方だがきちんと五十センチ物差しが入った背筋で去っていった航を見ながらそう思った。
にゃーんよりくぅーんで鳴くやつがいい。
「ああいう顔、好きだよな。お前」
「……ぅるせぇ、」
さすがに溶け始めていたパッキンアイスを一気飲みの容量で一気食いをして頭痛がいたい。一気食いする時に頭を上に向けたから余計に。
「――――……はぁ、」
「バースデーボーイが。幸せをおっそわけしてくれてるんですか?」
「――――きいてくれよぉぉう、つぅぅぅぅ!!!!」
「おいふがるな! (追いすがるな!)」
今度はちゃんとつぅにしがみついた。もっと手前に机があってもつぅに。ズボンが下がらないように抑えたりするだけで、蹴飛ばしたり押し退けたりしないつぅの優しさに漬け込んで足元を拘束する。
チャーシューを作る時などに行われる、タコ糸で塊肉を縛る工程のようにギッチギチに拘束した。我ながら綺麗に整形できたと思う。一本しかないし位置はズレすぎだけど。
「おれ、今日、誕生日じゃん?」
「あっ、もうこのまま話し出すのね」
つぅは咥えていたパッキンアイスをシャリッと噛み砕いた。眉間を寄せたことを隠しもせずに、すぐさま「で?」という顔で俺を見下ろしてくる。いつも以上に見下ろさせているから、刺々しい表情に見えた。
「それで航が誕生日のカウントダウンをしてくれててずっと」
「あぁ、三か月前とかからしてたあのウザったらしいやつね」
「まぁ、そう。付き合った日からしてくれてたのかな? とにかく。それが当日ってなったらすごくて」
「うぁ」
一時期、荒れに荒れていた時期の俺のゴミ部屋を見たぶりに見た表情だった。「もはやなんも生きれないよこんな場所じゃ」なんて言いながら片付けてくれたつぅ。ほんとに九対一くらいの比率だった。もちろん九はつぅだ。
「ひぃ、さしぶりに見たよその顔。心底ドン引きしてんじゃん」
「するだろ、そりゃ」
「はぁあああ゛」
結構な距離が離れている俺の顔につぅのため息が振りかかってきた。
「深いなぁ」
「日頃巻き込まれている分の鬱憤も入ってますから、」
「すいません」
固結びを二回していたはずの拘束は呆気なくとかれた。膝が鳴く音が二重に重なった。ピキっ、と骨が鳴く音と俺の心情的に鳴ったピシッ!、という音。どちらも滑稽には変わりなかった。
日頃巻き込まれている分の鬱憤も入っているらしいため息には、軽装に謝罪するしかない。本当に、ほんとうに心当たりがありすぎるから何も言えなかった。
こっちだってつぅに散々巻き込まれて……いる。が、それにしてもだったし、これからすんごい巻き込むし……
「すみません」
「おまっ」
これから話される内容が相当だということを悟ったのだろう。般若のお面くらい顰められた眉間に後退りが証明している。でも、ごめん。
「その……なんだ? 俺と航は付き合っているわけ、で。その……。付き合ったらする……その……いわゆる、…………よる、の……」
パッキンアイスの落下がスローモーションに見えた。ほぼ液体状になっていたパッキンアイスが床に零れていく。
それがどうもつぅの絶望に塗りつぶされた思考のように見えた。申し訳なくて拾い上げ、自前のハンカチで拭き取りつぅを見上げた。
先程の比にならないほどのドン引きかもしれないと、覚悟して見上げた先はちょうど逆光で見えなかった。
「つぅ……「一旦、座ろっか」
「…………はい、」
警察が職務質問する時の表情だった。眉間にしわを寄せていないのに怪訝に見える、見たことのない表情でさらに警察感が増していた。
グットサインで示された俺たちの机は、確かに俺たちが毎日座っているのものなのに、警察の取り調べ室に見える。
「――――……ッつか、夜の話かよ!? ふざけんなよ!!」
「!!ちょっとつぅ!? やめてよ!!」
取調室に着席した途端、頭皮が寂しくなってしまうのではないかと思ってしまうほどに髪の毛を掻きむしり、叫びはじめたつぅ。
腕は二本までしかないからやめて欲しい。腕を塞いだら口は塞げない。焦りまくる。
