のこり5日、ロスタイムなし

鴨川西から京滋バイパスに乗り、大山崎で名神高速道路、高槻で新名神高速道路、神戸で山陽自動車道と順調に進んだ。途中で何度かサービスエリアでトイレの休憩は取ったが、賢一は昼食を食べようとは言わなかった。早島で瀬戸中央自動車道に乗った時、賢一がポツリと質問した。

「この瀬戸大橋を渡ったら、香川県だよね?」
「あぁ、そうだな」
「一旦下に降りてもいい?」

今まで一度も下りたことなかったのに、珍しく降りたいといったのだ。

「俺は構わないが。何だ、腹でも下したのか?」
「いや、寧ろ空いている」

グルルと獣のような空腹の音が聞こえた。

「せっかく香川を通るなら、香川のうどんは食べたほうがいいと思う」

賢一の目が、キラリと光った。真面目に聞いた順平は、ため息が出た。

「お前、もしかして早めに出た理由はそれか?」
「半分ね!」
「もう半分は?」
「最低でも、うどん3杯は食べたい」
「どっちにしろ、うどんだろ!お前、本当に麺類が好きだな!」

瀬戸大橋を渡ったのに、話すのはうどんのことばかり。情緒がないと順平は思いながらも、賢一の目的地である香川県の坂出で降りた。
うどんの名店は高松市に多いそうだが、坂出市にもうどんの店は多い。スマートフォンで調べて、評価の高い店に行くことにした。

店に着くなり、ルールは見よう見まね。カウンター越しから店員に「注文は?」と聞かれた。

「中のかけ1杯!」
「俺は、小の釜玉」

天ぷらを1品取り、会計を済ませて席に着く。北海道と同じ小麦で作ったうどんのはずなのに、つるりとした喉越しと歯ごたえが全然違う。

「美味しい!」
「旨っ!これなら俺でも三杯行けそう」
「他の店に行ってみようか」

来たかいがあると、早々に食べ終えて次の店に向かった。今度は先ほどの店よりも古めかしい感じである。今度は二人ともかけうどんにした。出汁とうどんを楽しんだ方がいいとネットの記事に書かれていたからだ。

「うん。ここのは、コシがあるね!」
「出汁も旨い」

イリコと昆布と鰹節の絶妙な合わせ出汁に、甘い油揚げが染みて美味しい。賢一は、まだ食べたいというので、次の店に向かった。

「ここのはもっちりとして、のど越し最高」
「するする食べられるな」

同じかけうどんなのに、うどんの触感が全然違う。しかし美味しい。まるで沼に入ったような気分だった。

「さぁ、次の店に!」
「待て待て。もう行かないと時間がない」

順平がスマートフォンで時間を見せると、予定していた時間を大幅に超えていた。賢一は、一瞬だけ慌てた表情を見せたが、慌てても仕方ないかといつものニコニコとした表情に戻った。

「じゃあ、お土産にうどん買っていこう!」
「その方がいい」

神戸で神戸ビーフステーキ食べ歩きといわれなくてよかったと順平は思いながら、愛媛まで向かった。


*


坂出北から瀬戸中央自動車道に再び乗り、目的地である愛媛に向かった。途中、渋滞に巻き込まれたが、それ以外は順調に進んでいる。今日もラジオを聞きながら賢一は運転をする。順平は、いつものように次の目的である人物について聞いてみた。

「そういえば、次に会うのは5番目の兄だよな?」
「そう、ショウ兄。25歳、独身。いつも畑で農作物の世話をしていて、趣味らしいことなんてしてなかった。それで一番、僕を見てくれてた人だよ」
「面倒見のいい人なんだな」
「そうだよ。でも、キモいって家族やその他の人たちに言われてるけどね」
「なんで?」

面倒見はいいが、キモいってどういうことなんだ?と順平は疑問に思った。顔なのか性格なのか趣味嗜好なのかは分からないが、会ってみないと判断できない。

「25歳ってことは、うちの姉貴と同い年だな。誕生日はいつ?」
「6月」
「姉貴が7月だから同じ年だな。中学は学区が違うし、高校も農業高校だったんだろ?」
「いや、それがショウ兄は高2の時に北斗星高校に転入したんだよ」
「どうして?」
「お袋が、病気がどうの言ってたよ」

そうこうしているうちに車は愛媛県に入り、松山空港で高速道路から降りた。

「空港って、飛行機にでも乗るのか?」
「違うよ。空港近辺の住宅地が目的地」

カーナビの指示通りに車を走らせる。松山空港を素通りし、北吉田町の裏路地に向かう。車をゆっくりと走らせて、目的地にたどり着いたとナビが知らせた。

「おかしいな。この辺のはずなんだけど、それらしい建物ないよね」
「一軒家ならあるけど、そうじゃないのか?」
「社宅って書いてあるから、アパートのはずだよ。場所は303号室」

303ならば3階建てだろうと順平が辺りを見回したとき、右側にあった建物に気が付いた。

「おい、まさかアレじゃないよな?」

順平が指をさした先には、蔦まみれの3階建てのアパートらしい建物が見えた。駐車場であろう場所には雑草が生い茂り、かつて子供が遊んでいたのであろうブランコは錆びついている。廃墟同然のアパートがそこにあった。

