ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

翌日。

いつものように昴と朝食を取り、授業を受ける。
あんなトンデモ発言をしておいて、昴に変わった様子はなかった。

放課後になっても、オレのモヤモヤは晴れないまま。

クラスの大半が図書室や自習室へ向かい、がらんとした教室には数人しか残っていなかった。

オレはノートに何かを書き込むふりをしながら、窓際の席で交わされる会話に耳を澄ませていた。

「白百合さん、昨日は……」

先に話しかけたのは昴だった。
白百合さんは僅かに眉を寄せたあと、口を開く。

「こちらこそ、少し強く出てしまって、すみませんでした。また、お伺いしても?」
「俺が駄目ですって言ったところで、来るんでしょ?」
「確かに、そうですわね」

白百合さんは、口元を上品に押さえて笑う。

「……まあ、なんていうか。よろしくお願いします」
「ええ、もちろん」

白百合さんが真っ直ぐに見つめると、昴も安心したような表情を浮かべた。

オレの視線に気づいたのか、昴は「またあとでね」と口の動きだけで伝え、教室を出ていく。

それに頷き、自分の机へ視線を戻した。

いや、それにしても。
何なんだ、今のやり取りは!

『昨日』とは、昴が早く帰ったあとのことだろうか。
白百合さんが、昴の家を訪ねたのか?

彼女はもう、昴の家へ押しかけるような仲になっているのか?

オレの応援する主人公、思っていたより先まで進んでいるのでは?!

