ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

『お前って、経験豊富な陽キャじゃん?』
『そうだな。経験豊富な陽キャだな』

『そんな友人のお前に、相談があるんだけど』
『何について?』
『空から女の子が降ってきた件について』
『は?』
『だから、空から女の子が降ってきたんだよ!』
『……マジな顔じゃん』
『マジだって。なぁ、お前だったら、どうする?』
『……とりあえず、一緒に警察へ行く』
『まともすぎる』
『“食う♡”とか言うと思ったのかよ。心外だな』
『言ってないよ。思ってただけで』
『コノヤロー……!』
『でも、そうだよな。普通はそうするべきだよな』
『何? 普通だとまずい理由でもあるわけ?』
『……』
『ああ、惚れたんだな』
『…………は?』
『図星かよ』
『いや、俺は、ただ……』
『惚れたんなら、攻めて攻めて、オトすしかねぇな』
『……なっ!』
『普通じゃない選択をしたんだろ? だったら今さら日和んな。二人が想い合えば、外野は何も言えねぇ。そのためにも、攻めろ』
『……ホント、陽キャの発想怖い』
『ははっ、経験豊富でごめんな~』
『……要は、勇気を出せってことだな』
『どう曲解したら、オレの軽率な言葉からそう読み取れんだよ』

***

『とりセツ』第一巻、第一章終盤。

空から降ってきた美少女について、主人公が友人キャラに相談する一幕だ。

この会話をきっかけに、主人公は覚悟を決める。

自分の腕で受け止めた天使を守ること。
彼女と秘密を共有し、平穏な日常から一歩踏み出すことを。

物語の中心へは出ず、主人公の恋を最も近くで支え、最初の一歩を踏み出させる。

それが、オレの憧れる『友人キャラ』の役割だ。

***

朝練を終え、急いで屋上へ向かう。

階段を駆け上がると、壊れかけた扉にもたれて待つ昴の姿があった。

「おはよ、瑛。朝練お疲れ様」

労りの言葉とともに、優しい笑顔を向けてくれる。

「おはよ、昴!」

挨拶を返すと、昴は鞄から小包を取り出し、差し出した。

「はい、今日のお弁当」
「ありがとう!」

丁重に受け取る。
昴はポケットから鍵を出し、昨日と同じように体当たりで扉をこじ開けた。

屋上へ出て、壁際に二人並んで座る。

膝の上で弁当を開けると、今日も豪華なおかずが詰まっていた。
中でも目を引くのは、オレの大好物である唐揚げだ。

いつもより二個多く、僅かな隙間へぎゅっと押し込まれている。

オレが好きだと言ったから、増やしてくれたのだろうか。

手を合わせてから、早速口へ運ぶ。

「うめぇ。今日もうめぇ」

昴は頬杖をつき、オレが食べる姿をニコニコと眺めていた。
飽きないのだろうかと思いつつ、気にせず食べ進める。

今日は、いつもより静かだった。

朝食を作ってもらうようになったのは最近だが、普段のオレたちは話題に事欠かない。

ラブコメの話や、ラブコメの話。それから、ラブコメの話。
漫画、アニメ、ゲームと媒体は違っても、飽きることなく語り合ってきた。

けれど今日は、二人とも緊張しているのかもしれない。

なんせこれから話すのは、フィクションではなく、昴自身の恋愛話なのだから。

「ごちそうさまでした!」

胸の前で手を合わせると、待っていたように昴が切り出した。

「ねぇ、瑛。話、していい?」
「うん! どんと来い!」

胸を叩き、昴を見つめる。

「俺、実は……」
「うん」

前髪に隠れていても、真剣な眼差しは伝わってきた。
耳は真っ赤で、口元は落ち着かない様子でもごもごと動いている。

「あああ、ちょっと待って」

昴は鞄からペットボトルを取り出し、水を勢いよく飲んだ。

相当緊張しているらしい。
誰かに恋愛事情を打ち明けるには、勇気が必要なのだろう。

「な、何か別の話する? 『とりセツ』の話でも……」
「……そう、か。『とりセツ』……か」

昴は少し考えたあと、何かを思いついたように顔を上げた。

「もう大丈夫。瑛、話せるよ」

額を二回叩いて喝を入れ、大きく息を吸う。

「友人の瑛に、相談があるんだけど」

既視感のある言葉に、身体が引き締まる。

やはり昴は、ラブコメを知り、体現する者だ。
その大きな声に応えるように、オレも腹から声を出した。

「よし、何でも来い!」

「天使が、降ってきた件について……話したい」

「天使が、降ってきた、件?」

想像はついているが、何も知らないふりをして首を傾げる。

「前、学校でさ。……俺のところに、天使が降ってきたんだ。落ちてきた、の方が正しいか」
「天使?」
「そう。超絶可愛い天使。愛おしすぎて、思わず抱き留めたんだけど」

昴は口元を隠し、分かりやすく照れていた。

「マジかよ!」

持てる演技力を全て絞り出して反応する。

(知ってるよ! オレ、見てたもん!)

