青森に着いたのは、午前4時だった。日はまだ上ってなく、暗い夜の世界が広がっていた。
無事に本州に着いたのだが、賢一の顔は青ざめていた。
「酔った……」
冬の海は荒れていて、船の中はかなり揺れていた。賢一は酔い止めの薬を事前に飲んでいたが、効果はなかった。色々とデカくても船酔いはするのだなと思いながら順平は、車の中で吐いている賢一の背中をさすった。賢一は、涙を浮かべながら振り返る。
「君は大丈夫なの?」
「姉貴の運転に比べればマシだ」
「成程。どうりで僕の運転も全然怖がらなかったわけだ」
姉の異端な運転はいくつか伝説がある。側溝にタイヤをひっかけて曲がった事や道が崩れてなくてもダッシュで飛び越えたことやスピンしながら見事な停車をしたなど漫画のような伝説を持っている。それに比べたら、賢一は平均的に上手なほうだ。
1時間ほど休みを取ると、賢一の顔色が元に戻ってきた。「ちょっとマシになった」と言って、ダッシュボードから手帳を取り出し、目的地を入力していく。
「最初はどこに向かうつもりだ?」
「神奈川の江ノ島。そこに二番目の兄貴がいる」
車を発進させ、夜明けの本州を走る。ナビを見ると、青森のインターチェンジから東北自動車道に行くようだ。東北自動車道は、高速道路である。順平が賢一の様子を見る。
「お前、高速道路は平気なのか?」
「ETCが付いているから大丈夫!」
賢一は指でグッドサインをするが、そうじゃない。
「そうじゃなくて、高速道路の合流に緊張してないかって話だよ。両親がいうには、最初のころはめちゃくちゃ緊張するってよく言ってるぞ!」
「親父に特訓させられたから全然平気だよ!てか、さっきも乗ってきたじゃん!」
「そうだけどさ、交通量とかスピードとか運転の質とか色々あるだろ!」
「大丈夫、大丈夫!心配ご無用!」
凄い自信だ。姉貴の暴走運転に慣れているとはいえ、流石に若葉マークの高速道路は緊張する。しかも本州となると交通量は格段に多い。順平は息を吸って、覚悟を決めた。しかし、車はあっさりと合流し、中央車線へ入っていった。
「スムーズだったな」
「でしょ?」
自分の家族よりも運転が上手いと順平は安堵し、席を少し倒した。カーナビの案内によると、9時間後に到着予定とのことだった。14時に到着するとしたら、話すことぐらいはできそうだなと順平は思った。
「そういえば、二番目の兄はどんな人だ?」
「保泉宏。年齢34歳、趣味はネットゲーム」
「俺と趣味が合いそうだな」
順平は体を起こし、どんな人なのかと期待を持つ。
「ファーストストーリー15をやってたみたいよ」
「MMOの奴だな。名前は知ってるが、俺はやってない」
「福内君は、どういうゲームやるの?」
「FPSと格ゲーが多いかな。ソシャゲもやってるけど、あまり課金はしてない」
同じゲームでもジャンルが違うから話は合わないなと、座席のシートに寄りかかる。そういえば、賢一はゲームをするのか?と順平は思った。
「お前は、ゲームやるのか?」
「ゲームはしないね。いつもラジオ聞いてる」
「最後にやったゲームは?」
「スマホのパズルゲームをちょっとやってたけど、やめちゃった」
今どきの男子なら、ゲームを一つ二つやっているもんだ。それをやってない人間は、他の趣味に没頭しているか、異性と遊んでいるもんだと順平は思っていた。しかし、賢一には没頭している趣味もなく、異性と付き合っている様子もない。そもそも付き合っていたら、その女と旅行に行くだろう。しかし、隠しているというケースもある。
「お前、彼女いないよな?」
「いないよ!」
「そうだよなぁ」
