自宅に着いたのは、6時頃だった。
車を駐車場に止めて、2人で降りる。
朝焼けを背に、順平は緊張しながらインターフォンを押した。
「あれ?」
返事がない。
もう一度押してみる。
やはり返事がない。
ドアを開けようとするが、鍵がかかっていた。
「変だな。この時間は、父さんも母さんも起きているはずなんだが……」
「そういえば、順平のお母さんは役場勤めなのは聞いたけど、お父さんは何してる人なの?」
「漫画家だよ。ちょっと前に、『バスターワークス』ってバトル漫画を書いてた。今は専門学校の非常勤講師と漫画家を兼業していて、そこそこ稼いでる」
「多彩なんだね」
「ちなみに、他の誰にも言うなよ。サイン欲しがられると面倒だからさ」
順平は、玄関に置いてあったカエルの置物の下からカギを取り出し、玄関を開けた。
中に入り、居間に向かう。
「酷い光景だ」
かつて呟いた言葉だ。
両親と姉が床に転がって寝ていたのだ。転がっている瓶を見ると、鹿児島から送ってもらうように頼んだ焼酎だった。全員が、顔を赤くして、幸せそうに眠りこけている。
「はー……」
順平は、額に手を置いて、ため息をついた。賢一は、近くに落ちていたブランケットを皆にかけていく。
「ここに寝かせておいて大丈夫なの?」
「いつものことだから、気にしなくていい。この状態だと、昼過ぎまで絶対に起きない」
「何しても?」
「俺が自室で全力の絶叫をあげても反応しなかった。まぁ、そっちはいいから、こっちに来い」
順平は賢一を呼び、2階の自室に呼んだ。部屋の中は、ちょっと高めのパソコンがあることとゲームのフィギュアがある以外は、普通の男子高校生の部屋だった。順平は、旅行鞄を適当に置いた。
「とりあえず、ここが俺の部屋だ。狭いが好きに使ってくれ。基本、適当でいいから」
賢一は、辺りを見回す。
「良い部屋だね」
「在り来たりな部屋だろ」
順平がベッドに座ると、賢一が隣に座った。順平が横になると、賢一も横になった。お互いの目に、お互いの顔が映る。賢一が、柔らかく微笑んだ。
「このベット、2人で眠れるかな?」
「壊したら弁償しろよ」
「弁償すれば、壊してもいいの?」
順平は少し考え、言葉にする。
「今より丈夫なやつを買ってくれるならな」
*
賢一のスマートフォンに、留守電が2件入っていた。
留守伝の1件目は、庄司からだった。
「あれから調べようと実家に戻ったらさ、宏兄さんが居たんだよ。なんでいるんだって聞いたら、『ジャガイモ代金ぐらいは仕事する』って訳の分からんこと言ってたよ」
庄司のため息が聞こえた。
「で、肝心の親父なんだけど、ススキノで飲んでた時に知らん男たちに連れてかれたらしい。どうやら、誰にも内緒で闇金にまで手を出してたらしくてさ。かなりの額だったみたいで、それから行方知れず。残された母さんは、宏兄さんが債務整理して何とかするってさ。あぁ、卒業式はどうするのかは、宏兄さんと決めてくれよ。ボクはデートの約束があるからね」
音声が終わった。
留守伝の2件目は、宏からだった。
「農園をつぶすことになって、すまない。とりあえず俺は実家に戻って、暫くは母さんの面倒を見るよ。お前も卒業式前には、こっちに帰ってこい。これからの事を話そう」
音声が終わった。
*
卒業式を迎える前日に、賢一は自宅に帰った。そして、その日の夜に色々と報告を受けた。
賢一の父親は、庄司が探してみても行方不明のままだった。警察に捜索届けは出しているが、どうなるかは不明だそうだ。
賢一の母親は、農園を畳むことにした。そして家畜や備品や土地を売って借金を限りなくゼロの状態まで戻す方向に動いている。その後は海外に行きたいらしい。
賢一の実の母こと叔母は、「あらそう、大変だったわね」とだけ言っていたそうだ。投資家でもある宏の話では、叔母の夫の企業は黒い噂ばかりで、暴露されて、株価が暴落する日は近々だろうと睨んでいるそうだ。
宏は、農園の債務整理のために、暫く北海道に住むそうだ。終わり次第、あのアパートに戻るそうだ。
それ以外には報告はなかった。
卒業式の日は、雪が降っていた。
