三崎港でフェリーに乗り込み、1時間ほどで佐賀関に着いた。
お昼は佐賀関の食堂で、賢一は関サバと関アジの丼と、ごぼ天うどん、それとチキン南蛮バーガーを食べた。順平はひゅうが丼というマグロを醤油・砂糖・すりごま・卵黄で合わせた料理を食べた。美味しいには美味しいのだが、今日は時間が押している。2人ともかき込んで食べ終えた。
臼杵から高速道路に乗り、東九州自動車道をひたすら南下する。大分の日田焼きそばや、ごまだしうどん、宮崎のチキン南蛮や地鶏の炭火焼きなどに賢一は後ろ髪を引かれているが、そんな余裕がない。トイレ休憩以外は、ノンストップで走り続ける。どうして、そんなに急いでいるのかというと、到着予定時刻が19時半だからだ。もし、宏の時のように話せなかった場合、移動やら店探しやらで20時を超える。たとえ会えたとしても、話し込んで食事処が閉まったという場合もある。それならば、チェーン店にいけばいいのだが……
「そういう時のトヨ兄は、ご飯作ってくれるんだ」
「へぇー、いい兄貴じゃん」
「でも、トヨ兄のご飯、本当に美味しくないから嫌なんだよ!脂ギトギトのテールスープ!アルファルファと牛肉とミントシロップ炒め!灰色になったカレーうどん!」
聞いているだけで食欲が失せる。賢一は血眼で運転していた。
その努力のお陰か、19時頃に目的地である鹿児島県の霧島市にたどり着いた。カーナビの案内のまま進むが、どんどんと山の方へ向かっている。
薄暗い中の山道は、北海道で慣れているとはいえ、何が飛び出してくるか分からない。用心しながら進んでいくと、カーナビの案内が止まった。
「え、ここ?」
瓦屋根ばかりある中で、一つだけ新築の家があった。表札をみると、「前田」と書かれていた。すると玄関が開き、エプロンをつけた30代ぐらいの女性が出てきた。左手薬指の指輪が光る。
「もしかして貴方が賢一君?」
「え、あ、はい!」
「車、家の前に止めちゃっていいから。あとご飯できてるわよ」
何が何だかわからず、女性の言われるがまま車を止める。中に入ると、大人の靴だけじゃなくて、子供の靴もあった。どういうことだと2人は思いながら中に入る。女性は、「料理がすぐにできるから、そこに座って」と、皿と箸が用意されたテーブルに案内する。居心地の悪さを感じながら座って待っていると、奥から「出たぞー」と男性の声が聞こえた。ドタドタと小さいものが2人分走ってくる音がした。パジャマを着た3歳ぐらいの子供2人が廊下から顔を出した。
「誰!?」
「それはこちらのセリフだ」と順平は言いたくなった。賢一も、何が何だか受け入れられず、いつものニコニコ顔がハニワのように呆けている。子供たちが母親のところに向かうと、ノシノシと大きな人間が近づいてきた。190センチほどありそうな大きな体で、タオルをかぶっていて顔は見えず、銀の指輪がついたネックレスを身に着けている。不気味な男に順平が身構えていると、男はこちらに気が付いて、「おぉ!」と声を上げる。タオルを取ると、賢一に非常に似た面立ちの男性が笑顔を浮かべた。
「賢一、元気だったか」
「トヨ兄!あの、この、その、これどういうこと!?」
「まぁ話すと長くなる。まずは飯だ!桃花、準備は大丈夫か?」
「えぇ!ドント来いよ!!黒豚トンカツ祭り、開・催!」
桃花が出した料理は、揚げたてのトンカツである。美味しそうだと賢一は生唾を飲む。
順平も美味しそうではあるが、カツが2枚もあることに疑問を覚えた。「何で二枚?」と聞こうとしたら、豊弘と賢一は「いただきます!」とガツガツと食べ始め、あっという間にカツが消えた。
