翌日から昴は、大荷物を持ってオレの家に来てくれた。
どうやら、自宅にあった調理器具を持ってきてくれたようで、その日から昴の渾身の夕飯を振る舞ってくれるようになった。
そんな生活が始まって、早一週間。
勉強を教えるという本来の目的から外れて、オレは昴のご飯を楽しみにしてしまっている。
朝も夜も昴のご飯が食べられる幸せ、半端じゃない。
今日の朝食の時。
『今日は一週間勉強を教えてくれてありがとうっていう気持ちを込めて、とっておきの夕飯にするから!』
と、前のめりで宣言された。
感謝をすべきなのはオレなのだが、昴のとっておきの料理が気になりすぎたオレは彼の厚意に甘えることにした。
部活が終われば直帰し、自宅の扉を開けた。
「ただいま~」
「おかえり、瑛」
昴は先にオレの家に着いていたようで、キッチンからオレに返事を返した。その何気ないおかえりがとても嬉しかった。
手を洗い、急いでキッチンの方に向かうと、エプロン姿の昴が見える。
「いい匂い!まさか!」
香ばしい香りと、パチパチと何かを揚げている音。
「今日はガチ唐揚げ、です」
「マジか!」
昴がニコリと微笑む。オレが昴の後ろでバタバタしながら喜ぶと、「危ないから座って待ってて」と注意されてしまった。
オレは炊飯器からご飯をよそい、先に席について待っておくことにした。
しばらく経って、昴が両手に大きな皿を持ってテーブルに運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう!」
キラキラの白米と、彩りのサラダ。そして大量の唐揚げ。まるで、茶色の宝石じゃないか。
「「いただきます!」」
二人で手を合わせる。そして、その宝石を口に運んだ。
ジューシーな鶏肉に。衣はパリパリに。秘伝のタレの濃い味。
「う……ぁぁぁぁ」
「えっと、その反応は……?」
「人間って、美味すぎるものを食うと、語彙力おかしくなっちゃうんだな……。美味いを通り越して、美味すぎて怖いまでいってる」
オレが率直な気持ちを語ると、昴は口元を抑えながら軽く微笑んだあと、少し真面目な表情になる。
「しっかり野菜も食べてください」
「……はい」
昴の言葉には何故か逆らえなくて、彼の言いつけ通り唐揚げと一緒に添えられていたサラダもたくさん頬張った。
夢中で箸を動かして、残り数個となったところで、ふと、昴にこんな問いをかけられた。
「瑛は主人公が好きって言ってたけど。自分がその主人公になろうとは思わないの?」
目の前にめちゃくちゃ主人公適性高いヤツがいるから、とは言わず。オレは主人公が好きになった経緯を語る。
「主人公ってさ、最初は一人じゃん?」
「確かに、ぼっちが多いね。アッ、人気者の瑛とはやっぱチ、違うよね……」
急にそう言って震え出す昴を見て、違う違うと首を振りながらオレは続けた。
「周りの言葉とか視線とか気にせずに一人で、がむしゃらで。そんな姿見て、強いなぁって思ったんだよ。だから、好き」
「……へぇ」
昴は珍しいものを見るような目でこちらを見た。オレは彼から視線を逸らして呟いた。
「一人は怖いオレとは違うから」
「…………え?」
昴は意外そうな表情で目をぱちくりさせる。
「誰かといたくて、空気を読んで、取り繕って。空っぽっていうか、本心がない、というか。やっぱ、全然ちがうよ」
「え?」
昴はそんな声を漏らしたあと、顎に手を添え、考える素振りを見せて言った。
「そうかな?でも、俺、瑛は意外と出てると思うけど」
「何が?」
「本心」
昴の言葉に、今度はオレは思わず目を見開いた。そんなオレの姿を見てか、昴はフフっと笑った。
「瑛がそんな人間なら、初対面の相手の酷いテスト見て、マジか、なんて言わないよ」
「……確かに」
昔のことを思い出して、オレは思わずそうこぼした。あの言葉は無意識に出たものだった。
オレが言う空っぽな人間ならきっと、見なかったフリをしたり、励ましの言葉を言ったりするだろう。
昴の何気ない言葉は、オレにとって雷が落ちてきたと錯覚してしまうほど衝撃的なものだった。
昴は畳み掛けるように言葉を重ねる。
「それに。俺を庇ってくれた時あったでしょ?」
「え、いつ?」
「……例えば、ああ、そう、白百合さんを案内してる時とか」
白百合さんの転校初日の休み時間。オレが冷静さを失って、亮介やクラスメイトについ、言ってしまったこと、だろうか?
