ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

朝練が終わり、日課になった昴の弁当を楽しみに、スキップしながら屋上へ向かう。

今日はどんなおかずだろう。
唐揚げは何個入っているだろう。
今日もオレを頼ってくれるだろうか。
白百合さんへのアプローチを考えてきたのだろうか。

そんなことで頭がいっぱいになる。
階段を上ろうとしたところで、ポケットのスマホが震えた。
画面には新着通知が一件。
朝からの連絡なら、部活関係だろうか。
壁にもたれて確認すると、送り主は意外な人物だった。

(昴からのメッセージ?)

急いで彼のアイコンをタップする。

『ごめん、瑛。先生に呼び出されたから、朝は一緒に食べられない。お弁当は瑛の机に置いてあるから、食べてて』

やんちゃでも問題児でもない昴が、なぜ呼び出されたのかは分からない。
『りょーかい。何か分からんけど、頑張れ!』と返し、教室へ向かった。
扉を開けると、静まり返った空間が広がっている。
窓際の席にも、昴はいない。

その光景に、少しだけ寂しさを覚えた。

自分の机にある小包を見つけ、荷物を床へ置いて椅子に座る。

「いただきます」

手を合わせ、弁当の蓋を開けた。

「……あ、今日は唐揚げ、三個増えてる」

けれど、この感動を共有してくれる昴はいない。
オレが食べる姿を笑顔で見守る昴も。
ラブコメの話をしてくれる昴も。
胸の奥がざわつき始める。
オレは、昴と過ごすこの時間が、思っていた以上に好きらしい。

いや、ただ一人で過ごすのがつらいだけかもしれない。
一人になると、考えたくもない空っぽな自分について考えてしまう。
誰かといることで、それを紛らわせているだけなのかも。

オレはどこまで自分本位なのだろう。
そんな自分に苛立ちながらも、胸のざわつきの正体を突き止めないまま、弁当を完食した。
一時間目の予習を始めると、クラスメイトたちが登校してくる。

「おはよ~、てる!」
「おはよ」

翔馬が、好物のオレンジジュースを飲みながら声をかけてきた。

「てる! はよ!」
「おはよ」

朝練が長いことで有名な野球部の亮介も、同じ頃にやって来る。
三人で話していると輪は次第に広がり、クラス中を巻き込んでいった。
しかし、白百合さんが登校した途端、空気が一変する。
皆、彼女の席へ一斉に集まり、オレたちは外側から眺めるいつもの三人に落ち着いた。
翔馬から『お前も行け』という視線を向けられたが、気づかないふりをする。

予鈴が鳴り終わり、静かになった教室に扉の開く音が響いた。

全員が一斉にそちらを向く。
一瞬の沈黙のあと、口々に声を上げた。

「ちょいちょいちょい!」
「あのイケメン、誰?」
「また転校生?」

そんな声を一蹴したのは、オレだった。

「何言ってんだ。昴だろ」
「え?」

亮介が間の抜けた声を漏らす。

「マジ?」

衝撃を受けた翔馬は、ジュースのパックを握り潰し、中身を机にこぼしていた。教室の扉の前で、緊張に肩を揺らす高身長の黒髪イケメン。
真ん中で分けた髪。遊ばせた襟足。すっきりとした輪郭に、通った鼻筋。きりりとした眉と切れ長の目。そして、色気のある目尻のほくろ。

紛れもなく、主人公・酒神昴だった。

好きな子(白百合さん)を攻めるため、まずはイメチェンでビジュアル攻撃ってか。
やるな、昴。心の中で拍手を送り、視線を浴びて固まっている友人へ声をかける。

「おはよ、昴」
「……! 瑛、おはよう」

手を振ると、昴も目を細めてクシャリと笑い、控えめに振り返してくれた。

本鈴が鳴っても、教室のざわめきは収まらなかった。
一限目が終わると、案の定、窓際にはクラスメイトが押し寄せていた。
対角線上から様子を見ていたオレは、人混みの隙間から昴のSOSサインを受け取る。

