セカイが終わるその日、ぼくらは永遠の環を結んだ

 ――世界は今、滅ぶ。

 ペダルを踏み込む足が、鉛のように重い。
 左手には、凪いだ瀬戸内の海。その向こうの空は、透き通るような青銀と怪しく揺らめくエメラルドの極光から、刻一刻と、すべてを呑み込むような神々しい白銀へと移ろいつつあった。
 あと少し。あと少しで、父母ヶ浜――
 そう念じた瞬間、視界の端が眩い閃光に弾けた。
 ――ズドォォォォォンッ!
 背後で巻き起こった凄まじい衝撃波が、容赦なく私の身体を薙ぎ払う。
「きゃあっ!」
 視界が激しく回転し、身体が宙を舞った。
 硬い地面に叩きつけられ、砂利の上を転がる。ガシャン、と金属が激突する無残な破壊音が鼓膜を打った。
「っ、痛……っ!」
 肘と膝を強く擦りむき、焼けるような痛みが走る。
 けれど、そんな痛みに構っている暇なんてない。
「昴――っ!」
 跳ね起きるように顔を上げた。
 電動アシスト自転車は前輪が大きくゆがみ、チェーンが外れて転がっていた。牽引していたリヤカーも横倒しになり、砂利道に放り出されている。
 駆け寄ると、担架にしっかり固定されていたおかげで、昴の身体に目立った外傷はなかった。呼吸もある。
 奇跡的に無事だった。
 でも――自転車はもう動かない。
 空気を切り裂くような音を立てて、頭上から無数の小さな隕石がひっきりなしに降り注ぎ、遠くの街並みを、アスファルトを、次々と白い閃光で穿っていく。
 残された時間は、もうない。
「あと少しだからね……行こう、昴」
 震える指先で、昴を担架に固定していたロープを必死に解く。
 ぐったりとした彼の身体を力任せに引き起こし、その腕を自分の首に回して、背負い上げた。
「う、ぐっ……!」
 重い。
 十七歳の小柄な私の身体に、意識を失った同年代の男の子の体重が容赦なくのしかかる。
 肩の骨が千切れそうなほど軋み、膝が生まれたての小鹿のようにガクガクと震えた。足を踏み出すたび、砂利とアスファルトの裂け目に靴底が引っかかり、転びそうになる。
 それでも首筋には、背中には確かに触れていた。
 昴の、微かな吐息。弱々しくも、トクン、トクンと打つ、温かい心臓の音。
 ――生きてる。昴は、ちゃんと生きてる……!
 それだけが、私のちっぽけな身体を前へ進める唯一の原動力だった。
 めくれ上がった道路の先、防波堤の切れ目から、広大な砂浜が見えた。
 ――父母ヶ浜だ。
 あと少し、ほんの数十メートル程度。
 一歩進むごとに体力を削り取られる。視界が白く霞み、肺が焼けるように熱い。
 足下が柔らかくなる。
 砂地に入った。
 最後の数歩を踏みしめる。
 私は乾いた砂浜へ崩れ落ちるようにして、昴をそっと砂の上に横たえた。
 そして、荒い呼吸を繰り返しながら、私は横たわる昴の上半身を抱き起こす。
「つ、いたよ……着いたよ、昴……! 父母ヶ浜、だよ……っ!」
 まだ眠る愛しい顔を抱きしめる。安堵と疲労で、今にも涙が零れ落ちそうだった。

 その時だった。

「……おい、マジかよ」
 耳障りな、掠れた男の声が潮風に混ざって聞こえた。
 顔を上げると、少し離れた砂浜から、泥と煤にまみれた三人の若い男が、ふらふらとした足取りで近づいてくるところだった。
 瞳の奥に光はなく、完全に理性を失っている。滅亡の恐怖に呑まれ、狂気に染まった人間の目だ。