豊弘は、子供たちにもご飯をあげているのに、賢一と変わらぬスピードをしている。凄い二人だと思いながらも、順平は自分のスピードで食べ進めた。揚げたてのカツはジューシーで、肉も柔らかくて美味しい。賢一を見ると、ご飯とサラダとトンカツをお代わりしているが、次々と消えていく。そんな二人に、桃花も負けじと作り上げていく。最後の豚肉を上げ終わった時、賢一も「お腹いっぱい」とご馳走様のあいさつをした。桃花が「勝った」と勝利の雄たけびを上げる。
「やったな、桃花」
「えぇ」
豊弘と桃花は、拳を突き合わせる。仲がいい夫婦だ。しかし順平は、自分の親とは違う何かを感じた。
食べ終わり、居間で遊んでいた子供たちはうつらうつらと眠りはじめていた。桃花が「子供たちを寝かしつけてくる」と子供たちを連れて、2階に上がった。豊弘がお茶を入れ、賢一と順平に出した。
「で、賢一。兄たちに会ってきた感想は、どうだった?」
「どうだったって……いや、最後のトヨ兄から理由を聞けてないんだけど」
「あぁ、そうか。家を出ていった理由を聞きに来たんだったな」
豊弘はお茶を飲み、腕を組んで、大きな声を出した。
「自分は、あの農園を潰したかったからだ!」
キッパリとした爆弾言葉に、賢一と順平は開いた口がふさがらなかった。
*
豊弘は、2人が落ち着いたところで話をつづけた。
「そもそも、現代の農家の平均年収は300万から400万。うちは北海道だから土地があるからそれ以上の年収も期待できるが、うちの農園はそれに満たない。ハッキリ言って、先が短いだろう」
賢一は、事実を淡々と話す豊弘に何とか食いつこうとする。
「だから兄弟で支え合うものだと僕は思ったんだよ」
「自分もそう思ったさ。しかし、宏から聞かされたんだ。このままだと、自分たちでさえ食っていけなくなるとね」
宏の話では、飼料の高騰や天災の影響もあって、ほぼ赤字状態とのことだった。そこを宏の株の投資で補填しているが、いつまでも補填し続けられるわけがない。
「だから、親父に言ったんだ。『経営方針を変えるか、何か新しいものに着手しないか?』とね。しかし、親父はこのままでいいと言い続けた。カルメロ爺さん……スペイン人の祖父が築いた栄光に縋りつきたいのは分かるが、黄金の船も穴が開いてしまえば沈没船さ」
賢一は、俯いたまま拳を握っていた。豊弘はため息をついた。
「賢一、お前が農園を守りたいのは分かる。でも、叔母さんは、もう随分前に農園への援助を打ち切っただろう」
「毎年、うちにくるのに?」
「うちに泊らずに、毎年札幌の高級ホテルに泊ってるじゃないか。農園だって、親父たちに野菜や牛乳貰ったら、綺麗な洋服が汚れるからって、すぐ帰ってるだけだろ」
反論できないのだろう。賢一から笑顔が消え、俯いたままだった。静かに立ち上がった。
「……ちょっと頭を冷やしてくる」
か細い声の賢一は、外に出ていこうとしたので、順平も後を追おうとした。
「追うな!」
豊弘の大声で、順平の足が止まる。
「一人にしてやれ」
何も起きてないかのように、豊弘はお茶を飲んでいる。順平は怒りに震えた。
「なんで、そんな酷いことを言えるんですか?」
「酷いことじゃない。事実だ」
「そうだとしても、アイツは家族が好きなんですよ!貴方たち兄弟だけじゃなく、両親も叔母さんも、兄たちも、みんな好きなんですよ!だから、こうして貴方に会いに来たんですよ!」
「別に来てくれたことは嬉しいさ。でも、親父たちを見限らないと、自分は何もしてやれないって言ってるだけだよ」
豊弘は棚から菓子を探し、羊羹をナイフで薄く切って口に入れた。
