担任は数学教師でもあるため、HRが終わると、流れるように小テストの制限時間を黒板へ書きなぐった。
先生から一列分のテスト用紙を受け取り、後ろへ回す。
その拍子に、対角線上にある昴と白百合さんの席へ目をやった。
二人は周囲に聞こえないよう、小声で話している。
長い前髪に隠れて昴の表情は読み取れないが、向かい合う白百合さんは、まるで恋する乙女そのものだった。
白い頬だけが桃色に染まり、絵画から抜け出してきたように美しい。
(ああ、やっぱり映えるな)
不釣り合いに思う人もいるかもしれない。
けれど、オレは昴のすごさを知っている。料理ができて、気遣いもできて、隠しているけれどイケメンで。だから、オレの目には二人がお似合いで、眩しく映った。
(応援、したいな)
不意にそんな言葉が浮かぶ。
「瑛。て~る!」
「……ん、あ、どうした?」
後ろの席に座る、同じサッカー部の翔馬に呼ばれ、現実へ引き戻された。
「プリント受け取れないから、手、離して。力、超強い」
「あ、悪い!」
二人に見蕩れ、プリントを握る手に力が入っていたらしい。
「ぼーっとしてたけど、何かあった?」
『昴と白百合さんが、ラブコメの主人公とヒロインみたいで目が離せなかった』なんて言えるわけがない。
どれほど状況がそれらしくても、全てオレの妄想なのだから。
「いや、何でもないよ」
「……なら、いいんだけど」
翔馬は安心したように笑い、自分の机へ視線を戻した。
「じゃあ、始め~」
先生の合図で問題を解き始める。
内容は単元の復習で、授業を聞き、課題をこなしていれば簡単な部類だ。
昴は何点くらい取るんだろう。ちゃんと解けているだろうか。なぜか無性に、昴のことが気になった。
終了の合図を聞いてすぐ昴を見ると、彼は窓の外を眺めていた。相変わらず、前髪に隠れて表情は分からない。
ラブコメ主人公してるな、と思う。同時に、何を考えているのか知りたくなった。『友人キャラ』になれれば、もっと知れるのだろうか。
いや、相談されるほどの仲でもないだろうし。何にせよ、知るにも観察するにも、この席は遠すぎる。
結局、全てを物理的な距離のせいにした。
答案を集め、次の授業の導入を少し進めたところでチャイムが鳴る。教室を出る間際、先生が後方の席へ声をかけた。
「あ、そうだ。酒神、白百合に学校を案内してやってくれ」
「……はい」
(待って、何そのラブコメあるある展開! ナイス先生!)
興奮するオレとは対照的に、昴は低い声で返事をし、気怠そうに立ち上がった。
「じゃあ、白百合さん。行きます、か」
高い身長と気怠げな態度のせいか、妙な圧がある。
「はい、よろしくお願いいたします」
白百合さんは天使のような笑みを浮かべ、昴のあとについていった。
***
一限目終わりの休み時間。二人が教室を出たあと、誰もが息を潜めたような沈黙が続いていた。
ギィッと椅子を引く音をきっかけに、その静けさが破られる。
「ヤバイヤバイヤバイ! 転校生、めっちゃ美人じゃね!?」
「ハリウッド女優級だろ!」
「どっかの国のお姫様じゃね?」
白百合さんを称賛する声に、昴への嫉妬も混じる。
「にしても、酒神! なんでアイツがっ!」
クラスのお調子者で、野球部の亮介が大声を上げたことで、昴をやっかむ声がさらに大きくなった。
まだ近くにいて、聞こえているかもしれないのに。
どう収めようかと考えていると、翔馬が思わぬ方向へ話を振る。
「こういうのって、絶対、瑛が適任でしょ。男子からの人望も厚くて、女子からの信頼もエベレスト級だし」
「いや――」
クラス中の視線がオレへ集まる。
否定するより早く、亮介が席まで駆け寄ってきた。
「そうだよなぁ! そこは瑛だよなぁ! 何だよ、あいつ! 冴えないくせに白百合さんの案内をっ!」
軽いノリなのは分かっている。それでも、胸の辺りがザワついた。
「昴は、かっこいいだろ」
気づけば立ち上がり、自分でも驚くほど低い声を出していた。教室が静まり返る。目の前の亮介は、目を見開いていた。冷静さを欠いていたと気づき、深呼吸してから付け加える。
「席も隣だし、彼女ともすぐ打ち解けてた。先生はそれを見て判断したんでしょ」
取り繕うように笑ってみせるが、微妙な空気は消えてくれない。翔馬を見ると、「ごめん」と口の動きだけで伝えたあと、舌を出して笑った。コイツ、この状況を面白がってるな。ため息を吐いた瞬間、しょげていた亮介が飛びついてくる。
「うう、ごめん! 悪かった、てる! 嫌いにならないで~」
驚きながら受け止め、肩を押して適切な距離へ戻した。
「オレに謝られても。でも、今後はそんなこと言うなよ」
「はいぃぃ」
亮介の目には涙まで浮かんでいる。
