京都に来て4日目の朝、順平の熱も無事に収まった。4人で一緒に朝食を取ることにした。和食かなと順平は思ったが、パンが出てきて驚いた。京都とはいえ、ずっと日本食なわけがないかと思いながらパンを齧った。賢一が順平の額に触れる。
「熱下がったね」
「あぁ。これなら明日ぐらいに出られるな」
幸助がゆで卵の殻を取りながら、「2人とも」と声をかけた。
「出るなら明後日にしておけ」
「どうして?」
「せっかく京都に来たんだぞ。ケンケンなら兎も角、順平君は観光しておいた方がいいだろ」
順平は頬を掻いた。
「それもそうですが、富山も特に観光しなかったから別にいいかなと……」
旅の目的は、賢一の兄弟から話を聞くことだ。観光は二の次と思っていたのだが、幸助が順平の細い肩をつかんだ。
「甘い!甘いぞ、順平くん!」
「へ?」
「富山も素晴らしいところだが、京都の観光地は認知度が高い!清水寺、金閣寺、二条城、伏見稲荷!歴史の授業で何度も出てる所が沢山ある!」
「でも、富山も富山城や相倉合掌造り集落や黒部ダムがありますよね?」
「確かに富山城や相倉合掌造り集落は行く価値があるところだ。しかし、黒部ダムは氷見市から車で行くと3時間以上かかるぞ!」
「そうなんですか!?」
賢一も驚いていた。同じ富山といえど、黒部ダムへのルートは限られている。車で行く場合、山を迂回して長野県の大町市の扇沢駅に車を置いて、電車で移動するルートを取らなければならない。幸助は拳を握り、目を輝かせた。
「しかし、京都なら大体のものが1日で見られる!しかも今回が京都初めてなんだろ?一度は見ておくべきだと思うぞ?」
コンという音がした。大樹が幸助の額でゆで卵にヒビを入れたのだ。幸助は「痛い」と言いながら、額を抑えた。
「こら、素人を企画に巻き込むな」
「『弟の高校卒業旅、初京都の友達編!』。いい企画だと思ったんだが……何でも奢るから、いいでしょ?」
「念のため、後で親に確認取りますね」
「おっけー。でも、断っても何でも奢ってやるから安心してね」
「アハハ、期待しないでおきます」
朝食を食べ終え、皆の支度が出来たら金閣寺に行ってみようという話になった。車は幸助が出してくれるということになり支度を始める。順平は、母親に電話をかけようとした時だった。
「賢一たちは、この後は庄司の所に行くのかい?」
「そのつもりだよ」
廊下から大樹と賢一の声がして、順平はスマートフォンを切った。そっと覗くと、2人が話し合っていた。声色からして、まじめな話のようだ。
「庄司は仕事で明後日まで動けないらしいと連絡が来たよ」
「じゃあ、明後日に出発するよ」
楽観的に返して部屋に戻ろうとする賢一に、大樹は「賢一」と強く呼び留めた。
「もう、ここで止めていいんじゃないか」
賢一は「えっ?」と振り返った。
「理由を聞きたいだけなら、庄司と豊弘に電話をつなげる。車も舞鶴からのフェリーで帰ることができる。だから、お前の旅はここで止めるべきだ」
「それは、ダイ兄がやめてほしいってこと?」
大樹は俯いて拳を握る。
「お前が18歳になったとはいえ、高校生の子供だけの旅だ。途中、何が起きるかわからない。いくらなんでも危険すぎる!」
賢一は、すぐに答えなかった。迷っているのか、伏し目がちになる。18歳になったとはいえ、高校生である我々が失態をすれば責任は大人が取ることになる。また責任だけじゃなく、交通事故を起こせば取り返しのつかないことになりかねない。賢一は、悩んだ表情をしていた。
「ダイ兄の言う通りかもしれない……」
「なら舞鶴からフェリーで!」
「でも!!」
緑色の眼が光る。
「僕は、この旅を最後まで完走したい」
賢一の眼差しは強く、声もハッキリとしていた。
「兄さんたちと目を合わせて話したいのもあるけど、これは僕たちの最初で最後の旅になるかもしれないから」
最後の旅といわれ、順平の胸が傷んだ。4月になれば、順平は東京の大学に進学して、賢一は北海道に残る。夏休みや冬休みなどの長期休みで会えるかもしれないが、賢一が酪農家を継げば、今回のような長旅は難しいだろう。
大樹は、まだ言いたげではあったが、賢一を見て堪えた。
「分かった。でも何かあれば、すぐに我々を頼りなさい」
「ありがとう」
大樹が賢一の肩を軽く叩くと、賢一は歯を出して喜んだ。男兄弟がいない順平には、2人のやり取りが羨ましくなった。そういえば姉はどうしているのだろうと順平が考えた時だった。家にインターホンが鳴り響く。
「誰だろ?」
パタパタと大樹がインターホンの通話ボタンを押した。液晶に映し出された姿を見て、「ひっ!」と大樹が大きな声を上げた。声に反応して、幸助と賢一、遅れて順平が画面を見た。
「大樹君、幸助君。お久しぶり~」
そこに映し出されていたのは、坂本真理だった。
「坂本さん、どうしてここに?」
「あはは。追跡方法なんて色々あるもの!」
