のこり5日、ロスタイムなし

神奈川から富山までは、中央自動車道と長野自動車道を経由して富山に向かう。5、6時間で到着するので、泊まることはないだろう。途中、チェーン規制があるようだが、雪国出身の車にチェーンは必ず積んである。問題はないだろうと、双葉サービスエリアで昼休憩をとっていた。その時、順平はあることに気が付いた。

「もしかして、お前、麺が好きだな?」
「麺も好き。ご飯も好き。パンも好き。美味しいものなら、何でも食べるよ」

賢一と順平は、山梨名物のほうとうを食べていた。しかし賢一は、あっという間にほうとうを食べ終え、エビラーメンにも手を出していた。いくらバイト代が出たとはいえ、この様子だと使い切ってしまいそうだった。

「それで、次に会うのは誰だ?」
「コウ兄、四番目の幸助だね」
「どんな人だ?」
「うーん、性格は適当な感じ。31歳、独身。趣味は、筋トレと釣り。ダイ兄、三番目の大樹といつも一緒にいたよ。一緒にいすぎて、文化祭で自分たちのカップリングの本出されたとか言ってた」

ブフッと吹き出してしまった。

「なんでそんなに一緒にいたんだよ」
「双子だからね。二卵性だから顔似てないのもあって、余計にそれっぽく見えたみたい」
「じゃあ、その三番目はどこにいる?」
「京都にいるよ」

順平の頭の中で、最悪のシナリオが浮かんだ。

「もしかして、四番目と三番目のどっちかの所に行ってたりしないよな?」
「可能性はあるね」
「じゃあ、運が良ければ2人にあえるってことか」
「運が悪ければ空振りだね」
「そうならないことを祈るしかないな」

2人は空になった皿をカウンターに返し、車に乗り込んだ。



*


長野を超えたあたりで、ある問題が起きた。北陸の雪というのは、北海道と違って湿っていて重い。その為、道が水分で濡れており、滑りやすくなっていた。賢一も口には出さないが、運転しずらそうだった。高速を降りて目的地に向かうが、疲れからか曲がる道を間違えてしまい、元に戻ろうと焦って駅の方まで来てしまった。

「あれ、ここどこだ?」

賢一が車を路肩に止めてカーナビを見て、目的地の方向を見ていた時だった。誰かが近づいてきて、窓をノックした。パワーウィンドウを開けると、一人の女性が笑みを浮かべていた。

「もしかして、賢一君よね?」

少しうねった黒髪の女性だった。誰だと順平は賢一を見ると、最初は分からい様子だったが「あぁ!」と賢一は声を上げた。

「坂本さん?」
「そうよ!久しぶりね!」

「久しぶり!」と言い合っているので、順平は賢一の裾を引っ張って、「誰?」と表情で伝えた。

「紹介するよ。昔、うちの近所に住んでいた坂本真理さん。コウ兄たちの幼馴染で、お母さんが海外で有名なファッションデザイナーで、えっと、坂本アミ?エミ?」

ブランドに疎い賢一であるが、順平は母親がボーナスで買った海外製のコートを思い出した。

「もしかして、ミキ・サカモトか?」
「それそれ!すっごい賞をもらってたんだよね。お父さんも海外の貿易商だったよね?」
「えぇ。そうなの。私のママとパパは、凄い人なの」

坂本の眉がぴくぴくと痙攣した。賢一は、気が付いていない様子である。

「坂本さん、彼は福内君。僕のクラスメイトだ」
「よろしく。福内君」
「……よろしくお願いします」

綺麗な人なのだろうが、順平にはあまり良い印象はない。まるで全て分かっているという顔が気に食わず、順平は表情一つ変えなかった。坂本は、ニコリと笑う。

「賢一君、どうしてここに?」
「コウ兄に会いに来たんです」
「あらそうなの!」

坂本は手を合わせて、口を三日月のように上げて笑う。不気味な笑みだ。

「私も久々に会ってみたいから、一緒に乗せてもらえる?」
「えぇ。いいで、痛ぁ!」

順平は賢一の左手に爪を立てた。順平はちょいちょいと手で賢一を呼んで、耳元で囁く。

「やめた方がいい」
「どうして?」
「友人が乗っている車に乗せてくれだなんて平気で言える図々しさもあるが、あれは獲物を見つけた目をしている」
「どうしてそう思ったの?」

