校舎の四階まで上がり、さらに奥へ続く、暗く埃っぽい階段を進む。短い階段を上り切ると、古びた扉が現れた。
「じゃあ、開けるね」
「お、お願いします!」
緊張気味に返すと、昴は僅かに首を傾げて微笑んだ。古びた鍵を傷んだ鍵穴に差し込み、ドアノブを捻る。建て付けが悪いらしく、昴は扉へ全体重をかけた。
ドカッという音とともに扉が開き、外の空気が流れ込んでくる。
昴は身を屈めて入口をくぐると、振り返ってオレへ手を差し出した。その手を掴み、オレも聖地へ足を踏み入れる。
オレは屈まずに通れたせいで、昴との身長差がはっきりしたのが少し癪だった。
けれど、そんな不満も涼しい風に吹き飛ばされる。
両手を広げ、大きく息を吸った。爽やかな春風。校舎や周囲の街並みを一望できる景色。ここが、数々の名場面を生み出してきたラブコメの聖地。胸いっぱいに空気を吸ったあと、壁にもたれて腰を下ろし、膝の上に弁当を広げた。聖地で食べる、最高の弁当。
「いただきます!」
元気よく手を合わせ、蓋を開く。綺麗な卵焼きに、可愛らしいタコさんウインナー。レタスのベーコン巻きが彩りを添え、隣には大好物の唐揚げ。白米には、サッカーボールの形に切り抜かれた海苔まで載っている。一段の弁当箱へ、どれも綺麗に収められていた。まさに、ベスト・オブ・弁当だ。
まずは大好物から。
唐揚げを箸で摘まみ、口へ運ぶ。味つけは控えめなのに、物足りなさはない。朝でも重くならないよう、昴が工夫してくれているらしい。味はもちろん、その気遣いまで嬉しかった。幸せを噛み締めていると、隣で膝を抱えた昴が尋ねてくる。
「どう?」
「うめぇ! 超うめぇ! 天才だよ、昴!」
「そっか。よかった。これは朝食用の簡単なやつだけど」
「このクオリティで『簡単』を名乗るなよ!」
唐揚げを飲み込んで訴えると、昴は満足そうに目を細めた。
「いつか、俺のガチ唐揚げも瑛に食べてほしい」
「ガチ唐揚げ……!?」
言葉だけで分かる。絶対に美味いやつだ。箸が止まり、思わず唾を飲み込んだ。
「ニンニク増し増し、タレひたひた。衣パリッパリ」
「何それ、よだれ止まらん。絶対食べに行く」
「じゃあ、暇な日を教えて。作るから」
「ありがたき幸せ」
「どこの武将だよ」
笑いながら約束してくれる昴に癒やされる。しかし、それとは関係なくオレの箸は加速していた。
「落ち着いて、ゆっくり食べてください」
昴が苦笑する。その視線が一瞬だけオレから外れた。
「やばい。飯を食いながら飯の話すると、自分の胃がブラックホールになったような錯覚に陥る」
昴が声を上げて笑う横で、オレは一心不乱に弁当を食べ続けた。残りが半分ほどになり、ようやく箸の勢いも落ち着く。
改めて周囲を見回し、この最高のシチュエーションを噛み締めた。
「やっぱ、ラブコメといえば屋上で飯だろ~! 夢が叶った!」
「確かにいいよね。これが昼休みだったら、さらに激アツ。絶対何か始まる」
「ここでヒロインと出会って、いろいろ話したり、イチャイチャしたりするんだよな~」
「地上の生徒たちを見下ろしながら、昼間からイチャつく。そこに背徳感と優越感を覚えるんだよね」
昴が急に低い声で早口に言った。口元を手で覆っているため、表情は読み取れない。
「はい、とく? ゆう、えつ?」
昴は時々、聞き取れないほど早口になる。
聞き返しても二度は言ってくれないから、オレが耳を鍛えるしかない。そんなオレを見て、昴はクスリと笑った。
「俺は、瑛みたいな天然記念物である最強光オタクを、これからも守っていくと誓うよ」
「え? 天然? 光?」
また、よく分からない言葉が出てきた。
「どういう意味?」
「素晴らしいオタクってこと」
「そうなのか?」
いつもこんな調子ではぐらかされる。まあ、昴がそう言うなら悪い意味ではないのだろう。それ以上は深掘りせず、オレたちは取り留めのないラブコメ談義を続けた。気づけば、弁当箱は空になっていた。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
「今日もめちゃくちゃ美味かった。マジでありがとな」
「いえいえ。部活、いつもお疲れ様。サッカー部のエースさん」
「昴も毎日ありがとう。ついでって言うけど、オレの分まで作るの、大変だろ?」
空になった弁当箱を見つめながら、素直な気持ちを口にする。
「朝練って結構つらかったんだけどさ。昴の弁当があるから、朝が超楽しみになった」
「……そういうとこだよ」
「ん? どういうとこ?」
本音を言っただけなのに、昴は意味ありげに呟いた。
「別に。何でもない。そろそろ行こっか」
問いには答えず、昴が立ち上がる。
校門を見下ろすと、生徒たちが続々と登校してきていた。
オレも立ち上がり、昴とともに屋上をあとにする。
ギィィ、と軋む重い扉を二人で閉め、ドアノブを捻りながら鍵をかける。施錠を確かめ、オレたちは教室へ戻った。