「そもそもあんな両親と叔母も大好きなのがおかしいんだよ。アイツらは人を人だと思っていない。自分と宏は、平均年収並に給料をもらっていたが、幸助と大樹はその半分。賢一は、お袋の小遣いから貰っていたが、庄司は中学生の小遣いにも満たない程度。じゃあ、親父はいくらもらっていたと思う?」
順平は、黙って豊弘を見つめていた。答えないと分かったのか、豊弘は指で3を示した。
「俺たちの3倍だ。それを、20年も前から全額ススキノにいる若い女につぎ込んでやがるんだ。反吐が出そうだ。母親も嫌になって、若いスペイン人に恋するのも無理もない話だろうだが、褒められたもんじゃないな」
豊弘は、お茶をすすり一息ついた。確かに聞いている限りでは酷い親だが、順平は軽蔑の眼差しを向けていた。
「自分の家族のこと、よくそこまで馬鹿にできますね」
「それは君の家族が、良い人だからだよ。自分は、賢一を引き取った時点で親父を見限っていた」
「賢一のこと嫌いなんですか?」
「いいや、好きだよ。兄弟の中で一番素直で、愛嬌がある。お袋は、恋した男の子供だから特に可愛がってたよ。親父も最初は可愛がってたが、経営難と叔母に援助切られた時ぐらいから、興味示さなくなったけどな」
豊弘は羊羹を薄く切って順平に差し出すが、手を出さないことが分かり、自分で食べた。
「兄弟たちも感づいていたんだよ。いつか家から出ないといけないとな」
「じゃあ、どうして一斉に出ていったんですか?」
「親父たちの目を覚ますためだよ。自分たちがいなくなったら、どうなるのかを見せるためにな。最後の親孝行ってやつだ。ハハッ!」
笑っていた豊弘だが、何か思ったのか徐々に笑みが消えていった。目を伏せて、お茶に映る自分の顔を見ていた。
「本当は、賢一も連れていくべきだっただろう。でも、アイツは学校が好きだったし、母親が面倒見てるから、何も心配はないと思った。念のためにと庄司に頼んで、俺たちの居場所を書いた手帳を残したんだ。しかし、まさかアイツが跡継ぎにされ……」
豊弘が唐突に止まる。何か思いついたのか空中で何かを書いて、ぶつぶつと口にする。
「いや、親父は血縁者を、庄司を跡取りにさせたかったはずだ。どうして賢一になった?」
豊弘はメモ帳とペンを取り出し、ガリガリと書いていく。汚い字だが、彼は気にせずに次々と書いていく。すると何かわかったのか、スマートフォンを取り出して誰かに電話をかける。電話で相手を呼び出している最中に、順平を手で呼んだ。
「すまないが、えっと君の名前は?」
「順平です。福内順平」
そういえば、自己紹介してなかったなと順平は思った。豊弘は、指で額を小突きながら「順平、順平」と何度か繰り返して、覚えた!と言わんばかりに目を大きく開いた。
「順平君。悪いが、賢一を呼んできてくれないか?」
「……いいですけど、一体何が?」
「ちょっとしたトラブルだ。まだ間に合うから安心してくれ」
電話がつながり、「庄司、悪いんだがちょっと調べてくれないか」と話し始めた。順平は靴を履いて、外に出る。賢一に電話をかけてみたが、繋がらなかった。ではどうするかというと、当てのない夜道を歩くしかない。街灯はないので、スマートフォンの明かりを照らしながら夜道を歩く。
「おーい、賢一!」
夜道はどこも変わらないが、北海道とは違った生暖かい風が吹く。おーいと風に乗せて叫ぶが、返事はない。それでも叫び続けなければならない。すると、家からおじいさんが出てきた。
「ないかあったと?」
「あの、俺と同じぐらいの年の男、見ませんでした?」
「見ちょらんなぁ。でけ男なら見たばっ」