順平は、坂本真理の目を見て過去のことを思い出した。
人柄の良い笑みを浮かべているが、自分の思い通りにならなくなった瞬間に裏返る。力任せに襲い掛かり、相手が弱いと分かったら泣きわめこうが叫ぼうが、自分の欲を満たす。順平の首に汗が流れ、青ざめる。

「俺を襲った人間と同じ目をしてる」

震える順平を見て、賢一はいつもの笑顔のまま坂本の方を向いた。

「すみません、坂本さん。荷物がいっぱいで乗れないんですよ」
「私は大丈夫よ」
「僕は大丈夫じゃないので。では!」

賢一は、アッサリと坂本を置いて車を走り出した。「ちょっと待ってよ!」と追いかけているが、人の足と車では勝てるはずもなく、坂本は見えなくなっていった。赤信号で止まった時、賢一は順平を見る。窓を見ていて、少し震えていた。

「怖かった?」
「別に」
「そう……」

賢一はそれ以上聞かずに車を進める。だが、順平の震えはまだ残っていて賢一は悩んだ。
「そうだ!」と賢一は声を上げ、カーオーディオを付けた。ラジオはつけていたが、オーディオは一度もつけてなかった。すると、懐かしい戦隊もののオープニング曲が流れてきた。

「ババーンと来たぜ俺たち!熱き魂こ・が・せ!」

賢一の大きな歌声。順平は「へ?」と驚くが、賢一は構わず歌う。しかし、ちょっと音程が外れていた。

「燃えろ、燃えろ、焼き尽くせー!」
「お前、歌下手だな……」
「君の涙も焦がすほどにー!」
「……だから、俺たちはー!」
「空に向かい、地を走り、海を越えて~!」
「「明日を守るんだー!!」」

それから懐かしい曲の連発で、2人で大合唱をしながら目的地に車を走らせた。


*



ナビに表示された目的地は、氷見市にある養殖センターだった。しかし、どうみても人が住んでいる場所ではない。そう思いながらも、警備員に声をかけた。

「すみません、保泉幸助がここにいると聞いたのですが?」
「君は?」
「幸助の六番目の弟の賢一です」

警備員に案内され、客間で待っていると60代ぐらいの白髪の男性が「おぉ!」と声を上げた。賢一の顔を両手でつかみ、老眼鏡をずらして、瞳をじっと見る。

「もしかしてケンくんか?」
「はい」
「こんな立派なって。敏郎の息子とは思えんほど良い男やな」

実の息子じゃないんだけどと賢一は思ったが、あることに気が付いた。

「あれ、敏郎って。うちの親父のこと知ってるんですか?」
「何を言うとるだ。私ちゃ、あんたの親父さんから幸助の面倒を頼まれたんだ」

賢一と順平は驚いて、お互いを見合った。


*


賢一の父親の同級生である林文雄は、賢一の父親の敏郎と同級生だった。元々は養殖センターの職員だったが、定年になったので非正規として働いている。文雄は2人にお茶と白エビせんべいを出した。

「ちょっこし前から坂本さんって人にストーカーが発生してぇ、一時ちゃ示談になったんだけどぉ、相手がまた追いかけてきとるらしくて逃げ回っとるがやちゃ」
「コウ兄がストーカーされてたなんて、僕知りませんでした」

文雄はお茶を飲んだ。

「知らんのは当たり前や。あんたに危害が加わる可能性があったさかいな」

賢一が「え?」と驚いた顔をしていた。

「少し前に大樹が被害にあったがやちゃ。それで逃げる為に、幸助をこっちで、大樹を最上の家で保護するように言うてきたんだ」

宏の「幸助と大樹は分かるが」と言っていたのは、これを知っていたからだろう。賢一は拳を握る。

「それなら、親父は出ていった理由をどうして教えてくれなかったんだろう」
「敏郎ちゃ、前時代的な男やさかいな。どうせ『男が女にストーカーされとるなんて、みっともない』とか考えとるがやろうさ」