「ご両親は?」
「長野駅で振り切ったわ。錦城オジサンのキャッシュカードがあるから、どこにでもいけるの」
坂本が金色のキャッシュカードを見せつける。青ざめる大樹に代わり、幸助が画面越しの坂本に声をかけた。
「接触禁止令が出ていても、どうして我々を追いかける?」
「何度も言ってるでしょう。私は真実を知りたいの。貴方達は、本当に兄弟なのかってね」
坂本は、唇を三日月のように歪ませて微笑む
「錦城オジサンから聞いたのよ。貴方達のどちらかが、別の人の子供で血が繋がってないってね」
賢一は「それは自分のことだ」と言おうとしたが、幸助が止めた。
「そうだとしたら、なんだ?」
「じゃあ、高校の時に裏路地でキスしてたのはなんで?」
順平は、衝撃の発言に幸助と大樹を見た。しかし、2人は何も答えずに画面をじっと見ていた。坂本は、ウフフと笑う。
「別に同性愛がどうのとかは気にしないわ。でも、本当に兄弟でやってるのか気になっただけよ」
「それが追いかける理由か?」
「えぇ、そうよ。貴方達の禁断の愛を知った私は、それを作品にした。とてもよく出来た作品で、多くの人に褒められたわ。沢山作り続けて、商業化の話も出たわ。ママだって、私についに才能が目覚めたって喜んで、アメリカの家に連れてってくれるって言ってくれたわ!」
坂本は、狂喜乱舞するかのごとく髪を振って叫ぶ。
「でも、卒業してからその熱を失い、私の作品は見向きもされなくなった。そしたら、ママもパパも日本で頑張りなさいって置いていったの。追いかけようとしたら、見知らぬお金持ちのオジサンが『今日から私がパパだ』って、べたべた触ってきたのよ!? 嘘だと思うでしょ? でも本当なのよ! 私は、パパとママにいらないからと錦城オジサンに売られたの!!こんな思いをするなら、作品なんで作らなければよかった!!」
光のない眼で、彼女は笑う。
「私は貴方達に人生を壊されたの。その責任を取ってよね?」
女性が涙を流していたが、誰も同情しなかった。
彼女には、両親に認められることが全てだった。そうなった原因は、両親なのだろうが、全ての罪を許す免罪符にはならない。大樹は、足が震えて地面に座り込んだ。
「け、け、警察を」
「必要ない」
恐怖に震える大樹に対し、幸助は怒りに震えていた。壁に飾ってあった木刀を取り、玄関に向かった。
「幸助!やめろ!!」
大樹が叫ぶが、既に幸助は玄関へ向かっている。順平は腕にしがみついて止めようとしたが、あっさりと振り払われてしまった。大樹もしがみつくが、恐怖で力が入らず、振り払われてしまった。玄関から出た幸助は、目の前にいた坂本に狙いをつけた。木刀を振り上げようとした時だった。
「コウ兄、あぶなーい!」
間抜けな賢一の声と同時に、大量の水が幸助にかけられた。ずぶぬれになった幸助は、顔を拭い、振り返る。賢一が、水入りのバケツを持っていた。
「水を運んでたら転んじゃった。ごめーんね!」
賢一は舌を出して、テヘっと笑う。幸助の怒りの矛先が変わった。
「ケンケン……どういうつもりだぁ?!」
「許してよ。ほら、仲直りのハグ」
賢一は、幸助に抱きついて、ちゅっちゅっと頬に2回キスをする。それを見ていた人たちは、口を開けて驚いていた。すると賢一は大樹に顔を向けた。
「ダイ兄も、ほらハグ」
「え、あ、あぁ」
幸助にやったように頬に2回キスをする。今度は順平に狙いを定めた。
「順平君も、ほらハグ」
「俺も!?」
同じように頬に2回キスされ、最後に唇に軽くキスされた。唐突なキスの嵐に驚いていると、呆気に取られていた坂本は正気を取り戻した。
「なに、それ?」
賢一が、あははと笑う。
「うちのじいちゃん、スペイン人なんですよ。だから、俺たち兄弟は喧嘩した時はスペイン流のあいさつで仲直りするのです」
「そんなこと一度も!」
「家族間だけでやるようにいわれたのでね。内緒にしてたんですよ。だから、勘違いさせてごめんなさい」
頭を下げる賢一に、坂本は声を荒げた。
「そんなんで通用するはずがないでしょう!」
強引だと思った。しかし、双子はお互いを見合って頷く。幸助が腕を組んで、坂本にニヤリとした笑みを浮かべた。
「じゃあ聞くが、嘘だといえる証拠があるのか?」
「私は、今までずっとあんた達を観察してきたけど、そんなことしたこと一度も見たことなかった!それに、私は見たのよ!こいつらが裏路地でキスしていたのをね!」
大樹は静かに立ち上がり、坂本を静かに見つめる。
「それは、仲直りのハグのものです。それとも、違うといえる証拠がありますか?」
「それは……」
証拠があればあると言っていただろう。言葉に詰まるということは、確たる証拠もないということだ。坂本が唸っていると、テールランプの光る車が近づいてきた。
「そろそろ警察が来たな。おっと、逃げるなよ」