そんな時、後ろから肩を叩かれた。

振り向くと、横髪をヘアピンで留めた童顔の男子――翔馬がはにかんでいる。

「瑛~、勉強教えて~!」

男子高校生にしては高い声を聞き、昨日の電話を思い出した。

「あ」
「あ、って。もしかして忘れてた!?」
「完全に忘れてた」

昴からの告白と、その後の怒濤の展開に意識を奪われていた。

「どうする? 今からファミレスでも行って――」

翔馬が提案してくれたが、今のオレには二人へ勉強を教える余裕がない。

申し訳なく思い、せめてもの代わりに鞄から数冊のノートを取り出した。

「これ、オレのノート。要点は大体押さえてるから、見とけば何とかなる」
「え、あ、サンキュ」

予想外だったのか、翔馬はたじろぎながら受け取った。

「ありがと~、てる!」

そこへ亮介がひょこりと現れ、キラキラした目を向けてくる。

「ごめん。オレ、先に帰る。そのノートはテストが終わるまで持ってて」

そう告げて席を立ち、昴を追いかける。

「う、うん。うーん……?」

ノートを手にして上機嫌な亮介とは違い、翔馬は何か言いたげだった。
けれど、オレは昴を追うのに必死で、その理由を尋ねなかった。

***

廊下に出ていた昴の肩を叩く。

「昴、その……一緒に帰ろ」
「うん」

テスト直前で部活動も休みのため、そのままオレの家へ向かった。
白百合さんのこと。
ツグミちゃんのこと。
そして、昴のこと。

気にはなる。
二人きりになる機会も、これでもかというほどあった。

それでも、なかなか聞けない。

人の家庭事情は、とても繊細な話だ。
オレが詮索していいはずがない。

昴からもそれ以上の話はなく、余計に聞かない方がいいように思えてきた。

そんな迷いを抱えたまま、一緒に夕飯を食べ、勉強する。
翌日も、一緒に朝食を食べ、夕飯を食べ、勉強する。
そうして気づけば、三日間のテストは終わっていた。

結局、何も聞けなかった。

ああ。
オレの『友人キャラ』への道は、まだまだ遠いらしい。

***

テスト明けの朝。

オレと昴は変わらず、屋上に並んで座っていた。
空は薄暗く曇り、少し湿った風が吹いている。

「ということで、テストお疲れ様」

昴から弁当を受け取り、ゆっくりと蓋を開ける。

「うわぁ!」

さらに増量された唐揚げが、弁当箱の半分以上を占めていた。

「これが宝石箱っ!」

手を合わせ、無心で料理を口へ運ぶ。

昴のご飯を食べている間は、難しいことを考えずに済む。

ちらりと横を見ると、昴は複雑そうな笑みを浮かべ、オレを見つめていた。

食べ終わったら理由を聞こう。
そう思い、その時は食事に集中した。

空になった弁当箱の蓋を閉じると、オレが尋ねるより先に昴が口を開いた。

「……瑛」
「ん?」

強い風が吹き、二人の髪を乱す。

風が止むと、昴は手ぐしで髪を整え、屈託のない瞳を向けてきた。

「大事な話があって」
「うん」

あまりにも真剣な表情に、姿勢を正す。

「実は……これまでのこと、なんだけど……」
「うん」

唾を飲み込む音とともに、昴の喉仏が動く。
緊張した空気が流れた。

これまでのこと。
何か問題でもあったのだろうか。

朝も夜も食事を作ってもらい、手伝わせすぎたとか?
心当たりが多すぎて、予想できない。

昴は大きく息を吸い、口を開いた。

「アッ、アア……ごめん、ちょっとタンマ」

すぐに視線を逸らし、鞄からペットボトルを取り出す。
勢いよくキャップを開け、水を喉へ流し込んだ。

既視感のある展開だ。

しかし今回は、勢い余って気管へ入ったらしい。
昴が激しく咳き込む。

「落ち着け!」

咄嗟に背中をさする。
咳が収まり、「ありがとう」と短く礼を言われた。

安心して手を離そうとした瞬間、その手首を掴まれる。

気づけば、両手を昴の大きな手に包まれていた。

昴は今度こそ大きく息を吸い、声を張り上げた。

「友人の瑛に、相談があって!!!」
「う、うん!」

既視感のある始まりに、胸が高鳴る。

自信を失いかけていた『友人キャラ』への道が、一気に開けたような気がしたからだ。

オレの手を握る力が強くなる。
そのせいか、昴の手はいつも以上に温かかった。

視線を右へ左へさまよわせたあと、昴は俯いて呟く。

「……った件について」
「何て?」

あまりの声量差で聞き取れず、申し訳なく思いながら聞き返す。

昴は深呼吸し、今度は真っ直ぐオレを見た。

「……っ! 気になっている子と、一つ屋根の下で一緒に過ごしちゃった件について!」

楽しいはずの恋愛相談なのに、声は震え、顔は真っ青だった。
その心境はよく分からない。

けれど、発言の内容は、状況が大きく進展したことを意味していた。

「そんなに進んでんの!?」
「……進ん、ではいる」

途端に顔を赤くし、オレの手を離す。
眉を八の字にし、歯切れ悪く答えた。

一つ屋根の下で一緒に過ごしてる!?

今、オレが考えている二人のヒロイン候補は、どちらもそれに該当する。

気になっている子は、白百合さん?
それとも、ツグミちゃん?

以前、白百合さんについて尋ねようとして、昴に「いらない」と切られたことを思い出す。

気になるからと根掘り葉掘り聞くのは、『友人キャラ』失格だ。

友人キャラなら、無粋な詮索はせずに察する。
そしてニヤリと笑い、適度な助言をするものだ。

オレは、昴が自分から情報を話すのを待った。

「たまんなく可愛い。いろんな一面が見れて、もうずっとキュン死状態」

出た。
昴の早口だ。

一緒に過ごしてきて、少しずつ理解できるようになった気がする。
もうヒロインの、いろいろな一面を知っているらしい。

「……いい感じに攻めてんな、昴」

腕を指先でつつく。

「攻めてるのは、向こう、かも?」

耳を赤くする昴に、思わずニヤリとした。
めちゃくちゃ恋しているじゃないか。

グイグイ来るタイプ。
それなら、アプローチを宣言していた白百合さんだろうか。

いや、ツグミちゃんも活発な性格だ。
詳しく聞きたい気持ちを抑え、『友人キャラ』らしく背中を押す言葉を絞り出す。

「オレは、昴がどんな選択をしても応援するから」

さらに、それらしい助言を付け加える。

「と、とりあえず、同じ空間で一緒に過ごせたなら、好印象は持たれてるんじゃないか?」
「……そう?」
「うん」

縋るような目を向ける昴を、力強く肯定した。

「……ァァ」

喜びとも嘆きとも取れる声を上げる昴に、オレも何とも言えない気持ちになる。

屋上から教室へ戻る途中。

「昴クン」

昴を呼ぶ声が聞こえ、辺りを見回した。

「ヒィ」
「ん? どうした?」

何かに気づいた昴は悲鳴を漏らし、大きな身体を縮こまらせてオレの背後へ隠れる。

「こんにちは、有真瑛くん」
「こんにちは……って、風音生徒会長!」

颯爽と現れ、オレの名を呼んだのは意外な人物だった。

高い位置で結ばれたポニーテール。
凛々しい目元。
『可愛い』よりも、『美しい』『かっこいい』という言葉が似合う。

彼女は学校一の有名人、風音(かざね)ナノ。
文武両道で知られる、クールな生徒会長だ。

「有真くん。やっぱり噂になるだけあるわね。超イケメン。爽やか好青年」
「あ、ありがとうございます」

オレの顔を覗き込み、きゅっと結ばれていた口元を僅かに緩める。

やがて、オレの背後に隠れた大きな身体へ視線を移した。

「今日は、キミの後ろにいる酒神昴くんに用があるの。少し借りてもいい?」
「は、はい!」

気圧されて答えると、昴は必死に首を振り、助けを求めてきた。

しかし。

「さあ、行きましょうか。昴クン」

会長はサディスティックな笑みを浮かべ、素早くオレの背後へ回り込む。

昴の腕を掴み、力強く引きずり出した。
大きな昴も、彼女にかかれば抵抗できないらしい。

白百合さんに、ツグミちゃん。
そのうえ、風音生徒会長まで!?

一体、昴はどこまでラブコメフラグを立てていくんだ?

会長に連れ去られていく昴を、オレは困惑しながら見送ることしかできなかった。