前田家に帰ると、風呂が沸いてるとのことで順番に入った。風呂から出ると、豊弘に呼ばれて話の続きをした。でも順平との会話で学んだのか、口調は柔らかくなっていた。賢一は小さく頷き、受け止めていた。
「で、庄司に継がせようとしたのに、お前に継がせることになったのかという話だ」
「みんな出ていったからでしょ?」
ブブーと豊弘はバッテンを腕で作った。
「親父たちは、個人事業主を強制登記させて、不正受給を目論んでるんだよ」
「不正受給って、あのニュースでやってるやつ?」
「そうだ。しかも、農家の代表者をお前にしようとしている」
賢一が首を傾げた。
「でも個人事業主って、20歳にならないと無理じゃない?」
「いや、18歳で出来るんだ。その場合、親父が病気で働けないことにして、お前が個人事業主の開業届を出せば、農家の代表はお前になる。そこで親父たちが色んなところから給付金や融資を受けておけば、金が手に入るからな」
豊弘がソロバンを出して、借りられる金額を計算して教えた。学生も驚きの金額に、賢一と順平は「おぉー」と声を上げる。しかし、それは同時に融資の返済義務も発生する。当事者である賢一は、状況が把握できていない様子で手を上げる。
「不正受給は理解できたけど、どうして親父は僕を指名したの?」
「俺と宏は経営状態を詳しく知っているから、家を継ぐなんてしない。双子は、ストーカー被害で道外。だから親父は庄司に狙いを定めたが、高校1年の時に問題が発生した」
「ウシアレルギー」
「そうだ。家を継げないと分かったから、お前になった」
賢一は、拳を握る。信じられない気持ちが、まだ残っているようだった。「お袋が」と呟く。
「お袋が、そんなことするとは思えないけど……」
「昔ならな。今のお前の顔は、マルセロさんよりも、うちの親父に似てきた。だから、その案を受け入れたのかもな」
順平は「マルセロさんって、誰ですか?」と質問したかったが、聞ける空気じゃなかった。恐らくは、賢一の実の父親の名前だろう。すると、誰かのスマートフォンにメッセージが届いた音がした。豊弘は、ポケットからスマートフォンを取り出して、こちらに見せた。
メッセージの送り主は、庄司からだった。依頼を受理したと書かれていた。
「今は確証は取れないから、つい先ほど庄司に依頼した。明後日までには、何かしら見つけてくるとのことだ」
豊弘は椅子から立ち上がり、「賢一」と呼んだ。
「気が付くのが遅れて、すまない」
豊弘の謝罪に賢一は、首を横に振って否定した。
「もういいよ。でも出ていった理由は、教えてほしかったよ」
「そうしたかったが、当時のお前が全員の理由を受け入れられたか?」
賢一は、すぐに答えられなかった。
今まで見たことのない場所を旅をして、兄弟だけではなく、親切にしてくれた人や、そうじゃない人も見て、意見を聞いて、自分なりの答えを出した。そして、自分の世界が広がったから、兄たちの意見も受け入れられるのだろう。
「今だから、受け入れられたのかも」
賢一は、豊弘に賛同した。
北海道の外に出たからこそ、見えたものがある。
凛々しくなった緑色の目は、豊弘を真っすぐ見つめる。
「いい顔になったな」と、豊弘は賢一の背を軽く叩き、賢一は微笑む。
同性の兄弟が少し羨ましくなった順平だったが、5秒後には意見がひっくり返った。
「ついに賢一が、大人になった!今日は飲むか!」
豊弘が、どこかから酒瓶とコップ3つ出してきたのだ。
賢一と順平は、お互いを見合って、「いや、ダメでしょ」と否定する。
18歳が成人扱いにはなったが、飲酒は禁止されている。
逃げようとした瞬間、既に退路が断たれていた。
「逃さん!」
しかし、豊弘の大きな両腕が2人をホールドした。順平は脱出を早々に諦めていたが、賢一も抜け出せていない。スチール缶を指先でつぶす男が抜け出せないほどの力で抑え込めるなんて、化け物なのかと順平が見た時だった。
