ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

男がそう挑発すると、昴よりも先にナノが口を開いた。

「ほかの人に目移りしないで、まーくん」

ナノが鋭い目つきで睨むと、男は途端に優しい表情を浮かべ、宥めるように彼女の頭を撫でた。

「ごめんって、ナノ。そんなつもりはさらさらないよ。この世界で……いや、この宇宙で一番、ナノが可愛い」
「……ええ。知っているわ、まーくん」

彼の言葉に、ナノの頬が僅かに赤く染まる。

二人の間に漂い始めた甘い空気に耐えきれず、昴は気まずそうに問いかけた。

「ッスー……あの、どうして文化祭に正樹(まさき)くんが?」

『まーくん』こと正樹は、昴の従兄であると同時に、遠距離恋愛中であるナノの恋人でもあった。

文化祭で昴がナンパ男を撃退できたのも、相手が顔見知りの正樹だったからだ。

「ナノの晴れ舞台を見に来たんだよ。それに、ヤンキーB役を引き受けたら、ご褒美をもらえるって言われたから」
「まーくん」
「冗談だって」

正樹は照れるナノを見て微笑んだあと、真剣な眼差しを昴へ向けた。

「それに、従弟の恋を応援できるなら、乗らない手はないだろ?」

正樹は優しい声音で告げ、昴の肩へ手を置く。

「よかったな、昴」
「ありがとう、正樹くん」

昴が深々と頭を下げると、正樹は柔らかく微笑んだ。

「少しでも役に立てて、従兄らしいことができてよかったよ」

今にも泣き出しそうで、それでも幸せそうな昴を見て、ナノと正樹は顔を見合わせる。
二人の表情にも、自然と柔らかな笑みが浮かんだ。

「それじゃあ、幸せになりなさい。拗らせカップル」
「本当に、本当にありがとうございました!」
「あと、これからもたくさんキュン話を持ってくること。分かったわね?」
「はい!」

昴は走り出したあと、一度だけ二人を振り返った。
元気よく返事をして手を振ると、今度こそ廊下の先へ駆けていった。

***

教室でツグミちゃんと白百合さんに声をかけられたオレは、二人に連れられ、昴の家へお邪魔していた。

「このたびは、本っ当にご迷惑をおかけしました!」
「いいえ。こちらも誤解を招いてしまい、申し訳ありませんでしたわ」
「そうです、そうです!」

ソファに並んで座る二人を眺めながら、オレは思わず呟いた。

「でも、まさか……白百合さんとツグミちゃんが恋人同士だったなんて」
「いろいろありました」

白百合さんが懐かしむように語り始める。

「ツグミが中学二年生、私が中学三年生の時に、お付き合いしていたのです。その後、私が海外へ行っている間に連絡が取れなくなってしまって」
「その頃、私、精神的に参っちゃってて。学校にも行けない状態だったから……」
「帰国後、ツグミが蘭歩高校へ入学したらしいという情報を得て、私も転入することにしたのです」
「おお……すごい行動力」
「恐らく、その時ですわね。てる君が大きな勘違いをしてしまった原因が生まれたのは……」

***

白百合の転入手続きが完了した日のこと。

白百合は、生徒会室へ勢いよく駆け込んだ。

「風音会長。酒神ツグミさんは、どちらにいらっしゃいますか?」
「彼女は……今、学校には来ていないわ」
「そんな……!」

落胆する白百合を見て、ナノがふと窓の外へ目を向ける。
ちょうど、校舎の下を歩く昴の姿が見えた。

「あら、噂をすれば。あそこにいるわ」
「どこです?」
「あの黒髪の生徒が、酒神――」
「ツグミっ!」
「ちょっと、待ちなさ――」

ナノの言葉を最後まで聞くことなく、白百合は二階の窓から勢いよく飛び降りた。

「きゃああああっ!」

しかし、落下しながら近づいてくる姿は、記憶にあるツグミよりも明らかに大きい。

(誰!? ツグミじゃありませんわ!)

