ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

階段を降りようとした時、昴がふと立ち止まった。

「一限目何だっけ?」
「多分、数学。小テストだったと思う」
「だる」

昴がそう吐き捨てると、オレは酷い成績だった昔の昴を思い出して笑みをこぼしていた。

「昔から苦手だよな~」
「……覚えてたんだ」

絞り出すような声を出す昴は、オレが覚えていたことに本気で驚いていたようだった。

「覚えてるもなにも、オレが昴と話したきっかけじゃん。……あ、いや、悪かったと、思ってるよ」

酷いテストの点数を見られて、かつ、初めて話すヤツに「マジか」なんて、高校生になった今だったとしても、言われたら結構クる言葉だ。

当時の昴をめちゃくちゃ傷付けてしまっていたのでは?
そんな不安が積もりに積もって、謝り方を間違えたということにやっと気づいた。
オレがさっきの言葉を取り消そうとした時、昴がボソリと呟いた。

「………………気にしてないよ」
「……そっか」

その間は、気にしてるのか、本当に気にしていないのか、どっちにも取れるような沈黙で、オレも返す言葉に詰まってしまう。
更に謝っても、多分、このやり取りが繰り返されるだけ。
話し出しにくい空気が流れ、どうしようかと思考を巡らせていると、昴がオレの方を向いて言った。

「数学には萌えがないから。嫌い」

昴の大胆な話の舵の切り方に驚きつつ、オレは昴が変えてくれた空気に乗ることにする。

「萌え、か~。二次関数について話し合う花子さんと太郎さんとかは……」
「全くもって萌えない」
「ええ~」

いつの間にか、いつもの雰囲気に戻って胸を撫で下ろす。

「分かんない所あったら遠慮なく聞いてな、オレ得意だから」

オレが親指を立ててニヤリと片方の口角を上げると、昴もオレの真似をしていたずらに微笑んだ。

「頼りにしてる!じゃあ、俺は先に」

そう言ってオレの肩をトントンと叩いて、予鈴が鳴るのと同時に足早に階段を駆け降りる昴。
どっちが早く教室に着くか競争ってところか。

(意外とお調子者というか、アグレッシブな所もあんだよな)

そんなことを感じつつ、オレもすぐさま昴の後を追う。
その時だった。
視界が揺れて、意識が朦朧とする。
寝られていない反動が今来てしまった。

(あ、やばい、ふらついて、足が……)

階段から落ちる……!
気付いた頃にはもう遅く、オレは盛大に階段を踏み外していた。

「瑛!危ない!」

鬼気迫る声とともに、振り返る昴が見える。
スローモーションって、カメラ通さなくてもできるんだ。
短い階段だから、落ちていく時間は一瞬のはずなのに、何十秒にも感じる。
昴の焦った表情もよく見える。
でも、いざ地面が近付いてきたら、オレは衝撃に備えて、思わず目を閉じてしまった。

ドン、という鈍い音がしたが、予想していた衝撃や痛みはない。

あるのは、何か大きなものに包まれるような感覚。
恐る恐る目を開けると、そこは暖かく、程よく硬い……
身体!?
驚いて何かにうずめていた顔を上げると、そこには、綺麗に整った昴の額がある。
どうやら、オレがうずめていたのは昴の胸だったようだ。

「ご、ごめん!怪我してないか?!」

慌ててオレは身体を起こして、昴の身体に触り怪我を確認する。

「……っ、俺は全然。それより、瑛は?」

昴は手の甲で、口元を押さえて、オレから視線を逸らす。

「オレは大丈夫。ありがとう、マジで助かった」
「俺も助かった……いや、なんでもない!」

昴も助かった、とはどういうことだろう?
そんな疑問がうっすらと浮かぶが、それよりも今の状況がただならない。
馬乗りのような形で、昴の腹に跨ってしまっている。
前髪が垂れて、綺麗な顔が間近で見える。
口元にホクロ、あるんだ。なんか、色気あるな。

(は!まさか、これが、主人公を押し倒すヒロイン目線……?)

友人キャラを目指すオレが、なんて烏滸がましいことをしてしまったんだ。
その衝撃で体勢が傾くと、オレの大事なモノが昴の太ももに当たってしまう。
不可抗力だ、ごめん昴。そう謝るよりも先に、昴がオレの見てきた昴史上一番大きな声で言った。

「……っ!すぐ離れるから」

昴はそう言ったものの、オレが上に乗っていたのだから、離れるべきはオレなのに。
あまりにも必死な顔をして言うものだから、オレが嫌なのかと思って少し胸が痛んだ数秒後、オレの首元から一滴の汗が滴り落ちた。
朝練終わり、首から滴り落ちる汗。
もしかして、オレ……!

「ごめん、汗臭かったよな」

なんで気付かなかったんだ。
オレはそう言ってすぐさま立ち上がり、昴から離れる。

「いや、むしろ良い……ちが、あ、えっと、気にしてないから!」

口ではそう言っているが、目を逸らして、居心地が悪そうな昴を見れば分かる。
とても、気を遣わせてしまった。
昴に手を差し伸べて、立ち上がるのを手伝う。
そして、今度は二人揃ってゆっくりと教室に戻る。
教室の扉を開けようとした時、昴に袖を掴まれた。

「瑛、具合悪そうだったのに、無理矢理連れ出して、ごめん。屋上行ったら元気になるかなと思って……。んで、調子乗って……俺、ホント」

オレが万全の状態じゃなかったことに気付いてたのか。ますます、悪いことをしてしまった。
オレは昴の肩を叩いて言った。

「なんで昴が泣きそうになってんの!めっちゃ、楽しかったから!めっちゃ元気になったから!ちょっと寝不足で、貧血気味になっちゃったんだと思う。オレこそごめんな、助けてくれてありがと」
「てる……」

長い前髪から垣間見える、潤んだ瞳とくしゃっと眉を歪めた表情が、萎れた大型犬みたいで可愛いと思ってしまったことは、オレの心の中だけに留めておく。

***

ザワザワとしたHR。
そんな雰囲気が一気に変わったのは、担任からの一言だった。

「えー、転校生を紹介する」

その言葉にドキリとし、胸がざわつく。
オレはゆっくりと視線を教室の入口に向けた。
扉を開けて入ってくる生徒が一人。
プラチナブロンドの髪をたなびかせ、異国のお姫様のような彼女は……昨日の美少女。

「初めまして。白百合聖と申します」

彼女が名乗って微笑めば、クラス中の男の声にならない悲鳴が漏れ出る。

「じゃあ、白百合は酒神の隣の席で」

担任の言葉に頷き、ゆっくりと昴に近づく。

「あ」

気怠げに窓を眺めていた昴が、横に来た彼女にやっと気づいてそんな声を漏らす。

「あら」

美少女は口元に手を当てて、上品に微笑んだ。
そして、そんなやり取りを見ていたオレは。

(嘘だろ、本当にラブコメのテンプレ展開じゃないか!)

妄想が現実になってしまったまさかの状況に嬉々としていた。