元気に返事をされたので、嘘ではないだろう。たとえ嘘だったとしても、教えるほどの仲じゃないということだ。
「君は?」
「いないし、多分作らんと思う」
「どうして?」
どうしてと踏み込まれるとは思わなかった。「どうして?」と自分の心に聞いてみる。
「恋は、よく分からん」
「一度も恋したことない?」
「ないな」
順平は、生きてきた中で一度も恋したことなどなかった。女子も男子も、みんな人間。小学生の頃に友情はあったが、クラスが変わって、いつの間にか消えていた。中学に入ってからも作ろうとしたが、肺の病気が移ると噂されて遠巻きにされていた。高校に入ってからは、あえて作ろうとはせず、話しかけられたら話す程度の交流をしていた。ネットゲームの友人も、顔も住んでいる場所も知らないので一人の寂しさを埋める程度になっている。
そういうタイプの人間は、話した相手の情報をろくに覚えないというが、順平は逆だった。話して得た情報は、話しかけたその人の次の会話に活かせるし、その人の周りとの話題や、ネットゲームの友人たちとの適当な話題に使える会話のカードだと考えている。
だから賢一のことも情報として覚えていただけだった。それが、今では車に乗って各地にいる賢一の兄たちを探す旅になるとは、流石の順平でも予想できなかった。この際だから、こちらも色々と聞いてやろうと、順平も踏み込んだ。
「お前は恋したことないのか?」
いつもならすぐに返事するのに、賢一は前を見ていて答えない。へらへらとした微笑みはなく、どこか遠い目をしている。運転しているから前を向いているのは、当たり前ではあるが、何か違うと順平は気が付いた。まだ具合でも悪いのかと思った時、賢一の腹から大音量の空腹の音が鳴った。
「お腹すいた」
「吐いたのに腹減るのか?」
「もう船酔いはなくなったからね。次の花巻パーキングエリアで何か食べよう。花巻だから、わんこそばあるはず!」
「運転手が蕎麦の大食いをやるとは思えないが、調べてみるか」
順平はスマートフォンで、パーキングエリアでわんこそばが出来るかどうかを調べてみたが、予想外の結果が出た。
「次の花巻パーキング、トイレはあるが食堂ないぞ」
「えぇー!?」
「北上金ヶ崎になら食堂があるらしい。ちなみに、パーキングエリアにわんこ蕎麦はない。そもそも膨れた腹で運転したら、どうなるかは分かるだろ?」
順平が冷静に言うが、賢一はがっくりしている。相当ショックだったらしいが、船酔いした数時間後には蕎麦を大量に食えないだろうと順平は思った。しかし、賢一は気分が沈んだままである。順平は息を吐いた。
「そんなに蕎麦が食いたかったのか?」
「うーん。蕎麦というよりも、どれだけ食べられるか気になったんだよ」
「それなら、どこかで大食いやってたら挑戦してみようぜ」
賢一の顔が、一気に晴れる。
「いいの?」
「構わん。むしろ、食費で旅が続けられるか心配だ」
「あはは。確かに……」
それから暫く走り続け、北上金ヶ崎パーキングエリアに着いた。食堂に来て早々に順平は、山賊揚げ定食という鶏肉を揚げたものを注文し、賢一はもつ煮、から揚げ、生姜焼き、キャベツのサラダがついたランチ定食を注文した。賢一は「いただきます」と言って、もつ煮を口に入れた。
「もつ煮、旨っ!食べてみ!」
賢一が叫び、人の皿に分けてきた。順平は気にせずに口に入れる。
「むっ。確かに、旨いな。こっちの鳥も旨いから、分けてやる」
順平も山賊チキンを賢一に分けた。お互いのご飯を分けるのは初めてではあるが、抵抗はなかった。先に食べ終わった賢一は追加で注文した中華そばを啜る。相変わらずよく食べるなと順平が見ていると、賢一は麺を飲み込んで「そういえば」と口にした。