「聞いてたの?」
「うん。あの時、俺らが教室から出てすぐだったから、ちょっと聞こえてて」
あの時、オレは昴を悪く言われたのが嫌で……。自分の気持ちが整理できず、アタフタしていると、先に昴の方が口を開いた。
「クラスの雰囲気ぶち壊して、昴はカッコイイって」
「あ、あれは……」
昴の真っ直ぐな瞳がオレを射抜いた。
「俺、嬉しかったよ。それも本心とは違うの?」
少し首を傾けて、目を細めて優しく微笑む姿を見て思わずまた目を逸らす。
「でもあの時は、結局、その場の空気を気にして……」
「それもクラスの雰囲気を悪くしたくないって本心でしょ」
そんな昴の指摘にオレはハッとした。
「誰かといたいって、一人が嫌だっていうその思いも。瑛が見せる優しさも、八方美人だと思ってる気遣いも、きっと本当の心だ」
昴は優しい声で更に語りかける。
「友人の俺でもこんなに見つけられるんだから、もっとあるはず。気付いてないだけで、多分、全部瑛の本心なんだよ。だから、空っぽなんて言わないで」
そんな、昴の言葉がオレの胸の奥にスーッと届いてしまった。ずっとモヤモヤしていた心の霧が晴れたようなそんな感覚がした。
「ただ、他人が全てを察せるわけじゃない。だから、気づいた本心は、ちゃんと言葉にしないとね。どんどん拗れちゃって、手遅れになっちゃう。まぁ、それが難しいんだけど」
ニコリと笑った後、唐揚げを掴んで口に運ぶ。
目の前にいる男は、やっぱりすごい。一人でも強い人間だけど、彼はしっかり人を見てる。
こんなことを当たり前に言えるから、きっとオレは昴を『主人公』って思うんだろうな。
そんな昴にオレはボソリと言った。
「昴って、オレのことよく見てんのな」
「見てるよ。よく、ね」
これまで付き合いも程々だったオレをなんでこんなに見てくれているんだろう。どうしてオレにここまでしてくれるんだろう。
もっと早く話せてたら、今、オレたちの関係は友人以上のものになっていたのかな。
親友、とか。
その後に食べた少し冷めた唐揚げの味は、熱々の時よりも味が染みていたような気がした。
どうやら、自宅にあった調理器具を持ってきてくれたようで、その日から昴の渾身の夕飯を振る舞ってくれるようになった。
そんな生活が始まって、早一週間。
勉強を教えるという本来の目的から外れて、オレは昴のご飯を楽しみにしてしまっている。
朝も夜も昴のご飯が食べられる幸せ、半端じゃない。
今日の朝食の時。
『今日は一週間勉強を教えてくれてありがとうっていう気持ちを込めて、とっておきの夕飯にするから!』
と、前のめりで宣言された。
感謝をすべきなのはオレなのだが、昴のとっておきの料理が気になりすぎたオレは彼の厚意に甘えることにした。
部活が終われば直帰し、自宅の扉を開けた。
「ただいま~」
「おかえり、瑛」
昴は先にオレの家に着いていたようで、キッチンからオレに返事を返した。その何気ないおかえりがとても嬉しかった。
手を洗い、急いでキッチンの方に向かうと、エプロン姿の昴が見える。
「いい匂い!まさか!」
香ばしい香りと、パチパチと何かを揚げている音。
「今日はガチ唐揚げ、です」
「マジか!」
昴がニコリと微笑む。オレが昴の後ろでバタバタしながら喜ぶと、「危ないから座って待ってて」と注意されてしまった。
オレは炊飯器からご飯をよそい、先に席について待っておくことにした。
しばらく経って、昴が両手に大きな皿を持ってテーブルに運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう!」
キラキラの白米と、彩りのサラダ。そして大量の唐揚げ。まるで、茶色の宝石じゃないか。
「「いただきます!」」
二人で手を合わせる。そして、その宝石を口に運んだ。
ジューシーな鶏肉に。衣はパリパリに。秘伝のタレの濃い味。
「う……ぁぁぁぁ」
「えっと、その反応は……?」
「人間って、美味すぎるものを食うと、語彙力おかしくなっちゃうんだな……。美味いを通り越して、美味すぎて怖いまでいってる」
オレが率直な気持ちを語ると、昴は口元を抑えながら軽く微笑んだあと、少し真面目な表情になる。
「しっかり野菜も食べてください」
「……はい」