卒業式の練習なんて一切出てなかったが、前の人たちの動きを見よう見まねでやって、なんとかクリアした。クラスで教師たちと話し合いも、クラスメイト同士の話し合いも終わり、後は家に帰るだけとなった。親が迎えに来た人や電車などの時間で一人、また一人と教室から離れ、先生も打ち上げがあるからと出ていった。
順平は、最後まで教室に残っていた。
母と姉が来ていたが、先に帰ってもらった。
待っている人がいるからだ。
「おまたせ」
ニコニコした顔の男が、息を切らして教室に戻ってきた。順平は、ため息をついた。
「遅いぞ」
「ごめん、ごめん。宏兄さんが、神と崇めている漫画家のサイン会が東京であるから新千歳まで送ってくれって言われて、送ってったんだ」
「自分で勝手に行けばいいのに」
「親代わりとして卒業式出てくれた人に、それは言えないかな」
アハハと賢一は笑う。だが、順平はあることに気が付いた。
「もしかして、そのサイン会は六国壮太って人か?」
「それそれ。よく知ってるね」
「父さんのペンネームだよ。それで、うちの父さんは卒業式欠席」
「へぇ!神は身近にいるんだねぇ……」
順平は教室の窓を開けて、外を見た。
この風景も今日で見納めだからと記憶に焼き付けていく。
賢一も隣に座り、外を見ていた。午後の光に照らされた雪に覆われた校庭。凹凸もほとんどない雪景色だが、その光景から2人は目が離せなかった。順平が、ぽつりと呟く。
「親父さん、まだ見つかってなんだってな」
「うん。まぁ、ショウ兄から色々と証拠見せられちゃったし、お袋からも色々聞かされたから。もう、しょうがないかなーって」
「それでいいのか?」
賢一は天井を見て、ため息をついた。
「白黒つかないことも、世の中にはいっぱいある。むしろ、これは答えが大体分かっているから、自分の中では良い方かな」
深堀していけば、もっと多くの謎が出てくる。
しかし、永遠に見つからない答えだってあるのだ。
賢一はスッキリとした笑みをしていた。それならそれでいいと順平は、窓を閉めた。
「で、お前は結局どうなるんだ?」
「この後は、宏兄さんが住んでいた家に間借りさせてもらう。適当にバイトしながら、来年の大学受験を目指すよ」
「どこの大学?」
賢一が順平の耳元で大学名を述べた。
「俺と同じ大学じゃん」
「そういうこと。1年遅れだけど、よろしくね。先輩」
年齢を考えれば、既に1年先輩である。しかし、賢一の『先輩』という言葉に、妙な響きを感じた。賢一は、「それでさ」と話をつづけた。
「僕が20歳になったら、長期休みで一緒にスペインに行かない?」
「今度はお前の実の父親捜しか?」
「そう。まぁ、これは実の父親に何か聞きに行くんじゃなくて、どんな人なのか見ときたいなってだけ。観光ついでだし、2人で挨拶できたらいいなって」
賢一は照れていたが、順平は首を傾げた。
「2人で挨拶してどうするんだ?」
賢一が固まる。そして、両目からポロポロと涙を流していた。
「もしかして、僕たちの関係はここまでですか?!」
「いや、まぁ、その可能性もあるだろ。豊弘さんと義信さんみたいに、約束して別れることもさ」
豊弘と義信の関係は、どのような関係だったのかは分からない。しかし、相手の望みのために、自分の人生を犠牲にしてもいいと思える相手同士だったのだ。相当深い繋がりがあったのだろう。
順平は、あの旅行を通して、自分もそれぐらい賢一に捧げてもいいと思った。相手の幸せのために、自分はどうなってもいいと思えるほどにだ。
「じゃあ、このまま別れる?」
そう賢一に聞かれ、少し悩んだ。
家族以外の他の人が、賢一の隣の座席に座るのを想像してみた。
「それは、ちょっと嫌だな」
本音が漏れた。すると、賢一の涙が引っ込んで、いつものニコニコ顔になった。
「じゃあ、このまま続けるってことでいいかな?」
「そうだな。続けていくか」
お互いに見合い、手を繋ぐ。
これが、愛なのか恋なのか分からないけど、続けていきたいと思っているのは間違いない。
賢一は「じゃあ」と微笑んだ。
「今日は君からキスしてもらっていい?」
「なんでだよ」
「いつも僕からだからね。たまには、そちらからしてもいいんじゃない?」
そういえば、そうだったな。
試してみようと、背伸びして唇を重ねてみた。