こんな態度を取ったことがなかったから、想像以上にキツく聞こえたのかもしれない。
「嫌いになんてならないよ。亮介が明るくて、超いいヤツなのは知ってるから」
「てる~!」
「白百合さんと話したい気持ちは分かるけど、同じクラスなんだ。機会はいくらでもあるだろ」
教室は普段の雰囲気へ戻り、昴をやっかむ声も消えていた。
亮介の素直さに助けられたな。
「さすがだね」
「お前が火に油を注いだんだろ……」
「……僕に隠し事したからだよ」
「は? それって――」
問い返すより先に、翔馬は悪戯な笑みを浮かべ、高い声を教室中へ響かせた。
「アフターフォローまで完璧。彼こそが我が校の天使、いや、神と崇め奉られている有真瑛くんなのです」
「変なナレーションやめてもらっていい!?」
教室がさらに盛り上がる。けれど、オレは翔馬が言うような大した人間じゃない。ただ主人公に――いや、『友人キャラ』に憧れている、偽善者で八方美人で。
やっぱり、自分について考えるのは嫌いだ。
何かを訴える本心を押し殺し、皆が望む言葉を口にする。
「オレは、当たり前のことをしてるだけだし」
クラスメイトから歓声が上がった。
それでも胸のざわつきは消えず、本音の一つが零れる。
「ただ……」
「ただ?」
「内心、結構興味ある」
白百合さんと、昴がどうなるのか。
――待て。
この流れだと、オレが白百合さんに興味を持っているように聞こえるんじゃないか?訂正しようとしたが、時すでに遅かった。
「え、マジ?」
翔馬の素の声が漏れ、教室は今日一番の騒がしさに包まれる。
「「「えええぇ!?」」」
「あの、難攻不落の瑛が!?」
「男女問わず、数々の勇者が告白して敗れてきたという……」
「いや、違っ――」
クラス全員の勢いに圧倒され、しどろもどろになる。
その反応が、かえって疑惑の信憑性を高めてしまった。
「なるほど。瑛の秘め事は、これか」
翔馬の勘が間違った方向に掠り、事態はさらに面倒になっていく。当の二人は休み時間ごとに教室を出て、一・二限の間は南校舎、二・三限の間は北校舎、三・四限の間はグラウンドや体育館を回っていたらしい。クラスメイトが白百合さんと話せるようになったのは、案内を終えた昼休みの終わり間近だった。
昴はどこかへ行ったのか、白百合さんだけが席に座っている。
「頼む! 瑛、ファーストペンギンはお前だ!」
「はいはい」
皆に背中を押され、オレはヒロインの前に立った。
先生から一列分のテスト用紙を受け取り、後ろへ回す。
その拍子に、対角線上にある昴と白百合さんの席へ目をやった。
二人は周囲に聞こえないよう、小声で話している。
長い前髪に隠れて昴の表情は読み取れないが、向かい合う白百合さんは、まるで恋する乙女そのものだった。
白い頬だけが桃色に染まり、絵画から抜け出してきたように美しい。
(ああ、やっぱり映えるな)
不釣り合いに思う人もいるかもしれない。
けれど、オレは昴のすごさを知っている。料理ができて、気遣いもできて、隠しているけれどイケメンで。だから、オレの目には二人がお似合いで、眩しく映った。
(応援、したいな)
不意にそんな言葉が浮かぶ。
「瑛。て~る!」
「……ん、あ、どうした?」
後ろの席に座る、同じサッカー部の翔馬に呼ばれ、現実へ引き戻された。
「プリント受け取れないから、手、離して。力、超強い」
「あ、悪い!」
二人に見蕩れ、プリントを握る手に力が入っていたらしい。
「ぼーっとしてたけど、何かあった?」
『昴と白百合さんが、ラブコメの主人公とヒロインみたいで目が離せなかった』なんて言えるわけがない。
どれほど状況がそれらしくても、全てオレの妄想なのだから。
「いや、何でもないよ」
「……なら、いいんだけど」
翔馬は安心したように笑い、自分の机へ視線を戻した。
「じゃあ、始め~」
先生の合図で問題を解き始める。
内容は単元の復習で、授業を聞き、課題をこなしていれば簡単な部類だ。
昴は何点くらい取るんだろう。ちゃんと解けているだろうか。なぜか無性に、昴のことが気になった。
終了の合図を聞いてすぐ昴を見ると、彼は窓の外を眺めていた。相変わらず、前髪に隠れて表情は分からない。
ラブコメ主人公してるな、と思う。同時に、何を考えているのか知りたくなった。『友人キャラ』になれれば、もっと知れるのだろうか。
いや、相談されるほどの仲でもないだろうし。何にせよ、知るにも観察するにも、この席は遠すぎる。
結局、全てを物理的な距離のせいにした。
答案を集め、次の授業の導入を少し進めたところでチャイムが鳴る。教室を出る間際、先生が後方の席へ声をかけた。
「あ、そうだ。酒神、白百合に学校を案内してやってくれ」
「……はい」
(待って、何そのラブコメあるある展開! ナイス先生!)
