「やばい」
昴のかっこよさに脳を焼かれたオレは、もうそれしか言うことができなかった。
「いや、だから何が……」
「やばい、やばい、やばい」
焦点の合わない目で繰り返すオレに、翔馬は訝しげに首を傾げた。
「……かっこいい」
「……え?」
「昴がかっこよすぎて、困ってる」
ポツリとこぼれ落ちた言葉に、翔馬が目を瞬かせる。
「……確かに、かっこいいね」
頬が熱い。
心臓が今にも爆発しそうなほど、激しく鳴っている。
「やばい。昴の行動全部に、キュンってしてしまう」
「確かに、文化祭のすばる君はメロすぎてヤバいね~! 男だけど、キュンとするの分かるよ」
翔馬は冗談めかして言った。
けれど、オレの答えは小さく、ひどく真剣だった。
「……うん」
翔馬の言葉を、そのまま肯定する。
翔馬は口を開けたまま固まり、やがてオレの顔をじっと覗き込んだ。
「…………待って。今の瑛、恋する乙女みたいな顔してるけど」
「……」
オレは何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
黙って俯き、赤くなった顔を隠すように、両手で金色の髪束を掴む。
翔馬は一瞬、言葉を失っていた。
けれど、オレがただならぬ状況にあると察したのか、片付けに使っていた道具をポイと置くと、人気のない被服室へオレを連れ出した。
二人で丸椅子に並んで腰掛ける。
しばらく、重い沈黙が流れた。
やがて、翔馬が小声で切り込んだ。
「……ね、ねぇ、そういえば、瑛」
あえてさっきの話に触れず、一旦話題を変えようとしたのは、翔馬なりの気遣いだったのだと思う。
「体育祭のMVP特権、何に使ったの?」
しかし、その質問は自ずと先ほどの話へ繋がるものだった。
「……鍵だよ」
答えを聞いた瞬間、翔馬はハッと目を見開いた。
「もしかして、後夜祭で使うの?」
オレはその問いに静かに頷く。
「誰と……とかは、聞かない方がいい?」
翔馬は探るように、震える声を絞り出した。
それでも、あの時、本音を打ち明けてくれた翔馬にだからこそ、オレも伝えようと決心する。
「昴だよ」
「…………あぁぁぁ、なるほどね。全部に合点がいった」
翔馬は両手で顔を覆い、大げさに唸った。
驚かれると思っていた。
まさか、納得されるとは。
「いつも瑛、窓際を見てるなって思ってたんだよね。てっきり白百合さんを見てると勘違いしてたけど、見てたのは隣のすばる君だったんだ」
「……」
「確かに、今考えてみれば、すばる君を庇ったり、めちゃくちゃ信頼してたり。もうモロじゃん」
翔馬は無邪気に笑っていた。
けれど、オレの表情を見て、すぐに真剣な顔へ戻る。
「それで、後夜祭に誘いたいけど、言えなかったってこと?」
「……うん」
「どうして?」
オレは膝の上で、両手を固く握り締めた。
「オレは、昴のことが好きだから……昴の恋を応援したいんだ」
自分の言葉が、胸の奥へ突き刺さる。
「頑張ってる昴の努力が報われて、好きな人と結ばれて、幸せになるところを一番近くで見届けたい。背中を押して、応援したい。それは今でも、紛れもなくオレの本心なんだ」
翔馬は何も言わず、オレの言葉を待ってくれる。
「でも、オレ自身も昴が好きで……昴に選ばれたいって思ってる。昴の幸せを願う気持ちも、自分の想いを叶えたいって気持ちも、どっちも本心なんだ」
好きだから、応援したい。
好きだから、諦めたくない。
同じ『好き』から生まれたはずなのに、二つの本心は正反対の方向を向いていた。
「一つを本音として口にしたら、もう一つを否定することになりそうで……。どう伝えたらいいのか、分からないんだ」
翔馬はしばらく黙り込んでいた。
やがて、何かを考えついたように顔を上げる。
「じゃあ、どっちも伝えればいいじゃん」
「……え?」
「昴の恋を応援したい。でも、自分も昴が好き。どっちも瑛の本心なんでしょ?」
あまりにも簡単に言われて、オレは言葉を失った。
「でも、そんな矛盾したこと言われても、昴だって困るだろ」
「困るかどうかを決めるのは、すばる君でしょ」
翔馬の真っ直ぐな瞳が、オレを捉える。
「どっちかを勝手に諦めて、なかったことにする方がダメだよ。せっかく見つけた本心を、また隠すことになるじゃん」