「女子高生じゃん……こんなところでさ」
 ああ、ゴールのときは制服で……と選択したことが、こんなところで裏目に出るなんて。
「いいよな、最後くらい……減るもんじゃねえだろ」
「かわいい顔してんじゃん。ひとりで死ぬの寂しいんだよ、一緒にいてくれるだけでいいんだよ……」
 ゾンビのように手を伸ばし、じりじりと距離を詰めてくる。
 全身の血がサッと引いていくのが分かった。
 最後の最後で、“悪意”に出会ってしまうなんて――
 けれど、逃げるわけにはいかない。私の腕の中には、動けない昴がいる。
 私は彼の上半身をぎゅっと抱きしめ、男たちを睨みつけた。
「来ないで……っ! 近寄らないで!」
「おいおい、そんな威嚇すんなって――」
 一番前の男が、卑屈な笑みを浮かべて手を伸ばしてきた、そのとき――
 私の腕の中で、微かな気配が動いた。
「……花奈」
「昴……昴――!」
 焦点の合わない目で、昴がうっすらと瞼を開けていた。
 とめる間もなかった。彼は私の腕をほどき、ふらつく身体を砂浜から無理やり引き剥がした。
「待って、昴、立っちゃだめ――!」
 膝にまるで力が入っていない。崩れ落ちそうになる足をもつれさせ、砂に爪先をめり込ませながら、それでも昴は私の前へ回り込み、両手を広げて立ちはだかった。
 その右手には、旅立つ前、お互いに荷物チェックをしたときに自慢していたナイフが握られている。
 ――このサバイバルナイフ、かっこいいだろ? ベルトの後ろ側につけられるんだぞ。
 けれど刃先が、小刻みに震えている。
 体力なんて、残っているはずがない。呼吸は乱れ、立っていることすら奇跡のような状態だった。
 それでも、昴は掠れた声で、喉を振り絞るように叫んだ。
「花奈は……花奈は、俺が守る……っ!」
 かつての空き家で話した、「私が昴を守る」「その台詞、俺が言いたかったなぁ」という他愛のない冗談。
 それを、こんな極限の場所で、彼は命を削って有言実行しようとしていた。
 男たちがぎょっとして足をとめる。
「なんだコイツ、死にかけじゃねえか……」
「やめとけ、ナイフ持ってるぞ……」
 男のひとりが怯んだように呟く。だが、先頭の男が苛立ちを露わにして、もう一歩踏み出そうとした。
 その瞬間だった。
 昴の背中から、先ほどまでの弱々しさが完全に消え失せた。
 冷え切った、底知れない絶対的な凄みが、その痩せた身体から立ち昇る。
 宇宙の果てのように暗く鋭い瞳で男たちを射抜き、低く、地這うような声で言い放った。
「……俺の嫁に、触るな」
 ヒュッ、と男たちの喉が鳴った。
「ひっ……! 地球より先に死ぬのはごめんだ……!」
 短い悲鳴を上げ、男たちは蜘蛛の子を散らすように背中を向け、逃げ出していった。
「昴――っ!」
 私は濡れた砂を蹴り、這い寄るようにして彼の名前を叫んだ。
 昴が振り返ってほほえむ。愛しくて胸がぎゅっとなる優しい笑顔――
 けれどその身体が、糸が切れたようにぐらりと傾く。
「っ……!」
 膝から崩れ落ちていく彼を、私は前のめりになって夢中で抱きとめた。
 そのまま砂浜にふたりで倒れ込むようにして、私は彼の胸を強く抱きしめた。
「ばか……! 無茶ばっかりして……!」
「はは……かっこ、ついたかな……」
 彼の荒い息が私の前髪を揺らす。
「……遅いよもう……!」
