ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

急いでエントランスを抜け、マンションの外へ向かう。

辺りを見回すと、スマホとマンションを交互に見ながらキョロキョロしている、背の高いイケメンがいた。

「昴~!」

手を振りながら駆け寄ると、オレを見つけた昴も表情を緩め、手を振り返す。

「ごめんな」

隣に着いたオレは、息を切らしながら手を合わせた。

「う、ううん! こっちこそ、わざわざ迎えに来てもらって、申し訳ない、です」

昴は首を振り、今度は自分が頭を下げる。

エントランスを通り、エレベーターで上階へ向かった。

「じゃ、どーぞ」

玄関の扉を開け、先に中へ入る。

「は、初、タ、タワマン……」

昴は震えたまま、なかなか足を踏み入れようとしない。
オレは振り返り、安心させるように笑った。

「いらっしゃい~」

昴の上がっていた肩がストンと落ちる。
ようやく一歩を踏み出し、腰を低くしながら家へ入った。

「お邪魔します」

辺りを見回した昴は、持っていた紙袋を差し出す。

「あ、これ。親御さんに……」

中身は丁寧な菓子折りだった。

「オレ、一人暮らしだから。本当に気にしないで」
「え!? こんな広い部屋に!?」
「そう」
「……本当に王子様なんだが」

きっと昴なりの気遣いなのだろう。
その呟きには触れず、自室へ案内する。

「じゃあ、オレの部屋へどうぞ」
「お、お邪魔します」

自分の脳内を覗かれるようで、妙に緊張する。

「意外?」

昴の反応を待ちきれずに尋ねると、彼は部屋を見回して笑った。

「てっきり、美少女フィギュアとかポスターとか、いっぱいあるのかと」

昴の中で、オレはそんな『トリせつ』ファンとして認識されているらしい。
それがおかしくて、笑いながら訂正する。

「確かに『トリせつ』のヒロインも好きだけど、オレは主人公が好きだから」

昴は目を丸くしたあと、小さく呟いた。

「……それなら、グッズがないのも納得か」
「まあ、ちゃんと『トリせつ』コレクションはあるんだけどね」

本棚をスライドして、隠れていたコレクション棚を見せる。
昴は目を輝かせ、手を叩いた。

「かっこいいと好きが詰まってて、最高だね」

詰まっている。
こんな空っぽな部屋を見て、そう言ってくれるなんて。

たとえ気遣いでも、その言葉が無性に嬉しかった。

折り畳みのローテーブルを出し、参考書や課題を広げていく。

「さて、始めますか」

胸の前で手を叩いて意気込むと、昴は丁寧に頭を下げた。

「お願いします」
「どの辺が分からない?」

頬杖をつき、向かいに座る昴へ尋ねる。
彼は徐々に視線を逸らし、下を向いて呟いた。

「……分からないところが分からないです」

あの点数から薄々感じていたが、状況はあまりよくないらしい。

「これは教えがいがありそうだな」

結局、単元の最初から教えることになった。
公式の仕組みから理解するのに、かなりの時間を要する。

「んじゃ、この問題は?」

オレが練習問題を示すと、昴は解き方と答えをノートへ書き込んだ。

「こう?」

書き終えたノートを、恐る恐る差し出してくる。

「そう! 正解!」

赤ペンで答案に花丸をつけると、昴の顔が子どものようにぱあっと明るくなった。

「てる~! すごいよ! ありがとう!」
「すごいのは、頑張った昴な」

キラキラした瞳で喜ぶ昴につられ、オレも笑顔になる。

ふとスマホを見ると、もうすぐ十九時だった。
昼から勉強していたとはいえ、随分と時間が経っている。

昴の集中力に感心しながら、息抜きも兼ねて提案した。

「お、もうこんな時間か。何か頼む?」
「頼むって?」
「デリバリー。何がいい?」

アプリを開き、昴の希望を聞く。

「……瑛は、いつも何を食べてるの?」
「ピザとかハンバーガーとか。あと、たまに唐揚げ弁当とか……」
「毎日?」
「うん」
「…………」
「何、その沈黙」

スマホから視線を上げると、昴が俯いたまま肩を震わせていた。

顔を覗き込もうとした瞬間、彼が身を乗り出してくる。
その勢いに圧倒され、思わず身体を引いた。

「なってないよ」
「え?」

聞いたことのない低い声に、間の抜けた声が漏れる。

「成長期の男子がしちゃいけない食生活すぎる」
「え……」

昴は勢いよく立ち上がり、鋭い視線を向けてきた。

「瑛、台所貸して」
「い、いいけど……」