もう頭皮は諦めて口を塞ごうにも立ち上がり、全力で上を向いて逃げ惑うから塞ぐにも塞げない。いっそのこと唇で塞いでやろうかと思ったが届くはずもなかった。
昨日の文脈無視野郎の気持ちがわかってしまうような気がしたからほんとうに、やめて欲しい。
「さぁああい゛やくだっっつ!! ぜっっっったいにきかないからな!! そのはなしはっっ!!!!」
「でけぇって、こえがっっ!!!!」
「はぁあぁ?? なんでそんなことおれがきかなきゃいけねぇんだよ!!??」
「ぅるせぇよ!!!!」
「ぉまえもなぁ゛!!!!」
胸ぐらを、頭を、掴んで言葉をぶつけ合っていると「ひっ」って引きつった声が聞こえた。そりゃそうだ。傍から見たら喧嘩でしかない。そういうことばっかするから誤解されて怖がれるんだ。肩を落とす。
「「はぁ、」」
「……これが綺麗なユニゾン?」
「きれいじゃねぇだろ、」
絶対音感を持っているつぅが言うんだからそうなんだろう。
つぅと目と目があって、音楽が流れる間もなくつかつかドカドカと突き進むその後ろを、親鳥に着いて行くひよこのように着いて行った。
「――――正直。そんな話されてもよくわかんねぇ。だから相談されても答えられない。力にはなれない」
叫びまくって息が上がってるつぅがドカンっと椅子に座り込み、言った。同様に息を切らした俺がそのつぅの上に乗り、「そっか、」とこぼした。か細い息が首筋に当たる。
「……お前らの喧嘩ってめんどくせぇ。巻き込まれる側にとっちゃひとたまりもねぇ。気力も労力もぜんっぶ、持ってかれる」
「すいあせん」
素直な罵倒、感想を、素直に受け止める。
「でも……」
「……でも?」
身体を後ろに向けた。
「お前らの喧嘩って少女漫画でもなんでも見てれば解決するだろ? ちゃ〇でも、なか〇しでも読んでれば。だから簡単ちゃ簡単だったんだよ」
「あっ…………、」
俺と航が喧嘩する度に少女漫画やらBがLする漫画やらを買い漁って「お前らの喧嘩はこれだ。この段階だ」って、まるで教材のように見せてきたのを思い出した。
「王道をアポロ十号に乗ってぶっっっっぱなしやがってんだからこういうの見てれば解決する」って。
実際にそういうのを見て解決したのもあるし、航なんてほんとに参考書みたいにしてたらしいし……。
それを言われたら痛いってやつだった。
しかし、今回のケースはちょっとだいぶ、その……、路線から外れてて…………
「は あぁぁああぁぁ」
「順当通りにいったら……、なんだ。おまえら王道突っ走りすぎてよくわかんね。どれだ」
ため息でもあるのかもしれない盛大な生命の息吹を吐き出したつぅが投げやりなものをぶつけてきてくれた。やっと息ができる。
「はぁ゛あ゛ぁぁぁ」
「なんで息止めてんの」
答える余裕なんてないからつぅの胸元に顔を擦り付ける。そのままタコ糸の拘束も再開だ。今度はまだ、いい位置だった。
擦り付ける度にボタンが鼻に引っかかってちょっと痛い。でもその度にせっけんの匂いが漂ってくるから心情としてはプラスだった。
「……つぅってやっぱいい匂いだよな。ちゃんと匂いはするのに濃くない。香水とかそういう強い匂いが苦手な俺にはほんとにありがたい。頭痛くなっちゃうもん」
「…………、てか。新曲どうする? 俺が書くよ、最後だし」
「――――……眠たくなってきた」
「……おい、」
呆れているのか、か細い「おい」が上から降ってきた。顎でつむじをぐりぐりとされる。
「ちょっと! だから身長縮むって!!」
つむじを押されると身長が縮む。その都市伝説? を俺たちは小学校の頃から信じていた。
お互いのつむじをどうにか押しあった日々は懐かしくもない。だって今も俺の身長をどうにか縮めようと、塞がっている腕を使わずに顎で攻撃してくるのだから。
「今もちいこくて可愛いんだけど。もうちょっと、ちまこい方がもっと可愛くて、もっともっと愛嬌でるよ? 怖がれてんだからさ。頑張ろうよ!!」
「意味わかんねえよ!! 頑張りの方向性だいぶ違うだろ!?」
俺の尊厳に関わりすぎるから訂正しておくが、俺はけっっして低い方ではない。俺の周りが高すぎるだけだ!
