体育祭が終わり、オレと昴は微妙な距離感のまま、ずるずると二学期を迎えた。
両親は多忙ながら、できる限り一緒にいてくれようとしている。
家族と過ごす日々は、かけがえのないものだった。
けれど、それは昴を避ける理由にはならない。
家族と過ごす以外の時間も、オレは意図的に昴から距離を置いていた。
気づいてしまったから。
オレは酒神昴が好きなのだと。
一度自覚してしまえば、もう気づかないふりはできなかった。
目が合うたび、声を聞くたび、隣に立つたび、胸の奥に隠した本心が顔を出そうとする。
夏休み中も、部活が忙しいことを言い訳に、一度も昴と会わなかった。
必要な連絡以外、オレからメッセージを送ることもなかった。
そんな自分勝手な理由で距離を置いたまま、二学期は始まってしまった。
「文化祭の出し物について!」
ロングホームルームで翔馬が声を上げた瞬間、教室が一気にざわつく。
体育祭で優勝したオレたちのクラスには、『出店優先権』が与えられている。
黒板の前で、文化祭実行委員の翔馬が腕を組み、ニヤリと笑った。
「僕らのクラスは体育祭で優勝したので! 好きな出し物を選び放題です!」
「よっしゃー! 模擬店だ~!」
「屋台っぽくしたい!」
「揚げ物やりたい!」
「スイーツ食べたい!」
意見が飛び交い、教室中のテンションが上がっていく。
「料理が得意な人とかいる~?」
その問いに、教室が一瞬静まり返った。
窓際の席で、昴の手が迷いなく上がる。
「……はい」
体育祭での活躍もあって、クラスメイトは疑うことなく、むしろ大いに盛り上がった。
「酒神! すごいな!」
「酒神くん、得意料理は!?」
「き、基本的には何でも作れると思う、けど……特に唐揚げとか、得意です!」
「本格派じゃん!」
「食べてみたーい!」
昴の唐揚げは、本当に美味い。
毎日どころか、毎時間、毎分、毎秒食べたいほどだ。
正直、店を開けるレベルだと思う。
けれど、あの味をクラス全員が知ると考えた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
オレだけが、昴の唐揚げを知っていたい。
そんな独占欲にも似た醜い感情を抱く自分が、嫌になる。
その時、昴が冷静な声で続けた。
「唐揚げは、油の処理や鶏肉の衛生管理が難しいから、別の料理にした方がいいかも、です」
「それもそっか~!」
「や、焼きそばとか、どうですか?」
「いいじゃん!」
「文化祭っぽい!」
唐揚げを残念がる声も上がったが、代案に教室は再び盛り上がる。
昴がチラリとオレを見て、ウインクとともに無邪気な笑顔を見せた。
ああ、心臓がうるさい。
「焼きそばといったら、メイド喫茶だな!」
「それ、メイド服が見たいだけでしょ」
「バレた……」
亮介の発言に翔馬が間髪入れずツッコみ、教室中から笑い声が上がる。
「でも面白いかも。見た目は可愛いメイド喫茶なのに、厨房ではゴリゴリの漢たちが焼きそばを作ってるの」
「クセ強」
「接客担当は男女関係なく、全員メイド服ね」
「男子も!?」
「いいじゃん!」
「ギャップ系メイド焼きそば屋!」
「決まりだね!」
模擬店のコンセプトは、あっという間に決まった。
その時、ポケットのスマホが振動する。
喧騒に紛れて確認すると、昴からのメッセージだった。
『ガチ唐揚げは瑛に一番に食べてほしいから、文化祭では別のにする』
文章を読んだ瞬間、身体が熱くなった。
「なっ……!」
慌てて窓際の席を見る。
昴はオレを真っ直ぐに見つめ、悪戯っぽく微笑んでいた。
スマホで口元を隠しているせいで、その笑みが余計に意味深に見える。
窓から差し込む光に照らされた姿は、二次元の世界から飛び出してきたように美しかった。
二学期に入り、昴が以前よりずっとかっこよく見える。
オレの見方が変わったのか。
それとも、昴の態度まで変わったのか。
どちらにしても、オレが恋心を自覚したせいなのだろう。
***
数日後。
家庭科室で、試作と衣装合わせを兼ねた準備が始まった。
まずは厨房担当を決める。
「瑛、マジか」
ぐちゃぐちゃになった野菜を前に、亮介が呆然と呟いた。
「マジかってなんだよ」
「完璧超人の瑛にも、できないことがあったんだな」
翔馬も、まな板の上に載った可哀想な野菜を見つめている。
「瑛は厨房、無理だね」
「そこまで言う?」