「ここに住んでるのか?」
「そうらしいね……」

駐車場であろう場所に車を止めて降りると、冷たい風が吹き込んだ。夕暮れ時でアパートは薄暗く、電気はチカチカと消えかかっていた。まるで何かが出てきそうだと順平は身震いした。

「俺、車で待ってていいか?」
「いいよ」

順平は車に乗り込んで、遠くから賢一の様子を見る。これならば怖くないと思ったが、風が強くなって車をグラグラと揺らす。まるで、出てこないと車をひっくり返すぞと言わんばかりに揺れる。

「やっぱり行く!」

順平は車から降りて、賢一と一緒に3階に上った。その間も順平の首筋に冷たい風が吹き付ける。順平は無意識で賢一の腕を掴み、震えていた。賢一が、「大丈夫だよ」と声をかけた。

「お化けなんて出てこないよ」
「分かってる。でも、なんか寒いんだよ」
「風邪がぶり返したのかな。車に戻る?」
「いや、一人の方がやばい」

それなら早めに呼ぼうと賢一は、303号室のブザーを鳴らす。しかし出てこない。留守かなと思った時、順平と賢一の肩に何かが乗って、振り返る。

「ばぁ!」

腐って緑色になった男の顔が、そこにあった。

「うわぁぁああああ!!!」

順平は驚いて叫び声をあげ、叫びつつけて酸欠となって失神した。倒れそうになった所を、賢一が受け止め、ゾンビ男に不満げな表情を向ける。

「ショウ兄さん、やりすぎ」
「驚かせすぎたな。すまん、すまん」

気が付いた順平は目を薄く開ける。庄司は特殊メイクを剥ぎ取り、顔を見せた。顔は幸助と似ているが、鼻立ちは大樹と同じである。一番特徴的なのは左目だけ緑色をしていることだった。安堵した順平は、そのまま倒れた。太ももに温かい液体が流れているが、力が抜けて制御できない。腰がガクガクと震えた。

「あちゃー、やりすぎた」

庄司の声が聞こえた。


*


順平が目を覚ますと、昭和を感じる部屋の布団の上にいた。どこだと辺りを見回していると、襖が開いた。

「おっ、気が付いたか」

庄司が水差しをもって部屋に入ってきた。順平は、自分の服ではなく、だぼだぼのTシャツを着させられている事に気が付いた。

「あの、俺……」
「病み上がりの時に驚かせてすまなかったな」
「いえ、大丈夫です。むしろこっちが……その……」

漏らしたとはいえず、言葉を濁す。

「まぁ、その……謝礼じゃないが、こちらにいる時の代金は全部出すからさ」
「あ、はい……大丈夫です」

会話が詰まる。こういう時に賢一がいればと思ったが、他に人の気配がない。

「賢一は?」
「ケンなら夕飯の材料を買いに行ったよ。2時頃に着くって大樹兄さんから聞いてたのに、5時になるとは思わなかったさ。大方、うどん食って遅くなったんだろうよ」
「当たりです」
「ハハッ。ボクは何でも知ってるからな」

庄司は、キラリと目元を光らせてサムズアップする。この感じは、賢一と同じ匂いがすると順平は首筋を掻きながら思った。その時、首筋がジャリジャリしている事に気が付いた。

「俺の首筋、なんかジャリジャリしてますけど?」
「清め塩だよ。憑き物に用心して撒いておいた。風呂入った時に流してくれ」
「そういうの見える人なんですか?」
「見えやしないが、ボクは仕事柄呪われたことは何度もあるからね。酷い時は、謎の発熱で寝込んだ。お遍路で憑かれたって人も多いから、念のためさ」

呪われることがある仕事。危ない匂いしかしないが、興味が沸いた。

「庄司さんは、何の仕事してるんですか?」

庄司は、歯を出してニヒルに笑う。

「探偵だよ」

探偵と聞いて、3つぐらいの作品が頭に浮かんだ。

「探偵って、よく漫画とかゲームとかアニメに出てくるアレですか?」
「そう、探偵。ボクは私立探偵じゃなく、企業でやってる業務委託。まぁ、殆ど個人と変わらないけど、プランナーが案件を持ってきてくれるし、自由に動けるから楽なんだよね」

庄司は、へらへらと笑う。こんな人が探偵なんて出来るのかと順平は思った。庄司は、「そういえば」と何かを思い出した。

「君の名前を聞いてなかったね。えっと」
「福内です。福内順平。賢一くんの友達です」

今まで順平はクラスメイトと言い続けてきたが、友達と初めて名乗った。既に賢一が友達と言い出したのだから自分も言っていいだろうと順平は思ったからだ。すると庄司は順平の頬に触れ、順平の顔をじっと見る。獲物を見る目ではなく、何かを探しているような目だった。顔の輪郭、目の形や色、鼻の形、耳、頬、唇。

「まさか」

庄司から小さなつぶやきが聞こえた瞬間、賢一の「ただいま」という声が聞こえた。どしどしと歩いてきて、襖を開けた。

「ショウ兄!何して!」

賢一が驚きの声で言いかけたが、「もしかして!!」と庄司の大声でかき消された。

「君、デビル・ザ・タイフーンの弟か!?」