俺は、175cmだ。
お れ は 、 175c mだっっ!!
日本人男性の平均身長は越しまくってる。だから小さいなんて言われる筋合いなんてなさすぎる。
つぅも航も180cmを超えているらしい。っていうか、中学の頃には超えていた。具体的な数字は聞いていない。きかない。きいてやるもんか。
だってうるせぇ。
「解散の季節ですねぇ」
「~~~~つぅっっ!!」
「ははっ、」
つぅを睨んだってカッコつかないところかカッコ悪くなる。さいやくだ。
さいっっっっあくだぁっっっぅ!!!!
「一旦いいんだよッッバンドの話はっっ!!」
「なんだよ大事だろ? もうすぐ解散するからってそぉんな、薄情な」
「あ゛ぁ、もうっ!! とりあえず続き聞けよっ!!」
「はいはいはい」
体の上で暴れられても飄々としているつぅにムカついて太ももをつねる。さすがに「いだっ」って声が聞こえたが知らん。
さらに上乗せされた怒りをそのままに昨晩の惨状を語ることをかたく、かたく決めた。
「……ずっと! カウントダウンされてたの目覚まし時計で、一日中。家に帰ってからほんとひどくなって。五とか十とか区切りがいいものだけじゃなくて、四とか八とか、そんな区切りに使うには悪すぎる数字も鳴る、ずっと」
「四、八……。四月八日、今日。……お前の誕生日じゃん」
「そう」
「うぇ」
誕生日前日なんてことは機械が汲んでくれるわけもなく、目覚まし時計は変わらず嫌に耳を突き刺していた。広がってくれるわけでもない。ただただ人の鼓膜を突き刺すためだけに、脳を揺り動かすためだけに生まれた音。
機械音。覚醒音。
それが虚しくも俺たちの部屋にずっっと、響いていた。ついでみたいに元気よく、光り輝いてもいた。もうすぐで日付が変わる深まった夜には絶対的に似合わない。目を疲れさせる光だった。
「まぁそれは航だなって、別になんでもないんだけど……」
「ないんだけど?」
「その後に、『…………覚悟はできてます』って……」
「こわっ」
「だろっ!? ただただ寝る前の雑談してただけのにいきなり……」
いつの間にかルーティンの一環として組み込まれるようになった寝る前の雑談。昨晩もいつものように学校の出来事とか休日はどうするかなど、そんな、小さいけど大切な話をふたりで分け合っていた。俺たちふたりしかいないのに、なぜかコソコソと囁き合い与え合い、鼓動を高め合っていた。
そのにぶっ込まれた「覚悟はできてます」。文脈無視だ。
心臓に悪かった。ほんとうに。温水が冷水に急ピッチで変更されたのだから。それまで話していた話の内容も眠気も、何もかも。綺麗さっぱり洗い流された。
「『男性同士の性行為の方法を学んでる』って」「ちょっとまって!!」「おれもいった、それ」
俺が言った時と同じようの声量、迫力で覆いかぶさってくるつぅ。臨場感が凄まじく、その場にいてもおかしくなかった。
「『海翔の言いたいことはわかってる。心配なんだろ? どうしても学ぶと言っても僕たちの場合は独学で、しかもネット上に上がっているものでしか学べない』」
「ちがう、まって、そこまで行ってない」
「~~~~それもっ、おれいったぁ!!」
帰ってくる反応反応すべて、昨晩俺がした反応で。こんなことで俺たちの親友さ加減を実感証明してしまっている。
「くびっくびっ」
「あっごめん」