方言がきつすぎて分からない。
「見た?見てない?」
「見た。あっちで一人で丸まっちょっはずじゃ」
おじいさんが指さした方は、人気のないところだった。
「ありがとうございます」
「気を付けてな。最近は物騒な動物や人間がよかひこおっでな。細かあたじゃと、襲われてしまうじゃ」
ハイパー薩摩弁すぎて順平は戸惑ったが、『物騒な動物と人が多いから襲われないように気をつけろ』ということは何となく理解した。草木をかき分け、歩みを進めると川の近くで大きな男が石を投げて、水切りして遊んでいる。「おい、賢一!」と叫ぶと、賢一は振り返った。
「帰るぞ!お前の兄貴が呼んでる!」
「まだ頭冷えてない」
「そうか。でも、俺の体が冷える」
順平が手を差し出すと、賢一は迷いなく握った。
「冷たい」
「だろ。俺寒いから、帰りたいんだよ」
しかし、賢一は石を投げる。拗ねてる姉を思い出した順平は、平たい石を持って投げる。2回水面をはじいて、川に沈んだ。
「俺、お前がいっつもニコニコしてた理由、ちょっと分かったかも」
「そうなの?」
「愛想よくしてないと、誰も見てくれなかったんだろ?」
賢一は石投げを一瞬止めたが、もう一度投げる。4回はじいた。
「自分でも分からないんだ。でも、笑顔を向けると、笑顔で返してくれるから、そうしたのかも」
「笑顔が辛いか?」
「昔は辛かったのかもしれないけど、今はなんか慣れちゃったよ」
「俺も笑顔の特訓すれば、お前みたいな太陽の笑顔ができるかも、な!」
順平は思いっきり腕を振って、石を投げた。7回はじいて、水に落ちた。しかし本気を出しすぎたのか、腕が突っ張った感じになった。
「腕が痛い」
「帰ろうか?」
「そうだな」
賢一を迎えに来たはずなのに、賢一から帰ろうと提案されてしまった。
春を感じる夜道を2人で歩いて帰った。
お昼は佐賀関の食堂で、賢一は関サバと関アジの丼と、ごぼ天うどん、それとチキン南蛮バーガーを食べた。順平はひゅうが丼というマグロを醤油・砂糖・すりごま・卵黄で合わせた料理を食べた。美味しいには美味しいのだが、今日は時間が押している。2人ともかき込んで食べ終えた。
臼杵から高速道路に乗り、東九州自動車道をひたすら南下する。大分の日田焼きそばや、ごまだしうどん、宮崎のチキン南蛮や地鶏の炭火焼きなどに賢一は後ろ髪を引かれているが、そんな余裕がない。トイレ休憩以外は、ノンストップで走り続ける。どうして、そんなに急いでいるのかというと、到着予定時刻が19時半だからだ。もし、宏の時のように話せなかった場合、移動やら店探しやらで20時を超える。たとえ会えたとしても、話し込んで食事処が閉まったという場合もある。それならば、チェーン店にいけばいいのだが……
「そういう時のトヨ兄は、ご飯作ってくれるんだ」
「へぇー、いい兄貴じゃん」
「でも、トヨ兄のご飯、本当に美味しくないから嫌なんだよ!脂ギトギトのテールスープ!アルファルファと牛肉とミントシロップ炒め!灰色になったカレーうどん!」
聞いているだけで食欲が失せる。賢一は血眼で運転していた。
その努力のお陰か、19時頃に目的地である鹿児島県の霧島市にたどり着いた。カーナビの案内のまま進むが、どんどんと山の方へ向かっている。
薄暗い中の山道は、北海道で慣れているとはいえ、何が飛び出してくるか分からない。用心しながら進んでいくと、カーナビの案内が止まった。
「え、ここ?」
瓦屋根ばかりある中で、一つだけ新築の家があった。表札をみると、「前田」と書かれていた。すると玄関が開き、エプロンをつけた30代ぐらいの女性が出てきた。左手薬指の指輪が光る。