「……」
「瑛の中に二つともあるなら、二つとも本当なんだよ。無理に綺麗な一つへまとめなくていい」
翔馬は胸を張ると、力強くオレの背中を叩いた。
「全部伝えちゃえ!」
「全部……」
「そう。好きだから幸せになってほしい。好きだから自分を選んでほしい。矛盾してても、どっちも瑛の本音なんだから」
翔馬はオレの目を見て、柔らかく笑った。
「大丈夫。瑛が本心を伝えてくれたおかげで、本当の意味で友達になれた僕っていう成功例が、ここにいるんだから」
「翔馬……」
「伝えたあとにどうなるかは、二人で決めればいい。でも、伝えないままじゃ、すばる君は瑛の本当の気持ちを知らないままだよ」
翔馬の言葉が、スッと胸の中へ入り込む。
矛盾が消えたわけではない。
二つの気持ちは、今も正反対の方向を向いている。
それでも、矛盾したまま伝えていいのだと、翔馬が背中を押してくれた。
「もし、全部伝えた瑛をこっ酷く振ったら、僕が『友達』として、すばる君に一発お見舞いしてあげる」
「過激だな……」
オレの言葉に、翔馬はクスリと笑う。
「僕は瑛を信頼してる。それに、そんな瑛が信頼してるすばる君のことも信頼してるから。……だから、きっと大丈夫。応援してるよ、!」
「……ありがと」
その瞬間、決意が固まった。
昴に、全部伝えよう。
昴の恋を応援したいことも。
昴の幸せを願っていることも。
それでも、オレ自身が昴を好きで、選んでほしいと思っていることも。
矛盾した本心を、全部、伝えよう。
「その前に、着替えよっか。恋するメイドさん」
「あっ」
***
メイド服から制服に着替え、緑色のネクタイを締める。
「てーる!」
「ん?」
「頑張れ!」
翔馬に背中を押され、オレは昴を捜して走り出した。
後夜祭まで、もうあまり時間がない。
掃除用具入れに隠れていた時、あのまま伝えてしまえばよかった。
そう後悔しながら校内を駆け回り、残すは北校舎だけとなった。
仄暗い校舎へ入り、静まり返った廊下を歩く。
美術室の前を通りかかった、その時だった。
「さあ、聞かせてもらおうかしら」
風音会長の澄んだ声が聞こえた。
続いて、白百合さんと――ツグミちゃんの声も混じる。
「ねぇ、昴クン」
「酒神くん」
「お兄」
三人の声が重なった。
「「「後夜祭、誰を選ぶの?」」」
心臓が止まったかと思った。
そして。
「俺は――」
昴の声が答えを告げようとした、その瞬間。
オレの身体は勝手に動いていた。
本音を告げる前に、昴の本音を聞いてしまったら。
その答えが、オレではなかったら。
さっき固めたはずの決意が、一瞬で崩れ落ちた。
続きを聞くことが怖くて、気づけば全力で走り出していた。
やっぱり、そうだよな。
あんなに可愛いヒロインたちがいるんだ。
『友人キャラ』のオレなんて。
ましてや、男のオレなんて。
選ばれるわけがないじゃないか。
「っ……!」
苦しさに喉が焼ける。
それでも、オレはただ走り続けた。
たどり着いたのは、思い出の場所――屋上だった。
体育祭MVPの特権をここの鍵を借りることに使った。
ポケットからボロボロの鍵を取り出し、鍵穴へ差し込む。
鍵を開け、ドアノブを捻って外へ出ようとする。
しかし、立て付けが悪く、なかなか扉が開かない。
いつもは昴が、大きな身体で体当たりしてこじ開けてくれていたっけ。
何度か肩をぶつけ、ようやくギィッと扉が開く。
オレは屋上へ出ると、昴と並んで座っていた壁を背に、膝を抱えた。
冷たい風が吹き抜け、熱くなった頭の中まで冷やしていく。
全部伝えると決めたはずだった。
矛盾した二つの本心を、どちらも昴へ渡すつもりだった。
それなのに、渡す機会すら得られなかった。
翔馬にもらった勇気を使う前に、終わってしまった。
あの三人のうち、誰かを選んだ昴は、きっとここには来ない。
後夜祭が終わるまで、ここにいよう。
涙で霞む視界の中、オレはそんな結論にたどり着く。
……また『友人キャラ』に戻ろう。昴が選んだヒロインとの恋を、一番近くで応援しよう。
あんなに眩しかったはずの太陽が、ゆっくりと沈んでいく。
オレのもう一つの本心も、それと同じように、夜の闇へ隠れていった。