思わず抱きついた先の着地点が首元だったらしく、ギブギブど腕をポンポンされてやっと気がついた。
「『どうしてもネット上の情報は信ぴょう性が足りない。もちろん、確かな情報を教えてくださっている方もいる。実際にいらっしゃった。しかし、やっぱりそれは数少ないんだ。膨大にある情報の中で確かなものを見つけ出すのは至難の業だ。だからしょうがのないことなんだが、体のことだ。データは確実的なものが好ましいし、多いに越したことはない』」
「……うん? いらっしゃっ、た?」
引っかかるには、はやすぎる。
「『しかし、よくよくと考えてみるとそもそも。性行為というもの自体、誰かから教えを乞うものではない。確実なデータが欲しくて文献を漁ったがやっぱり見当たらなかった。男性同士だからなのかと思って異性同士のものも探してみたけど……これも見当たらなかった。異性同士でもいいから教材とうたっているものが欲しかったんだけど、難しかったみたいだ』」
「そりゃそうだろ。なにいってんだあいつ」
「~~ほんっっっつとに、ね゛ぇ!?!? どうやってそれをレジまで持っていくんだって話!!『あぁ、童貞なんだ』って、絶対に店員さん思われるよ。店員さんどころか、持ってるだけで周囲の人たちからも思われると思う。ワンチャンそれを見てるのを見られるだけで思われるかもしんない。悪い意味で証明書みたいなものじゃん!?!?」
「はあ、はあ、」
「…………その単語は、大きな声で言っていいんだ」
「ぁっ……」
おもっくそ「童貞」って言っちゃったァ。今さらながらも周囲を見渡す。つぅから「もうむりもうむり」とか聞こえるけど気持ちの問題だからっ!
「あとさぁ、」
「え?」
しみじみといった感じのつぅが眉間を長くて綺麗な指で揉みしだきながら言う。
「熱量越えられたらこっち冷めちゃうから。昨日散々言ったんだろ? じゃあ俺のターンだろ。聞いてやってんだからとんなよセリフ」
「さーせん」
ごもっともすぎるセリフに首が勝手に下がる。でも下がったことによって俺の髪の毛がつぅに突き刺さる。「ちょっとぉ!」って聞こえた。
「で?」
「あっ、きいてくれますか?」
「はぁ」
聞いてくれるのか。という問いには答えてはくれなかったけど、「で?」と顔で示すだけだった先程に比べ、口から出してくれたのだからいいということだろう。
「『もちろん。経験が豊富の方が経験が浅い方に教えるということ自体はあると思う。しかしそれは実践だ。言わば実技。それは本番を学びの場にしよう、ということなんだと思う。それは決して悪いことではない。だって経験や体験は何にも変え難い貴重なものだ』」
「「言わば実技?」」
俺の笑顔に唾をつけるようにつぅは返事を絞り出した。
「……おい被せてくんなよ」
「これはきれいだよな」
「……いや?」
もうつぅと俺は同じ反応だろうと汲んで昨晩、俺が発したツッコミを返したら、ご名答だった。思考回路が一緒というのはこういうことで、類は友を呼ぶというのもこういうことだ。
「ふふん。『でも僕は、海翔との行為をそんな行き当たりばったりみたいなものにしたくない。ただでさえ負担の多い行為に、危険性を少しでも含みたくないんだ。一回一回を、大切に胸に刻みたい。快楽とかじゃなくて、ほんとに、大切に』」
「惚気けたら殺すからな」
「はい、」