「福内君は好き嫌いないんだね」
「ないな。アレルギーもない。お前は?」
「…………空腹に耐え切れずに澱粉だけで作った、いも餅」
ハハッと順平は笑った。
「俺も小学生の時にやったことある。虚無味になるよな」
「食べられなくはないけど何もならない味だよね」
「分かるわ」
ずるずると賢一が麺を啜る。なんでも美味しそうに食べる男だなと順平は思った。
「今は料理してるのか?」
「しなくはないけど、上手く出来たことがない」
「ほーん」
「俺はそこそこ出来るけど!」と順平は自慢気に言おうとしたが、賢一はそれ以上聞いてこなかった。
*
環八道路が少し混んでいて、江ノ島に着いたのは15時過ぎた頃だった。賢一は神奈川県の江ノ島といっていたが、実際は腰越周辺とのことだった。カーナビの指示通りに進むが、道が狭い。順平が辺りを見ていく。
「お前の兄は、どこに住んでいるんだ?」
「サンドウェーブ東田」
「名前からしてアパートっぽいよな」
のろのろと走っていくと、案内が終わってしまった。しかし、アパートは見当たらない。
「お前、もしかして嘘つかれたんじゃ……」
「かもしれない」
「じゃあ、諦め……あっ!」
順平が指をさした先は、2階建ての小さなアパートだった。アパートの空いている駐車場に車を止めて、急いで車から降りた。
「場所どこだ?」
「206号室!」
「平日の昼だからいるか分からんな」
駆け足で階段を上り、目的の部屋に着いた。表札に、保泉と書かれているので間違いない。賢一は大きく息を吸って、呼び鈴を押した。音が鳴ると、扉の奥からごそごそと音が聞こえた。ドシドシと歩く音がして、扉が開く。
「どちら様で……」
「やぁ、ヒロ兄」
賢一はにこやかに挨拶をするが、宏は顔を曇らせた。
保泉宏の顔は、賢一とは全く似てなかった。純粋な日本人顔で、脂肪がたっぷりとついていて、背丈はそれなりに高いが賢一ほどではない。3日ほど洗ってないような脂ぎった前髪を太い指で掻き上げた。
「お前。どうして?」
「聞きたいことがあって来たんだよ」
宏は舌打ちをして、頭を掻いた。
「学校はどうした?」
「高校3年は、11月から自由登校」
「大学は合格したんだよな?」
「家を継ぐから進学はやめた」
「は?」
信じられんといった表情で賢一を見ていた。「なんでだよ」と宏が声に出した。
「幸助と大樹は分かるが、庄司と豊弘はどうしたんだ?」
「半年前に、みんな家を出た。全員、理由も言わずにね」
宏は、鼻で笑った。
「もしかして、お前が来たのは俺に家を継いでくれと説得に来たのか?」
「違う。ただ、何も言わずに出ていった理由を聞きたかったんだよ」
「俺の理由は、親父と考え方が合わなかったから出ていった。それだけだ」
扉を閉めようとしたので、賢一が手で止めた。
「違うね」
「あ?」
「確かに親父は頑固だけど、ヒロ兄みたいに順序立てて話せば受け入れてくれた。なんか別の理由があるからでしょ?」
宏が舌打ちして、ダルそうに答えた。
「だったら何だよ」
「僕はヒロ兄が帰らない理由を聞いている。それを聞くまでは帰らないよ」
賢一の声がワントーン低くなるが、宏には全く効果がなかった。
「好きにすればいい。だが、俺は言う気はないぞ」
「何一つ?」
「何一つ」
「他の兄貴たちのことも?」
「知らねぇよ、あんな奴ら」
宏が賢一の胸をドンと押し出す。しかし効果は薄い。だが、宏も手段がないわけじゃなかった。
「血も繋がってないお前に話すことはない」
宏の冷たい一言を聞いた瞬間、賢一の力が抜けた。
バタンと扉が強く締まり、鍵も締まる。
