翌朝、ホテルの朝食を食べ終えると、文雄さんが挨拶に来た。
「顔色がよなったな、賢一」
「お陰様でぐっすりです」
「けどぉ、順平君の方はあまりよなさそうだな……」
順平の白い顔が、より白くなっていた。アハハと力なく笑う。
「湯あたりしたかもしれません」
「そうけ。京都まで3時間ぐらいで着くとはいえ、無理そうがなら早めに休憩しな」
「はい……」
お土産に白エビせんべいをもらい、2人は荷物を車に詰め込み、乗り込んだ。順平は、背筋の寒さに震え、UFOに吸われている牛が描かれたブランケットを賢一から借りた。しかし寒さは変わらない。賢一から上着とジャージも借りて、服の上から着込んで寒さが和らいだ。助手席で死んだように眠る順平に、賢一は声をかけた。
「本当に大丈夫なの」
「大丈夫だ。それに、こんな高そうなところを連泊する金もないだろ」
文雄さんが予約したホテルは、1泊2万もする所だった。「ネットカフェでいいですから」と順平は言いたかったが、安全には変えられないとのことだった。賢一は、車のエンジンをかける。
「やっぱり、病院行く?」
「ただの湯あたりだから大丈夫だ。それに、今日は日曜日だから空いてないだろ」
「薬局寄るから、薬と飲み物買っていこう」
「ついでにゼリー飲料も頼む」
賢一は、ダッシュボードを開けようとした。しかし、今が本当に困った時なのかと思い留まり、そのまま車を走らせた。
*
京都までは能越自動車道から北陸自動車道に乗り、そのまま名神高速道路で向かった。京都南で高速を降りた後は、清水五条の方へとナビは向かっている。住所には施設名は書かれていないが、幸助と同じかもしれないと思いながら進んでいると、時代劇に出てきそうな古い家の前で見覚えのある短髪でつなぎを着た丸顔の男が両手を振っていた。家の前で車を止めて、パワーウィンドウを開けた。
「よう来たな、ケンケン」
「コウ兄!どうして僕だって分かったの?」
幸助が歯を出して笑う。
「3時間前に文雄のおっちゃんから連絡が来たから待ってたんだよ。駐車場はオレとダイキの車が止まってるから、そこを右に曲がった所にある有料駐車場を使ってくれ」
「分かった」
隣の駐車場に止めると、幸助は車をまじまじと見ていた。
「てかこの車、親父の新車だろ? よく許可もらえたな」
「いや、あの、その……」
賢一が返事に困っていると、後ろから眼鏡をかけた和服の男性が来た。幸助よりも少し線が細く見えるが、和服でガタイの良さが隠れている。
「父さんが許可くれるはずないだろ」
「ダイ兄!」
大樹はキツネのような鼻を、フンと鳴らして車の中を見た。
「助手席で達磨みたいになってるのは何だ?」
「あぁ、僕のクラスメイトの福内君。具合が悪いみたいなんだ」
大樹は助手席のドアを開けるが、順平はぐったりとして動かない。大樹は順平の額に手で触れて熱を確かめる。
「熱が高いな。幸助、畳の部屋に布団を敷いてくれ。賢一は、この子を連れてきな。私は知り合いの医者を呼んでくる」
「おうよ」
「うん」
賢一が順平を抱き上げようとした時だ。順平の目が、うっすらと開いた。
「けん、いち」
「何?」
「りゆう、聞けたか?」
「これから聞くよ。それより君の方が大事だ」
「そうか。おれにも教えろよ」
「勿論」
大樹の家は、2階建ての古民家を改装したものだった。中に入ると、現代と古風の合わさった見た目をしており、古い木と墨の匂いがした。畳の部屋と呼ばれる場所は、元々は日本舞踊の練習に使われていた場所なので広々としている。フローリングの居間とは、襖で仕切られていて、開くとより広く感じた。
順平を畳の部屋に敷いた布団に寝かせ、大樹は医者を呼んだ。1時間後に80代ぐらいの医者が診察し、結果を皆に告げる。
「ただの風邪ですね。寝ていれば治りますが、肺があまり強くないみたいなので3日は安静にしてください」
「ありがとうございます、先生」
「お大事にしてくださいね」
医者が玄関に向かうと、幸助は賢一に問い詰めた。
「お前、どうしてこんな状態で連れ出そうとしたんだよ」
「福内君が、『ただの湯あたりだから大丈夫。それに、今日は日曜だから病院はやってないし、連泊するほど金持ってないから、さっさと行こう』って言ってたからさ」
「成程な」
しょぼくれている賢一の背を、幸助はぽんぽんと叩いた。
「で、どうしてお前は父さんの車を勝手に使って我々に会いに来たんだ?」
「半年前、みんなが急にいなくなった理由を聞きに来たんだ」
大樹が首をかしげる。
