ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

グラウンドから、後夜祭のざわめきが届く。
その賑わいとは対照的に、屋上は嘘のように静かだった。
壁にもたれて膝を抱え、後夜祭が終わるのを待つ。
今頃、昴は誰と過ごしているのだろう。
考えるほど胸が苦しくなり、身体を丸めた。
その時だった。

――ガンッ!

突然、古びた扉が揺れる。
何度か体当たりする音が響き、扉はギィィ……と軋みながら開いた。
飛び込んできたのは、荒い呼吸を繰り返し、汗に濡れた昴だった。

「なんで……昴が、ここに来て……!」

思わず声を荒らげる。
後夜祭の伝説は、好きな人と思い出の場所で過ごせば結ばれるというものだ。
なのに、どうして昴がここにいるんだ。

「なんでって、この伝説、瑛が教えてくれたんでしょ?」
「そうだよ! だから、お前は好きな子と一緒にいるべきなのに……」
「だから、ここに来たんじゃん」
「え?」

昴が一歩、近づく。
月明かりに照らされた顔には、覚悟を決めた色が浮かんでいた。

「……はぁ。本当に鈍感なんだよね」

そう呟き、気合いを入れるように頬を二度叩く。

「友人の瑛に、相談がある」
「な、何だよ、こんな時に……」
「こんなに好きだって、キミしか見てないってアピールしてるのに、俺の親友が全然気づいてくれない件について!」
「え……好きって、え?」

世界から全ての音が消え、昴の声だけが胸へ突き刺さる。

「瑛、好きだよ。ずっと」

震える声と、優しい眼差し。
欲し続けていた言葉を向けられ、頭が真っ白になった。

「なんで……。だって、天使が降ってきたって言ってたじゃん!」
「階段から落ちてきた瑛のことだね」
「気になってる子と一緒に過ごしたって……」
「瑛の家で勉強したことだね」
「幼なじみが可愛すぎるって……」
「メイド服を着た瑛のことだね」

一つひとつ、思い出が紐解かれていく。
その全てが『オレのこと』だった。

「いつ気づくかと思ってたけど、まさか最後まで気づいてくれないなんて」
「……」

足が震え、呼吸の仕方も分からない。

「え、えええええ!?」

ようやく理解した瞬間、絶叫が夜空へ吸い込まれた。

「瑛が俺を、そういう目で見てないのは分かってる」

昴は苦しそうに息を吸う。

「それでも、どうしても伝えたかったんだ。だから、その……答えはいらないから」

背を向けようとした昴へ、声を上げた。

「待って!」

本音を聞いたのなら、オレも伝えなければ。
ここで逃したら、きっと一生言えない。

「友人の昴に、相談したいことがある」
「ん?」

振り返った昴を真っ直ぐ見つめる。

「オレ、ラブコメの『友人キャラ』になりたかったんだ」

昴が僅かに目を見開く。

「主人公みたいな昴が恋愛相談をしてくれるのが、めちゃくちゃ嬉しかった。昴は逞しくて、かっこよくて、努力家で。だから、ラブコメ展開を見るのが楽しみだった」

押し込めてきた本心が、次々と言葉になる。

「『天使が降ってきた』って聞いた時は嬉しかった。本物のラブコメが始まったみたいだったから。気になる子と過ごした話も、幼なじみの話も、主人公みたいですごいと思った」

昴は驚いた顔で見つめている。

「だから、応援したかった。昴の恋がうまくいって、幸せになるところを一番近くで見届けたかった。それは今だって、本心なんだ」

昴の恋を応援したい。
好きな人と結ばれ、幸せになる姿を見届けたい。

それは、紛れもない本心だ。

「それなのに、モヤモヤした」
「瑛……?」
「寂しかった……。超、寂しかった!」

張り上げた声が屋上に響く。

「昴のラブコメ展開が進むたびに嫉妬した。昴のかっこよさを一番分かってるのはオレなのにって、何度も思った」

目頭が熱くなる。
それでも、もう止めなかった。

「オレの方が、昴のことを好きなのにって……思ってた」
「……っ」
「ああ、もう!」

両手で頭を抱え、声を上げる。
頬を伝う熱い雫が、涙なのか汗なのかも分からない。

「オレは……ここで失恋するはずだったの!」

昴の恋を応援し、幸せを見届けたあと、『友人キャラ』へ戻るつもりだった。

「でも、失恋なんてしたくない……!」

もう一つの本心を絞り出す。

「昴に幸せになってほしい。でも、オレが昴を幸せにしたい。昴の隣を、誰にも譲りたくない!」
「瑛……」
「だから、オレを選んでほしかった。オレは……昴の一番になりたかっ――」

昴の瞳に、眩しい光が宿る。
最後まで聞いた昴は、衝動のままオレを抱き寄せた。
温かな体温に包まれ、顔が近づく。
唇が触れる寸前、昴は答えを確かめるように止まった。
オレは目を閉じ、昴の服を掴む。

