ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

翌日、体育祭の練習では各々の種目をやりつつ、最後にリレーの練習が行われた。
このリレーは走順ごとに距離が長くなるリレー方式だ。第1走者が100メートル、第2走者が200メートル、第3走者が300メートル、第4走者が400メートル。
短距離走者の鈴川さんが最初に差をつけて、白百合さん、昴が継走してオレがアンカーとして走るという流れだ。
300メートル、普段走っていないと負担がかかりそうな役だが、昴は大丈夫だろうか?
そんな不安がオレの中に広がり、スタンバイしている昴の方に視線をやる。そんな彼はかたい表情でただ一点を見ている様子だった。

「位置について、よーい」
【バン】

亮介が大きな声でそう言った後、スターターピストルの引き金を引くと、空気を劈く音がグラウンド中に響き渡る。
その音とともに走り出した鈴川さんが、颯爽と100メートルを駆け抜け、バトンを白百合さんに渡した。

「安定の鈴川さん!」

陸上部のお手本のような走りに、皆が拍手をして賞賛する。

「白百合さんも、速いなぁ!」
「麗しい……!」

バトンを受け取った白百合さんは、長い髪を靡かせて、美しく走り抜ける。走り去る際に見とれてしまうのも納得だ。
さて、次が。

「さあ、次、酒神くんだね~」
「イメチェンしたらめっちゃカッコよかったし、インドア派に見えて、足も速いのかも!」
「ね、マジでカッコいい~!ギャップ萌えってやつ?」
「酒神くん!」
「は、はい!」

白百合さんに名前を呼ばれ、少し緊張した面持ちでバトンを受け取り、一気に走り出す。

「えっ!」
「わ!」
「速い……!」

サラサラの黒髪が風に靡いて、遠目からでも分かる。超かっこいいじゃん、ウチの主人公(昴)!
そうだ!オレが階段を踏み外した時。あの時は、オレと昴はどちらが早く教室に着けるか競走した時だ。
昴は意外とアグレッシブな所がある。一番昴のことを知ってたつもりのオレが忘れてしまっていた。
これは、行けるかもしれない。昴が体育祭のヒーローになって、ヒロインの心を撃ち抜く、てん、かい、が……

「あ、あれ……?」

誰かがぼそりと呟いた。
あの走り出しなら、とっくに表情を見ているだろう距離にいるはずなのに、昴の姿はまだ小さい。
走り出しは速いけれど、課題は体力か。

「なんとも、いえない……」

正直な言葉を吐く翔馬に、お調子者のはずの亮介が珍しくヘッドロックをして口を抑える。

「こ、こら!そんなこと言うんじゃありません!」

テイクオーバーゾーンにたどり着いた昴は、息が乱れ、ヘトヘトで走る姿勢もぐちゃぐちゃになってしまっている。震えた手からオレにバトンが渡る。

「お疲れ様」
「…………はぁ、うん」

昴のため息だけを聞いて、オレは軽く身体を慣らす程度に走った。
練習が一通り終わると、グラウンドの隅で膝を抱えた昴を見つけて、思わずオレはそちらに駆け寄っていく。
冷たいペットボトルを昴の頬にピタッとつけて、そのままそれを渡す。
オレに気付いた昴は真っ青な顔で、申し訳なさそうにそれを受け取った。
そんな昴の異変に、オレは思わず問いかける。

「なあ、昴、無理してない?本当に大丈夫?」
「大丈夫だから!」

ペットボトルをぎゅっと握りしめ、大きな声と共に首を振る。あまりの昴の必死さにオレは面食らった。

「なんで、そこまで」
「どうしても、MVPを取りたい、から」

MVP。昴はやはり、MVP特権が欲しいのだろうか。そんな時、ふと女子たちの会話を思い出した。

『過去には告白の場所の提供とかも……』

そうか。そういうことか。昴は、文化祭で何かしらのラブコメイベントを計画しているのかもしれない。
それが告白か、はたまた別の何かかは分からないが、とりあえず、昴は確実に大きな一歩を進もうとしている。

「俺、変わりたいんだ」

真っ直ぐな昴の眼差しに釘付けになる。そのままでも主人公みたいにかっこいいのに、変わりたいだなんて。
オレも『友人キャラ』として、できることがあれば何でも手伝おう。そう思って昴の肩に手を置いた。