スポーツバッグから小包を取り出し、それを持って席を立った。
人混みをかき分け、圧倒されて目を丸くしている昴へ手を差し出す。

「昴、ちょっといいか?」
「う、うん」

その大きな手を握り、屋上前の階段まで連れていった。

「ごめん」

昴は泣きそうな顔で、オレを見つめる。
今日も弁当を作ってくれたし、先生からの呼び出しなら仕方がない。
謝られる理由なんてなかった。
オレは持ってきた小包を昴の手へ置く。

「今日も弁当ありがとう! 超美味かった」

昴は一瞬悲しそうな顔をしたあと、笑顔を作って頷いた。
続けて、綺麗に整えられた髪を指す。

「髪、めちゃくちゃ似合ってる。さすがはオレが見込んだ男。前の昴もいいけど、今の方が魅力が出てる」

昴は目を見開いて口元を押さえ、視線を逸らした。
深呼吸したあと、首の後ろへ手をやり、照れくさそうに答える。

「ツグミがやってくれたんだ」
「ツグミちゃん、すごいな!」

昴は嬉しそうに頷き、垂れた横髪を耳へかけた。
昴は妹に料理を振る舞い、ツグミちゃんは兄をビジュアル特攻型イケメンへ変身させる。
なんて仲のいい兄妹なんだ。
いつか、お兄ちゃんのビジュアルを爆発させてくれた礼を言いたい。

それにしても、主人公に仲のいい妹、か。
妄想は広がるが、それはまた今度にしよう。
限られた休み時間を有効に使うべく、単刀直入に切り出す。

「……先生からの呼び出しって、何があったんだ?」

昴は恐る恐る、ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。

「これ、この前の小テストなんだけど……」
「マジか」

また声に出た。咄嗟に口元を押さえると、昴が「気にしないで」と首を振る。数学の単元小テスト、二十点満点中一点。
唯一の正解にも途中式がない。
当てずっぽうで『0』と書き、偶然当たったのだろう。

「このままじゃ、中間まずいって言われて……」

今は四月の終わり。中間テストまでは、およそ二週間だ。

「……オレが、教えようか?」

ふと、そんな提案が口をついた。

「え、いいの?」

昴は目をぱちくりさせ、オレを見つめる。その瞬間、ある考えが頭をよぎった。

(これ、勉強を教えたり教えられたりする、ラブコメ必須イベントなのでは?)

こんな重大イベントを、オレが邪魔していいはずがない。
『友人キャラ』として、昴と白百合さんの接近に繋げなければ。

「あ、待て待て。白百合さんたちも呼んで、勉強会を企画した方がいいか?」

前のめりで提案すると、昴は慌てて首を振った。

「い、いや! 瑛に教えてもらい、たい、かも……」
「え、でも……」

まさかの返答に戸惑う。

「なんというか、その……」

恥じらう昴を見て、オレは察した。昴は大人数が苦手なのだ。ましてや、好きな白百合さんと勉強するなんて、今の昴にはハードルが高すぎる。まずオレと勉強し、その雰囲気に慣れたいのだろう。

「……練習ってことか!」
「…………そう! そうそうそうそう! 練習!」

僅かな間のあと、勢いよく同意してくれた。この解釈で間違いないらしい。

「了解。勉強会はまたセッティングするとして、とりあえずオレん家でいい?」

オレん家、なんて。自分でも驚く提案だった。

「うん。……………………うん!?」

昴の声が裏返る。なぜか、提案したオレも承諾した昴も驚いていた。

「あ、駄目だった? 図書館とかにする?」
「……瑛さんのご自宅でお願いいたします」

どうして急に敬語になったのだろう。疑問に思いながらも頷いた。

「おっけ」

昴と教室へ戻る途中、彼の手にある小包を見て気づいた。
……これ、教室で返せばよかったんじゃないか?
助けを求められて、オレも相当焦っていたらしい。