次の瞬間、温かな唇が重なった。
ドンッ、と腹の底に響く音が夜空を裂く。
暗い空に、色とりどりの大輪が咲き乱れた。
後夜祭のクライマックス。

けれど、オレは目の前の熱に夢中だった。
爆ぜる光が二人を照らし、轟音が激しい鼓動をかき消す。
聞こえる音が昴の鼓動なのか、オレの鼓動なのか、それとも花火なのか。もう区別はつかなかった。

ただ、昴の腕の温もりと、重なった唇の感触だけが、オレの全てだった。

***

「っ、は……」

唇が離れ、夜風が触れる。
瞼を開くと、すぐ近くに昴の顔があった。

「…………瑛」

揺れる瞳。赤く染まった頬。甘い声で呼ばれ、身体が強張る。

「…………なん、ですか?」

どう返せばいいか分からず、敬語になった。
昴も必死に落ち着こうとしているらしい。真剣な眼差しで告げる。

「ごめん、瑛。全力で俺の頬を引っぱたいて」
「……夢じゃないだろ」

胸の高鳴りも、唇に残る温かさも、夢であるはずがない。
昴は優しく微笑んだあと、すぐに不安げな表情へ変わり、オレの両肩を掴んだ。

「か、確認なんだけど……瑛、本当に俺の恋人になってくれるってことで合ってる?」
「オレも、同じ『好き』だよ」

小さな声を絞り出す。昴が満面の笑みを見せた瞬間、大きな花火が上がった。すると昴は悪戯っぽく笑う。

「何? 花火の音で聞こえなーい」
「……わざとだろ」
「ん? なんて?」

ラブコメの定番を再現したいらしい。オレは意を決して声を張り上げる。

「だから! オレも昴のこと、恋愛的な意味で好きだよ!」

昴の顔が、ぱあっと明るくなった。

「じゃあ、両想いってこと?」
「うん」
「じ、じゃあ、こ、恋人ってこと!?」
「うん」
「やっっった!」

昴は花火に負けない勢いで、拳を天へ突き上げる。
その拍子に、ポケットから紙が落ちた。
拾い上げると、見覚えのある字で書かれている。

「『グイグイ押せ押せラブコメ展開シミュレーション』……?」
「ハッ!」

昴が固まるのを察知して、オレの視線は、その項目を追った。

・料理で胃袋を掴む
・壁ドン
・顎クイ
・頭ポン
・ロッカーに閉じ込められ、密室で二人きり
・神メイド服姿を褒める←『幼なじみ』でラブコメ要素を意識
・ナンパをかっこよく撃退←ナンパ師が陽キャすぎて怖いから無理

「これって、文化祭で昴がやろうとしてたこと……?」
「ッスー……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! 無理! 普通にかっこ悪い! 助けて! 心臓が耐えられない! 瑛、好き! 脳の処理が限界!」
「……」
「アッ、その、キ、キキキキモイですよね!? こんな男、恋人になんてしたくな――」

オレは昴をじっと見つめ、一歩詰め寄る。

「……あの、頭ポン、されてないんですけど」
「え……?」
「忘れてない?」
「そっち……?」
「あの! オレ、頭ポンされてないんですけど!」
「え、あぁ、うん! ワカリマシタ! させていただきます!」

昴は慌ててオレの髪を撫でる。
その手首を掴んで引き寄せ、今度はオレから唇を重ねた。

「隙あり!」

短いキスのあと、驚く昴へ悪戯っぽく笑いかける。

「好きです……」

真っ赤になった昴が即答した。
仕返しもできて、気分がよくなった、その時。

「すみません、ここは戦略的撤退をさせていただきます。これ以上、お見苦しい姿は見せられません。これは俺の弱さゆえの撤退でして、瑛は何も悪くなく。めっちゃ好きです。それではまた!」

昴は両手で顔を覆い、爆速で屋上をあとにした。
あれほどかっこよかった昴が、余裕を失っている。

「やっぱ、面白ぇヤツ!」

走り去る恋人の背中を見送り、笑みがこぼれた。
そんな昴も、好きだから。

***

花火が終わり、人気のなくなった教室へ荷物を取りに戻る。
昴の鞄は、まだ席に置かれていた。
捜しに行こうとした、その時。

「「てる君!」」

ツグミちゃんと白百合さんに、揃って呼ばれた。

***

一方。
瑛の尊さに耐えきれず屋上から逃げた昴は、想いを叫びながら階段を駆け下りていた。

「もう、好き! 超好き! 大好き!」
「恋人を放ったらかして、無様に逃げ出した男子高校生さん」
「アッ、ナ、ナナノさん……」

階段の先に、腕を組んだナノが佇んでいた。
その隣には、ニヤリと笑う男が一人。

「そんなんだと、大好きな子をヤンキーBに取られちゃうよ、昴」
「っ!」

そう告げたのは、文化祭で瑛をナンパした、あの男だった。