ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

昴と風音生徒会長が幼い頃からの仲……!?

「それは……幼なじみということですか?!」

オレは混乱する思考を整理するため、咄嗟に口を開いた。
そんなオレの混乱ぶりがおかしかったのか、風音会長は口元を押さえてクスリと笑う。

「……まあ、そう言えないこともないわね」

結われた髪束を手櫛でとかしながら、窓の外へ遠い目を向ける。

「昔から……何かと顔を合わせてはいたかしら」

懐かしむような彼女の瞳に、オレの心は思わず跳ねる。
だって。

「本当ですか?! 風音会長が幼なじみとか……そんなの……すごすぎる!」

美少女転校生に、義妹、幼なじみって、もうこれ、ハーレムラブコメのオンパレードだ。オレはあまりの急展開にニヤつきを隠せず、何とか手で顔を覆って誤魔化す。

興奮がようやく落ち着いたところで、恐る恐る目の前にいるクール系美少女幼なじみさんへ視線を移す。
オレの目に映った彼女は、酷く驚いている様子だった。

「…………え、すごい?」
「はい!」

威勢よく返事をして前のめりになる。風音会長は目をぱちくりさせてオレを見たあと、わずかに後ずさった。そして、片手で頭を押さえながら、低い声を絞り出す。

「……キミ、変わってるわね」
「そうですか?」

あまり言われたことのない指摘に、オレは困惑してしまう。風音会長はそんなオレを見て苦笑するだけだった。

すごい。昴には、こんなに魅力的な幼なじみまでいる。
そう思っているはずなのに、胸の奥に引っかかった小さな棘だけは、どうしても消えてくれなかった。

彼女はじっとオレを見つめると、今度は彼女の方からこちらへ歩み寄る。

「……まあ、彼の努力を見守ってあげて。きっと、やってくれるわ」
「……はい」

風音会長は女子としては高い身長をわずかにかがめ、オレの肩に優しく手を置いて、耳元でそう囁いた。
オレがその時、一体どんな表情で返事をしたのか、自分でも分からない。
でも、きっと、努力している友人を見守ろうとする決意の表情だったはずだ。

***

その日から毎日、部活の朝練が始まるより前に、昴は広いグラウンドを汗だくになりながら走り回っていた。
休み時間も返上して、階段を駆け上がり、トレーニングをしている。
そして、放課後も。
部活が終わって帰る頃にふとグラウンドの隅を見てみれば、まだ走り込んでいる昴がいる。

大丈夫だと言われたから、オレから声をかけることはなかったけれど、昴の努力は遠くから見守るだけのオレにも十分に伝わってきた。
体育祭の練習でも、まだ300メートル全てを全力で走り切れるわけではないが、半分を過ぎても以前のように大きく失速することはなくなった。
その努力が、少しずつ報われていっているように感じる。

でも、なんで、そこまで頑張れるんだろう。
たかがリレー。たかが体育祭。
そのために無理をして、ぐちゃぐちゃになっても、命を削るみたいに走り続けるなんて。

けれど、昴は迷いもせず、ただひたすらに前だけを見ている。
きっと、その必死さは、誰かを心から想っているからこそ出せるものなんだ。

やっぱり、かっこいい。
オレの憧れの主人公だよ、昴は。

いいなぁ。
誰かのために頑張ってみたい。
オレもあんなふうに愛されてみたい。

なんて、主人公を応援する『友人キャラ』のオレが何を思ってるんだか。
オレは気付きかけた本心(何か)に知らないふりをして、遠くから主人公を見つめて……応援した。
だって、それがオレの役割だから。

***

「さあ始まりました! 第六十二回、蘭歩高校体育祭!」
グラウンドのスピーカーから、テンションが振り切れた放送部員の実況が聞こえてくる。トラックを囲む応援席からは、割れんばかりの歓声と拍手が響き渡る。

プログラムは順調に進んでいき、個人でエントリーしていた競技を終えたオレは、応援席からグラウンドの熱戦を眺めていた。
そこそこクラス順位に貢献したとは思うが、目の前で今も必死にパン食い競走に汗を流している、クラスで最も多く個人競技にエントリーした男に比べれば、足元にも及ばない。

黒髪に赤いハチマキ。そのコントラストが風に揺れて、やけに映える。パンを咥えて走り抜ける姿さえかっこいい。
ゴールテープを切ったあと、滴る汗を雑に拭う仕草も、髪を掻き上げる仕草も、一挙手一投足の全てが絵になる。
今、この体育祭で一番の主人公は、間違いなく彼——昴だ。