「豊弘兄さんと宏兄さんと庄司は残っていたはずでは?」
「いいや。3人とも家を出たよ。ヒロ兄には途中で会ってきたけど、理由は聞けなかった」
「宏兄さんは、今どこに?」
「神奈川の江ノ島方面」
ハハッと幸助が大声を出した。
「ヒロシ、江ノ島にいるのかよ。アニメ好きだったもんぁ」
「そんなこというな。また拳骨落ちてくるぞ」
「京都まで追いかけてくるかね」
「聞いていれば確実に殴りに来るだろうよ。あの人は、昔から投資のプロだ。普段は貧乏くさい格好しているから分からんだろうが、金は潤沢だろうよ」
「この不況に羨ましい話だよ」
双子の会話に、入る隙間を失った賢一は小さく手を上げた。双子はお互いを見つめ合って、会話が止まり、「どうぞ」とハモった。
「それで、2人の理由を聞きたかったんだけどさ」
「文雄さんから聞いたんじゃなかったのか?」
「一応、本人たちに聞こうと思って」
「なるほど」と双子は言った。
「俺は、ストーカー女に追いかけられてるから」
「私も同様だ」
賢一は「えっ?」と驚きの声を上げた。
「2人とも追いかけられてたの?」
「おう」
「あぁ」
理解できていない様子の賢一に、大樹は息を吐いた。
「元は、我々の同人誌を作ってた奴らの一人だったんだ。我々も面白くて、彼女の観察ぶりを見て見ぬふりをしていたんだ。しかし彼女は我々を人間じゃなくて、自分の思い通りに動く人形だとでも思ってる節があってね。20歳を超えても続けてきたのでストップをかけたんだ」
当初、双子は悪ふざけのつもりで笑っていたが、高校を卒業しても付きまとう坂本に戦慄した。理由を聞いた所、同人誌を勝手にネットで販売し、売れ行きが好調だから続けていきたいと答えたそうだ。
「しかし何度注意しても我々に接触しようとしてきたり、家族に突撃しようとしたので、弁護士を通して慰謝料と接触禁止令となった。坂本の両親は母親の実家がある秋田に移住ってなったらしいんだが、何度も脱走してきてな」
「オレたちを追いかけられるなら可愛いもんだぞ。半年前なんか、うちの農園の従業員を切りつけようとナイフを持っていたことがあったんだぜ。それで大樹もケガしちまってさ」
賢一は、ふと思い出した。半年前に、農園で切りつけ事件があって早退したことがあった。帰ってきたときには全て終えていたので何も知らなかった。運転中に順平に話したら物騒だなと言っていた。まさか、それが関わっていたとは驚きである。大樹は、大きくため息をついた。
「で、流石の父さんも被害者が出たことで観念したのか、私を父方の祖母の実家の最上家に、幸助を静岡の林さんち別々の所に預けたというわけさ」
「じゃあ、坂本さんがいる限りは、北海道に戻れないと?」
そういうわけじゃないんだがと、2人は見合って、幸助は頭を掻いた。
「戻らなくはないが、もうここでの生活基盤を築き始めちゃってるからなぁ」
「今更、薄給の農園に戻ることはない」
確かに農園は、経営難で潰れかかったこともある。叔母さんの支援のおかげで、持ち直したが同じことを繰り返さないとも言えない。賢一は、「それなら」と声を出した。
「2人とも、今はどんな仕事をしてるの?」
「私は、通訳案内士の資格を持っているからね。京都に来た外国観光客用に個人で仕事を行っているのさ」
幸助は、大樹の肩に腕をまわした。そして、「ケンケン」と賢一を呼ぶ。
「お前は、ダイキは何か国喋れると思う?」
「えっと、英語と中国語とスペイン語」
「それは中学までだ。ほら、何か国語かいってやれ」
大樹は大きく息を吐いた。
「英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、フランス語、イタリア語、スペイン語。あとは齧った程度のドイツ語だ」
「なっ、凄いだろ? まさに人間翻訳機だ!」
「貴様も同じだろ」
「オレは、英語とスペイン語だけだ」
「嘘つけ、ロシア語とギリシャ語が出来るだろ?」
「読み書きだけだ」
賢一は、そういえば中学時代からお互いに日本語以外で喋っていたなと思った。これは、スペイン人の祖父が多種の言語を話していた影響である。どんな相手でも引くことなく適切に対応する祖父を慕っていた2人なら、そうなるのも当然だろう。話を聞き終え、賢一は「そっか」と声に出した。幸助は、弟の賢一の安堵した姿を見て笑う。
「出ていった理由聞けて満足したか?」
「あぁ、うん。聞けて満足したよ」
「そうか! そりゃ良かったぜ」