昴のかっこよさに脳を焼かれたオレは、もうそれしか言うことができなかった。
「いや、だから何が……」
「やばい、やばい、やばい」
焦点の合わない目で繰り返すオレに、翔馬は訝しげに首を傾げた。
「……かっこいい」
「……え?」
「昴がかっこよすぎて、困ってる」
ポツリとこぼれ落ちた言葉に、翔馬が目を瞬かせる。
「……確かに、かっこいいね」
頬が熱い。
心臓が今にも爆発しそうなほど、激しく鳴っている。
「やばい。昴の行動全部に、キュンってしてしまう」
「確かに、文化祭のすばる君はメロすぎてヤバいね~! 男だけど、キュンとするの分かるよ」
翔馬は冗談めかして言った。
けれど、オレの答えは小さく、ひどく真剣だった。
「……うん」
翔馬の言葉を、そのまま肯定する。
翔馬は口を開けたまま固まり、やがてオレの顔をじっと覗き込んだ。
「…………待って。今の瑛、恋する乙女みたいな顔してるけど」
「……」
オレは何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
黙って俯き、赤くなった顔を隠すように、両手で金色の髪束を掴む。
翔馬は一瞬、言葉を失っていた。
けれど、オレがただならぬ状況にあると察したのか、片付けに使っていた道具をポイと置くと、人気のない被服室へオレを連れ出した。
二人で丸椅子に並んで腰掛ける。
しばらく、重い沈黙が流れた。
やがて、翔馬が小声で切り込んだ。
「……ね、ねぇ、そういえば、瑛」
あえてさっきの話に触れず、一旦話題を変えようとしたのは、翔馬なりの気遣いだったのだと思う。
「体育祭のMVP特権、何に使ったの?」
しかし、その質問は自ずと先ほどの話へ繋がるものだった。
「……鍵だよ」
答えを聞いた瞬間、翔馬はハッと目を見開いた。
「もしかして、後夜祭で使うの?」
オレはその問いに静かに頷く。
「誰と……とかは、聞かない方がいい?」
翔馬は探るように、震える声を絞り出した。
それでも、あの時、本音を打ち明けてくれた翔馬にだからこそ、オレも伝えようと決心する。
「昴だよ」
「…………あぁぁぁ、なるほどね。全部に合点がいった」
翔馬は両手で顔を覆い、大げさに唸った。
驚かれると思っていた。
まさか、納得されるとは。
「いつも瑛、窓際を見てるなって思ってたんだよね。てっきり白百合さんを見てると勘違いしてたけど、見てたのは隣のすばる君だったんだ」
「……」
「確かに、今考えてみれば、すばる君を庇ったり、めちゃくちゃ信頼してたり。もうモロじゃん」
翔馬は無邪気に笑っていた。
けれど、オレの表情を見て、すぐに真剣な顔へ戻る。
「それで、後夜祭に誘いたいけど、言えなかったってこと?」
「……うん」
「どうして?」
オレは膝の上で、両手を固く握り締めた。
「オレは、昴のことが好きだから……昴の恋を応援したいんだ」
自分の言葉が、胸の奥へ突き刺さる。
「頑張ってる昴の努力が報われて、好きな人と結ばれて、幸せになるところを一番近くで見届けたい。背中を押して、応援したい。それは今でも、紛れもなくオレの本心なんだ」
翔馬は何も言わず、オレの言葉を待ってくれる。
「でも、オレ自身も昴が好きで……昴に選ばれたいって思ってる。昴の幸せを願う気持ちも、自分の想いを叶えたいって気持ちも、どっちも本心なんだ」
好きだから、応援したい。
好きだから、諦めたくない。
同じ『好き』から生まれたはずなのに、二つの本心は正反対の方向を向いていた。
「一つを本音として口にしたら、もう一つを否定することになりそうで……。どう伝えたらいいのか、分からないんだ」
翔馬はしばらく黙り込んでいた。
やがて、何かを考えついたように顔を上げる。
「じゃあ、どっちも伝えればいいじゃん」
「……え?」
「昴の恋を応援したい。でも、自分も昴が好き。どっちも瑛の本心なんでしょ?」
あまりにも簡単に言われて、オレは言葉を失った。
「でも、そんな矛盾したこと言われても、昴だって困るだろ」
「困るかどうかを決めるのは、すばる君でしょ」
翔馬の真っ直ぐな瞳が、オレを捉える。
「どっちかを勝手に諦めて、なかったことにする方がダメだよ。せっかく見つけた本心を、また隠すことになるじゃん」