「じゃあ、開けるね」
「お、お願いします!」
緊張気味に返すと、昴は僅かに首を傾げて微笑んだ。古びた鍵を傷んだ鍵穴に差し込み、ドアノブを捻る。建て付けが悪いらしく、昴は扉へ全体重をかけた。
ドカッという音とともに扉が開き、外の空気が流れ込んでくる。
昴は身を屈めて入口をくぐると、振り返ってオレへ手を差し出した。その手を掴み、オレも聖地へ足を踏み入れる。
オレは屈まずに通れたせいで、昴との身長差がはっきりしたのが少し癪だった。
けれど、そんな不満も涼しい風に吹き飛ばされる。
両手を広げ、大きく息を吸った。爽やかな春風。校舎や周囲の街並みを一望できる景色。ここが、数々の名場面を生み出してきたラブコメの聖地。胸いっぱいに空気を吸ったあと、壁にもたれて腰を下ろし、膝の上に弁当を広げた。聖地で食べる、最高の弁当。
「いただきます!」
元気よく手を合わせ、蓋を開く。綺麗な卵焼きに、可愛らしいタコさんウインナー。レタスのベーコン巻きが彩りを添え、隣には大好物の唐揚げ。白米には、サッカーボールの形に切り抜かれた海苔まで載っている。一段の弁当箱へ、どれも綺麗に収められていた。まさに、ベスト・オブ・弁当だ。
まずは大好物から。
唐揚げを箸で摘まみ、口へ運ぶ。味つけは控えめなのに、物足りなさはない。朝でも重くならないよう、昴が工夫してくれているらしい。味はもちろん、その気遣いまで嬉しかった。幸せを噛み締めていると、隣で膝を抱えた昴が尋ねてくる。
「どう?」
「うめぇ! 超うめぇ! 天才だよ、昴!」
「そっか。よかった。これは朝食用の簡単なやつだけど」
「このクオリティで『簡単』を名乗るなよ!」
唐揚げを飲み込んで訴えると、昴は満足そうに目を細めた。
「いつか、俺のガチ唐揚げも瑛に食べてほしい」
「ガチ唐揚げ……!?」
言葉だけで分かる。絶対に美味いやつだ。箸が止まり、思わず唾を飲み込んだ。
「ニンニク増し増し、タレひたひた。衣パリッパリ」
「何それ、よだれ止まらん。絶対食べに行く」
「じゃあ、暇な日を教えて。作るから」
「ありがたき幸せ」
「どこの武将だよ」
笑いながら約束してくれる昴に癒やされる。しかし、それとは関係なくオレの箸は加速していた。
「落ち着いて、ゆっくり食べてください」
昴が苦笑する。その視線が一瞬だけオレから外れた。
「やばい。飯を食いながら飯の話すると、自分の胃がブラックホールになったような錯覚に陥る」
昴が声を上げて笑う横で、オレは一心不乱に弁当を食べ続けた。残りが半分ほどになり、ようやく箸の勢いも落ち着く。
改めて周囲を見回し、この最高のシチュエーションを噛み締めた。
「やっぱ、ラブコメといえば屋上で飯だろ~! 夢が叶った!」
「確かにいいよね。これが昼休みだったら、さらに激アツ。絶対何か始まる」
「ここでヒロインと出会って、いろいろ話したり、イチャイチャしたりするんだよな~」
「地上の生徒たちを見下ろしながら、昼間からイチャつく。そこに背徳感と優越感を覚えるんだよね」
昴が急に低い声で早口に言った。口元を手で覆っているため、表情は読み取れない。
「はい、とく? ゆう、えつ?」
昴は時々、聞き取れないほど早口になる。
聞き返しても二度は言ってくれないから、オレが耳を鍛えるしかない。そんなオレを見て、昴はクスリと笑った。
「俺は、瑛みたいな天然記念物である最強光オタクを、これからも守っていくと誓うよ」
「え? 天然? 光?」
また、よく分からない言葉が出てきた。
「どういう意味?」
「素晴らしいオタクってこと」
「そうなのか?」
いつもこんな調子ではぐらかされる。まあ、昴がそう言うなら悪い意味ではないのだろう。それ以上は深掘りせず、オレたちは取り留めのないラブコメ談義を続けた。気づけば、弁当箱は空になっていた。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした」
「今日もめちゃくちゃ美味かった。マジでありがとな」
「いえいえ。部活、いつもお疲れ様。サッカー部のエースさん」
「昴も毎日ありがとう。ついでって言うけど、オレの分まで作るの、大変だろ?」
空になった弁当箱を見つめながら、素直な気持ちを口にする。
「朝練って結構つらかったんだけどさ。昴の弁当があるから、朝が超楽しみになった」
「……そういうとこだよ」
「ん? どういうとこ?」
本音を言っただけなのに、昴は意味ありげに呟いた。
「別に。何でもない。そろそろ行こっか」
問いには答えず、昴が立ち上がる。
校門を見下ろすと、生徒たちが続々と登校してきていた。
オレも立ち上がり、昴とともに屋上をあとにする。
ギィィ、と軋む重い扉を二人で閉め、ドアノブを捻りながら鍵をかける。施錠を確かめ、オレたちは教室へ戻った。