 ……ああ、違う。もっと優しい言葉をかけてあげたいのに、ずっとずっと張り詰めていた感情が溶けてしまい、私のわがままな部分が叫び始める。
「どれだけ寝てたと思ってるの……!?」
 彼の胸をぽかっと弱々しく叩いた。視界が涙で滲んで、昴の顔が歪む。
「私、ずっと、ずっと一人で怖かったんだから! ……今まで何回も言ったじゃない!」
 息を吸い込んだ私の唇と、昴の唇が、同時に同じ形を結んだ。

「「――寝坊禁止」」

 ……は、ハモった。
「ははっ、花奈なら言うと思った。……どう? 俺はかなり花奈を理解できているだろ?」
 熱いものがこみ上げてきて、視界がぐしゃぐしゃに滲む。
「ばか……ほんとばか。ばか、ばか、ばかぁ……っ」
 泣き笑いになりながら、ぎゅっと私は昴に抱きつく。
 規則正しい心臓の音が聞こえる。
 ああ……ああぁ……。
 さっきまでの消え入りそうだった鼓動が、嘘みたいに力強く胸を打っている。
 彼を見上げる。その表情には疲労の色が見えるものの、ブラックオパールの瞳に力がある。
「……かっこよかった。世界で一番かっこよかったよ!」
「へへっ……花奈にそう言われるのが一番嬉しいよ」
 私と昴はふたりで支え合いながらゆっくり立ち上がる。
 そして、顔を上げた。
 ――息を呑んだ。
 目の前に広がっていたのは、言葉を失うほどに圧倒的な、セカイの終わりの絶景だった。
 父母ヶ浜は今、完璧な干潮を迎え、広大な砂浜のあちこちに生まれた浅い潮だまりが、波ひとつ立てずに凪いでいる。
 まさに天空の鏡。
 北関東から何百キロもの道のりを経て、私たちがずっとずっと目指し続けてきた、約束の場所。
 見上げる頭上では、燃えるような夕暮れの山吹色が、空の裂け目から溢れ出す神々しい白銀の光に静かに侵食されつつあった。エメラルドの極光を呑み込み、すべてを白く染め上げようとする、絶対的な終焉の輝き。
 天と地の境界線すら溶け去り、足元の水鏡が空のすべてをそっくりそのまま映し出していた。
 夕日の黄金と、迫り来る白銀の光。
 水面に足を踏み入れると、まるで天上の輝きの中をふたりで歩いているかのような錯覚に囚われる。
 すべてが滅びへと向かっている今、どうしてこんなにも澄み渡り、美しく輝けるのだろう。
 胸が痛くなるほどの光に包まれながら、私は繋いだ昴の手に、きゅっと力を込めた。
「……昴、聞いて。私、お母さんに会えたの」
 昴の瞳が微かに見開かれる。私は静かに、噛み締めるように言葉を紡いだ。
「病院にいたの。お母さん、看護師として最後まで残って、私たちを助けてくれた。昴に薬を打って、ここまで送り出してくれたんだよ」
「そっか……お義母さんに、助けてもらっちゃったな」
「うん。それにね……私、捨てられたわけじゃなかった」
 ずっと胸の奥底に刺さっていた冷たい棘が、温かな言葉となって溶け出していく。
「お父さんも、お母さんも……ちゃんと私のことを愛してくれてた。ただ、事情があって私の元へ帰ってこられなかった。私を置いていったんじゃなかったの……」
「……花奈」
 昴は優しく息を呑み、愛おしさに満ちた瞳で私を見つめ返してくれた。旅の途中、私が泣きながら「両親に置いていかれた」とこぼした夜、彼がかけてくれた「俺は花奈を選ぶ」という言葉。あの温もりが、今、両親の愛と重なって私を満たしていく。
「お母さんね、昴にすごく感謝してた。あと、素敵な息子ができて嬉しい。うちの娘をよろしくねって」