ガハハと笑う幸助だったが、大樹は何も言わなかった。
「顔色がよなったな、賢一」
「お陰様でぐっすりです」
「けどぉ、順平君の方はあまりよなさそうだな……」
順平の白い顔が、より白くなっていた。アハハと力なく笑う。
「湯あたりしたかもしれません」
「そうけ。京都まで3時間ぐらいで着くとはいえ、無理そうがなら早めに休憩しな」
「はい……」
お土産に白エビせんべいをもらい、2人は荷物を車に詰め込み、乗り込んだ。順平は、背筋の寒さに震え、UFOに吸われている牛が描かれたブランケットを賢一から借りた。しかし寒さは変わらない。賢一から上着とジャージも借りて、服の上から着込んで寒さが和らいだ。助手席で死んだように眠る順平に、賢一は声をかけた。
「本当に大丈夫なの」
「大丈夫だ。それに、こんな高そうなところを連泊する金もないだろ」
文雄さんが予約したホテルは、1泊2万もする所だった。「ネットカフェでいいですから」と順平は言いたかったが、安全には変えられないとのことだった。賢一は、車のエンジンをかける。
「やっぱり、病院行く?」
「ただの湯あたりだから大丈夫だ。それに、今日は日曜日だから空いてないだろ」
「薬局寄るから、薬と飲み物買っていこう」
「ついでにゼリー飲料も頼む」
賢一は、ダッシュボードを開けようとした。しかし、今が本当に困った時なのかと思い留まり、そのまま車を走らせた。
*
京都までは能越自動車道から北陸自動車道に乗り、そのまま名神高速道路で向かった。京都南で高速を降りた後は、清水五条の方へとナビは向かっている。住所には施設名は書かれていないが、幸助と同じかもしれないと思いながら進んでいると、時代劇に出てきそうな古い家の前で見覚えのある短髪でつなぎを着た丸顔の男が両手を振っていた。家の前で車を止めて、パワーウィンドウを開けた。
「よう来たな、ケンケン」
「コウ兄!どうして僕だって分かったの?」
幸助が歯を出して笑う。
「3時間前に文雄のおっちゃんから連絡が来たから待ってたんだよ。駐車場はオレとダイキの車が止まってるから、そこを右に曲がった所にある有料駐車場を使ってくれ」
「分かった」
隣の駐車場に止めると、幸助は車をまじまじと見ていた。
「てかこの車、親父の新車だろ? よく許可もらえたな」
「いや、あの、その……」
賢一が返事に困っていると、後ろから眼鏡をかけた和服の男性が来た。幸助よりも少し線が細く見えるが、和服でガタイの良さが隠れている。
「父さんが許可くれるはずないだろ」
「ダイ兄!」
大樹はキツネのような鼻を、フンと鳴らして車の中を見た。
「助手席で達磨みたいになってるのは何だ?」
「あぁ、僕のクラスメイトの福内君。具合が悪いみたいなんだ」
大樹は助手席のドアを開けるが、順平はぐったりとして動かない。大樹は順平の額に手で触れて熱を確かめる。
「熱が高いな。幸助、畳の部屋に布団を敷いてくれ。賢一は、この子を連れてきな。私は知り合いの医者を呼んでくる」
「おうよ」
「うん」
賢一が順平を抱き上げようとした時だ。順平の目が、うっすらと開いた。
「けん、いち」
「何?」
「りゆう、聞けたか?」
「これから聞くよ。それより君の方が大事だ」
「そうか。おれにも教えろよ」
「勿論」
大樹の家は、2階建ての古民家を改装したものだった。中に入ると、現代と古風の合わさった見た目をしており、古い木と墨の匂いがした。畳の部屋と呼ばれる場所は、元々は日本舞踊の練習に使われていた場所なので広々としている。フローリングの居間とは、襖で仕切られていて、開くとより広く感じた。
順平を畳の部屋に敷いた布団に寝かせ、大樹は医者を呼んだ。1時間後に80代ぐらいの医者が診察し、結果を皆に告げる。
「ただの風邪ですね。寝ていれば治りますが、肺があまり強くないみたいなので3日は安静にしてください」
「ありがとうございます、先生」
「お大事にしてくださいね」
医者が玄関に向かうと、幸助は賢一に問い詰めた。
「お前、どうしてこんな状態で連れ出そうとしたんだよ」
「福内君が、『ただの湯あたりだから大丈夫。それに、今日は日曜だから病院はやってないし、連泊するほど金持ってないから、さっさと行こう』って言ってたからさ」
「成程な」
しょぼくれている賢一の背を、幸助はぽんぽんと叩いた。
「で、どうしてお前は父さんの車を勝手に使って我々に会いに来たんだ?」
「半年前、みんなが急にいなくなった理由を聞きに来たんだ」
大樹が首をかしげる。
