ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

***

体育祭の日に電話をしてから、最初の週末。
両親は忙しい予定の合間を縫い、オレと会う時間を作ってくれた。
待ち合わせは店の前。
オレは部活を、両親は仕事を終えて、直接やって来る。

「「瑛!」」

駆け寄ってきた二人の声が、重なり合って耳へ届く。
久しぶりに聞く、両親の生の声だった。

「父さん、母さん。今日はオレのために来てくれて、ありがとう」

自分の声が震えている。
両親もひどく心配そうな顔をしていた。

「当たり前じゃないか。私たちの方こそ、すまなかった。もっと早く、こうして時間を作るべきだった」
「今日は……たくさん話しましょう」

重苦しい空気のまま、三人で店へ入る。ソファ席へ案内され、オレと両親は向かい合って腰掛けた。

「……本当にここでよかったの?」
「うん。ここがよかった、から」

両親が提案したのは、フランス料理店だった。
けれど、オレはあえてファミレスを選んだ。
二人と一度も来たことがなかったから。
それに、『ファミリー』という名前の場所なら、オレたちも少しは家族らしくなれるかもしれない。そんな安直な期待もあった。

「……瑛は何にする? 好きなものを食べていいのよ」

母さんのおすすめは?
父さんの好きなものは?
教えてよ。
そんなワガママが喉元まで出かかり、止まる。
けれど、昴の言葉が背中を押した。
言葉にしなければ、伝わらない。
そうだよな、昴。深呼吸して尋ねる。

「二人は何にするの?」
「そ、そうね。私は魚介のスープパスタにしようかしら」
「私はハンバーグセットにしようと思う」

両親は驚きの混じった声で答えた。

「……そっか。なら、オレは両方!」
「まあ、食べられるの?」
「うん! 食べたい!」

タブレットで料理を注文する。

「……知らなかったわ。瑛がそんなに食べるなんて」

母さんは驚いたあと、僅かに表情を曇らせた。
料理が届くまで、沈黙が続く。
周囲から聞こえる家族連れの団欒が、オレたちのぎこちなさを際立たせた。
配膳ロボットが来ると、オレは率先して皿をテーブルへ移した。
三人で手を合わせ、黙々と食べる。

多分、誰も言い出せなかったのだ。
食べている間は、話さずに済むから。
味わう余裕もなく、ただ口を動かした。やがてフォークを置き、軽く息を吐く。

「オレ、さ。寂しかったんだ」

全ては、その一言から始まった。両親も手を止め、恐る恐るオレを見る。

「何でもしていいよって言われるのが、寂しかった。何かを勧めてほしくて、こうしてみなさいって言ってほしくて。もっと、オレに関わってほしかった」

二人の顔を見るのが怖くなり、俯く。

「本当はオレ、二人に見てほしかったんだ」

沈黙のあと、母さんが震える声で呟いた。

「……そうだったのね。瑛があまりにもしっかりしていたから、一人でも大丈夫だと勝手に決めつけていた」

そこへ、父さんの低い声が重なる。

「過干渉になりたくない。瑛の自由を尊重している。そんなもっともらしい理由をつけて、私たちはお前の言葉を聞こうとしていなかったのかもしれない」
「知らないうちに、瑛へ無理をさせていたのね」

母さんは目元を押さえた。

「ごめんなさい。何も言わないことが信頼だと思っていた。でも本当は、どう関わればいいのか分からず、仕事に逃げていたのかもしれない」

一筋の涙がこぼれた。

「オレ、全然しっかりしてないよ。料理もできないし、とても一人暮らしができるような人間じゃない」

苦笑しながら、テーブルの下で拳を握る。

「実は、超寂しがり屋なの。二人に構ってほしくて、しっかり者を取り繕ってた。勉強も運動も頑張ったのは、二人に見てもらいたかったから」

一度息を吸い、続ける。

「でも、言葉にもしないで全部察してもらおうとしてた。オレもワガママだったと思う。完璧には程遠いよ」

自嘲気味に笑うと、両親は静かに首を横へ振った。

やっと言えた。胸の奥が、すっと軽くなる。
両親は顔を見合わせ、頷き合った。父さんがゆっくり口を開く。

「瑛。お前が望んでくれるなら……もう一度、三人で暮らすところから始めたい」
「え……?」
「すぐに昔のようには戻れないかもしれない。仕事の調整にも時間はかかる。それでも、私たちにチャンスをくれないか?」