豊弘の拘束が緩み、後ろを振り返る。そこには、豊弘の首を桃花がチョークスリーパーで締め上げていたのだ。
「未成年に酒を飲ますっな!アホ!」
「ぐ、ぐっ、くるし……!」
豊弘はその場に倒れ、気絶した。脈はあるので、死んではいないようである。桃花は、オホホと笑っていた。
「すみませんね。ちょっと気が大きくなったみたいで。主人は回収しておきますから、お二人は、そちらの部屋で寝てくださいね」
桃花は、体格が2倍以上ある豊弘を肩に担いで、平然と2階へ上がっていった。残された賢一と順平は、お互いを見て、瞬きをする。
「僕たち、疲れるのかも?」
「そうだな」
お互いに「あれは夢だ」と言い聞かせるように、隣の部屋に敷かれた布団で眠りについた。
*
翌朝。賢一は、この後のことをどうすればいいかを豊弘に相談しようとした。
「庄司が明後日に報告くるらしいから、それまで好きにしてていい。ただし、金は自分で出すように。あと桃花に迷惑かけるなよ!」
そう言い残し、豊弘は仕事に行ってしまった。今の豊弘は酒造会社で働いているらしく、昨夜持っていた酒瓶は、自分の会社で作ったものとのことだった。残された賢一と順平は、とりあえず朝食で使った食器を洗うことにした。すると、ゴミ出しを終えた桃花と子供たちが家に帰ってきた。
「あら、2人ともお皿洗ってくれたの? ありがとうね」
子供たちは、居間に置かれた玩具で遊んでいる。賢一は「あの」と桃花に声をかけた。
「昨日聞きそびれたんですけど、兄とはどういう関係ですか?」
「あら、聞いてないの?」
賢一が頷くと、桃花は棚に置いてあった写真立てを賢一に渡した。高校生ぐらいの豊弘と同じく高校生ぐらいの青年が腕を組み合って笑っている写真だった。桃花は、青年を指さした。
「こっちが、うちの亡くなった前の主人の義信さん。豊弘さんとは、高校時代のお友達だったの」
桃花は、お茶を淹れながら話してくれた。
義信と豊弘は、北海道の農業高校で出会い、かなり仲が良かった。義信は酪農家を目指していたようだが、尊敬していた両親が土砂災害で亡くなり、鹿児島の酒造会社を継ぐことに決めた。そこで、桃花と出会い、結婚。子供も生まれ、家も購入し、順調に人並みの人生を歩んでいた。
「でも、2年ほど前に義信が心臓発作で亡くなったの」
保険金はすぐに下りるはずだったが、中々支払われず、桃花は貯金を切り崩しながら、何とか生活していた。しかし、子供の世話と法事と仕事と家事で、パンク寸前だった。そして半年前、豊弘が鹿児島に来て、出会い頭に言ったそうだ。
「『高校を卒業した時に約束したことを果たしに来た。子供たちも貴女も纏めて、自分が面倒を見る』ってね」
「それで、トヨ兄と結婚したんですか?」
「2か月前にね。友達からスタートして、色々と法律や手続きを教えてくれて、家のこともやってくれて、子供の面倒もしつけもちゃんとしてくれる。結婚していいなと思って、結婚したの。でも毎回、人に酒を勧めるのだけは玉に瑕だけどね」
結婚は、愛し合ってするものだと順平は思っていた。しかし、桃花は愛があっても恋愛というよりも友情に近い。それでも互いに大切に思っているのならば、それでいいのかもしれないと考えを改めた時だった。
「大きいおにいちゃん、おなまえは?」
女の子が賢一のズボンを引っ張って覗き込んだ。賢一はしゃがんで、子供の目線になった。
「僕は、賢一。こっちのお兄ちゃんは、順平だよ」
「ふーん」
名前を聞くと、早々に興味が失せたのか人形で遊び始めた。すると、今度は男の子のほうがやってきた。車のおもちゃのドアが開かないようだった。
「ママー、どあ、あかない!」
「僕がやってあげるよ」
ニコニコ顔の賢一が手を差し出すと、男の子は車を地面に落として、桃花の後ろに逃げた。賢一は、車のドアを開けて男の子に渡す。「あんがと」と舌足らずで小さな声の感謝の言葉が返ってきた。順平は、その一部始終を見て思った。