坂本が逃げようとしたが、幸助が捕まえていた。警察に事情を話すと、一旦警察署で話を聞くとのことだった。実は、大樹が京都に来て数日後に、最上家に突撃されたことがあったそうだ。そのことから警察に事前に相談しておいたお陰で、すぐに来てもらえたとのことだった。事情聴取は2時間程度で終わり、坂本は留置所に入れたと教えてもらった。4人で家に帰ると、大樹がため息をついた。
「よくもまぁ、あんな嘘が言えましたね」
「でも、じいちゃんはしてたじゃん」
「空中で音を鳴らすだけで、実際にキスしたことは殆どない」
「そうだったけ?」
「そうだよ」
そうなのかと順平は思った。頬と唇にキスをするだなんて情熱的な挨拶だと思っていたが、本当にはしないのか。その瞬間、順平はあることに気が付いた。
「ちょっと待て。俺のファーストキス、お前に取られたんだが!?」
賢一は「えっ」と驚いた声を出し、頭を掻いた。
「まぁ、僕も初めてだから、お相子ってことにしてもらえませんか?」
「許せるわけないだろ、馬鹿野郎!」
顔を真っ赤にした順平は渾身の拳で殴ろうとしたが、賢一はあっさりと受け止めた。いつものようにニコニコとしている賢一を見て、順平はため息をついた。
*
昼食後、順平は母親に電話をかけてみた。「もしもし」と母親の明るい声が聞こえた。順平が息を吸い込む。
「母さん、元気だった?」
「当たり前よ。てか、警察から連絡きたけど何があったの?」
「それはだな……」
順平は朝の出来事を話した。母は、「ふーん」と返した。
「成程。どこか怪我してない?」
「してない」
「ならいいわ。電話したのはそのこと?」
「いや、電話してなかったから、念のために生存確認」
「家族が恋しくなったの?」
「違う」
「そう。でもアタシもお父さんも里美も、ジュンがいなくて寂しい」
母と姉の性格は似ているが、心配性の姉と違って母は楽観的である。家を出た理由も特に聞かず、相手から何か言われるまで見続ける人なのだ。そんな人が寂しいと口にするだなんて今までなかった。もしも学校にいた時なら早めに帰っていただろうが、今はそうはいかない。順平は大きく息を吸って、静かに吐いた。
「実はさ、保泉くんの4番目のお兄さんが動画を撮影したいっていうから、その許可を貰おうかと思って」
「顔は出さいなら良いわよ」
あっさりとOKしたが、顔を出さない理由は分からなかった。
「顔出しNGなのは、どうして?」
「貴方自身が投稿したら顔出してもいいけど、そのお兄さんが何か失敗した時に貴方にまで被害が及ぶ可能性があるわ。その責任を取れるほど、仲良くないでしょ?」
「賢一とは、一緒に京都行った仲だぞ」
「賢一君ならクラスメイトだし、別にいいわよ。でも、お兄さんだからダメってこと」
順平は、よく分からない理論だと思った。
「とりあえず、顔出しNGならいいのか?」
「えぇ。あと、お兄さんの連絡先を教えてもらってちょうだい。この後、私から連絡入れるわ」
「分かった」
母は電話を切りそうだったので、順平は「あのさ」と話を続けた。
「姉貴は、どうしてる?」
「今寝てる」
「電話を代わってくれってわけじゃなくてさ。あの時のこと……」
母は察して、「あぁ、アレね」と声を出した。
「怒って当然よ。アタシだって、里美が帰ってくる時にお父さんから聞くまで内緒にされてたんだもの」
「そうなのか!?」
「そうよ。のけ者にされたって、怒って出ていきたくなったわよ」
「じゃあ、なして出ていかなかったんだ」
電話越しの母は、大きくため息をついた。
「なしてかしらね。でも、ジュンなら答えを見つけるかもね」
大人なのに分からないのかと順平は思った。でも、母らしい回答だった。
「本州は暖かいといえど、風邪が流行ってるからね。気を付けてね」
「うん。そっちも気を付けて」
電話を切り、順平は風呂上がりの幸助から連絡先を聞いて、送信した。5分もしないうちに順平の母から連絡が来て、少し話して終わった。許可は下りたそうだ。順平のスマートフォンに母からの連絡で、『幸助さん、面白い人ね』と送られてきた。
それから4人で清水寺に向かった。清水寺と大樹の家がある清水五条は近いので、徒歩で向かった方がいいとのことだった。日中の清水坂を歩いていくと、お土産や食べ歩きの店が並んでおり、平日とはいえ観光名所なので人混みが凄かった。田舎から出てきた賢一と順平には、この人ごみに圧倒されていた。
「はぐれるから気をつけろ」
「我々も探すのは難しいからな」
幸助と大樹が笑って見ていた。賢一と順平はお互いを見合い、どうしたものかと考える。賢一が鞄から赤いゴム紐を取り出した。
「お互いを紐で結ぼう」
「なして紐なんて持ってる?」
「作物を運んだりする為にね」
賢一は左手に結び、順平は右手に結んだ。固く結んだが、切れそうな不安もある。
「お互いに手も握っておくか?」
順平が悪魔のようにニヤリと笑う。
「そうだね」
