ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

一悶着あった昼休みが終わり、その後の休み時間も皆に囲まれていた白百合さんは、クラスメイトと親睦を深めたようだった。

それを見て、ホッと胸を撫で下ろす。
さすがは圧倒的ヒロイン属性。
白百合さんは持ち前の明るさと美しさで、すぐにクラスへ馴染んでいた。

それは放課後になっても変わらない。
解散の合図とともに教室の空気は砕け、白百合さんの席には再び大勢が集まる。
オレもクラスメイトから宿題の質問を受けたり、雑談したりと忙しくも楽しい時間を過ごしていた。
十五分ほどで落ち着き、ふと窓際へ目を向ける。
昴の席の前に、ただならぬオーラをまとった白百合さんが立っていた。

(どういう展開!? 呼び出して告白……は、さすがに早いか。じゃあ、秘密の共有とか? ああ、気になりすぎる)

半数以上の生徒が帰った今なら、対角線上の席からでも、どうにか会話を聞き取れる。

二人から視線を外し、何も気づいていないふりで教科書をスポーツバッグへ詰める。
その作業に集中しているように見せながら、会話へ耳を傾けた。

「酒神くん」
「何ですか、白百合さん」

昴の低い声が聞こえる。

「少し、お顔を貸してくださる?」
「何、そのお嬢様風の呼び出し文句」
「いいから。あなたに言っておきたいことがあるので」
「……分かりました」

皆と話す時とは違う、白百合さんの少し高圧的な態度。
昴にだけ見せる新たな一面に、期待が膨らんでいく。
声だけでは好奇心を満たせず、チラリと二人を見る。
昴はスクールバッグを持って気怠そうに立ち上がり、白百合さんとともに教室を出ようとしていた。

(何を話すんだろう)

詰める教科書もなくなり、手持ち無沙汰になったオレは、バッグのチャックを意味もなくいじりながら二人の背中を目で追う。

(追おうかな)

そう考えた瞬間、後ろから翔馬が肩を叩き、ひょこりと顔を覗かせた。

「て~る! 部活行こ!」

すぐには返事ができなかった。

廊下の窓越しに小さくなっていく二人の背中を見ると、胸がざわつく。
『友人キャラ』なら、二人の秘密を理解した上で、うまくいくよう手引きするはずだ。
適切な助言には、情報が必要になる。
そんなもっともらしい理由をつけてみたが、結局は気になるだけだった。

「あ、ごめん。ちょっと用事あるから、先行っといて」
「あ、なるほど。りょ~かい」

翔馬は、オレが見ていた方向へチラリと視線を向け、察(誤解)したらしい。
悪戯っぽい笑みに気づき、慌てて訂正を試みる。

「オレ、白百合さんのこと――」
「うんうんうんうん。分かってる、分かってる」

気持ちのこもっていない棒読みの肯定と、謎の理解。
どうやら翔馬は、オレの発言を照れ隠しだと信じているらしい。
ニヤつきながら、あっという間に教室を出ていった。
弁明するほど本当らしく聞こえそうで、悩ましい。
けれど、今はそれよりも二人だ。
スポーツバッグを肩に掛け、急いであとを追う。
遠くからでも、輝くプラチナブロンドの女子と、高身長の黒髪男子はすぐに見つかった。

二人は階段を下り、一階の人通りが少ない北校舎へ入っていく。

やがて、校舎の一番奥にある教室へ消えた。
扉の前には、キャンバスや使い古された筆、パレット、バケツが置かれている。
美術室だ。閉ざされた扉から、微かに声が漏れていた。
二人に気づかれないよう扉の前へしゃがみ込み、耳を当てる。

「私、あの出会いは運命だと思っていますの」

聞こえてきたのは、白百合さんの迷いのない声だった。
『あの出会い』とは、昨日、空から落ちてきた白百合さんを昴が助けた出来事だろう。
当事者ではないオレも感じていたが、白百合さんにとっても《運命》だったのだ。
胸が弾む。しかし、期待とは裏腹に、昴の声は冷静だった。

「つまり?」

冷たいとさえ思える反応にも怖じ気づかず、白百合さんは高らかに告げる。

「どんどんアプローチさせていただく、ということを宣言しようかと」

(白百合さんは、昴にそこまで!)

夢にまで見た展開だ。

「だから、あなたも……」
「ああ。言われなくとも」

白百合さんの言葉を遮るように、昴の声が重なる。
直後、美術室の扉が開いた。耳を押し当てていたオレはバランスを崩し、その場に尻餅をつく。

「瑛……! こんなところで何してたの?」
「い、いや、たまたま通りかかって……」

苦しすぎる言い訳だ。人通りのない北校舎の、しかも一番奥。目的もなく立ち寄るような場所ではない。

「たまたま、ねぇ……」

昴は訝しげな表情を浮かべたあと、オレのスポーツバッグへ視線を落とした。

「部活は?」
「そ、そうだった。行かないと」

慌てて立ち上がろうとする。
そんなオレを見て、昴はクスリと笑い、手を差し伸べてくれた。

「じゃあ、途中まで一緒に行こ」
「うん」

その手を取り、並んで歩き出す。

「美術部はいいのか?」
「場所を借りただけ。俺、幽霊部員だし。すぐ帰りたいし」
「そっか」

秘密を聞いてしまった気まずさから、会話が続かない。
必死に次の話題を探す。

「あ、白百合さんは……?」
「白百合さんもいたの、知ってたの?」

墓穴を掘った。先ほどの会話を聞いていたと白状したようなものだ。

「あ、ああ。偶然、声が聞こえて!」

無理やり取り繕ったが、昴は追及しなかった。

「……あの人、美術室(あそこ)を気に入ってたから、もう少しいるんじゃないかな」
「そう、なのか」

再び沈黙が流れる。

あれ。オレ、昴とどうやって話してたっけ。
盗み聞きした気まずさもあるが、今も胸がドキドキしている。
憧れていた状況に実際遭遇し、緊張しているのだろうか。
『友人キャラ』を目指しているのに、主人公と話すだけで緊張するなんて。
戸惑いながらグラウンド脇へ着き、「また明日」と告げて歩き出した時、袖を掴まれた。

「ねぇ、瑛」
「ん?」

振り返ると、昴は大きく息を吸った。

「俺、やっぱり瑛を頼りにすることにした」
「というと……?」
「瑛に、俺の話を聞いてほしい」

強い春風が吹き抜ける。
靡いた前髪の下から、昴の綺麗な顔が露わになった。
頬は赤く染まり、黒い瞳は大きく揺れている。
凛々しかったはずの眉は、不安げに歪んでいた。

どうしようもなく感情的な表情。
その姿は、恋に惑う主人公そのものだった。
そんな昴から、話を聞いてほしいと言われた。
これは、まさか。早くも『友人キャラ』公認のチャンスなのでは!?
先ほどまでの緊張も吹き飛ぶような、思いがけない言葉だった。

「おう! 任せろ!」

引き受けない理由なんてない。
大きく頷くと、昴は安心したように笑った。

「じゃあ、明日の朝、屋上の扉の前で待ってる」

袖を掴んでいた手を離し、ゆっくりと手を振る。

(来た! 来てしまった! 屋上で恋愛相談なんて、夢みたいだ!)

オレの鼓動は、大きく速くなっていた。