ほんのちょっと、ほんの一音程度上がった程度の音を察知したつぅが言う。絶対音感は伊達じゃない。
疑問符を叩き出してたのに叩き落とされた、という昨晩の事実を知らず知らずに含んでしまっていたのだろう。それが音として出た。それを聞かれた相手が悪かった。
……正直、すごくきゅんとした。もぅ、それはものすごく。ムカムカの方のきゅんだったらよかったのに、しっっかりと、ときめきの方のキュンで……。
奇跡だと思った。こんな意味のわからない状況で、それをつくり出した人間がぶつけた相手のことをこんなにもときめかせられるなんて、すごい才能だ。しかもそれを無意識にやっている。もはや怖かった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」
ため息と分類してはいけない、息というかほぼ声。叫び声。百対〇.五くらい。
「――――…………それでぇ、どっちも抱く方をやりたくて喧嘩になった、と……。見えてきました見えてきました。そっちでしたかっ。王道は王道でしたねぇ。上下戦争ってところですかっ。……それじゃあ「いやぁぁああ、それがぁぁ……。」
「えっ?」
「ぶっちゃけぇぇ、今まで話してたのは前菜的な……、大前提ぇ……的な的なぁ?」
「…………っえ、?」
「『………………俺の身体の準備が整うまで待って欲しい』って、」
「は?」
あっ、ここは違った。俺は処理しきれなかったけどなんか言わないとって、そしたら出たのが「ん?」だったのに。
「だからぁあつまりぃ、……どっちもぉ、…………抱く方。……やりたくなくてさぁ。でもっ!! べつにべつにおれは抱かれる方をしたいっ!! っていうわけでもなくてぇ。勝手に俺が抱かれる側なんだって思ってただけでぇ。だってだって!! 薔薇とかだったら絶対俺が抱かれる方じゃ…………ん?」
「――――……つぅ?」
「はっ?」
スペースキャット。背後に宇宙が見えた。しかもよりによってブラックホールがいる。猫顔のつぅが世界の真理を知ると、こうなるんだ。
「だってだってさぁ、航が抱かれる側とか想像できないだろぉぉ」「想像もしたくないっっ!!!!」
「そりゃそうだよね。ごめん」
友達のそういうのって知りたくもないよなぁ。想像だってしたくないよなぁ。
でも、
「でもぉ、こんなこと話せる相手つぅしかいないんだよぉ。俺たち、親友だろ!?」
「…………こんな役目なら、親友なんて、ごめんだ」
「そうなこと言わないでくれよぉぉぉお。恥を忍んで相談してんだからァァ」
「恥を忍んで言うことじゃない゛!?」
もろダイレクトに来る怒りと呆れが混同したやつが霧みたいに俺の顔に降り掛かってくる。世間一般ではこれを唾と呼ぶんだろうな。……俺に唾だなんて言う資格はないから。
「それで『どう考えてもお前はそっちじゃない』って叫んで」
「……そういや、そんなこと叫んでたな」
吐息とかのレベルじゃない。もう声が異物として混入しているレベルの声量だった。でも返事は帰ってきた。
「うん。そしたら、『いや、ぼくが抱かれる。それに今何時だと思ってんだ。近所迷惑だ』とか間髪入れずにいうんだよ」
「もううるせぇ」
そうっ! もううるせぇ。誰がこんなこと言わせてんだ。ぜんぶぜんぶ、航が悪い。近所に説明するのも謝るのも、全部お前一人でやれ。
説明できるもんならやってみろ!!