「もしかして貴方が賢一君?」
「え、あ、はい!」
「車、家の前に止めちゃっていいから。あとご飯できてるわよ」
何が何だかわからず、女性の言われるがまま車を止める。中に入ると、大人の靴だけじゃなくて、子供の靴もあった。どういうことだと2人は思いながら中に入る。女性は、「料理がすぐにできるから、そこに座って」と、皿と箸が用意されたテーブルに案内する。居心地の悪さを感じながら座って待っていると、奥から「出たぞー」と男性の声が聞こえた。ドタドタと小さいものが2人分走ってくる音がした。パジャマを着た3歳ぐらいの子供2人が廊下から顔を出した。
「誰!?」
「それはこちらのセリフだ」と順平は言いたくなった。賢一も、何が何だか受け入れられず、いつものニコニコ顔がハニワのように呆けている。子供たちが母親のところに向かうと、ノシノシと大きな人間が近づいてきた。190センチほどありそうな大きな体で、タオルをかぶっていて顔は見えず、銀の指輪がついたネックレスを身に着けている。不気味な男に順平が身構えていると、男はこちらに気が付いて、「おぉ!」と声を上げる。タオルを取ると、賢一に非常に似た面立ちの男性が笑顔を浮かべた。
「賢一、元気だったか」
「トヨ兄!あの、この、その、これどういうこと!?」
「まぁ話すと長くなる。まずは飯だ!桃花、準備は大丈夫か?」
「えぇ!ドント来いよ!!黒豚トンカツ祭り、開・催!」
桃花が出した料理は、揚げたてのトンカツである。美味しそうだと賢一は生唾を飲む。
順平も美味しそうではあるが、カツが2枚もあることに疑問を覚えた。「何で二枚?」と聞こうとしたら、豊弘と賢一は「いただきます!」とガツガツと食べ始め、あっという間にカツが消えた。
豊弘は、子供たちにもご飯をあげているのに、賢一と変わらぬスピードをしている。凄い二人だと思いながらも、順平は自分のスピードで食べ進めた。揚げたてのカツはジューシーで、肉も柔らかくて美味しい。賢一を見ると、ご飯とサラダとトンカツをお代わりしているが、次々と消えていく。そんな二人に、桃花も負けじと作り上げていく。最後の豚肉を上げ終わった時、賢一も「お腹いっぱい」とご馳走様のあいさつをした。桃花が「勝った」と勝利の雄たけびを上げる。
「やったな、桃花」
「えぇ」
豊弘と桃花は、拳を突き合わせる。仲がいい夫婦だ。しかし順平は、自分の親とは違う何かを感じた。
食べ終わり、居間で遊んでいた子供たちはうつらうつらと眠りはじめていた。桃花が「子供たちを寝かしつけてくる」と子供たちを連れて、2階に上がった。豊弘がお茶を入れ、賢一と順平に出した。
「で、賢一。兄たちに会ってきた感想は、どうだった?」
「どうだったって……いや、最後のトヨ兄から理由を聞けてないんだけど」
「あぁ、そうか。家を出ていった理由を聞きに来たんだったな」
豊弘はお茶を飲み、腕を組んで、大きな声を出した。
「自分は、あの農園を潰したかったからだ!」
キッパリとした爆弾言葉に、賢一と順平は開いた口がふさがらなかった。
*
豊弘は、2人が落ち着いたところで話をつづけた。
「そもそも、現代の農家の平均年収は300万から400万。うちは北海道だから土地があるからそれ以上の年収も期待できるが、うちの農園はそれに満たない。ハッキリ言って、先が短いだろう」
賢一は、事実を淡々と話す豊弘に何とか食いつこうとする。
「だから兄弟で支え合うものだと僕は思ったんだよ」
「自分もそう思ったさ。しかし、宏から聞かされたんだ。このままだと、自分たちでさえ食っていけなくなるとね」