賢一は、心当たりがあるのか何も言えなかった。言えずにいる賢一に、順平が助け船を出した。

「それで、幸助さんは今どこに?」
「あの女が見えたさかいな。ついさっき、京都の方に電車で向かわせたちゃ」
「「えぇ!!」」

2人は立ち上がって大声を上げた。



*



2人は急いで京都に向かおうとしたが、「2人とも顔色悪い」と文雄に止められた。疲れが出たのだろうと、近場のホテルを予約してもらった。代わりに幸助を京都に留めておくから安心してくれとのことだった。

「坂本の方ちゃ、こちらで見つけとくさかい、許可が出るまでは部屋から出られんちゃ」
「でも夕飯……」

賢一の腹が空腹の限界の音を鳴らしている。文雄は、笑いながら「安心しろ」と言う。

「出前で何か持ってくるさかい、待ってろ」
「あ、こいつ結構食べるんで最低でも5人前はないとダメですよ」

文雄は本当かと賢一を見る。

「寿司とラーメンだけじゃ足りんか?」
「桶幾つですか?」
「……うちの残り物でもいいけ?」
「OKです!」

それから1時間後にブラックラーメン2つと寿司桶1つ、それと鰤の煮つけと手作りのグリーンサラダを持った文雄さんが来た。

「ブラックラーメン、一度食べてみたかったんだよ!」
「見た目のわりに味が濃くないんだな」

真っ黒なスープに胡椒が掛かったラーメン、ホタルイカやベニズワイやノドグロなどの寿司、氷見の鰤とダイコンの煮つけ、すあいという厚揚げと根菜類の酢の物。どれも美味しいのだが、旅に出たというのに食べてばかりだなと順平は思った。しかし、賢一は美味しそうに食べているのでまぁいいかと箸を進める。そんな2人を文雄は、若いからよく食べると目を細めてみていた。

「それ食べたらぁ、早う寝っしゃいま」

「皿は明日回収するから」と、文雄は言い残していった。順平は、少し食べて箸をおいた。賢一は首をかしげる。

「あんまりお腹すいてない?」
「あぁ。悪いけど、先に寝るわ」

順平は箸をおいて、布団に潜った。


*



放課後の図書室で、2つ上の先輩に呼び出された。

「お前のこと、好きだったんだ」

告白され、すぐに断った。
見た目は人当たりがよさそうだけど、その人の事をよく知らないし、話したこともない。せめて友達から始めてくださいと言おうとした時だった。

「俺、お前を見てると変な気分になるんだ」

男の声から体温がなくなる。同じ男で、自分よりも背も高く、自分よりも筋肉もある。本能から逃げようとした瞬間、襟を掴まれて、机に叩きつけられた。くらくらとした視界、滴る鼻血、足から崩れ落ちた。そのまま乱暴に上着を脱がされ、先輩の唇が胸に触れる。叫びたくても恐怖で叫べず、そのままうつ伏せにさせられた。ズボンを脱がされ、下着も脱がされ、一糸まとわぬ姿になった。うなじに唾液が落ちる。上着だけ脱がされたなんて嘘だ。本当は……