気づいた時には、白百合の身体は、間一髪で昴の腕の中へ収まっていた。

「大丈夫?」
「……はい。おかげさまで。助けていただき、ありがとうございます」

***

「――ということがありまして」
「聖ちゃん、本当に危ないことはしないでよ……」
「ツグミだと思って飛び込んだら、お兄さんの方でしたの。完全な事故ですわ」
「そういうことだったんだ……」

昴の腕へ飛び込んだ白百合さん。
それを目撃したオレが、二人の出会いを運命だと思い込んだ。

すべては、勘違いから始まっていたらしい。

「酒神くんは、初めからずっと、てる君のことしか見ていませんでしたよ」
「そうそう! 口を開けば、てる君の話ばっかり! お弁当だって、毎朝てる君のためだけに作ってたんだから!」
「そ、そうだったんだ……」

改めて事実を突きつけられ、身体が熱くなる。

少し迷ったあと、オレは二人へ相談してみた。

「オレも、昴のために何かしたいんだけど……何ができるかな?」
「てる君がしてくれることなら、何でも『デュフ』って喜びそうですけど」
「昴、そんな笑い方するの?」
「しますわね」
「するんだ……」

白百合さんまで真顔で肯定した。

「あっ。それなら、こんなのはどう?」

ツグミちゃんが、ある案を提案してくれる。

「さ、さすがですね、ツグミ……!」
「これなら、お兄、絶対に喜ぶと思う」
「う、うん。頑張る……!」

その時、玄関からガチャリと扉が開く音がした。

「ツグミ! ただいま~! 恋、叶えてきたよ〜!」

陽気な声とともに居間の扉を開けた昴は、室内の光景を見た瞬間、ピタリと固まった。

「ただい、ま……?」
「あ、お兄、おかえり~」
「本物のてる君でーす!」
「お、お邪魔してます!」
「えっ、嘘……なんで瑛が俺ん家に!?」

さらに、オレの両側に座るツグミちゃんと白百合さんを見て、昴の顔色が変わった。

「美少女に囲まれるイケメンすぎる彼氏……ああ嫌だ! 寝取られ展開は本当に地雷だから!」

昴はオレのもとへ駆け寄ると、逃がすまいとするようにギュッと抱き寄せた。

「てる君、本当にこんなのでいいの?」
「おい、妹よ! こんなのって何だ!」

二人のやり取りに、昴の腕の中で思わず吹き出す。

「ツグミちゃんといる時は、こんな感じなんだな。昴って」
「普段はもっと酷いよ」
「ちょっと!?」

賑やかな兄妹の姿を見ていると、胸の奥が温かくなった。

オレはツグミちゃんの問いへ答えるため、真っ直ぐ彼女を見つめる。

「オレは、昴がいい」
「瑛……」
「「てる君……!」」

抱き締める腕へ、さらに力がこもった。

オレは改めて姿勢を正し、ツグミちゃんへ告げる。

「ツグミちゃん。君のお兄ちゃんは、オレが幸せにします」
「……っ! あの、お兄に、こんな……っ、素敵な恋人がっ!」

感極まったツグミちゃんが、ボロボロと涙を流し始める。

オレはポケットからハンカチを取り出し、彼女へ差し出した。

「これ、ハンカチ」
「ありがとうございますぅぅ!」
「不束な兄ですが、どうか、どうか愚兄を今後ともよろしくお願いします!」
「こちらこそ」

かつて初めて会った時と、ほとんど同じやり取り。
ただ一つ違うのは、今のオレが『友人』ではなく、昴の『恋人』になったことだった。

その様子を見ていた昴が、すかさず口を挟む。

「おい、妹よ。そのハンカチは、しっかり俺を通して瑛に返すように」
「なんで、お兄を通す必要があるの?」
「瑛との接点を一つでも多く確保するためです」

白百合さんも負けじとツグミちゃんの腕を取る。

「ツグミ。ハンカチを使うなら、恋人である私のものをお使いになって」
「聖ちゃんまで!?」

必死な恋人二人を見て、オレとツグミちゃんは顔を見合わせる。

そして同時に、吹き出すように笑った。