「豊弘兄さんと宏兄さんと庄司は残っていたはずでは?」
「いいや。3人とも家を出たよ。ヒロ兄には途中で会ってきたけど、理由は聞けなかった」
「宏兄さんは、今どこに?」
「神奈川の江ノ島方面」
ハハッと幸助が大声を出した。
「ヒロシ、江ノ島にいるのかよ。アニメ好きだったもんぁ」
「そんなこというな。また拳骨落ちてくるぞ」
「京都まで追いかけてくるかね」
「聞いていれば確実に殴りに来るだろうよ。あの人は、昔から投資のプロだ。普段は貧乏くさい格好しているから分からんだろうが、金は潤沢だろうよ」
「この不況に羨ましい話だよ」
双子の会話に、入る隙間を失った賢一は小さく手を上げた。双子はお互いを見つめ合って、会話が止まり、「どうぞ」とハモった。
「それで、2人の理由を聞きたかったんだけどさ」
「文雄さんから聞いたんじゃなかったのか?」
「一応、本人たちに聞こうと思って」
「なるほど」と双子は言った。
「俺は、ストーカー女に追いかけられてるから」
「私も同様だ」
賢一は「えっ?」と驚きの声を上げた。
「2人とも追いかけられてたの?」
「おう」
「あぁ」
理解できていない様子の賢一に、大樹は息を吐いた。
「元は、我々の同人誌を作ってた奴らの一人だったんだ。我々も面白くて、彼女の観察ぶりを見て見ぬふりをしていたんだ。しかし彼女は我々を人間じゃなくて、自分の思い通りに動く人形だとでも思ってる節があってね。20歳を超えても続けてきたのでストップをかけたんだ」
当初、双子は悪ふざけのつもりで笑っていたが、高校を卒業しても付きまとう坂本に戦慄した。理由を聞いた所、同人誌を勝手にネットで販売し、売れ行きが好調だから続けていきたいと答えたそうだ。
「しかし何度注意しても我々に接触しようとしてきたり、家族に突撃しようとしたので、弁護士を通して慰謝料と接触禁止令となった。坂本の両親は母親の実家がある秋田に移住ってなったらしいんだが、何度も脱走してきてな」
「オレたちを追いかけられるなら可愛いもんだぞ。半年前なんか、うちの農園の従業員を切りつけようとナイフを持っていたことがあったんだぜ。それで大樹もケガしちまってさ」
賢一は、ふと思い出した。半年前に、農園で切りつけ事件があって早退したことがあった。帰ってきたときには全て終えていたので何も知らなかった。運転中に順平に話したら物騒だなと言っていた。まさか、それが関わっていたとは驚きである。大樹は、大きくため息をついた。
「で、流石の父さんも被害者が出たことで観念したのか、私を父方の祖母の実家の最上家に、幸助を静岡の林さんち別々の所に預けたというわけさ」
「じゃあ、坂本さんがいる限りは、北海道に戻れないと?」
そういうわけじゃないんだがと、2人は見合って、幸助は頭を掻いた。
「戻らなくはないが、もうここでの生活基盤を築き始めちゃってるからなぁ」
「今更、薄給の農園に戻ることはない」
確かに農園は、経営難で潰れかかったこともある。叔母さんの支援のおかげで、持ち直したが同じことを繰り返さないとも言えない。賢一は、「それなら」と声を出した。
「2人とも、今はどんな仕事をしてるの?」
「私は、通訳案内士の資格を持っているからね。京都に来た外国観光客用に個人で仕事を行っているのさ」
幸助は、大樹の肩に腕をまわした。そして、「ケンケン」と賢一を呼ぶ。
「お前は、ダイキは何か国喋れると思う?」
「えっと、英語と中国語とスペイン語」
「それは中学までだ。ほら、何か国語かいってやれ」
大樹は大きく息を吐いた。
「英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、フランス語、イタリア語、スペイン語。あとは齧った程度のドイツ語だ」
「なっ、凄いだろ? まさに人間翻訳機だ!」
「貴様も同じだろ」
「オレは、英語とスペイン語だけだ」
「嘘つけ、ロシア語とギリシャ語が出来るだろ?」
「読み書きだけだ」
賢一は、そういえば中学時代からお互いに日本語以外で喋っていたなと思った。これは、スペイン人の祖父が多種の言語を話していた影響である。どんな相手でも引くことなく適切に対応する祖父を慕っていた2人なら、そうなるのも当然だろう。話を聞き終え、賢一は「そっか」と声に出した。幸助は、弟の賢一の安堵した姿を見て笑う。
「出ていった理由聞けて満足したか?」
「あぁ、うん。聞けて満足したよ」
「そうか! そりゃ良かったぜ」
ガハハと笑う幸助だったが、大樹は何も言わなかった。