「ッ!」

跳ねるように体を起こし、辺りを見る。
夕方の高校ではなく、夜のホテルだ。
隣を見ると賢一が凄い寝相で、いびきをかいて寝ていた。

「はぁ……はぁ……はぁー……」

じっとりと嫌な汗が落ちる。

「いるはずないよな」

立ち上がり、顔を洗おうと洗面所に向かった。
リアルな夢に足が震え、背筋も寒く、吐き気もする。
どろりと太ももを何かが伝った気がした。

「違う。あれは、違う……」

しゃがみ込み、震える体と絞り出すような声を抑え込む。すると、賢一がゆっくりと起き上がって、見下ろしている。暗がりの中で巨人に見降ろされているようで、声が出ない。

「どうした?」
「な、なな、……何でもない」
「なんでもなくないでしょう」
「何でもねぇよ!」

強い口調で否定する。
黙っていてくれ。
放っておいてくれ。
もうこれ以上、踏み込まないでくれ。

しかし、賢一という男は予想を簡単に飛び越えていく。

「温泉……行こうか」
「…………………………はぁ?」

賢一はスマートフォンの画面を見せた。文雄からの連絡で、『坂本真理が見つかって、両親に引き取って帰らせた』と書かれていた。

「坂本さん、見つかって両親が迎えに来たみたい。だから、もう部屋出ていいってさ」
「それと温泉がどう繋がるんだよ」
「このホテル、温泉付いてるらしい。せっかくホテル泊まったんだから、元は取りたいでしょ?」
「お前だけで行けよ」

賢一は、ブーと頬を膨らませる。これだけ言えば諦めるだろうと順平は思ったが、足元がふわりと浮いた。賢一の肩に担がれていた。

「あ、ちょっと、おい!」
「ほら、体も温まれば気分もよくなるさ」
「分かった!分かったから、担ぐな!」

バタバタと暴れ、強引に屋上の風呂場に連れていかれた。源泉かけ流しの温泉は、濃い茶褐色のにごり湯だった。11時なので人もまばらだった。体を洗い終えた賢一と順平も温泉に入った。賢一は、そのまま顔を洗う。

「はぁー……風呂には入ってきたけど、温泉もいいね」
「そうだな」

賢一は、順平の傍に寄って、じっと見た。

「具合でも悪い?」
「別に」

順平も同じく顔を洗う。温泉で体が温まり、思考が解けていく。しかし、心は冷たい氷が解けずに張り付いていた。何も考えないように、体の力を抜いて天井を見上げた。

「お前は、過去のことにどうやって踏ん切りをつけたんだ?」
「踏ん切り?」
「叔母のことや親兄弟とかとか。全部スペインの血のせいってワケじゃないだろ」

賢一は少し考え、ニコニコと笑う。

「全然ついてないよ!」
「は?」
「だから、こうして旅に出てるじゃん」
「それはそうだけどさ。どうしてお前が他人に明るく笑っていられるのか、分からないんだよ」

苦しくても悲しくても辛くても、泣くことなく笑っていられる。それが精神の太さなのか、考え方の違いなのかと順平は思った。賢一は、「そうだなぁ」と同じく天井を見上げる。

「君は、『どんな人でも相手の情報は覚えて、それを次に生かす』って言ってたでしょ」
「あぁ」
「僕は、『身近な人以外のことなんて全然覚えないけど、愛想だけはよくしておけばいい』って考えなんだよね」

賢一は、ニコリと笑う。

「だから相手のことは覚えてないから何されても忘れている。この笑顔ですべて乗り切れるから、その先のことなんて何にも考えてない」
「俺と真逆だな」
「そうだね。でも、僕は君が羨ましい」

緑色の瞳が、順平に向けられる。

「俺が?」
「だって、どんな人のことも、いつかくる次のために覚えてあげようだなんて、優しい人じゃないとできないじゃん」

順平は、ハッと鼻で笑った。

「でも、俺になると過去に苦しめられるぞ」
「そうだね。だから、僕は僕のままなんだろうね」

賢一は洗い場で洗っている人たちを見つめる。順平も後に続く。
誰かになりたいと思っても、自分がそれになれるかは別だ。
趣味嗜好、目指すもの、欲すもの、大切にしてるもの……何もかもが違うから、自分は自分でいるしかない。賢一は、それを理解していた。

「過去はどうにもならないけど、今や未来はどうにかなるでしょ。だから、嫌な思い出が浮かんだら、新しい思い出で塗りつぶせば薄れていくよ」
「それで温泉か?」
「体が温まるだけでだいぶ違うからね」

まるで経験したかのように語る。
「お前は一人で超えてきたのか?」と順平は聞こうとしたが、大人びた顔つきの賢一に何も言えなかった。