白百合さんは、天使のように可愛い。
プラチナブロンドの髪も、整いすぎた顔も、まさしく天使そのものだ。

「マジのマジ。そして、ナニかにも当たった」

昴は神妙な顔で、そんなことまで打ち明けた。

意味深な『ナニか』は、女性の身体の一部に違いない。

(ラッキースケベまで起きてたのか)

「触れちまったか」

遠くを見つめながら言うと、昴は頷き、太ももの辺りを押さえた。

「その感触が忘れられなくて、夜も眠れなくて……。俺、こういうの疎いし、どうすればいいか……」

俯く昴へ、単刀直入に尋ねる。

「昴は、その天使様のこと、どう思ってるんだ?」
「どうって……」

その瞬間、昴の顔が真っ赤になった。

これは確定だ。
ならば、オレがすべきことは一つしかない。

「何を悩んでる!」
「え?」

昴の両肩を、がっしりと掴む。

「それは、運命だっ!」
「うん、めい?」

白百合さんも、この出会いを《運命》と呼んでいた。
ならば、もう両想いではないか。
あとは互いに『好きです』と伝えるだけだ。

ただし、ハーレムラブコメなら、この先にも新たなヒロインが現れる可能性はある。
この段階で二人を応援すると決めてもよいのだろうか。

いや、でも――。

「定石で行くなら、天使ルートだろ」
「天使、ルート?」
「そう! やっぱり、運命の出会いを果たした子と結ばれるんだよな~」
「え……」

困惑した声に、我に返る。
ラブコメ妄想が暴走してしまったらしい。

「あ、ごめん! どうすればいいか、だっけ?」
「うん」

この先どんなヒロインが現れるかなんて、今は関係ない。
好きな相手へ踏み出そうとする友人を応援せずして、何が友人キャラだ。

「グイグイ行け! 攻めて攻めて攻めろ!」

前のめりで訴えると、昴は圧倒されたように目を瞬かせる。

まずい。これでは背中を押すどころか、怯えさせてしまう。

オレ自身の言葉で伝えなければ。
何か、かっこいいことを。

「一度、受け止めたんだろ? だったら、その……受け止めた責任っていうか。とにかく、簡単にその手を離しちゃ駄目だ!」
「離しちゃ、駄目か」

昴は、言葉の意味を確かめるように繰り返した。

「うん。昴なら大丈夫。きっと……いや、絶対にうまくいく」

少しだけ先輩風を吹かせながら、不安そうな背中を撫でる。

友人キャラって、難しい。

『とりセツ』の彼のように、さらりとした一言で背中を押すはずだった。
それなのに、ほとんど勢いで押し切ってしまった。

けれど、昴は拙い言葉を噛み締めるように、ゆっくり頷く。

「…………そっか。ありがとう。瑛に言われると、うまくいきそうな気がする」
「よかった~」

昴の笑顔を見て、ようやく胸を撫で下ろした。

しばらく二人で風を感じ、沈黙する。

「……はぁ」
「ん?」

昴のため息に、顔を向ける。

「いや、何でもない。……俺、頑張らなくちゃなって」
「応援してる。話なら、いつでも聞くから」

肩に手を置くと、不意にその手を掴まれた。
昴の温かな手が、オレの手を包む。

「頼りにしてるよ。友人・瑛くん」

もう片方の手で前髪をかき上げ、ウインクとともに悪戯っぽく笑う。

心臓が跳ねたのは、きっと主人公の魅力に圧倒されたからだ。

色気とかっこよさのあふれる姿に、男のオレまでときめいた――なんてことはない、はずだ。

***

その日の放課後。

六限目とSHRを終えると、酒神昴は誰とも話さず、すぐに教室をあとにした。
電車に揺られること数駅。
最寄り駅から歩き、住居である一軒家へたどり着く。

「……ただいま」

声を聞きつけ、眼鏡をかけたおさげ髪の妹が部屋着姿で出迎えた。

「あ、お兄、おかえり~! どうだった……?」
「っ……」

ニヤニヤと尋ねるツグミに、昴の肩が跳ねる。

「ぁ、アア゛ア゜」
「壊れたロボット!?」

奇声を発する兄を心配し、ツグミが顔を覗き込む。

目には涙をため、顔は青ざめている。
朝は美しく整っていた顔が、見る影もなく歪んでいた。

「どうしたの? 明日、世界が終わるみたいな顔して……」
「……妹よ」

これまで聞いたこともないほど低い声に、ツグミは怯えて後ずさる。

「な、何……」
「俺は、とんでもない間違いを犯してしまったかもしれない」
「え?」

ボロボロになった兄を前に、ツグミはただ困惑することしかできなかった。