「お前、いい父親になりそうだよな」
賢一は、「えぇー?」と返した。桃花がくすくすと笑う。
「2人は、恋人とか好きな人とかいないの?」
2人は同時に首を振って否定した。
「じゃあ、結婚願望は?」
順平は少し考え、「いい人がいれば」と答えた。そもそも精神を病んでいる人と結婚したい奴なんていないだろうと順平は思ったからだ。それでもいいと受け入れる度量がある人じゃないと、一緒にやっていけないだろう。
「賢一君は、どうかな?」
賢一は、腕を組んで考える。
「僕も、いい人がいれば」
良い人は居そうな気がする。明るいし、前向きだし、励ましてくれる。ただ、食べる量は凄いし、変に強引だし、色々と大きいから、人を選びそうではあると順平は賢一の顔を見た。凄く整っているわけじゃないが、それなりに良い顔つきしてるよなと思っていた。
「なんか顔についてる?」
賢一に気づかれ、順平はなんて答えようかと考える。賢一の口元に、黒い液体を見つけた。「へっ」と順平は余裕の笑みが浮かんだ。
「さっき食ったカツサンドのソース」
「え、あ、本当だ」
賢一が手でこすって落とす。「ティッシュで拭け」と順平が言おうとした時、順平のスマートフォンの電話が鳴った。母からだった。子供たちの声が入ると色々と面倒そうだと、家の外に出た。
「ジュン、元気にしてた?」
京都以来の母の声だ。変わってないが、ホッとした。
「まぁね」
「それならいいわ。で、いつ帰ってくるの?」
「えっと、明後日に鹿児島を出るから、6日後?」
母親は、「ふーん」と返した。
「アンタ、卒業式が何日か分かってる?」
冷たい母親の口調に、順平は嫌な予感がしながらスマートフォンに入れた予定表アプリを表示させる。
3月3日の午前9時、卒業式。
今日は2月27日の午後15時、鹿児島。
のこり5日、ロスタイムなし。
「ヤバい!」
電話を切り、家に入って、順平は賢一を呼ぶ。
高校最後の旅の終わりが、ついに始まった。
「で、庄司に継がせようとしたのに、お前に継がせることになったのかという話だ」
「みんな出ていったからでしょ?」
ブブーと豊弘はバッテンを腕で作った。
「親父たちは、個人事業主を強制登記させて、不正受給を目論んでるんだよ」
「不正受給って、あのニュースでやってるやつ?」
「そうだ。しかも、農家の代表者をお前にしようとしている」
賢一が首を傾げた。
「でも個人事業主って、20歳にならないと無理じゃない?」
「いや、18歳で出来るんだ。その場合、親父が病気で働けないことにして、お前が個人事業主の開業届を出せば、農家の代表はお前になる。そこで親父たちが色んなところから給付金や融資を受けておけば、金が手に入るからな」
豊弘がソロバンを出して、借りられる金額を計算して教えた。学生も驚きの金額に、賢一と順平は「おぉー」と声を上げる。しかし、それは同時に融資の返済義務も発生する。当事者である賢一は、状況が把握できていない様子で手を上げる。
「不正受給は理解できたけど、どうして親父は僕を指名したの?」
「俺と宏は経営状態を詳しく知っているから、家を継ぐなんてしない。双子は、ストーカー被害で道外。だから親父は庄司に狙いを定めたが、高校1年の時に問題が発生した」
「ウシアレルギー」
「そうだ。家を継げないと分かったから、お前になった」
賢一は、拳を握る。信じられない気持ちが、まだ残っているようだった。「お袋が」と呟く。
「お袋が、そんなことするとは思えないけど……」
「昔ならな。今のお前の顔は、マルセロさんよりも、うちの親父に似てきた。だから、その案を受け入れたのかもな」
順平は「マルセロさんって、誰ですか?」と質問したかったが、聞ける空気じゃなかった。恐らくは、賢一の実の父親の名前だろう。すると、誰かのスマートフォンにメッセージが届いた音がした。豊弘は、ポケットからスマートフォンを取り出して、こちらに見せた。