順平は、ただ見ているだけしかできなかった。
無事に本州に着いたのだが、賢一の顔は青ざめていた。
「酔った……」
冬の海は荒れていて、船の中はかなり揺れていた。賢一は酔い止めの薬を事前に飲んでいたが、効果はなかった。色々とデカくても船酔いはするのだなと思いながら順平は、車の中で吐いている賢一の背中をさすった。賢一は、涙を浮かべながら振り返る。
「君は大丈夫なの?」
「姉貴の運転に比べればマシだ」
「成程。どうりで僕の運転も全然怖がらなかったわけだ」
姉の異端な運転はいくつか伝説がある。側溝にタイヤをひっかけて曲がった事や道が崩れてなくてもダッシュで飛び越えたことやスピンしながら見事な停車をしたなど漫画のような伝説を持っている。それに比べたら、賢一は平均的に上手なほうだ。
1時間ほど休みを取ると、賢一の顔色が元に戻ってきた。「ちょっとマシになった」と言って、ダッシュボードから手帳を取り出し、目的地を入力していく。
「最初はどこに向かうつもりだ?」
「神奈川の江ノ島。そこに二番目の兄貴がいる」
車を発進させ、夜明けの本州を走る。ナビを見ると、青森のインターチェンジから東北自動車道に行くようだ。東北自動車道は、高速道路である。順平が賢一の様子を見る。
「お前、高速道路は平気なのか?」
「ETCが付いているから大丈夫!」
賢一は指でグッドサインをするが、そうじゃない。
「そうじゃなくて、高速道路の合流に緊張してないかって話だよ。両親がいうには、最初のころはめちゃくちゃ緊張するってよく言ってるぞ!」
「親父に特訓させられたから全然平気だよ!てか、さっきも乗ってきたじゃん!」
「そうだけどさ、交通量とかスピードとか運転の質とか色々あるだろ!」
「大丈夫、大丈夫!心配ご無用!」
凄い自信だ。姉貴の暴走運転に慣れているとはいえ、流石に若葉マークの高速道路は緊張する。しかも本州となると交通量は格段に多い。順平は息を吸って、覚悟を決めた。しかし、車はあっさりと合流し、中央車線へ入っていった。
「スムーズだったな」
「でしょ?」
自分の家族よりも運転が上手いと順平は安堵し、席を少し倒した。カーナビの案内によると、9時間後に到着予定とのことだった。14時に到着するとしたら、話すことぐらいはできそうだなと順平は思った。
「そういえば、二番目の兄はどんな人だ?」
「保泉宏。年齢34歳、趣味はネットゲーム」
「俺と趣味が合いそうだな」
順平は体を起こし、どんな人なのかと期待を持つ。
「ファーストストーリー15をやってたみたいよ」
「MMOの奴だな。名前は知ってるが、俺はやってない」
「福内君は、どういうゲームやるの?」
「FPSと格ゲーが多いかな。ソシャゲもやってるけど、あまり課金はしてない」
同じゲームでもジャンルが違うから話は合わないなと、座席のシートに寄りかかる。そういえば、賢一はゲームをするのか?と順平は思った。
「お前は、ゲームやるのか?」
「ゲームはしないね。いつもラジオ聞いてる」
「最後にやったゲームは?」
「スマホのパズルゲームをちょっとやってたけど、やめちゃった」
今どきの男子なら、ゲームを一つ二つやっているもんだ。それをやってない人間は、他の趣味に没頭しているか、異性と遊んでいるもんだと順平は思っていた。しかし、賢一には没頭している趣味もなく、異性と付き合っている様子もない。そもそも付き合っていたら、その女と旅行に行くだろう。しかし、隠しているというケースもある。
「お前、彼女いないよな?」
「いないよ!」
「そうだよなぁ」
元気に返事をされたので、嘘ではないだろう。たとえ嘘だったとしても、教えるほどの仲じゃないということだ。