「そうでしょ!? 終いには『いや。僕が海翔に抱かれる。受け、ネコ。……下? まぁ、なんとでも表現はできる。――が、とにかく。これは決定事項だ。海翔が僕を抱け』とか言いやがって、」
「…………どういうことだよ。決定事項?」
「そうだよね!? おかしいよね?? だから俺も『……っ何が決定事項だっ!!』って思わず叫んじゃったもん」
「だからうるせぇよ!!!! 超えてくんなっっっって!!!!」「すんませんっっ」
もう今日は平謝りのオンパレードだ。誕生日だってことは考慮してくれない。当たり前だ。
「……やっぱ、意味わかんねぇんだけど」
そうこぼすつぅに激しく便乗する。
「そうだよな!? どう考えても俺が抱かれる方だよな!?」
「ちげぇーよ。上下の揉め合いはよく聞くけどそれもほとんどみんな上やりたがるだろ。なんでどっちも下やりたがってんの? そんなの聞いたこともないし見たこともないし、読んだこともねぇよ」
疲れてか呆れてかはわからないけど、もうなにもかもの抵抗をやめたらしいつぅの腕が俺のお腹に回してくる。胸元に強めの衝撃を食らったから、「じゃあ今聞いたし見たな」って返した。
「くたばれよ。お前らが俺のこと散々巻き込むせいで俺はこんなんになったんだからな。全部全部お前らのせい。少女漫画の王道ぶっぱなしてたくせに、なんでこんなイレギュラー出しやがるわけ? 対処法わかんねぇよ」
案の定息絶え絶えの罵詈雑言が返ってきた。
「その節はすみませんねぇ」
何時でもつぅには迷惑をかけまくっていた。
家が隣同士。幼馴染。すれ違いが起き、犬猿の仲と言われる。それなのに同居することになってしまう、などなど……。
ドラマや漫画にありがちな設定をてんこ盛りにしてそれを経由し、何とか恋人となった。端的に話したとしても数時間はかかるであろう厚みのある馴れ初めを持つ俺たち。
そんな俺たちの横には必ずつぅがいた。
……同居初日も家にいてくれたなぁ。お母さんをなんとか説得しようと奔走していた俺に加勢してくれていた。意味のわからない理論を並べる俺に比べて理路整然としたものだった。
考えれば考えるほどつぅは、俺以上に迷惑を被っているのかもしれない。本当に申し訳なくなって、とりあえず頭を撫でた。
『え゛、膝に乗りながら頭撫でてる?』
『ん?』
『! ガチだったんだ!! あの噂って!! できてんだあの人たちっ!!』
『やめろよ!? こえでかいって!!』
くすくす? けたけた? どんな擬音を使えば表現ができるのだろうか。新たに作り出した方がよっぽどいいかもしれない。だってくすくすもけたけたもいいようにも使えるから。こんなただただバカにしてるものと一緒にされたら甚だ迷惑でしょ。
『つかどっちが女側なんかな』
『あの髪長い方じゃね。なんか髪型とか顔とか女ぽい。体さえ見なければワンチャンいけそう』
あっ、なんか増えた。
『まじで!? 俺無理だわ。男ってだけでもう無理』
『まじでやめろって!!』
聞き耳だけじゃ物足りなくて視線を向けると、そこにも迷惑を被ってる人がいた。たいへんだぁ。体を盾にして視界を遮ろうと奮闘している。もうちょっと頑張って手で遮るくらいしないとぉ。でもふたりいるからなぁ。
「可哀想だよねあの人たち。多分みんな一年生だよね? そりゃ狭い空間に生きてるかぁ。……あの子、大丈夫かな? 友達がああだと自分までそうだと思われちゃうじゃん。まだ高校生になってまもない間にそう簡単に友達とか選べないし恵まれないし。ほんっと、たいへんだねぇ。そう考えると俺ってちょーー恵まれてるじゃん!? こんな良き親友に恵まれっ」
あっ、おこってる。まぁ、つぅなら怒るよね。怒ってくれるよねぇ。
じっとそこだけを見て、何も言葉を発さないつぅを見て思った。おこってる。きっと、俺が上に乗っていなかったらすぐにでもそこに向かっていたと思う。体に力が入ってた。
瞬きくらいはして欲しいんだけど。
あの子が頑張ってくれてるように先輩の俺も頑張らないと。雑に片手で頭を持ち、胸元に寄せ、つぅの視界を遮った。
「おいっ」
胸元でつぅの叫びが吸収される。それと同時に嘲笑いを浮かべ押し殺した「ふぅ~~」という歓声が上がる。視線を向けた。