「料理はすばる君にお任せだね!」
「任せて」
昴は親指を立て、エプロン姿で手際よくニンジンを刻んでいく。
包丁を動かす姿は、すっかり板についていた。
見惚れていると、翔馬が不敵な笑みを浮かべて腕を掴む。
「瑛はこっちね」
「こっちって……」
家庭科室から連れ出され、隣の被服室へ案内された。
室内では、数人の女子生徒が白百合さんを取り囲んでいる。
その手には、白と黒のフリルをふんだんにあしらった衣装が握られていた。
「白百合さん……?」
「接客担当の衣装合わせだよ」
翔馬は段ボールから、もう一着の衣装を取り出した。
黒いスカートの裾がひらひらと揺れる。
「はい、メイド服」
「は?」
「メイド服!」
「いや、なんでオレ!? 白百合さんみたいに、めちゃくちゃ似合う子がいるじゃん!」
「接客担当は全員メイド服って決まったでしょ。厨房が絶望的な瑛には、接客しか残ってません」
「言い方!」
いつもからは想像できないほど低い声。
柔らかく大きな瞳から放たれる鋭い眼光。
翔馬の圧に屈し、気づけば半ば強制的に着替えさせられていた。
鏡には、自分とは思えない姿が映っている。
長い脚を包む黒のハイソックス。
肩口を飾る白いフリル。
黒いスカートの上では、白いエプロンが腰からふわりと広がっていた。
カーテンの向こうから、女子たちの歓声が聞こえる。
「白百合さん、すっごく似合ってる!」
「本物のお姫様みたい!」
振り向くと、着替えを終えた白百合さんが姿を現した。
プラチナブロンドの長い髪と、クラシカルなメイド服が恐ろしいほど調和している。
「……強すぎるだろ」
「何がですの?」
「いや、ビジュアルが」
率直に答えると、白百合さんは満足そうに微笑んだ。
「てる君も、可愛いですよ?」
お世辞まで言ってくれる。
翔馬と亮介は、オレたちを交互に見比べていた。
二人とも、今にも吹き出しそうな顔をしている。
「白百合さんは王道の美少女メイド」
「瑛は超絶美少女なのに、よく見ると男子なのが……いい」
「褒められた感じがしない」
「二人とも、みんなに見せびらかそう!」
翔馬と亮介に連れられ、家庭科室へ戻る。
「看板メイド候補、二人のお披露目でーす!」
オレと白百合さんが並んで入ると、クラスメイトから歓声が上がった。
「白百合さん、お美しい!」
「瑛君、可愛いっ!」
「二人ともレベル高すぎ!」
野菜を切り終えた昴が、声に気づいて振り返る。
オレと白百合さんを同時に視界へ入れた瞬間、大きく目を見開いた。
「アッ……」
その一言を残し、完全に停止する。
「すばる君、どう思う……って、立ったまま死んでる!?」
翔馬が肩を揺すっても反応はない。
「罪深いメイド様たちだな……」
亮介が大げさに肩をすくめた。
これほど綺麗な白百合さんを見れば、固まるのも当然だ。
そう思ったはずなのに、胸の奥がざわついた。
もしかしたら、オレの方を見ていたのかもしれない。
そんな都合のいい期待が、どうしても消えてくれない。
耳まで熱くなっているのを感じ、慌ててスカートの裾を押さえながら視線を逸らした。
***
制服へ着替え、教室へ戻る途中。
廊下から、女子生徒たちの楽しげな会話が聞こえてきた。
「そういえば、文化祭の伝説って知ってる?」
「伝説?」
「好きな人と思い出の場所で過ごすと、結ばれるらしいよ」
「何それ~。ベタすぎ~!」
「今年は後夜祭で何かイベントがあるんでしょ?」
「伝説より、そっちの方が盛り上がりそう」
思わず足を止めそうになった。
好きな人と思い出の場所で過ごせば、結ばれる。
心臓が跳ねる。
可愛いヒロインたちがいる中で、『友人』のオレが昴と結ばれるなんて思ってはいない。
くだらないと笑い飛ばせばいい。
それなのに、そんな噂へ都合のいい期待を抱いてしまう。
その時、あることを思い出した。
オレには、まだ使っていないMVP特権がある。
かつては昴のために使おうとした特権。
けれど今は、自分の本心を伝える勇気を得るために使いたい。
準備時間が終わると、すぐに生徒会室へ向かった。
扉をノックして入ると、風音会長がゆっくりと顔を上げる。
「……あら、有真瑛くん」
艶のあるポニーテールを撫でながら、オレの瞳をじっと見つめた。
深く息を吸い、告げる。
「風音会長、少しお時間いいですか?」
「ええ。もちろんよ」