慌ててキッチンへ案内する。

昴はムッとした表情のまま冷蔵庫を指さした。
オレが頷くと扉を開け、中身を見てため息をつく。

「これ、だけ……?」

渋い顔で食材を取り出し、キッチンへ並べる。
続いて棚を示されたので、再び頷いた。

そこから、オレも見たことのないまな板と包丁を発見する。

「フライパンは?」

強い圧に押され、すぐに取りに行こうとしたものの、途中で足が止まる。
自炊をしたことがないため、この家にフライパンがあるか分からない。

一か八か、クローゼットにしまっていた母からの段ボールを探る。

「あ、あった!」

オレの家にフライパンがあった。
その事実に、自分でも驚いてしまう。

急いでキッチンへ戻り、昴に見せた。

「使っていい?」
「う、うん」

もはや頷くことしかできなかった。

昴が調理を始める。
手持ち無沙汰になったオレは、その背後を行ったり来たりしていた。

「オレ、何か手伝おうか?」
「ううん。瑛は座って待ってて」

きっぱりと言われ、大人しく一人には大きすぎるソファへ座る。

十数分後。

「はい、どうぞ」

鍋敷きに置かれたフライパンには、たっぷりの肉野菜炒めが盛られていた。

「封印されてた冷凍野菜と、謎にあった豚肉を使わせてもらったよ。賞味期限は確認したから大丈夫」

豚肉は、家では食べ切れないからと父から送られてきたものだ。
持て余していた食材を料理に変えるなんて、昴ができる男すぎる。

「嘘だろ。まさか、家で昴の料理が食えるなんて!」
「俺も。まさか瑛が、そんな食生活を送ってたなんて、だよ」

昴はため息をつきながら隣へ腰掛け、割り箸を渡してくれた。

「「いただきます!」」

フライパンがなかったことからも分かるように、この家には皿もない。
デリバリー生活のおかげで、割り箸だけは潤沢だ。

二人でフライパンを囲み、料理を直接箸で取って口へ運ぶ。

「美味い!」

弁当でも思っていたが、温かい昴の料理は美味すぎる。

無我夢中で食べるオレを見て、昴が口元を押さえて優しく笑う。
朝、オレが食べる姿を見守っていた時と同じ表情だ。

夕食を誰かと食べるなんて、いつぶりだろう。

「「ごちそうさまでした!」」

オレががっついたこともあり、フライパンはあっという間に空になった。

昴が慣れた手つきでキッチンへ運ぼうとする。
慌てて、自分が洗うと制止した。

「お言葉に甘えて。じゃあ、俺はそろそろお暇するよ」
「分かった。今日はありがとう」

一度自室へ戻って昴の荷物を取り、エントランスまで見送る。

「今日は本当にありがとう。あと、栄養バランスもちゃんと考えること! 本当、毎日でも作りに来たいくらい」

昴は礼を言ったあと、しっかりと釘を刺してくる。

毎日でも。

冗談だろうに、変な想像が頭をよぎった。
もしかしたら、昴のガチ唐揚げも食べられるのだろうか。

「なあ、昴」
「どうしたの?」
「テストまでの間でいいから、夜ご飯、作ってほしいっていうか……。もちろん、勉強で分からないところは、とことん教えるから……」

無意識に飛び出した、図々しすぎる提案。
我に返り、慌てて取り消そうとする。

「ご、ごめん! 朝も作ってくれてるのに、家の用事だってあるのに。さすがに厚かましすぎるよな。今の話、忘れて」
「いいよ」
「え?」

あまりにも短い了承に、すぐには理解が追いつかなかった。

「夕飯は母さんが作ってくれてるし。何より、瑛が心配だから」
「しん、ぱい……?」

『瑛はしっかりしてるから』

そんな言葉ばかりかけられてきたオレが、誰かに心配されている。
その事実が新鮮で、胸の奥が熱くなった。

ぼんやりした意識のまま、ポケットからあるものを取り出し、昴へ差し出す。

「これ、スペアキー」
「ドドドドドウシテ!?」

昴の動揺が目に見えて伝わってくる。

たかが友人からこんなものを渡されたら、怖いし、重いと思うかもしれない。
オレは慌てて、もっともらしい理由を並べた。

「オレ、部活で遅くなる日もあるし、自習室代わりにでも使って。できるだけ早く帰るけど!」
「…………うん」

昴は目を大きく見開いたまま、それでもゆっくり頷き、鍵を受け取ってくれた。

***

酒神昴は歩いて帰路に就く。

自宅の扉を開けると、兄の帰りを今か今かと待ち構えていた妹が出迎えた。

「お兄、おかえり~! ん? そんな大事そうに何を手の中に閉じ込めてるの? 季節外れの蛍でも捕まえた?」