賢一は素直に受け取り、手を握って人ごみの中を進んでいく。入場口で入場料を払い、中に入った。清水寺の舞台に着くと、自然が広がっており、遠くに京都の街並みも見えた。賢一が「おぉー」と声を上げる。
「これが、あの清水の舞台!」
「確かに凄いけど、写真で見たのと違うな」
順平の感想に、幸助は笑った。
「写真で見るのは、外から見た風景だ。でもこっちも悪くないだろう?」
「確かにそうですね」
目で見る風景、お香の匂い、木の感触。来てみないと、この感覚は味わえない。それから順路を歩き、写真でよく見る場所にたどり着いた。
「見たことある場所だね」
「そうだな」
写真で何回も見た清水寺だった。すると、幸助がスマートフォンのカメラを構えていた。
「記念に写真を撮ってやるから、ほら並べ並べ」
横に並べということだろう。どうやってポーズをしようかと思った時、紐が結びっぱなしだったことに順平は気が付いた。急いで外そうとしたが、「いいじゃん、そのままで」と言われ、賢一と並んで写真を撮った。写真を見ると、清水寺をバックに並んでいる写真が撮れた。紐を取った順平は、大樹を見た。幸助の顔を見ている。
「幸助さんと大樹さんも撮りませんか?」
「俺はいいよ。いつでも撮れるからさ」
「私も別にいいかな」
必要ないと言いたげな空気が流れるが、賢一が幸助のスマートフォンを取り上げて、順平に渡した。
「ほら、コウ兄、ダイ兄並んで!並んで!」
「いや、私は本当に……」
大樹が言い終える前に、幸助が大樹の手をつかんだ。二人並ぶが、どこかぎこちない。順平が写真を撮ろうとした瞬間だった。
「蜂!!」
賢一が大きな声を上げ、地面を指さした。黄色と黒色の派手な色に、皆が釘付けになる。しかし動く気配がない。順平が近づいて、蜂かどうかを確認した。賢一が青ざめて「ちょっと」と声をかける。
「そんな近づいて大丈夫なの?」
順平が摘まみ上げて見せたのは、蜂の色合いのマスコットキーホルダーだった。
「ロケモンのミツバッチッチ京都限定バージョンだ」
ぷにぷにとマスコットを摘まみ、適当な所にかけておいた。賢一がホッとしていると、幸助と大樹がくすくすと笑う。順平は、その瞬間を逃すことなくシャッターのボタンを押した。数枚撮影し、皆に見せた。
「いい写真が撮れましたよ」
順平が出した写真には、あの頃と同じ双子が笑顔で並んでいる姿が映っていた。
*
愛媛に向かう日の朝、居間では幸助が新聞を読んでいて、賢一と大樹の姿がなかった。幸助は、順平に「おはよう」と挨拶するが、新聞に向かったままだった。
「あの、2人はどこに?」
「夜に小腹をすかせたケンケンがストックしてたパンを全部食っちまって、朝食用のパンを買いに行ってる。少しすれば帰ってくるさ」
「そうですか」
幸助が新聞を畳み、席を立つ。
「コーヒー、淹れるけど飲むか?」
「あ、はい」
幸助は手慣れた様子で豆を挽いて、コーヒーを淹れた。順平は、久々のブラックコーヒーに怖気づきながらも口にする。挽き立て豆で淹れたコーヒーは香りが強くて味わい深いのだろうが、順平には苦さしか感じなかった。察した幸助が砂糖とミルクを出すと、順平は迷わず入れた。まろやかになって、ホッとしていると、幸助が苦いブラックコーヒーを啜る。
「大樹のことは何となく分かっていた」
衝撃の事実に順平は驚いて、固まっていた。
「いつから、ですか?」
「ずっと前からだよ。双子だから分かるのかもな」
幸助はコーヒーに映る自分を見ながら、自嘲気味に笑う。苦い香りの苦い告白が、部屋で交じり合う。順平は、そんな中でも何とか息を吸い込む。
「答えは、どうするつもりですか?」
「どう答えても、アイツは傷になる。だから、言わない」
「言わないままで、いいのですか?」
白黒はっきりさせるべきだと言いたげな順平の言葉。そんな若者の問いに幸助は、コーヒーを飲み込む。
「だから、今ここにいる」
ハッキリと否定もせず、肯定もしない。
ただ傍に居てあげることが、その答えである。
受け取り方によっては良くも悪くもあるが、その曖昧さだからこそ関係が成り立っているんだろう。
幸助は「でも」と言葉を続ける。
「いつか、お前たちみたいにオレとアイツで逃避行してみたいとは思ってるよ」
窓の外を見て、世界を見る。その表情を見て、順平が言おうとした時、「ただいまー!」と賢一の大きな声が聞こえた。賢一と大樹が帰ってきたので、朝食を取ろうとしたが、鴨川西料金所近辺で事故があって道路が混んでいると賢一と大樹に教えられ、別れてから車内でパンを食べることになった。
2人と別れた後、賢一と順平は鴨川西料金所手前で起きた事故の渋滞に巻き込まれた。止まっているならと2人で惣菜パンを食べ始めた。順平はアンパンに齧り付くと、疑問が浮かんだ。
「このアンパン。甘くてしょっぱいな」
「塩あんこパンだって。コウ兄とダイ兄のおすすめのパンだってさ」