「キャー! 酒神くん!」
「かっこいいー!」

あちこちから飛ぶ黄色い声援の理由にも納得だ。そんな彼の姿に惚れ惚れしていると、隣に腰掛けた翔馬がオレの肩に手を置いて話しかけてきた。

「ねぇ、瑛」
「ん?」
「すばる君、これ、もう大会荒らしじゃないの?」

翔馬はお供のオレンジジュースを飲みつつ、驚いた面持ちで言った。

そう、オレが見惚れていた体育祭の主人公こと昴は、出場した種目で軒並み上位に食い込んでいる。短距離走では一位。障害物競走や、たった今終えたパン食い競走でも一位を掻っ攫った。
これも風音会長の特訓のおかげなのだろうか。

「ずっとグラウンドで走り込んでたし、本当に頑張ってたもんね」
「そうだな」

毎日、朝早くから、休み時間も返上して、放課後も部活が終わる頃まで、自分を追い込んでいた。
そんな生活を二週間以上続けていたのだ。昴の努力は、オレ以外にもたくさんの生徒が目にしてきただろう。
もちろん、オレと一緒に朝練や放課後の練習をしていた翔馬は、特にそれをよく見ていたはずだ。
だからこそ、昴の努力が実ったことを、とても嬉しそうにしている。

翔馬はオレンジジュースを一口飲み込むと、ふいに真剣な顔つきになった。

「でも、実力はどうだろうね。結局、最後の練習でも、全力疾走で最後まで走り切れてなかったじゃん」

翔馬が不安になる気持ちも分かる。
これまで昴が出た個人種目は、走る距離が長くても200メートルで、リレーで走る300メートルには及ばない。
翔馬の言葉どおり、200メートルを過ぎた辺りから足が重くなり、タイムが一気に落ちてしまうのが昴の課題だった。

それでも、オレは昴の努力を信じている。
主人公なら、昴なら、きっとやってのけると確信していた。

「できるよ、昴なら」

オレの即答に、翔馬は「うーん」と小さく唸り、まだ納得できていないような顔をした。
しばらくオレの横顔を見つめたあと、困ったような、何かを決めたような笑みを浮かべる。

「瑛って、すばる君を信頼してるんだね」
「まあな」

そんな翔馬の反応に少し違和感を覚えたものの、オレは詳しく聞くことなく、何気ない会話はそこで終わった。

***

午前の部が終わり、スピーカーから現在のクラス順位が発表される。

「ただいまの順位、一位は3年1組! 二位は2年3組! 三位は……」

実況に合わせて、観客席がざわめき立つ。

「やっぱり、上級生は強いな~」
「酒神も頑張ってたけど、全部の種目に出てるわけじゃないし、一人じゃ厳しいよな……」
「あと、逆転できるチャンスでいえば……」
「リレー、だよね」

そんなクラスメイトの声が聞こえた。
昼食を終え、いよいよ体育祭も後半戦を迎えようとしていた頃。
昴は階段で走り込みをしていた。

「あ、見つけた。ね、すばる君」
「え、し、翔馬くん……?」

思わぬ人物から話しかけられて驚いたのか、昴の声は少し震えていた。そんな彼を落ち着かせるように、翔馬は優しい声音で話しかける。

「ちょっと、話していい? できれば、場所を変えて……」
「う、うん」

昴は取れかかった赤いハチマキを額から外し、乱暴にズボンの浅いポケットへ押し込んだ。
そして、先に歩き出した翔馬のあとを駆け足でついていった。

***

昼食を終えたオレが廊下を歩いていると、自分たちのクラスの赤いハチマキが隅に落ちているのを見つけた。
それを拾い上げ、端に書かれている出席番号を確認する。

14番……。
これは昴のものだ。

オレは教室へ戻り、それを渡そうとした。
昼食後、午後の部が始まる前の、普段より少し浮かれた教室を見回して昴を探す。しかし、彼の姿はどこにも見当たらない。
オレは近くにいたクラスメイトに問いかける。

「なぁ、昴、見なかった?」
「酒神くんなら、さっき翔馬くんと一緒にいるの見かけたよ~」
「翔馬と……?」

珍しい組み合わせに内心驚きつつ、もう少し状況を深掘りしようとすると、横から亮介がニヤニヤしながら話しかけてきた。

「お、てる~! えへ~!」
「え、何?」

妙に嬉しそうな笑みを浮かべる亮介に、背筋がゾワリとする。

「いやぁ、瑛、頑張れよ」
「本当に何!? その意味深な笑みは!」