宏の話では、飼料の高騰や天災の影響もあって、ほぼ赤字状態とのことだった。そこを宏の株の投資で補填しているが、いつまでも補填し続けられるわけがない。
「だから、親父に言ったんだ。『経営方針を変えるか、何か新しいものに着手しないか?』とね。しかし、親父はこのままでいいと言い続けた。カルメロ爺さん……スペイン人の祖父が築いた栄光に縋りつきたいのは分かるが、黄金の船も穴が開いてしまえば沈没船さ」
賢一は、俯いたまま拳を握っていた。豊弘はため息をついた。
「賢一、お前が農園を守りたいのは分かる。でも、叔母さんは、もう随分前に農園への援助を打ち切っただろう」
「毎年、うちにくるのに?」
「うちに泊らずに、毎年札幌の高級ホテルに泊ってるじゃないか。農園だって、親父たちに野菜や牛乳貰ったら、綺麗な洋服が汚れるからって、すぐ帰ってるだけだろ」
反論できないのだろう。賢一から笑顔が消え、俯いたままだった。静かに立ち上がった。
「……ちょっと頭を冷やしてくる」
か細い声の賢一は、外に出ていこうとしたので、順平も後を追おうとした。
「追うな!」
豊弘の大声で、順平の足が止まる。
「一人にしてやれ」
何も起きてないかのように、豊弘はお茶を飲んでいる。順平は怒りに震えた。
「なんで、そんな酷いことを言えるんですか?」
「酷いことじゃない。事実だ」
「そうだとしても、アイツは家族が好きなんですよ!貴方たち兄弟だけじゃなく、両親も叔母さんも、兄たちも、みんな好きなんですよ!だから、こうして貴方に会いに来たんですよ!」
「別に来てくれたことは嬉しいさ。でも、親父たちを見限らないと、自分は何もしてやれないって言ってるだけだよ」
豊弘は棚から菓子を探し、羊羹をナイフで薄く切って口に入れた。
「そもそもあんな両親と叔母も大好きなのがおかしいんだよ。アイツらは人を人だと思っていない。自分と宏は、平均年収並に給料をもらっていたが、幸助と大樹はその半分。賢一は、お袋の小遣いから貰っていたが、庄司は中学生の小遣いにも満たない程度。じゃあ、親父はいくらもらっていたと思う?」
順平は、黙って豊弘を見つめていた。答えないと分かったのか、豊弘は指で3を示した。
「俺たちの3倍だ。それを、20年も前から全額ススキノにいる若い女につぎ込んでやがるんだ。反吐が出そうだ。母親も嫌になって、若いスペイン人に恋するのも無理もない話だろうだが、褒められたもんじゃないな」
豊弘は、お茶をすすり一息ついた。確かに聞いている限りでは酷い親だが、順平は軽蔑の眼差しを向けていた。
「自分の家族のこと、よくそこまで馬鹿にできますね」
「それは君の家族が、良い人だからだよ。自分は、賢一を引き取った時点で親父を見限っていた」
「賢一のこと嫌いなんですか?」
「いいや、好きだよ。兄弟の中で一番素直で、愛嬌がある。お袋は、恋した男の子供だから特に可愛がってたよ。親父も最初は可愛がってたが、経営難と叔母に援助切られた時ぐらいから、興味示さなくなったけどな」
豊弘は羊羹を薄く切って順平に差し出すが、手を出さないことが分かり、自分で食べた。
「兄弟たちも感づいていたんだよ。いつか家から出ないといけないとな」
「じゃあ、どうして一斉に出ていったんですか?」
「親父たちの目を覚ますためだよ。自分たちがいなくなったら、どうなるのかを見せるためにな。最後の親孝行ってやつだ。ハハッ!」
笑っていた豊弘だが、何か思ったのか徐々に笑みが消えていった。目を伏せて、お茶に映る自分の顔を見ていた。