甘くて、しょっぱい。味は全然違うのに、溶け合っていて美味しい。
「そうか……」
まるで、あの双子のようなパンだった。
「熱下がったね」
「あぁ。これなら明日ぐらいに出られるな」
幸助がゆで卵の殻を取りながら、「2人とも」と声をかけた。
「出るなら明後日にしておけ」
「どうして?」
「せっかく京都に来たんだぞ。ケンケンなら兎も角、順平君は観光しておいた方がいいだろ」
順平は頬を掻いた。
「それもそうですが、富山も特に観光しなかったから別にいいかなと……」
旅の目的は、賢一の兄弟から話を聞くことだ。観光は二の次と思っていたのだが、幸助が順平の細い肩をつかんだ。
「甘い!甘いぞ、順平くん!」
「へ?」
「富山も素晴らしいところだが、京都の観光地は認知度が高い!清水寺、金閣寺、二条城、伏見稲荷!歴史の授業で何度も出てる所が沢山ある!」
「でも、富山も富山城や相倉合掌造り集落や黒部ダムがありますよね?」
「確かに富山城や相倉合掌造り集落は行く価値があるところだ。しかし、黒部ダムは氷見市から車で行くと3時間以上かかるぞ!」
「そうなんですか!?」
賢一も驚いていた。同じ富山といえど、黒部ダムへのルートは限られている。車で行く場合、山を迂回して長野県の大町市の扇沢駅に車を置いて、電車で移動するルートを取らなければならない。幸助は拳を握り、目を輝かせた。
「しかし、京都なら大体のものが1日で見られる!しかも今回が京都初めてなんだろ?一度は見ておくべきだと思うぞ?」
コンという音がした。大樹が幸助の額でゆで卵にヒビを入れたのだ。幸助は「痛い」と言いながら、額を抑えた。
「こら、素人を企画に巻き込むな」
「『弟の高校卒業旅、初京都の友達編!』。いい企画だと思ったんだが……何でも奢るから、いいでしょ?」
「念のため、後で親に確認取りますね」
「おっけー。でも、断っても何でも奢ってやるから安心してね」
「アハハ、期待しないでおきます」
朝食を食べ終え、皆の支度が出来たら金閣寺に行ってみようという話になった。車は幸助が出してくれるということになり支度を始める。順平は、母親に電話をかけようとした時だった。
「賢一たちは、この後は庄司の所に行くのかい?」
「そのつもりだよ」
廊下から大樹と賢一の声がして、順平はスマートフォンを切った。そっと覗くと、2人が話し合っていた。声色からして、まじめな話のようだ。
「庄司は仕事で明後日まで動けないらしいと連絡が来たよ」
「じゃあ、明後日に出発するよ」
楽観的に返して部屋に戻ろうとする賢一に、大樹は「賢一」と強く呼び留めた。
「もう、ここで止めていいんじゃないか」
賢一は「えっ?」と振り返った。
「理由を聞きたいだけなら、庄司と豊弘に電話をつなげる。車も舞鶴からのフェリーで帰ることができる。だから、お前の旅はここで止めるべきだ」
「それは、ダイ兄がやめてほしいってこと?」
大樹は俯いて拳を握る。
「お前が18歳になったとはいえ、高校生の子供だけの旅だ。途中、何が起きるかわからない。いくらなんでも危険すぎる!」
賢一は、すぐに答えなかった。迷っているのか、伏し目がちになる。18歳になったとはいえ、高校生である我々が失態をすれば責任は大人が取ることになる。また責任だけじゃなく、交通事故を起こせば取り返しのつかないことになりかねない。賢一は、悩んだ表情をしていた。
「ダイ兄の言う通りかもしれない……」
「なら舞鶴からフェリーで!」
「でも!!」
緑色の眼が光る。
「僕は、この旅を最後まで完走したい」
賢一の眼差しは強く、声もハッキリとしていた。
「兄さんたちと目を合わせて話したいのもあるけど、これは僕たちの最初で最後の旅になるかもしれないから」
最後の旅といわれ、順平の胸が傷んだ。4月になれば、順平は東京の大学に進学して、賢一は北海道に残る。夏休みや冬休みなどの長期休みで会えるかもしれないが、賢一が酪農家を継げば、今回のような長旅は難しいだろう。
大樹は、まだ言いたげではあったが、賢一を見て堪えた。
「分かった。でも何かあれば、すぐに我々を頼りなさい」
「ありがとう」
大樹が賢一の肩を軽く叩くと、賢一は歯を出して喜んだ。男兄弟がいない順平には、2人のやり取りが羨ましくなった。そういえば姉はどうしているのだろうと順平が考えた時だった。家にインターホンが鳴り響く。
「誰だろ?」
パタパタと大樹がインターホンの通話ボタンを押した。液晶に映し出された姿を見て、「ひっ!」と大樹が大きな声を上げた。声に反応して、幸助と賢一、遅れて順平が画面を見た。
「大樹君、幸助君。お久しぶり~」
そこに映し出されていたのは、坂本真理だった。
「坂本さん、どうしてここに?」
「あはは。追跡方法なんて色々あるもの!」
「ご両親は?」
「長野駅で振り切ったわ。錦城オジサンのキャッシュカードがあるから、どこにでもいけるの」
