ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

放課後は部活が終わる時間が遅いことから、昴を招くのは週末、日曜日になった。
昴との約束まであと30分。
片付けをするにも、殺風景なこの家。
家族が集まるはずのリビングには、大きなテレビと机、L字のソファしかなく、それ以外は何も装飾されていない。
オレと同じ何もない、空っぽな部屋。
窓から見下ろせるビル群や密集した家々があるせいで、この部屋の空虚感が増幅する。
だだっ広いリビングを出て、自室に戻り、ベッドに腰掛ける。
辺りを一周見回して、何もないリビングと同様、何もない自室に、乾いた笑いがこぼれる。
黒の勉強机とベッド。参考書を並べる本棚。
こんな面白みのない部屋を他人に見せるのが嫌で、オレはこれまで、ここに人を呼んだことはない。
そんなオレがどうして……昴をこの部屋に誘ってしまったんだろう。
自分の心が分からない。

両親は世に言うエリートというやつだった。
父は弁護士で、母は医者。
そう言うとスパルタとか英才教育とかを想像してしまうが、それとは全く逆で、両親はオレに何も強要しなかった。
互いに仕事が忙しくて、結果的に放任主義になってしまったんだと思う。
やりたいと言ったことはなんでもやらせてくれた。
欲しいと言ったものはなんでも買ってくれた。
でも、決して両親から何かを勧められることはなかった。
『好きなようにしなさい』と言われるだけだった。
オレはそれが辛かった。心配してほしかった。

「瑛はいい子ね」

だって、いい子じゃないとオレを見てくれないでしょう?

「瑛は賢い子だから」

だって、賢くないとオレを褒めてくれないでしょう?

「瑛は手がかからなくて助かるな」

手がかかったら、あなた達の仕事(大切)の邪魔をしてしまうでしょう?そしたら、オレを嫌いになってしまうでしょう?

「瑛は人気者だって。先生がとても褒めてたわ」

オレに魅力があれば、きっとあなた達も振り向いてくれる。
オレが頑張ると、背を向けていたはずの両親が振り向いてかけてくれる一言。
それが嬉しかった。
オレが頑張れば頑張るほど、両親がオレを見てくれているようで。
もっと、頑張れば父も母も認めてくれて、ずっとオレと一緒にいてくれると思った。
欲したらくれる愛じゃなくて、ずっと注がれる愛が欲しい。オレはそんな欲張りな人間だ。
完璧になれば、オレをずっと見て愛してくれるかもしれない。
そう思って頑張ったことは仇になった。
両親はどんどんオレから離れていったから。
オレが両親に見てもらうために頑張ったことは『信頼』という体の良い言葉に変化してしまった。

「瑛はしっかりしているし、《《一人でも》》大丈夫よね?」

それは、高校に上がったタイミングで多忙な両親と離れて暮らす提案だった。
一緒にいたいと言えば、きっと大切な仕事の邪魔をしてしまって迷惑になってしまう。
オレは笑顔で頷くことしか出来なかった。
悪いことをして、両親の気を引こうと思ったこともあったけれど、両親の顔に泥を塗って、両親の大切なものを奪うのは嫌だった。
一時的に気を引けたとしても、そんなことをしたら、オレを恨んでもっと離れていってしまう。
その時、オレは一人になることに途方もない恐怖を覚えた。
だから、せめて外では誰かと一緒にいたくて。
一人になりたくなくて。
輪の中心になろうとした。
出来上がったのは、空っぽな人間。
嫌われないよう、みんなにいい顔をして、空気を読んで、本心を隠して。

ずっと自分の心を隠していたらいつの間にか分からなくなっていた。隠している場所が分からなくなってしまった。

『友人キャラ』になろうとしているオレは何なんだろう。
何もかもが疑心暗鬼になって、モヤモヤした心をどうにかしようと、ベッドからゆっくり立ち上がり、本棚に向かう。
参考書が入ったスライド式の本棚をゆっくり開ければ、その奥に部屋の雰囲気とは似ても似つかぬ雰囲気の本たちがずらりと並んでいた。

オレが開けた衝撃で、カタリ、と本棚に差していた『とりセツ(バイブル)』が横になった。
オレはそれを手に取って眺める。
本が嫌いだった。
本を読んでいる時は一人になるから。

昔、隣の席になった子は、ずっと一人で本を読んでいた。
オレとは違う、一人でも平気な子。
一人でも好きなことを貫いている子。
でも、真面目そうな雰囲気の割に成績は悪くて。
全てが、オレとは真逆の子。

朝の読書の時間に本を忘れたオレに、その子はある本を貸してくれた。
分厚い本。最初はページをペラペラめくりながら、薄目で見ていたが、挿絵があり、文体も読みやすかったこともあって、次第にその物語に夢中になった。

教室の隅にいるような目立たない主人公。
気怠げな雰囲気とは裏腹に胸には熱い志を持っていて。
どんなにダサくても、ヒロインのために必死にもがく主人公の姿に心を打たれた。
そんな彼の魅力に惹かれて、彼の全てを愛してくれるヒロイン。
……いいな。
その本の続きが気になったオレは、両親からもらったノートパソコンで、商品ページを見た。
『主人公ウザすぎ笑笑』
『主人公のノリがイタくてムリ』
レビューページでは散々な言われようで。
ハーレムラブコメの主人公というのはやっかみを受けやすいらしい。
まあ、美少女に囲まれて、男にとっては羨ましい展開を一身に享受しているからな。その理由は分かる。
でも、オレはそんな主人公が大好きだった。
ヒロインのために必死になっている姿はウザくない。かっこいい。
ヒロインを元気づけるための何気ない冗談もキツくなんてない。それで笑顔になっているヒロインがいるのだから。
イタいとかウザいとか、そんな周りの言葉や視線なんて気にせず、がむしゃらに生きてる主人公。
そんな主人公の良さを理解してくれるヒロインに愛される主人公。

昴と話していると、そんな主人公とどこか重なってしまう。
昴を取り巻くラブコメ展開を見たのが、彼をラブコメ主人公に重ねた主なきっかけだけれど、彼と関わる度に重なり具合は強くなっていく。
何かに悩んでいる昴を見ると、無性に応援したくなった。
力になりたくなった。
だから多分、今日、彼をここに呼んだのもきっとそれが理由だ。
そうだ。主人公に重なる昴を見て。
こんなオレでも、『友人キャラ』にならなれるんじゃないかと思ったんだ。
だって『友人キャラ』は、主人公の背中を押してくれる存在で。すました顔で、いつも安全圏から見守って……。

そんな懐古をしていたら、机の上に置いていたスマホが鳴った。
着信は昴からで、すぐに画面をスライドして電話を取る。

「はーい、もしもし」
『あ、あの、酒神昴なんですが……』

何で敬語?そんな既視感のあるツッコミを心の中でしつつ、会話を続ける。

「お、着いた?」
『……あの……入口って、ど、どこですかね?』

震えてる昴の声。
確かにビビるよな、結構高層マンションだし、入口大っきいし。
オレも両親にここを紹介された時、開いた口が塞がらなかった。
入口で待っておけばよかったと反省する。

「迎えに行くよ」

オレはそう言うと、急いで扉を開けてエントランスに向かった。