メッセージの送り主は、庄司からだった。依頼を受理したと書かれていた。
「今は確証は取れないから、つい先ほど庄司に依頼した。明後日までには、何かしら見つけてくるとのことだ」
豊弘は椅子から立ち上がり、「賢一」と呼んだ。
「気が付くのが遅れて、すまない」
豊弘の謝罪に賢一は、首を横に振って否定した。
「もういいよ。でも出ていった理由は、教えてほしかったよ」
「そうしたかったが、当時のお前が全員の理由を受け入れられたか?」
賢一は、すぐに答えられなかった。
今まで見たことのない場所を旅をして、兄弟だけではなく、親切にしてくれた人や、そうじゃない人も見て、意見を聞いて、自分なりの答えを出した。そして、自分の世界が広がったから、兄たちの意見も受け入れられるのだろう。
「今だから、受け入れられたのかも」
賢一は、豊弘に賛同した。
北海道の外に出たからこそ、見えたものがある。
凛々しくなった緑色の目は、豊弘を真っすぐ見つめる。
「いい顔になったな」と、豊弘は賢一の背を軽く叩き、賢一は微笑む。
同性の兄弟が少し羨ましくなった順平だったが、5秒後には意見がひっくり返った。
「ついに賢一が、大人になった!今日は飲むか!」
豊弘が、どこかから酒瓶とコップ3つ出してきたのだ。
賢一と順平は、お互いを見合って、「いや、ダメでしょ」と否定する。
18歳が成人扱いにはなったが、飲酒は禁止されている。
逃げようとした瞬間、既に退路が断たれていた。
「逃さん!」
しかし、豊弘の大きな両腕が2人をホールドした。順平は脱出を早々に諦めていたが、賢一も抜け出せていない。スチール缶を指先でつぶす男が抜け出せないほどの力で抑え込めるなんて、化け物なのかと順平が見た時だった。
豊弘の拘束が緩み、後ろを振り返る。そこには、豊弘の首を桃花がチョークスリーパーで締め上げていたのだ。
「未成年に酒を飲ますっな!アホ!」
「ぐ、ぐっ、くるし……!」
豊弘はその場に倒れ、気絶した。脈はあるので、死んではいないようである。桃花は、オホホと笑っていた。
「すみませんね。ちょっと気が大きくなったみたいで。主人は回収しておきますから、お二人は、そちらの部屋で寝てくださいね」
桃花は、体格が2倍以上ある豊弘を肩に担いで、平然と2階へ上がっていった。残された賢一と順平は、お互いを見て、瞬きをする。
「僕たち、疲れるのかも?」
「そうだな」
お互いに「あれは夢だ」と言い聞かせるように、隣の部屋に敷かれた布団で眠りについた。
*
翌朝。賢一は、この後のことをどうすればいいかを豊弘に相談しようとした。
「庄司が明後日に報告くるらしいから、それまで好きにしてていい。ただし、金は自分で出すように。あと桃花に迷惑かけるなよ!」
そう言い残し、豊弘は仕事に行ってしまった。今の豊弘は酒造会社で働いているらしく、昨夜持っていた酒瓶は、自分の会社で作ったものとのことだった。残された賢一と順平は、とりあえず朝食で使った食器を洗うことにした。すると、ゴミ出しを終えた桃花と子供たちが家に帰ってきた。
「あら、2人ともお皿洗ってくれたの? ありがとうね」
子供たちは、居間に置かれた玩具で遊んでいる。賢一は「あの」と桃花に声をかけた。
「昨日聞きそびれたんですけど、兄とはどういう関係ですか?」
「あら、聞いてないの?」
賢一が頷くと、桃花は棚に置いてあった写真立てを賢一に渡した。高校生ぐらいの豊弘と同じく高校生ぐらいの青年が腕を組み合って笑っている写真だった。桃花は、青年を指さした。
「こっちが、うちの亡くなった前の主人の義信さん。豊弘さんとは、高校時代のお友達だったの」
桃花は、お茶を淹れながら話してくれた。