うん、悪くない。
車を駐車場に止めて、2人で降りる。
朝焼けを背に、順平は緊張しながらインターフォンを押した。
「あれ?」
返事がない。
もう一度押してみる。
やはり返事がない。
ドアを開けようとするが、鍵がかかっていた。
「変だな。この時間は、父さんも母さんも起きているはずなんだが……」
「そういえば、順平のお母さんは役場勤めなのは聞いたけど、お父さんは何してる人なの?」
「漫画家だよ。ちょっと前に、『バスターワークス』ってバトル漫画を書いてた。今は専門学校の非常勤講師と漫画家を兼業していて、そこそこ稼いでる」
「多彩なんだね」
「ちなみに、他の誰にも言うなよ。サイン欲しがられると面倒だからさ」
順平は、玄関に置いてあったカエルの置物の下からカギを取り出し、玄関を開けた。
中に入り、居間に向かう。
「酷い光景だ」
かつて呟いた言葉だ。
両親と姉が床に転がって寝ていたのだ。転がっている瓶を見ると、鹿児島から送ってもらうように頼んだ焼酎だった。全員が、顔を赤くして、幸せそうに眠りこけている。
「はー……」
順平は、額に手を置いて、ため息をついた。賢一は、近くに落ちていたブランケットを皆にかけていく。
「ここに寝かせておいて大丈夫なの?」
「いつものことだから、気にしなくていい。この状態だと、昼過ぎまで絶対に起きない」
「何しても?」
「俺が自室で全力の絶叫をあげても反応しなかった。まぁ、そっちはいいから、こっちに来い」
順平は賢一を呼び、2階の自室に呼んだ。部屋の中は、ちょっと高めのパソコンがあることとゲームのフィギュアがある以外は、普通の男子高校生の部屋だった。順平は、旅行鞄を適当に置いた。
「とりあえず、ここが俺の部屋だ。狭いが好きに使ってくれ。基本、適当でいいから」
賢一は、辺りを見回す。
「良い部屋だね」
「在り来たりな部屋だろ」
順平がベッドに座ると、賢一が隣に座った。順平が横になると、賢一も横になった。お互いの目に、お互いの顔が映る。賢一が、柔らかく微笑んだ。
「このベット、2人で眠れるかな?」
「壊したら弁償しろよ」
「弁償すれば、壊してもいいの?」
順平は少し考え、言葉にする。
「今より丈夫なやつを買ってくれるならな」
*
賢一のスマートフォンに、留守電が2件入っていた。
留守伝の1件目は、庄司からだった。
「あれから調べようと実家に戻ったらさ、宏兄さんが居たんだよ。なんでいるんだって聞いたら、『ジャガイモ代金ぐらいは仕事する』って訳の分からんこと言ってたよ」
庄司のため息が聞こえた。
「で、肝心の親父なんだけど、ススキノで飲んでた時に知らん男たちに連れてかれたらしい。どうやら、誰にも内緒で闇金にまで手を出してたらしくてさ。かなりの額だったみたいで、それから行方知れず。残された母さんは、宏兄さんが債務整理して何とかするってさ。あぁ、卒業式はどうするのかは、宏兄さんと決めてくれよ。ボクはデートの約束があるからね」
音声が終わった。
留守伝の2件目は、宏からだった。
「農園をつぶすことになって、すまない。とりあえず俺は実家に戻って、暫くは母さんの面倒を見るよ。お前も卒業式前には、こっちに帰ってこい。これからの事を話そう」
音声が終わった。
*
卒業式を迎える前日に、賢一は自宅に帰った。そして、その日の夜に色々と報告を受けた。
賢一の父親は、庄司が探してみても行方不明のままだった。警察に捜索届けは出しているが、どうなるかは不明だそうだ。
賢一の母親は、農園を畳むことにした。そして家畜や備品や土地を売って借金を限りなくゼロの状態まで戻す方向に動いている。その後は海外に行きたいらしい。
賢一の実の母こと叔母は、「あらそう、大変だったわね」とだけ言っていたそうだ。投資家でもある宏の話では、叔母の夫の企業は黒い噂ばかりで、暴露されて、株価が暴落する日は近々だろうと睨んでいるそうだ。
宏は、農園の債務整理のために、暫く北海道に住むそうだ。終わり次第、あのアパートに戻るそうだ。
それ以外には報告はなかった。
卒業式の日は、雪が降っていた。