風音会長は相変わらず、何を考えているのか分からない微笑を浮かべていた。
両親は多忙ながら、できる限り一緒にいてくれようとしている。
家族と過ごす日々は、かけがえのないものだった。
けれど、それは昴を避ける理由にはならない。
家族と過ごす以外の時間も、オレは意図的に昴から距離を置いていた。
気づいてしまったから。
オレは酒神昴が好きなのだと。
一度自覚してしまえば、もう気づかないふりはできなかった。
目が合うたび、声を聞くたび、隣に立つたび、胸の奥に隠した本心が顔を出そうとする。
夏休み中も、部活が忙しいことを言い訳に、一度も昴と会わなかった。
必要な連絡以外、オレからメッセージを送ることもなかった。
そんな自分勝手な理由で距離を置いたまま、二学期は始まってしまった。
「文化祭の出し物について!」
ロングホームルームで翔馬が声を上げた瞬間、教室が一気にざわつく。
体育祭で優勝したオレたちのクラスには、『出店優先権』が与えられている。
黒板の前で、文化祭実行委員の翔馬が腕を組み、ニヤリと笑った。
「僕らのクラスは体育祭で優勝したので! 好きな出し物を選び放題です!」
「よっしゃー! 模擬店だ~!」
「屋台っぽくしたい!」
「揚げ物やりたい!」
「スイーツ食べたい!」
意見が飛び交い、教室中のテンションが上がっていく。
「料理が得意な人とかいる~?」
その問いに、教室が一瞬静まり返った。
窓際の席で、昴の手が迷いなく上がる。
「……はい」
体育祭での活躍もあって、クラスメイトは疑うことなく、むしろ大いに盛り上がった。
「酒神! すごいな!」
「酒神くん、得意料理は!?」
「き、基本的には何でも作れると思う、けど……特に唐揚げとか、得意です!」
「本格派じゃん!」
「食べてみたーい!」
昴の唐揚げは、本当に美味い。
毎日どころか、毎時間、毎分、毎秒食べたいほどだ。
正直、店を開けるレベルだと思う。
けれど、あの味をクラス全員が知ると考えた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
オレだけが、昴の唐揚げを知っていたい。
そんな独占欲にも似た醜い感情を抱く自分が、嫌になる。
その時、昴が冷静な声で続けた。
「唐揚げは、油の処理や鶏肉の衛生管理が難しいから、別の料理にした方がいいかも、です」
「それもそっか~!」
「や、焼きそばとか、どうですか?」
「いいじゃん!」
「文化祭っぽい!」
唐揚げを残念がる声も上がったが、代案に教室は再び盛り上がる。
昴がチラリとオレを見て、ウインクとともに無邪気な笑顔を見せた。
ああ、心臓がうるさい。
「焼きそばといったら、メイド喫茶だな!」
「それ、メイド服が見たいだけでしょ」
「バレた……」
亮介の発言に翔馬が間髪入れずツッコみ、教室中から笑い声が上がる。
「でも面白いかも。見た目は可愛いメイド喫茶なのに、厨房ではゴリゴリの漢たちが焼きそばを作ってるの」
「クセ強」
「接客担当は男女関係なく、全員メイド服ね」
「男子も!?」
「いいじゃん!」
「ギャップ系メイド焼きそば屋!」
「決まりだね!」
模擬店のコンセプトは、あっという間に決まった。
その時、ポケットのスマホが振動する。
喧騒に紛れて確認すると、昴からのメッセージだった。
『ガチ唐揚げは瑛に一番に食べてほしいから、文化祭では別のにする』
文章を読んだ瞬間、身体が熱くなった。
「なっ……!」
慌てて窓際の席を見る。
昴はオレを真っ直ぐに見つめ、悪戯っぽく微笑んでいた。
スマホで口元を隠しているせいで、その笑みが余計に意味深に見える。
窓から差し込む光に照らされた姿は、二次元の世界から飛び出してきたように美しかった。
二学期に入り、昴が以前よりずっとかっこよく見える。
オレの見方が変わったのか。
それとも、昴の態度まで変わったのか。
どちらにしても、オレが恋心を自覚したせいなのだろう。
***
数日後。
家庭科室で、試作と衣装合わせを兼ねた準備が始まった。
まずは厨房担当を決める。
「瑛、マジか」
ぐちゃぐちゃになった野菜を前に、亮介が呆然と呟いた。
「マジかってなんだよ」
「完璧超人の瑛にも、できないことがあったんだな」
翔馬も、まな板の上に載った可哀想な野菜を見つめている。
「瑛は厨房、無理だね」
「そこまで言う?」
「料理はすばる君にお任せだね!」
「任せて」