「もし良ければ、オレが手伝お——」
「本当に大丈夫だから。特訓は師匠みたいな人にお願いしてて。本番までには、一緒に走っても恥ずかしくないように、仕上げるから」
「……そっか」

オレの提案は、昴によって遮られてしまった。昴はそう言い切った後、やおら立ち上がって、先に教室へ戻ってしまう。
追いかけようと思ったけれど、何て声をかけたら良いか分からなくなって、そこで歩みは止まってしまった。
師匠、みたいな人、か。昴の周りには、昴のことを分かってくれる人がいるんだよな。そして、昴を支えてくれる人が。オレ以外にも。
何故か少し胸の奥の方がモヤモヤとした。

「……」
「なんか気になることでもあった?」

無言で昴の背中を見つめていると、横からチラリと顔を出した翔馬が不思議そうに首を傾げる。

「いや、大丈夫、だと思う」

オレは余計な心配はさせまいと、それだけ呟いた。

「そう」

翔馬は、ほんの一瞬オレの方を見て、短い言葉だけを返すと、クラスメイトの集団の方へ駆け寄って行った。
……って、さっきは澄ました顔で言ってたけど、とてつもなく気になる。
オレは放課後、部活に遅れることを翔馬に告げて、秘密裏に昴の後をつける。
北校舎まで歩いて、足早に駆け込んだのは男子トイレの個室。
バレないように入口横の用具室に隠れていたら、数分後、体操服に着替えた昴が出てきた。
オレは慌ててそこから出て、さらに彼の後をつける。
そして、昴はまた南校舎に戻って、階段を駆け上がる。昴の歩みが止まったのは、生徒会室前のことだった。
オレは生徒会室前の物置にひっそりと隠れ、中の様子を伺っていた。

「これじゃ、足を引っ張るどころか、引きずり回してしまうわね」

そんな風音会長のダウナーな声が聞こえる。

「ナノさん」

そして、昴の今にも泣きそうな声も。

「どうしたの?腕なんか差し出して」
「かくなる上はド、ドーピングしか……」
「スポーツマンシップのカケラもない。練習するのよ」
「ここからでも上達できますか!?」
「できますか?じゃないわよ。やるのよ。上達するのよ」
「は、はい!」
「まずは体力ね。とりあえず、グラウンド10周」
「え、死ぬ……」
「行ってきなさい」
「はい」

風音会長の言葉に驚くほど従順な昴は、生徒会室の扉を勢いよく開け、グラウンドに向かって走り去っていってしまった。
それを追いかけようとした時。物置を覗く視線に気が付き、オレは思わず腰を抜かしてしまう。
それは他でもなく、先程昴と話していた風音会長の視線だった。

「あら、男の陰の努力を盗み見とは。あまりよろしくないわね、有真瑛くん」
「風音会長!」

オレは何とか物置から出て彼女のクールで全てを見透かすその瞳と視線を合わせた。
すると、風音会長はチラリとグラウンドの方を見つめて、目を細めて少しだけ口角を上げて言った。

「彼、不器用な癖にガムシャラで面白いわよね」
「そう、ですね。ほんと、すごいと思います」

昴のカッコ良さを分かってくれる人がここにいるんだ、と思うと胸が……ジリジリ熱くなる。
やれやれとした表情でグラウンドを走る昴を見守って、そして彼とあんなやり取りをしていたことから察するに、彼女がきっと。

「昴の師匠って、風音会長のことだったんですね」
「弟子にした覚えはないけれど。まあ、付き合ってあげてはいるわ」

会長は腕を組んで、壁にもたれ掛かりながら、オレの問いを肯定する。

「まさか、昴と風音会長が親交があったなんて、ちょっとびっくりです。一体、どこで……」

オレの言葉にハッとした様子の会長は、ジトリとした目をこちらに向けて、改めてオレの名を呼んだ。

「ねぇ、有真瑛くん」
「はい?」

風音会長は、自分のポニーテールを上から下にゆっくりと撫で、妖艶な表情を見せながら、ニヤリと笑った。

「私と昴クンが幼い頃からの仲だって言ったら、キミのその疑問の答えになるかしら?」
「……え?」