卒業式の練習なんて一切出てなかったが、前の人たちの動きを見よう見まねでやって、なんとかクリアした。クラスで教師たちと話し合いも、クラスメイト同士の話し合いも終わり、後は家に帰るだけとなった。親が迎えに来た人や電車などの時間で一人、また一人と教室から離れ、先生も打ち上げがあるからと出ていった。
順平は、最後まで教室に残っていた。
母と姉が来ていたが、先に帰ってもらった。
待っている人がいるからだ。
「おまたせ」
ニコニコした顔の男が、息を切らして教室に戻ってきた。順平は、ため息をついた。
「遅いぞ」
「ごめん、ごめん。宏兄さんが、神と崇めている漫画家のサイン会が東京であるから新千歳まで送ってくれって言われて、送ってったんだ」
「自分で勝手に行けばいいのに」
「親代わりとして卒業式出てくれた人に、それは言えないかな」
アハハと賢一は笑う。だが、順平はあることに気が付いた。
「もしかして、そのサイン会は六国壮太って人か?」
「それそれ。よく知ってるね」
「父さんのペンネームだよ。それで、うちの父さんは卒業式欠席」
「へぇ!神は身近にいるんだねぇ……」
順平は教室の窓を開けて、外を見た。
この風景も今日で見納めだからと記憶に焼き付けていく。
賢一も隣に座り、外を見ていた。午後の光に照らされた雪に覆われた校庭。凹凸もほとんどない雪景色だが、その光景から2人は目が離せなかった。順平が、ぽつりと呟く。
「親父さん、まだ見つかってなんだってな」
「うん。まぁ、ショウ兄から色々と証拠見せられちゃったし、お袋からも色々聞かされたから。もう、しょうがないかなーって」
「それでいいのか?」
賢一は天井を見て、ため息をついた。
「白黒つかないことも、世の中にはいっぱいある。むしろ、これは答えが大体分かっているから、自分の中では良い方かな」
深堀していけば、もっと多くの謎が出てくる。
しかし、永遠に見つからない答えだってあるのだ。
賢一はスッキリとした笑みをしていた。それならそれでいいと順平は、窓を閉めた。
「で、お前は結局どうなるんだ?」
「この後は、宏兄さんが住んでいた家に間借りさせてもらう。適当にバイトしながら、来年の大学受験を目指すよ」
「どこの大学?」
賢一が順平の耳元で大学名を述べた。
「俺と同じ大学じゃん」
「そういうこと。1年遅れだけど、よろしくね。先輩」
年齢を考えれば、既に1年先輩である。しかし、賢一の『先輩』という言葉に、妙な響きを感じた。賢一は、「それでさ」と話をつづけた。
「僕が20歳になったら、長期休みで一緒にスペインに行かない?」
「今度はお前の実の父親捜しか?」
「そう。まぁ、これは実の父親に何か聞きに行くんじゃなくて、どんな人なのか見ときたいなってだけ。観光ついでだし、2人で挨拶できたらいいなって」
賢一は照れていたが、順平は首を傾げた。
「2人で挨拶してどうするんだ?」
賢一が固まる。そして、両目からポロポロと涙を流していた。
「もしかして、僕たちの関係はここまでですか?!」
「いや、まぁ、その可能性もあるだろ。豊弘さんと義信さんみたいに、約束して別れることもさ」
豊弘と義信の関係は、どのような関係だったのかは分からない。しかし、相手の望みのために、自分の人生を犠牲にしてもいいと思える相手同士だったのだ。相当深い繋がりがあったのだろう。
順平は、あの旅行を通して、自分もそれぐらい賢一に捧げてもいいと思った。相手の幸せのために、自分はどうなってもいいと思えるほどにだ。
「じゃあ、このまま別れる?」
そう賢一に聞かれ、少し悩んだ。
家族以外の他の人が、賢一の隣の座席に座るのを想像してみた。
「それは、ちょっと嫌だな」
本音が漏れた。すると、賢一の涙が引っ込んで、いつものニコニコ顔になった。
「じゃあ、このまま続けるってことでいいかな?」
「そうだな。続けていくか」
お互いに見合い、手を繋ぐ。
これが、愛なのか恋なのか分からないけど、続けていきたいと思っているのは間違いない。
賢一は「じゃあ」と微笑んだ。
「今日は君からキスしてもらっていい?」
「なんでだよ」
「いつも僕からだからね。たまには、そちらからしてもいいんじゃない?」
そういえば、そうだったな。
試してみようと、背伸びして唇を重ねてみた。
うん、悪くない。