「本当は、賢一も連れていくべきだっただろう。でも、アイツは学校が好きだったし、母親が面倒見てるから、何も心配はないと思った。念のためにと庄司に頼んで、俺たちの居場所を書いた手帳を残したんだ。しかし、まさかアイツが跡継ぎにされ……」
豊弘が唐突に止まる。何か思いついたのか空中で何かを書いて、ぶつぶつと口にする。
「いや、親父は血縁者を、庄司を跡取りにさせたかったはずだ。どうして賢一になった?」
豊弘はメモ帳とペンを取り出し、ガリガリと書いていく。汚い字だが、彼は気にせずに次々と書いていく。すると何かわかったのか、スマートフォンを取り出して誰かに電話をかける。電話で相手を呼び出している最中に、順平を手で呼んだ。
「すまないが、えっと君の名前は?」
「順平です。福内順平」
そういえば、自己紹介してなかったなと順平は思った。豊弘は、指で額を小突きながら「順平、順平」と何度か繰り返して、覚えた!と言わんばかりに目を大きく開いた。
「順平君。悪いが、賢一を呼んできてくれないか?」
「……いいですけど、一体何が?」
「ちょっとしたトラブルだ。まだ間に合うから安心してくれ」
電話がつながり、「庄司、悪いんだがちょっと調べてくれないか」と話し始めた。順平は靴を履いて、外に出る。賢一に電話をかけてみたが、繋がらなかった。ではどうするかというと、当てのない夜道を歩くしかない。街灯はないので、スマートフォンの明かりを照らしながら夜道を歩く。
「おーい、賢一!」
夜道はどこも変わらないが、北海道とは違った生暖かい風が吹く。おーいと風に乗せて叫ぶが、返事はない。それでも叫び続けなければならない。すると、家からおじいさんが出てきた。
「ないかあったと?」
「あの、俺と同じぐらいの年の男、見ませんでした?」
「見ちょらんなぁ。でけ男なら見たばっ」
方言がきつすぎて分からない。
「見た?見てない?」
「見た。あっちで一人で丸まっちょっはずじゃ」
おじいさんが指さした方は、人気のないところだった。
「ありがとうございます」
「気を付けてな。最近は物騒な動物や人間がよかひこおっでな。細かあたじゃと、襲われてしまうじゃ」
ハイパー薩摩弁すぎて順平は戸惑ったが、『物騒な動物と人が多いから襲われないように気をつけろ』ということは何となく理解した。草木をかき分け、歩みを進めると川の近くで大きな男が石を投げて、水切りして遊んでいる。「おい、賢一!」と叫ぶと、賢一は振り返った。
「帰るぞ!お前の兄貴が呼んでる!」
「まだ頭冷えてない」
「そうか。でも、俺の体が冷える」
順平が手を差し出すと、賢一は迷いなく握った。
「冷たい」
「だろ。俺寒いから、帰りたいんだよ」
しかし、賢一は石を投げる。拗ねてる姉を思い出した順平は、平たい石を持って投げる。2回水面をはじいて、川に沈んだ。
「俺、お前がいっつもニコニコしてた理由、ちょっと分かったかも」
「そうなの?」
「愛想よくしてないと、誰も見てくれなかったんだろ?」
賢一は石投げを一瞬止めたが、もう一度投げる。4回はじいた。
「自分でも分からないんだ。でも、笑顔を向けると、笑顔で返してくれるから、そうしたのかも」
「笑顔が辛いか?」
「昔は辛かったのかもしれないけど、今はなんか慣れちゃったよ」
「俺も笑顔の特訓すれば、お前みたいな太陽の笑顔ができるかも、な!」
順平は思いっきり腕を振って、石を投げた。7回はじいて、水に落ちた。しかし本気を出しすぎたのか、腕が突っ張った感じになった。
「腕が痛い」
「帰ろうか?」
「そうだな」
賢一を迎えに来たはずなのに、賢一から帰ろうと提案されてしまった。
春を感じる夜道を2人で歩いて帰った。