「……お義母さん、かっこいいな。俺のほうこそ、感謝してもしきれないよ。……会いたかったな」
「……うん」
 ふたりで静かに息を合わせる。世界が崩壊していく中、水鏡の海のように穏やかな時間だった。
「最後に送っておくか」
 昴は呼吸を整えながら、ズボンのポケットから使い古したスマートフォンを取り出した。
 画面を叩く。電波のアンテナなんて一本も立っていない。
 けれど彼は迷いのない指先で、文字を打ち込んでいく。
 旅の途中、何度も見かけた光景。
 どこへも届かない、ふたりの記憶を刻んだメッセージ。
 私は何も聞かず、ただ彼の隣に寄り添い、その愛おしい横顔を静かに見守った。
 やがて、画面に『送信完了』の無機質な文字が小さく浮かび、すぐに光を失った。
 昴は満足そうに小さく息を吐き、スマホをポケットへと滑り込ませた。
 ――その時だった。
 白く発光する雲の裂け目から、巨大な影がゆっくりと、圧倒的な威容をもって顔を覗かせる。
 ――地球に破滅をもたらす巨大隕石“アビス”。
 汚れなき真珠のような色合いが見惚れるほど美しい。
 ――瞬間、世界から、すべての音が消え去った。
 潮騒も、風の音も、息遣いすらも、視界を焼き尽くす圧倒的な白銀の閃光に呑み込まれていく。太陽すら霞む、絶対的な静寂。
 そして、数秒遅れて――
 バリバリと大気が裂けるような鋭い悲鳴とともに、地獄の底を叩き割るような重低音の轟きが、大地と空を激しく揺らした。
「花奈!」
 バランスを崩した私を、昴が支える。
 現実だった。
 おとぎ話でも、悪い夢でもない。
 あと数分で、この美しい瀬戸内の海も、砂浜も、昴も、私も、原子の塵となって消え失せる。
 その光景を網膜に焼き付けられた瞬間――私の中で、何かが音を立てて決壊した。
「……嫌だ」
 ぽつりと、掠れた声がこぼれた。
「花奈……?」
「嫌だ……! こんな終わり方、絶対に嫌……っ!」
 ぎりぎりで保っていた心の防波堤が、激流のような涙とともに崩壊した。
 私は昴の胸元に顔を埋め、子どものように拳で彼の胸を叩いた。
「もっと昴と一緒に生きたい! もっと恋して、手をつないでデートして、放課後に教室でくだらないおしゃべりして……!」
 ああ、こんな最後の最後にこんなこと言っちゃだめなのに――
 もっと綺麗に終わらなきゃいけないのに――
「昴とメッセージを何十通も送り合って笑い合って、一緒に卒業式に出て、大人になって……! プロポーズされて、結婚式を挙げたかったよ……っ!」
 わがままだ。みっともない。
 ここまで連れてきてくれた昴に対して、なんて当たり方だろう。
 こんな醜い自分を、愛する人に見られたくない。
 昴に嫌われちゃう。
 愛想を尽かされちゃう。
 頭ではそう激しく後悔しているのに、涙も叫びもとまらない。
 悔しくて、悲しくて、死にたくなくて、醜いわがままが口から溢れ出し続ける。
 そんな私を、昴の両腕が強く、強く包み込んだ。
「あっ……」
 折れそうなほど力強く抱きしめられ、私の叫びは彼の胸の温もりの中に閉じ込められる。
「花奈。大丈夫だ」
 耳元で響く声は、泣きそうなくらい優しかった。
「マルチバースの話……覚えてるか?」
「……っ、う……?」
「この宇宙の外側には、異なる無限の宇宙がある」
 ……こんなときにオカルト?