母さんも真っ直ぐオレを見る。

「どうか、もう一度、私たちと暮らしてください」

二人は頭を下げた。胸が温かくなり、涙が止まらなくなる。

「もちろん!」

ああ、昴。全部、昴のおかげだよ。しばらく泣いたあと、メニューを手に取る。

「あ、追加で注文していい?」
「まだ食べるの!?」
「うん!」

誰かさんのおかげで、胃袋の許容量が大きくなったから。
数分後、今度は店員さんが料理を運んできた。

「お待たせしました~! 唐揚げです!」
「ありがとうございます」

一つを口へ運び、ゆっくり咀嚼する。

(……昴の唐揚げ、食べたいな)

***

それからの両親の行動は早かった。
仕事を調整し、必要な手続きを進め、少しずつ荷物をマンションへ運ぶ。
一週間後、両親は再びここを生活の拠点にしてくれた。
全てが以前どおりになったわけではない。
帰りが遅い日も、家を空ける日もある。
それでも、三人で家族の形を作り直す生活が始まった。
朝練がある日曜日。

「おはよう、瑛」

目を開けると、エプロン姿の母さんがオレをベッドから引っ張り出した。

「母さん!? なんでこんな朝早くに……」

リビングには、少し形の崩れた卵焼きと、味噌汁、ご飯。
きちんと三人分並んでいた。

「瑛に頼ってほしくて! お母さん、早起きして朝ご飯を作っちゃった!」
「母さんだって忙しいのに……」
「毎日は無理かもしれない。でも、できるだけ一緒に食べたいの。これが私の決意だから、受け取ってくれる?」
「母さん……」

後ろから父さんが声をかける。

「私は母さんのように料理はできないが……一緒に朝食を食べてもいいか?」
「もちろんだよ、父さん」

それから朝練のある日は、できる限り三人で朝食を取ることにした。
必ず全員で「おはよう」と言おう。
この時間に、たくさん話そう。
そうして少しずつ、家族の形を取り戻していこうと決めた。

***

翌日の月曜日。
食卓に並んでいるのは、味噌汁とご飯だけ。
前日に、オレが頼んでおいたものだ。

「瑛、本当にこれだけで足りるの?」
「うん」

昴は今日も、弁当を作ってきてくれるだろう。
今日を最後に、もう朝食を作らなくていいと伝えるつもりだった。そうすれば昴の負担は減り、家族との朝食も始められる。それが正しいはずなのに、胸の奥は少しも納得してくれなかった。

「ねぇ、私たちに話してくれたきっかけって、何かあったの?」

母さんに尋ねられる。

「……うん。オレの憧れている友達……いや、親友が背中を押してくれたんだ」
「そう。いいお友達ができたのね」
「そうか」

両親は朗らかに笑った。

「……うん」

昴を思い出した途端、胸が高鳴る。

母さんが、そんなオレの顔を覗き込んだ。

「あら? まさか、その子、恋人だったりする?」
「え!? なんで!?」
「だって、瑛の顔、真っ赤だもの」
「えっ!?」
「そうなのか!?」

父さんまで声を上げる。

「違う! 違う! 今は!」
「今は?」
「……」

墓穴を掘った。一気に身体が熱くなる。

「もう! 私たちはなんて阿呆なの。こんなに可愛い息子がいるのに、今まで何を見ていたのかしら!」
「全くだな。瑛がこんな顔をするなんて知らなかった。天使だな!」
「ちょ、二人ともやめて!」

母さんは頬杖をつき、楽しそうに微笑む。

「今度、私たちの恩人を連れてきてね」
「……うん」

いつか、この気持ちを言葉にできる日が来たなら。
変わったオレたちの関係を、両親へ伝えられるだろうか。
玄関を出るオレの背中に、二人の声が重なる。

「「瑛、行ってらっしゃい」」

昴がいなければ、かけてもらえなかった温かな言葉。それを背に受け、オレは学校へ向かう。

矛盾した二つの本心を、まだ伝えられないまま。