坂本が金色のキャッシュカードを見せつける。青ざめる大樹に代わり、幸助が画面越しの坂本に声をかけた。
「接触禁止令が出ていても、どうして我々を追いかける?」
「何度も言ってるでしょう。私は真実を知りたいの。貴方達は、本当に兄弟なのかってね」
坂本は、唇を三日月のように歪ませて微笑む
「錦城オジサンから聞いたのよ。貴方達のどちらかが、別の人の子供で血が繋がってないってね」
賢一は「それは自分のことだ」と言おうとしたが、幸助が止めた。
「そうだとしたら、なんだ?」
「じゃあ、高校の時に裏路地でキスしてたのはなんで?」
順平は、衝撃の発言に幸助と大樹を見た。しかし、2人は何も答えずに画面をじっと見ていた。坂本は、ウフフと笑う。
「別に同性愛がどうのとかは気にしないわ。でも、本当に兄弟でやってるのか気になっただけよ」
「それが追いかける理由か?」
「えぇ、そうよ。貴方達の禁断の愛を知った私は、それを作品にした。とてもよく出来た作品で、多くの人に褒められたわ。沢山作り続けて、商業化の話も出たわ。ママだって、私についに才能が目覚めたって喜んで、アメリカの家に連れてってくれるって言ってくれたわ!」
坂本は、狂喜乱舞するかのごとく髪を振って叫ぶ。
「でも、卒業してからその熱を失い、私の作品は見向きもされなくなった。そしたら、ママもパパも日本で頑張りなさいって置いていったの。追いかけようとしたら、見知らぬお金持ちのオジサンが『今日から私がパパだ』って、べたべた触ってきたのよ!? 嘘だと思うでしょ? でも本当なのよ! 私は、パパとママにいらないからと錦城オジサンに売られたの!!こんな思いをするなら、作品なんで作らなければよかった!!」
光のない眼で、彼女は笑う。
「私は貴方達に人生を壊されたの。その責任を取ってよね?」
女性が涙を流していたが、誰も同情しなかった。
彼女には、両親に認められることが全てだった。そうなった原因は、両親なのだろうが、全ての罪を許す免罪符にはならない。大樹は、足が震えて地面に座り込んだ。
「け、け、警察を」
「必要ない」
恐怖に震える大樹に対し、幸助は怒りに震えていた。壁に飾ってあった木刀を取り、玄関に向かった。
「幸助!やめろ!!」
大樹が叫ぶが、既に幸助は玄関へ向かっている。順平は腕にしがみついて止めようとしたが、あっさりと振り払われてしまった。大樹もしがみつくが、恐怖で力が入らず、振り払われてしまった。玄関から出た幸助は、目の前にいた坂本に狙いをつけた。木刀を振り上げようとした時だった。
「コウ兄、あぶなーい!」
間抜けな賢一の声と同時に、大量の水が幸助にかけられた。ずぶぬれになった幸助は、顔を拭い、振り返る。賢一が、水入りのバケツを持っていた。
「水を運んでたら転んじゃった。ごめーんね!」
賢一は舌を出して、テヘっと笑う。幸助の怒りの矛先が変わった。
「ケンケン……どういうつもりだぁ?!」
「許してよ。ほら、仲直りのハグ」
賢一は、幸助に抱きついて、ちゅっちゅっと頬に2回キスをする。それを見ていた人たちは、口を開けて驚いていた。すると賢一は大樹に顔を向けた。
「ダイ兄も、ほらハグ」
「え、あ、あぁ」
幸助にやったように頬に2回キスをする。今度は順平に狙いを定めた。
「順平君も、ほらハグ」
「俺も!?」
同じように頬に2回キスされ、最後に唇に軽くキスされた。唐突なキスの嵐に驚いていると、呆気に取られていた坂本は正気を取り戻した。
「なに、それ?」
賢一が、あははと笑う。
「うちのじいちゃん、スペイン人なんですよ。だから、俺たち兄弟は喧嘩した時はスペイン流のあいさつで仲直りするのです」
「そんなこと一度も!」
「家族間だけでやるようにいわれたのでね。内緒にしてたんですよ。だから、勘違いさせてごめんなさい」
頭を下げる賢一に、坂本は声を荒げた。
「そんなんで通用するはずがないでしょう!」
強引だと思った。しかし、双子はお互いを見合って頷く。幸助が腕を組んで、坂本にニヤリとした笑みを浮かべた。
「じゃあ聞くが、嘘だといえる証拠があるのか?」
「私は、今までずっとあんた達を観察してきたけど、そんなことしたこと一度も見たことなかった!それに、私は見たのよ!こいつらが裏路地でキスしていたのをね!」
大樹は静かに立ち上がり、坂本を静かに見つめる。
「それは、仲直りのハグのものです。それとも、違うといえる証拠がありますか?」
「それは……」
証拠があればあると言っていただろう。言葉に詰まるということは、確たる証拠もないということだ。坂本が唸っていると、テールランプの光る車が近づいてきた。
「そろそろ警察が来たな。おっと、逃げるなよ」