「そこには、この地球によく似た、でも少しだけ違う平和な地球が、たくさん存在するんだ」
 昴は私の涙で濡れた頬を両手で包み込み、まっすぐに私の瞳を見つめた。
「生まれ変わろう、花奈。あの隕石に粉々に砕かれて、俺たちの身体が原子になったとしても……この宇宙を超えて、違う宇宙の地球へ行こう。俺たちは、絶対にまた出会える」
「そんなの……」
 ……あり得ないよ。
「言っただろ? 想いの強さって、宇宙最強の引力なんだ。俺たちくらい互いを想い合っているのなら、絶対に再会できる」
 星々を巡らせる重力よりも強く、魂を引き寄せ合う引力。
「俺たちの想いは、無限の引力だ」
 涙が次から次へと溢れ落ちて、昴の輪郭を歪ませる。
「……また、オカルト……?」
 私はしゃくりあげながら、震える唇を開いた。
「……でも、私、信じる。昴の言うことなら……全部信じる……っ!」
 昴は返事の代わりに、私を強く――強く抱きしめる。
 理屈なんて、もうどうでもよかった。
 彼がそう言うなら、この絶望の果てにだって希望はある。
「じゃあ、花奈。再会の約束の、証を出すよ」
 昴は愛おしそうに微笑むと、ポケットから小さなプラスチックのピルケースを取り出した。
 壊れてしまわないよう、大切に保管していたのだ。
 蓋を開けると、白いティッシュの上に、ふたつの輪っかが静かに並んでいた。
 ――四つ葉のクローバーの指輪。
 けれどそれは、かつてのような鮮やかな緑色を失っていた。
 水分は完全に抜け落ち、くすんだ茶褐色へと変色している。平たく乾き、指先で強くつまめばパリッと崩れてしまいそうなほど、儚く脆い押し花のようになっていた。
 結んだ茎の輪っかだけが、かろうじて形を保っている。
 昴はその枯れた指輪をひとつ、そっと摘み上げると、私の開いた手のひらの上に置いた。
 そして、私の指をゆっくりと折り曲げさせ、強く握らせる。
「今は枯れちゃってるけどさ。……結婚指輪をはめるのは、ここじゃない。次の世界だ」
 昴ももうひとつの枯れた指輪を手に取り、自分の手のひらの中で強く握りしめた。
「これが、俺たちがお互いを見つけるための目印だ。違う宇宙へ行っても、絶対に手放すなよ」
「……うん。うん……! 絶対に見つける。私が昴を見つける……!」
 手のひらの中で、カサカサと乾いた感触がする。
 世界一不揃いで、枯れ果てた、けれどセカイのどんな宝石よりも尊い、来世の約束――
 ゴォォォォォ――ッ!
 天が落ちてくる。
 空を埋め尽くしたアビスが、視界のすべてを灼熱の白光で覆い尽くしながら、大地へと迫り来ていた。
 吹き荒れる光の嵐が、海を、砂浜を、世界を、純白の輝きで呑み込んでいく。
「花奈」
 昴の腕が、折れそうなほど強く私を抱き寄せた。
「昴……もっと、私の名前を呼んで」
 旅に出る前の私は、誰でもない透明人間だった。風景の一部として、ただ息をしていただけの私。
 けれど彼に名前を呼ばれるたびに、私の世界は色彩を帯び、確かな輪郭を与えられていった。
「花奈。……花奈。花奈!」
 愛おしそうに頬を寄せ、彼は私の耳元で、命の熱を吹き込むように囁く。
「俺のこの心臓を、好きになってくれてありがとう。……花奈がいてくれたから、俺は幸せになっていいんだって思えたんだ」
「……っ、私の方こそだよ……!」
 溢れ出す涙を、押し寄せる光が白く透かしていく。
 もう、巨大隕石は恐怖や破壊の象徴なんかじゃない。
 私たちの恋を、命を照らすための、祝福の光だ。
 涙で濡れた視界のなか、私は愛しい彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「……キスして、昴」
 彼は優しく微笑んで、ゆっくりと近づく。
 世界には轟音が響いているはずなのに、私と昴のセカイだけはどこまでも静かで、互いの呼吸だけが届く。
 怖くないわけじゃない。
 だから、握った手に、そっと力を込める。
 聞こえるはずのない心臓の音。
 自分のものなのか、昴のものなのか。
 ううん、きっとひとつに混ざり合っている。
 私は世界の終わりに、昴へ向かって少しだけ背伸びをする。
 でも、絶対に目は閉じない。
 最後の瞬間まで、大好きなこの人の顔を見ていたいから。
 重なり合う距離のなかで、ブラックオパールの瞳の中に、私だけの光が映っていた。
 触れ合った唇から、温かくて、甘くて、切ない熱が流れ込んでくる。
 握りしめた手のひらのクローバーに、祈りを込めた。
 無限の引力よ、どうか私を、この人の元へ――



 私と昴がひとつになった瞬間、セカイが白銀の光に包まれた――