興奮するオレとは対照的に、昴は低い声で返事をし、気怠そうに立ち上がった。
「じゃあ、白百合さん。行きます、か」
高い身長と気怠げな態度のせいか、妙な圧がある。
「はい、よろしくお願いいたします」
白百合さんは天使のような笑みを浮かべ、昴のあとについていった。
***
一限目終わりの休み時間。二人が教室を出たあと、誰もが息を潜めたような沈黙が続いていた。
ギィッと椅子を引く音をきっかけに、その静けさが破られる。
「ヤバイヤバイヤバイ! 転校生、めっちゃ美人じゃね!?」
「ハリウッド女優級だろ!」
「どっかの国のお姫様じゃね?」
白百合さんを称賛する声に、昴への嫉妬も混じる。
「にしても、酒神! なんでアイツがっ!」
クラスのお調子者で、野球部の亮介が大声を上げたことで、昴をやっかむ声がさらに大きくなった。
まだ近くにいて、聞こえているかもしれないのに。
どう収めようかと考えていると、翔馬が思わぬ方向へ話を振る。
「こういうのって、絶対、瑛が適任でしょ。男子からの人望も厚くて、女子からの信頼もエベレスト級だし」
「いや――」
クラス中の視線がオレへ集まる。
否定するより早く、亮介が席まで駆け寄ってきた。
「そうだよなぁ! そこは瑛だよなぁ! 何だよ、あいつ! 冴えないくせに白百合さんの案内をっ!」
軽いノリなのは分かっている。それでも、胸の辺りがザワついた。
「昴は、かっこいいだろ」
気づけば立ち上がり、自分でも驚くほど低い声を出していた。教室が静まり返る。目の前の亮介は、目を見開いていた。冷静さを欠いていたと気づき、深呼吸してから付け加える。
「席も隣だし、彼女ともすぐ打ち解けてた。先生はそれを見て判断したんでしょ」
取り繕うように笑ってみせるが、微妙な空気は消えてくれない。翔馬を見ると、「ごめん」と口の動きだけで伝えたあと、舌を出して笑った。コイツ、この状況を面白がってるな。ため息を吐いた瞬間、しょげていた亮介が飛びついてくる。
「うう、ごめん! 悪かった、てる! 嫌いにならないで~」
驚きながら受け止め、肩を押して適切な距離へ戻した。
「オレに謝られても。でも、今後はそんなこと言うなよ」
「はいぃぃ」
亮介の目には涙まで浮かんでいる。
こんな態度を取ったことがなかったから、想像以上にキツく聞こえたのかもしれない。
「嫌いになんてならないよ。亮介が明るくて、超いいヤツなのは知ってるから」
「てる~!」
「白百合さんと話したい気持ちは分かるけど、同じクラスなんだ。機会はいくらでもあるだろ」
教室は普段の雰囲気へ戻り、昴をやっかむ声も消えていた。
亮介の素直さに助けられたな。
「さすがだね」
「お前が火に油を注いだんだろ……」
「……僕に隠し事したからだよ」
「は? それって――」
問い返すより先に、翔馬は悪戯な笑みを浮かべ、高い声を教室中へ響かせた。
「アフターフォローまで完璧。彼こそが我が校の天使、いや、神と崇め奉られている有真瑛くんなのです」
「変なナレーションやめてもらっていい!?」
教室がさらに盛り上がる。けれど、オレは翔馬が言うような大した人間じゃない。ただ主人公に――いや、『友人キャラ』に憧れている、偽善者で八方美人で。
やっぱり、自分について考えるのは嫌いだ。
何かを訴える本心を押し殺し、皆が望む言葉を口にする。
「オレは、当たり前のことをしてるだけだし」
クラスメイトから歓声が上がった。
それでも胸のざわつきは消えず、本音の一つが零れる。
「ただ……」
「ただ?」
「内心、結構興味ある」
白百合さんと、昴がどうなるのか。
――待て。
この流れだと、オレが白百合さんに興味を持っているように聞こえるんじゃないか?訂正しようとしたが、時すでに遅かった。
「え、マジ?」
翔馬の素の声が漏れ、教室は今日一番の騒がしさに包まれる。
「「「えええぇ!?」」」
「あの、難攻不落の瑛が!?」
「男女問わず、数々の勇者が告白して敗れてきたという……」
「いや、違っ――」
クラス全員の勢いに圧倒され、しどろもどろになる。
その反応が、かえって疑惑の信憑性を高めてしまった。
「なるほど。瑛の秘め事は、これか」
翔馬の勘が間違った方向に掠り、事態はさらに面倒になっていく。当の二人は休み時間ごとに教室を出て、一・二限の間は南校舎、二・三限の間は北校舎、三・四限の間はグラウンドや体育館を回っていたらしい。クラスメイトが白百合さんと話せるようになったのは、案内を終えた昼休みの終わり間近だった。
昴はどこかへ行ったのか、白百合さんだけが席に座っている。
「頼む! 瑛、ファーストペンギンはお前だ!」
「はいはい」
皆に背中を押され、オレはヒロインの前に立った。