坂本が逃げようとしたが、幸助が捕まえていた。警察に事情を話すと、一旦警察署で話を聞くとのことだった。実は、大樹が京都に来て数日後に、最上家に突撃されたことがあったそうだ。そのことから警察に事前に相談しておいたお陰で、すぐに来てもらえたとのことだった。事情聴取は2時間程度で終わり、坂本は留置所に入れたと教えてもらった。4人で家に帰ると、大樹がため息をついた。
「よくもまぁ、あんな嘘が言えましたね」
「でも、じいちゃんはしてたじゃん」
「空中で音を鳴らすだけで、実際にキスしたことは殆どない」
「そうだったけ?」
「そうだよ」
そうなのかと順平は思った。頬と唇にキスをするだなんて情熱的な挨拶だと思っていたが、本当にはしないのか。その瞬間、順平はあることに気が付いた。
「ちょっと待て。俺のファーストキス、お前に取られたんだが!?」
賢一は「えっ」と驚いた声を出し、頭を掻いた。
「まぁ、僕も初めてだから、お相子ってことにしてもらえませんか?」
「許せるわけないだろ、馬鹿野郎!」
顔を真っ赤にした順平は渾身の拳で殴ろうとしたが、賢一はあっさりと受け止めた。いつものようにニコニコとしている賢一を見て、順平はため息をついた。
*
昼食後、順平は母親に電話をかけてみた。「もしもし」と母親の明るい声が聞こえた。順平が息を吸い込む。
「母さん、元気だった?」
「当たり前よ。てか、警察から連絡きたけど何があったの?」
「それはだな……」
順平は朝の出来事を話した。母は、「ふーん」と返した。
「成程。どこか怪我してない?」
「してない」
「ならいいわ。電話したのはそのこと?」
「いや、電話してなかったから、念のために生存確認」
「家族が恋しくなったの?」
「違う」
「そう。でもアタシもお父さんも里美も、ジュンがいなくて寂しい」
母と姉の性格は似ているが、心配性の姉と違って母は楽観的である。家を出た理由も特に聞かず、相手から何か言われるまで見続ける人なのだ。そんな人が寂しいと口にするだなんて今までなかった。もしも学校にいた時なら早めに帰っていただろうが、今はそうはいかない。順平は大きく息を吸って、静かに吐いた。
「実はさ、保泉くんの4番目のお兄さんが動画を撮影したいっていうから、その許可を貰おうかと思って」
「顔は出さいなら良いわよ」
あっさりとOKしたが、顔を出さない理由は分からなかった。
「顔出しNGなのは、どうして?」
「貴方自身が投稿したら顔出してもいいけど、そのお兄さんが何か失敗した時に貴方にまで被害が及ぶ可能性があるわ。その責任を取れるほど、仲良くないでしょ?」
「賢一とは、一緒に京都行った仲だぞ」
「賢一君ならクラスメイトだし、別にいいわよ。でも、お兄さんだからダメってこと」
順平は、よく分からない理論だと思った。
「とりあえず、顔出しNGならいいのか?」
「えぇ。あと、お兄さんの連絡先を教えてもらってちょうだい。この後、私から連絡入れるわ」
「分かった」
母は電話を切りそうだったので、順平は「あのさ」と話を続けた。
「姉貴は、どうしてる?」
「今寝てる」
「電話を代わってくれってわけじゃなくてさ。あの時のこと……」
母は察して、「あぁ、アレね」と声を出した。
「怒って当然よ。アタシだって、里美が帰ってくる時にお父さんから聞くまで内緒にされてたんだもの」
「そうなのか!?」
「そうよ。のけ者にされたって、怒って出ていきたくなったわよ」
「じゃあ、なして出ていかなかったんだ」
電話越しの母は、大きくため息をついた。
「なしてかしらね。でも、ジュンなら答えを見つけるかもね」
大人なのに分からないのかと順平は思った。でも、母らしい回答だった。
「本州は暖かいといえど、風邪が流行ってるからね。気を付けてね」
「うん。そっちも気を付けて」
電話を切り、順平は風呂上がりの幸助から連絡先を聞いて、送信した。5分もしないうちに順平の母から連絡が来て、少し話して終わった。許可は下りたそうだ。順平のスマートフォンに母からの連絡で、『幸助さん、面白い人ね』と送られてきた。
それから4人で清水寺に向かった。清水寺と大樹の家がある清水五条は近いので、徒歩で向かった方がいいとのことだった。日中の清水坂を歩いていくと、お土産や食べ歩きの店が並んでおり、平日とはいえ観光名所なので人混みが凄かった。田舎から出てきた賢一と順平には、この人ごみに圧倒されていた。
「はぐれるから気をつけろ」
「我々も探すのは難しいからな」
幸助と大樹が笑って見ていた。賢一と順平はお互いを見合い、どうしたものかと考える。賢一が鞄から赤いゴム紐を取り出した。
「お互いを紐で結ぼう」
「なして紐なんて持ってる?」
「作物を運んだりする為にね」
賢一は左手に結び、順平は右手に結んだ。固く結んだが、切れそうな不安もある。
「お互いに手も握っておくか?」
順平が悪魔のようにニヤリと笑う。
「そうだね」
賢一は素直に受け取り、手を握って人ごみの中を進んでいく。入場口で入場料を払い、中に入った。清水寺の舞台に着くと、自然が広がっており、遠くに京都の街並みも見えた。賢一が「おぉー」と声を上げる。