「君は?」
「いないし、多分作らんと思う」
「どうして?」
どうしてと踏み込まれるとは思わなかった。「どうして?」と自分の心に聞いてみる。
「恋は、よく分からん」
「一度も恋したことない?」
「ないな」
順平は、生きてきた中で一度も恋したことなどなかった。女子も男子も、みんな人間。小学生の頃に友情はあったが、クラスが変わって、いつの間にか消えていた。中学に入ってからも作ろうとしたが、肺の病気が移ると噂されて遠巻きにされていた。高校に入ってからは、あえて作ろうとはせず、話しかけられたら話す程度の交流をしていた。ネットゲームの友人も、顔も住んでいる場所も知らないので一人の寂しさを埋める程度になっている。
そういうタイプの人間は、話した相手の情報をろくに覚えないというが、順平は逆だった。話して得た情報は、話しかけたその人の次の会話に活かせるし、その人の周りとの話題や、ネットゲームの友人たちとの適当な話題に使える会話のカードだと考えている。
だから賢一のことも情報として覚えていただけだった。それが、今では車に乗って各地にいる賢一の兄たちを探す旅になるとは、流石の順平でも予想できなかった。この際だから、こちらも色々と聞いてやろうと、順平も踏み込んだ。
「お前は恋したことないのか?」
いつもならすぐに返事するのに、賢一は前を見ていて答えない。へらへらとした微笑みはなく、どこか遠い目をしている。運転しているから前を向いているのは、当たり前ではあるが、何か違うと順平は気が付いた。まだ具合でも悪いのかと思った時、賢一の腹から大音量の空腹の音が鳴った。
「お腹すいた」
「吐いたのに腹減るのか?」
「もう船酔いはなくなったからね。次の花巻パーキングエリアで何か食べよう。花巻だから、わんこそばあるはず!」
「運転手が蕎麦の大食いをやるとは思えないが、調べてみるか」
順平はスマートフォンで、パーキングエリアでわんこそばが出来るかどうかを調べてみたが、予想外の結果が出た。
「次の花巻パーキング、トイレはあるが食堂ないぞ」
「えぇー!?」
「北上金ヶ崎になら食堂があるらしい。ちなみに、パーキングエリアにわんこ蕎麦はない。そもそも膨れた腹で運転したら、どうなるかは分かるだろ?」
順平が冷静に言うが、賢一はがっくりしている。相当ショックだったらしいが、船酔いした数時間後には蕎麦を大量に食えないだろうと順平は思った。しかし、賢一は気分が沈んだままである。順平は息を吐いた。
「そんなに蕎麦が食いたかったのか?」
「うーん。蕎麦というよりも、どれだけ食べられるか気になったんだよ」
「それなら、どこかで大食いやってたら挑戦してみようぜ」
賢一の顔が、一気に晴れる。
「いいの?」
「構わん。むしろ、食費で旅が続けられるか心配だ」
「あはは。確かに……」
それから暫く走り続け、北上金ヶ崎パーキングエリアに着いた。食堂に来て早々に順平は、山賊揚げ定食という鶏肉を揚げたものを注文し、賢一はもつ煮、から揚げ、生姜焼き、キャベツのサラダがついたランチ定食を注文した。賢一は「いただきます」と言って、もつ煮を口に入れた。
「もつ煮、旨っ!食べてみ!」
賢一が叫び、人の皿に分けてきた。順平は気にせずに口に入れる。
「むっ。確かに、旨いな。こっちの鳥も旨いから、分けてやる」
順平も山賊チキンを賢一に分けた。お互いのご飯を分けるのは初めてではあるが、抵抗はなかった。先に食べ終わった賢一は追加で注文した中華そばを啜る。相変わらずよく食べるなと順平が見ていると、賢一は麺を飲み込んで「そういえば」と口にした。