『あっ』
俺の視線を認識した途端、しっぽを巻いて逃げ出した。コーティングが施されてからそんなに日が経っていない廊下は滑るだろう。無様な音が鳴り響いた。
まずい! って顔してたなぁ。おもしろ。
睨んでもいないのに睨んだと誤解されるこの目に、何度迷惑を被ったかはもう思い出せないほどだけど。こういうときはいいように作用されるからいいかなって思うしかない。
「やっぱ後輩は可愛いねぇ」
「何言ってんだよ、お前」
呆れが俺の胸元に染み込んでいく。でも離さない。
必死に止めようとしてくれてた子が頭を下げて走り出してくのを見てから、離した。
困り眉が可愛かった。だからやっぱり、後輩は可愛い。あの子が滑りませんようにって心の中で願いながら手を振った。
「やっぱ相場は俺だよな」
「ほんっとお前は。今悪意向けられたんだぞ? あることないこと言われてなんで怒んねぇんだよ」
「無駄でしょ怒るなんて。なんであの人たちのために俺がそんなことしなきゃいけないの? 労力だよ? 疲れる。それに、世間一般的には可哀想と言われる立場の俺が可哀想って言ってるんだから神経逆撫でしてるみたいでしょ」
「――……はあ、かいちゃんがいいならいいけど、」
直にくる呆れはなんだか面白くてこそばゆくて、優しかった。そう、つぅは本当に優しい。
俺は航と付き合っている。だから実際にそっち側と分類される人間だ。なんとも思わないわけではないけれど、しょうがないかなとは思う。
でもつぅはちがう。
だからむしろ圧倒的に迷惑を被っているのはつぅの方なのに、俺のためにこんなにも怒ってくれている。自分がそうだと疑われたからじゃなくて、おれのため。
ほんとに、いい親友だ。
「ちゅーでもしてやろう、ほらっ」
「やめろよおまえ」
「大人しくしなさい。こっちは拘束しているんだ。抵抗するだけ無駄だぞ!」
「やめろよっ」
つぅの首元に腕を巻き付けて警察口調に尋問する。ヘッドロックのような様だけどふにゃふにゃな抵抗のままだった。それに気をよくする。
やっぱりくすくすけたけたはこういう場面に使うべきなんだと思う。だってこんなにもかわいいもの。
あともう少し。あと、もうすこし、
「――――なにしてるの、」
「あっ、航。生徒会終わったんだ」
今日は随分と早かった。先程からさほど時間は進んでいなかった。
学校も始まったばっかだし、色々決め事があるのかと長丁場を覚悟していたが杞憂に終わったようだ。
まぁでも、抜け出せるくらいの余力はあったみたいだしな。
「だから、なにしてるの?」
「ん? つぅにちゅーしようとしてた」
今度は生唾を飲む音が明快に聞こえた。
「……なんで、?」
「すきだから?」
流石に昨日のことを相談していたなんて言えないし、こういうしかない。でも、事実だし。もう今日はつぅに対しての愛が止まらない。
つぅの頭に頬擦りをする。
あれ? シャンプー変えた?
「――――おいおい、俺を巻き込むなよ」
ほのかにピーチの匂いがするつぅの頭皮に夢中になっていると、つっが俺の太ももを撫でるように叩いた。「はやく離れなさい」とお母さん口調で諭される。
「えぇ~、お母さん。もっと甘やかしてよ~~」
もっと擦り寄るとやっぱ思う。すごくいい匂いがする、と。ヘアオイルか?
強くはないが漂ってくる匂いにどこか懐かしさを感じる。その要因をどうしても確かめたくてつぅの匂いを嗅ぎまくる。
「!ちょっと、なにしてんの」
「シャンプー? ヘアオイル? なんか知らんけど変えた?」
「え? あぁ、ヘアマスクかもっ「かえるよ」
文字通り首根っこを航に掴まれて強制的に立ち上がらされる。
「うっ、いたっ。ちょっと!!」
手首が悲鳴を上げる。「俺のか弱い腕が」なんて言っても見向きもしねぇ。そのまま進むもんだから慌てて後ろを振り向く。
「つぅ! また明日ねぇ~~。プレゼントありがとう!! 使い倒すねぇ~~」
「それに使い倒すもクソもないと思うぞぉ~~」
「確かし~~」
カバンに揺れる俺の好きなバンドのチャームと連動させるかのように手をブンブン振る。別れの挨拶は大切だ。というか挨拶は大切だ。
つぅもそれに答えてくれる。やっぱりいい男だ。
「あいしてるぜぇ~~」