義信と豊弘は、北海道の農業高校で出会い、かなり仲が良かった。義信は酪農家を目指していたようだが、尊敬していた両親が土砂災害で亡くなり、鹿児島の酒造会社を継ぐことに決めた。そこで、桃花と出会い、結婚。子供も生まれ、家も購入し、順調に人並みの人生を歩んでいた。
「でも、2年ほど前に義信が心臓発作で亡くなったの」
保険金はすぐに下りるはずだったが、中々支払われず、桃花は貯金を切り崩しながら、何とか生活していた。しかし、子供の世話と法事と仕事と家事で、パンク寸前だった。そして半年前、豊弘が鹿児島に来て、出会い頭に言ったそうだ。
「『高校を卒業した時に約束したことを果たしに来た。子供たちも貴女も纏めて、自分が面倒を見る』ってね」
「それで、トヨ兄と結婚したんですか?」
「2か月前にね。友達からスタートして、色々と法律や手続きを教えてくれて、家のこともやってくれて、子供の面倒もしつけもちゃんとしてくれる。結婚していいなと思って、結婚したの。でも毎回、人に酒を勧めるのだけは玉に瑕だけどね」
結婚は、愛し合ってするものだと順平は思っていた。しかし、桃花は愛があっても恋愛というよりも友情に近い。それでも互いに大切に思っているのならば、それでいいのかもしれないと考えを改めた時だった。
「大きいおにいちゃん、おなまえは?」
女の子が賢一のズボンを引っ張って覗き込んだ。賢一はしゃがんで、子供の目線になった。
「僕は、賢一。こっちのお兄ちゃんは、順平だよ」
「ふーん」
名前を聞くと、早々に興味が失せたのか人形で遊び始めた。すると、今度は男の子のほうがやってきた。車のおもちゃのドアが開かないようだった。
「ママー、どあ、あかない!」
「僕がやってあげるよ」
ニコニコ顔の賢一が手を差し出すと、男の子は車を地面に落として、桃花の後ろに逃げた。賢一は、車のドアを開けて男の子に渡す。「あんがと」と舌足らずで小さな声の感謝の言葉が返ってきた。順平は、その一部始終を見て思った。
「お前、いい父親になりそうだよな」
賢一は、「えぇー?」と返した。桃花がくすくすと笑う。
「2人は、恋人とか好きな人とかいないの?」
2人は同時に首を振って否定した。
「じゃあ、結婚願望は?」
順平は少し考え、「いい人がいれば」と答えた。そもそも精神を病んでいる人と結婚したい奴なんていないだろうと順平は思ったからだ。それでもいいと受け入れる度量がある人じゃないと、一緒にやっていけないだろう。
「賢一君は、どうかな?」
賢一は、腕を組んで考える。
「僕も、いい人がいれば」
良い人は居そうな気がする。明るいし、前向きだし、励ましてくれる。ただ、食べる量は凄いし、変に強引だし、色々と大きいから、人を選びそうではあると順平は賢一の顔を見た。凄く整っているわけじゃないが、それなりに良い顔つきしてるよなと思っていた。
「なんか顔についてる?」
賢一に気づかれ、順平はなんて答えようかと考える。賢一の口元に、黒い液体を見つけた。「へっ」と順平は余裕の笑みが浮かんだ。
「さっき食ったカツサンドのソース」
「え、あ、本当だ」
賢一が手でこすって落とす。「ティッシュで拭け」と順平が言おうとした時、順平のスマートフォンの電話が鳴った。母からだった。子供たちの声が入ると色々と面倒そうだと、家の外に出た。
「ジュン、元気にしてた?」
京都以来の母の声だ。変わってないが、ホッとした。
「まぁね」
「それならいいわ。で、いつ帰ってくるの?」
「えっと、明後日に鹿児島を出るから、6日後?」
母親は、「ふーん」と返した。
「アンタ、卒業式が何日か分かってる?」
冷たい母親の口調に、順平は嫌な予感がしながらスマートフォンに入れた予定表アプリを表示させる。
3月3日の午前9時、卒業式。
今日は2月27日の午後15時、鹿児島。
のこり5日、ロスタイムなし。
「ヤバい!」
電話を切り、家に入って、順平は賢一を呼ぶ。
高校最後の旅の終わりが、ついに始まった。