「福内君は好き嫌いないんだね」
「ないな。アレルギーもない。お前は?」
「…………空腹に耐え切れずに澱粉だけで作った、いも餅」
ハハッと順平は笑った。
「俺も小学生の時にやったことある。虚無味になるよな」
「食べられなくはないけど何もならない味だよね」
「分かるわ」
ずるずると賢一が麺を啜る。なんでも美味しそうに食べる男だなと順平は思った。
「今は料理してるのか?」
「しなくはないけど、上手く出来たことがない」
「ほーん」
「俺はそこそこ出来るけど!」と順平は自慢気に言おうとしたが、賢一はそれ以上聞いてこなかった。
*
環八道路が少し混んでいて、江ノ島に着いたのは15時過ぎた頃だった。賢一は神奈川県の江ノ島といっていたが、実際は腰越周辺とのことだった。カーナビの指示通りに進むが、道が狭い。順平が辺りを見ていく。
「お前の兄は、どこに住んでいるんだ?」
「サンドウェーブ東田」
「名前からしてアパートっぽいよな」
のろのろと走っていくと、案内が終わってしまった。しかし、アパートは見当たらない。
「お前、もしかして嘘つかれたんじゃ……」
「かもしれない」
「じゃあ、諦め……あっ!」
順平が指をさした先は、2階建ての小さなアパートだった。アパートの空いている駐車場に車を止めて、急いで車から降りた。
「場所どこだ?」
「206号室!」
「平日の昼だからいるか分からんな」
駆け足で階段を上り、目的の部屋に着いた。表札に、保泉と書かれているので間違いない。賢一は大きく息を吸って、呼び鈴を押した。音が鳴ると、扉の奥からごそごそと音が聞こえた。ドシドシと歩く音がして、扉が開く。
「どちら様で……」
「やぁ、ヒロ兄」
賢一はにこやかに挨拶をするが、宏は顔を曇らせた。
保泉宏の顔は、賢一とは全く似てなかった。純粋な日本人顔で、脂肪がたっぷりとついていて、背丈はそれなりに高いが賢一ほどではない。3日ほど洗ってないような脂ぎった前髪を太い指で掻き上げた。
「お前。どうして?」
「聞きたいことがあって来たんだよ」
宏は舌打ちをして、頭を掻いた。
「学校はどうした?」
「高校3年は、11月から自由登校」
「大学は合格したんだよな?」
「家を継ぐから進学はやめた」
「は?」
信じられんといった表情で賢一を見ていた。「なんでだよ」と宏が声に出した。
「幸助と大樹は分かるが、庄司と豊弘はどうしたんだ?」
「半年前に、みんな家を出た。全員、理由も言わずにね」
宏は、鼻で笑った。
「もしかして、お前が来たのは俺に家を継いでくれと説得に来たのか?」
「違う。ただ、何も言わずに出ていった理由を聞きたかったんだよ」
「俺の理由は、親父と考え方が合わなかったから出ていった。それだけだ」
扉を閉めようとしたので、賢一が手で止めた。
「違うね」
「あ?」
「確かに親父は頑固だけど、ヒロ兄みたいに順序立てて話せば受け入れてくれた。なんか別の理由があるからでしょ?」
宏が舌打ちして、ダルそうに答えた。
「だったら何だよ」
「僕はヒロ兄が帰らない理由を聞いている。それを聞くまでは帰らないよ」
賢一の声がワントーン低くなるが、宏には全く効果がなかった。
「好きにすればいい。だが、俺は言う気はないぞ」
「何一つ?」
「何一つ」
「他の兄貴たちのことも?」
「知らねぇよ、あんな奴ら」
宏が賢一の胸をドンと押し出す。しかし効果は薄い。だが、宏も手段がないわけじゃなかった。
「血も繋がってないお前に話すことはない」
宏の冷たい一言を聞いた瞬間、賢一の力が抜けた。
バタンと扉が強く締まり、鍵も締まる。
順平は、ただ見ているだけしかできなかった。