昴は親指を立て、エプロン姿で手際よくニンジンを刻んでいく。
包丁を動かす姿は、すっかり板についていた。
見惚れていると、翔馬が不敵な笑みを浮かべて腕を掴む。
「瑛はこっちね」
「こっちって……」
家庭科室から連れ出され、隣の被服室へ案内された。
室内では、数人の女子生徒が白百合さんを取り囲んでいる。
その手には、白と黒のフリルをふんだんにあしらった衣装が握られていた。
「白百合さん……?」
「接客担当の衣装合わせだよ」
翔馬は段ボールから、もう一着の衣装を取り出した。
黒いスカートの裾がひらひらと揺れる。
「はい、メイド服」
「は?」
「メイド服!」
「いや、なんでオレ!? 白百合さんみたいに、めちゃくちゃ似合う子がいるじゃん!」
「接客担当は全員メイド服って決まったでしょ。厨房が絶望的な瑛には、接客しか残ってません」
「言い方!」
いつもからは想像できないほど低い声。
柔らかく大きな瞳から放たれる鋭い眼光。
翔馬の圧に屈し、気づけば半ば強制的に着替えさせられていた。
鏡には、自分とは思えない姿が映っている。
長い脚を包む黒のハイソックス。
肩口を飾る白いフリル。
黒いスカートの上では、白いエプロンが腰からふわりと広がっていた。
カーテンの向こうから、女子たちの歓声が聞こえる。
「白百合さん、すっごく似合ってる!」
「本物のお姫様みたい!」
振り向くと、着替えを終えた白百合さんが姿を現した。
プラチナブロンドの長い髪と、クラシカルなメイド服が恐ろしいほど調和している。
「……強すぎるだろ」
「何がですの?」
「いや、ビジュアルが」
率直に答えると、白百合さんは満足そうに微笑んだ。
「てる君も、可愛いですよ?」
お世辞まで言ってくれる。
翔馬と亮介は、オレたちを交互に見比べていた。
二人とも、今にも吹き出しそうな顔をしている。
「白百合さんは王道の美少女メイド」
「瑛は超絶美少女なのに、よく見ると男子なのが……いい」
「褒められた感じがしない」
「二人とも、みんなに見せびらかそう!」
翔馬と亮介に連れられ、家庭科室へ戻る。
「看板メイド候補、二人のお披露目でーす!」
オレと白百合さんが並んで入ると、クラスメイトから歓声が上がった。
「白百合さん、お美しい!」
「瑛君、可愛いっ!」
「二人ともレベル高すぎ!」
野菜を切り終えた昴が、声に気づいて振り返る。
オレと白百合さんを同時に視界へ入れた瞬間、大きく目を見開いた。
「アッ……」
その一言を残し、完全に停止する。
「すばる君、どう思う……って、立ったまま死んでる!?」
翔馬が肩を揺すっても反応はない。
「罪深いメイド様たちだな……」
亮介が大げさに肩をすくめた。
これほど綺麗な白百合さんを見れば、固まるのも当然だ。
そう思ったはずなのに、胸の奥がざわついた。
もしかしたら、オレの方を見ていたのかもしれない。
そんな都合のいい期待が、どうしても消えてくれない。
耳まで熱くなっているのを感じ、慌ててスカートの裾を押さえながら視線を逸らした。
***
制服へ着替え、教室へ戻る途中。
廊下から、女子生徒たちの楽しげな会話が聞こえてきた。
「そういえば、文化祭の伝説って知ってる?」
「伝説?」
「好きな人と思い出の場所で過ごすと、結ばれるらしいよ」
「何それ~。ベタすぎ~!」
「今年は後夜祭で何かイベントがあるんでしょ?」
「伝説より、そっちの方が盛り上がりそう」
思わず足を止めそうになった。
好きな人と思い出の場所で過ごせば、結ばれる。
心臓が跳ねる。
可愛いヒロインたちがいる中で、『友人』のオレが昴と結ばれるなんて思ってはいない。
くだらないと笑い飛ばせばいい。
それなのに、そんな噂へ都合のいい期待を抱いてしまう。
その時、あることを思い出した。
オレには、まだ使っていないMVP特権がある。
かつては昴のために使おうとした特権。
けれど今は、自分の本心を伝える勇気を得るために使いたい。
準備時間が終わると、すぐに生徒会室へ向かった。
扉をノックして入ると、風音会長がゆっくりと顔を上げる。
「……あら、有真瑛くん」
艶のあるポニーテールを撫でながら、オレの瞳をじっと見つめた。
深く息を吸い、告げる。
「風音会長、少しお時間いいですか?」
「ええ。もちろんよ」
風音会長は相変わらず、何を考えているのか分からない微笑を浮かべていた。