「……」
「瑛の中に二つともあるなら、二つとも本当なんだよ。無理に綺麗な一つへまとめなくていい」
翔馬は胸を張ると、力強くオレの背中を叩いた。
「全部伝えちゃえ!」
「全部……」
「そう。好きだから幸せになってほしい。好きだから自分を選んでほしい。矛盾してても、どっちも瑛の本音なんだから」
翔馬はオレの目を見て、柔らかく笑った。
「大丈夫。瑛が本心を伝えてくれたおかげで、本当の意味で友達になれた僕っていう成功例が、ここにいるんだから」
「翔馬……」
「伝えたあとにどうなるかは、二人で決めればいい。でも、伝えないままじゃ、すばる君は瑛の本当の気持ちを知らないままだよ」
翔馬の言葉が、スッと胸の中へ入り込む。
矛盾が消えたわけではない。
二つの気持ちは、今も正反対の方向を向いている。
それでも、矛盾したまま伝えていいのだと、翔馬が背中を押してくれた。
「もし、全部伝えた瑛をこっ酷く振ったら、僕が『友達』として、すばる君に一発お見舞いしてあげる」
「過激だな……」
オレの言葉に、翔馬はクスリと笑う。
「僕は瑛を信頼してる。それに、そんな瑛が信頼してるすばる君のことも信頼してるから。……だから、きっと大丈夫。応援してるよ、!」
「……ありがと」
その瞬間、決意が固まった。
昴に、全部伝えよう。
昴の恋を応援したいことも。
昴の幸せを願っていることも。
それでも、オレ自身が昴を好きで、選んでほしいと思っていることも。
矛盾した本心を、全部、伝えよう。
「その前に、着替えよっか。恋するメイドさん」
「あっ」
***
メイド服から制服に着替え、緑色のネクタイを締める。
「てーる!」
「ん?」
「頑張れ!」
翔馬に背中を押され、オレは昴を捜して走り出した。
後夜祭まで、もうあまり時間がない。
掃除用具入れに隠れていた時、あのまま伝えてしまえばよかった。
そう後悔しながら校内を駆け回り、残すは北校舎だけとなった。
仄暗い校舎へ入り、静まり返った廊下を歩く。
美術室の前を通りかかった、その時だった。
「さあ、聞かせてもらおうかしら」
風音会長の澄んだ声が聞こえた。
続いて、白百合さんと――ツグミちゃんの声も混じる。
「ねぇ、昴クン」
「酒神くん」
「お兄」
三人の声が重なった。
「「「後夜祭、誰を選ぶの?」」」
心臓が止まったかと思った。
そして。
「俺は――」
昴の声が答えを告げようとした、その瞬間。
オレの身体は勝手に動いていた。
本音を告げる前に、昴の本音を聞いてしまったら。
その答えが、オレではなかったら。
さっき固めたはずの決意が、一瞬で崩れ落ちた。
続きを聞くことが怖くて、気づけば全力で走り出していた。
やっぱり、そうだよな。
あんなに可愛いヒロインたちがいるんだ。
『友人キャラ』のオレなんて。
ましてや、男のオレなんて。
選ばれるわけがないじゃないか。
「っ……!」
苦しさに喉が焼ける。
それでも、オレはただ走り続けた。
たどり着いたのは、思い出の場所――屋上だった。
体育祭MVPの特権をここの鍵を借りることに使った。
ポケットからボロボロの鍵を取り出し、鍵穴へ差し込む。
鍵を開け、ドアノブを捻って外へ出ようとする。
しかし、立て付けが悪く、なかなか扉が開かない。
いつもは昴が、大きな身体で体当たりしてこじ開けてくれていたっけ。
何度か肩をぶつけ、ようやくギィッと扉が開く。
オレは屋上へ出ると、昴と並んで座っていた壁を背に、膝を抱えた。
冷たい風が吹き抜け、熱くなった頭の中まで冷やしていく。
全部伝えると決めたはずだった。
矛盾した二つの本心を、どちらも昴へ渡すつもりだった。
それなのに、渡す機会すら得られなかった。
翔馬にもらった勇気を使う前に、終わってしまった。
あの三人のうち、誰かを選んだ昴は、きっとここには来ない。
後夜祭が終わるまで、ここにいよう。
涙で霞む視界の中、オレはそんな結論にたどり着く。
……また『友人キャラ』に戻ろう。昴が選んだヒロインとの恋を、一番近くで応援しよう。
あんなに眩しかったはずの太陽が、ゆっくりと沈んでいく。
オレのもう一つの本心も、それと同じように、夜の闇へ隠れていった。