「これが、あの清水の舞台!」
「確かに凄いけど、写真で見たのと違うな」
順平の感想に、幸助は笑った。
「写真で見るのは、外から見た風景だ。でもこっちも悪くないだろう?」
「確かにそうですね」
目で見る風景、お香の匂い、木の感触。来てみないと、この感覚は味わえない。それから順路を歩き、写真でよく見る場所にたどり着いた。
「見たことある場所だね」
「そうだな」
写真で何回も見た清水寺だった。すると、幸助がスマートフォンのカメラを構えていた。
「記念に写真を撮ってやるから、ほら並べ並べ」
横に並べということだろう。どうやってポーズをしようかと思った時、紐が結びっぱなしだったことに順平は気が付いた。急いで外そうとしたが、「いいじゃん、そのままで」と言われ、賢一と並んで写真を撮った。写真を見ると、清水寺をバックに並んでいる写真が撮れた。紐を取った順平は、大樹を見た。幸助の顔を見ている。
「幸助さんと大樹さんも撮りませんか?」
「俺はいいよ。いつでも撮れるからさ」
「私も別にいいかな」
必要ないと言いたげな空気が流れるが、賢一が幸助のスマートフォンを取り上げて、順平に渡した。
「ほら、コウ兄、ダイ兄並んで!並んで!」
「いや、私は本当に……」
大樹が言い終える前に、幸助が大樹の手をつかんだ。二人並ぶが、どこかぎこちない。順平が写真を撮ろうとした瞬間だった。
「蜂!!」
賢一が大きな声を上げ、地面を指さした。黄色と黒色の派手な色に、皆が釘付けになる。しかし動く気配がない。順平が近づいて、蜂かどうかを確認した。賢一が青ざめて「ちょっと」と声をかける。
「そんな近づいて大丈夫なの?」
順平が摘まみ上げて見せたのは、蜂の色合いのマスコットキーホルダーだった。
「ロケモンのミツバッチッチ京都限定バージョンだ」
ぷにぷにとマスコットを摘まみ、適当な所にかけておいた。賢一がホッとしていると、幸助と大樹がくすくすと笑う。順平は、その瞬間を逃すことなくシャッターのボタンを押した。数枚撮影し、皆に見せた。
「いい写真が撮れましたよ」
順平が出した写真には、あの頃と同じ双子が笑顔で並んでいる姿が映っていた。
*
愛媛に向かう日の朝、居間では幸助が新聞を読んでいて、賢一と大樹の姿がなかった。幸助は、順平に「おはよう」と挨拶するが、新聞に向かったままだった。
「あの、2人はどこに?」
「夜に小腹をすかせたケンケンがストックしてたパンを全部食っちまって、朝食用のパンを買いに行ってる。少しすれば帰ってくるさ」
「そうですか」
幸助が新聞を畳み、席を立つ。
「コーヒー、淹れるけど飲むか?」
「あ、はい」
幸助は手慣れた様子で豆を挽いて、コーヒーを淹れた。順平は、久々のブラックコーヒーに怖気づきながらも口にする。挽き立て豆で淹れたコーヒーは香りが強くて味わい深いのだろうが、順平には苦さしか感じなかった。察した幸助が砂糖とミルクを出すと、順平は迷わず入れた。まろやかになって、ホッとしていると、幸助が苦いブラックコーヒーを啜る。
「大樹のことは何となく分かっていた」
衝撃の事実に順平は驚いて、固まっていた。
「いつから、ですか?」
「ずっと前からだよ。双子だから分かるのかもな」
幸助はコーヒーに映る自分を見ながら、自嘲気味に笑う。苦い香りの苦い告白が、部屋で交じり合う。順平は、そんな中でも何とか息を吸い込む。
「答えは、どうするつもりですか?」
「どう答えても、アイツは傷になる。だから、言わない」
「言わないままで、いいのですか?」
白黒はっきりさせるべきだと言いたげな順平の言葉。そんな若者の問いに幸助は、コーヒーを飲み込む。
「だから、今ここにいる」
ハッキリと否定もせず、肯定もしない。
ただ傍に居てあげることが、その答えである。
受け取り方によっては良くも悪くもあるが、その曖昧さだからこそ関係が成り立っているんだろう。
幸助は「でも」と言葉を続ける。
「いつか、お前たちみたいにオレとアイツで逃避行してみたいとは思ってるよ」
窓の外を見て、世界を見る。その表情を見て、順平が言おうとした時、「ただいまー!」と賢一の大きな声が聞こえた。賢一と大樹が帰ってきたので、朝食を取ろうとしたが、鴨川西料金所近辺で事故があって道路が混んでいると賢一と大樹に教えられ、別れてから車内でパンを食べることになった。
2人と別れた後、賢一と順平は鴨川西料金所手前で起きた事故の渋滞に巻き込まれた。止まっているならと2人で惣菜パンを食べ始めた。順平はアンパンに齧り付くと、疑問が浮かんだ。
「このアンパン。甘くてしょっぱいな」
「塩あんこパンだって。コウ兄とダイ兄のおすすめのパンだってさ」
甘くて、しょっぱい。味は全然違うのに、溶け合っていて美味しい。
「そうか……」
まるで、あの双子のようなパンだった。