昴の言葉には何故か逆らえなくて、彼の言いつけ通り唐揚げと一緒に添えられていたサラダもたくさん頬張った。
夢中で箸を動かして、残り数個となったところで、ふと、昴にこんな問いをかけられた。
「瑛は主人公が好きって言ってたけど。自分がその主人公になろうとは思わないの?」
目の前にめちゃくちゃ主人公適性高いヤツがいるから、とは言わず。オレは主人公が好きになった経緯を語る。
「主人公ってさ、最初は一人じゃん?」
「確かに、ぼっちが多いね。アッ、人気者の瑛とはやっぱチ、違うよね……」
急にそう言って震え出す昴を見て、違う違うと首を振りながらオレは続けた。
「周りの言葉とか視線とか気にせずに一人で、がむしゃらで。そんな姿見て、強いなぁって思ったんだよ。だから、好き」
「……へぇ」
昴は珍しいものを見るような目でこちらを見た。オレは彼から視線を逸らして呟いた。
「一人は怖いオレとは違うから」
「…………え?」
昴は意外そうな表情で目をぱちくりさせる。
「誰かといたくて、空気を読んで、取り繕って。空っぽっていうか、本心がない、というか。やっぱ、全然ちがうよ」
「え?」
昴はそんな声を漏らしたあと、顎に手を添え、考える素振りを見せて言った。
「そうかな?でも、俺、瑛は意外と出てると思うけど」
「何が?」
「本心」
昴の言葉に、今度はオレは思わず目を見開いた。そんなオレの姿を見てか、昴はフフっと笑った。
「瑛がそんな人間なら、初対面の相手の酷いテスト見て、マジか、なんて言わないよ」
「……確かに」
昔のことを思い出して、オレは思わずそうこぼした。あの言葉は無意識に出たものだった。
オレが言う空っぽな人間ならきっと、見なかったフリをしたり、励ましの言葉を言ったりするだろう。
昴の何気ない言葉は、オレにとって雷が落ちてきたと錯覚してしまうほど衝撃的なものだった。
昴は畳み掛けるように言葉を重ねる。
「それに。俺を庇ってくれた時あったでしょ?」
「え、いつ?」
「……例えば、ああ、そう、白百合さんを案内してる時とか」
白百合さんの転校初日の休み時間。オレが冷静さを失って、亮介やクラスメイトについ、言ってしまったこと、だろうか?
「聞いてたの?」
「うん。あの時、俺らが教室から出てすぐだったから、ちょっと聞こえてて」
あの時、オレは昴を悪く言われたのが嫌で……。自分の気持ちが整理できず、アタフタしていると、先に昴の方が口を開いた。
「クラスの雰囲気ぶち壊して、昴はカッコイイって」
「あ、あれは……」
昴の真っ直ぐな瞳がオレを射抜いた。
「俺、嬉しかったよ。それも本心とは違うの?」
少し首を傾けて、目を細めて優しく微笑む姿を見て思わずまた目を逸らす。
「でもあの時は、結局、その場の空気を気にして……」
「それもクラスの雰囲気を悪くしたくないって本心でしょ」
そんな昴の指摘にオレはハッとした。
「誰かといたいって、一人が嫌だっていうその思いも。瑛が見せる優しさも、八方美人だと思ってる気遣いも、きっと本当の心だ」
昴は優しい声で更に語りかける。
「友人の俺でもこんなに見つけられるんだから、もっとあるはず。気付いてないだけで、多分、全部瑛の本心なんだよ。だから、空っぽなんて言わないで」
そんな、昴の言葉がオレの胸の奥にスーッと届いてしまった。ずっとモヤモヤしていた心の霧が晴れたようなそんな感覚がした。
「ただ、他人が全てを察せるわけじゃない。だから、気づいた本心は、ちゃんと言葉にしないとね。どんどん拗れちゃって、手遅れになっちゃう。まぁ、それが難しいんだけど」
ニコリと笑った後、唐揚げを掴んで口に運ぶ。
目の前にいる男は、やっぱりすごい。一人でも強い人間だけど、彼はしっかり人を見てる。
こんなことを当たり前に言えるから、きっとオレは昴を『主人公』って思うんだろうな。
そんな昴にオレはボソリと言った。
「昴って、オレのことよく見てんのな」
「見てるよ。よく、ね」
これまで付き合いも程々だったオレをなんでこんなに見てくれているんだろう。どうしてオレにここまでしてくれるんだろう。
もっと早く話せてたら、今、オレたちの関係は友人以上のものになっていたのかな。
親友、とか。
その後に食べた少し冷めた唐揚げの味は、熱々の時よりも味が染みていたような気がした。
